飛ぶ鳥の 明日香の里を 置きて往なば
君があたりは 見えずかもあらん
作者 元明天皇御歌
( No.896 巻第十 羇旅歌 )
とぶとりの あすかのさとを おきていなば
きみがあたりは みえずかもあらん
* 作者 元明天皇は、第四十三代の女性天皇。 ( 661 - 721 ) 享年六十一歳。
その在位期間は、707年から721年までの十四年ほどである。この前後は、歴代天皇のうち、女性天皇が多く登場している時代である。
元明天皇は天智天皇の第四皇女であるが、夫は、天武天皇と持統天皇の間に生まれた御子・草壁親王である。草壁親王は、両親、特に持統天皇に愛され、壬申の乱で戦った天智・天武両系統を修復し直す皇子としても期待を担っていたが、二十八歳の若さで身罷った。 元明天皇は、草壁親王の無念を背負った女帝でもあったといえる。
* 歌意は、「 明日香の里を置いて行ってしまえば、君が住んでいる辺りは、見えなくなってしまうかもしれない」というものであろう。
この和歌は、もとは万葉集にある和歌であるが、新古今和歌集においては、「羇旅歌」の最初に載せられている。羇旅というのは旅と同意であるが、筆者としては、むしろ「恋歌」のように感じている。
なお、「飛ぶ鳥の」は「明日香」にかかる枕詞。「君」は親しい男性の呼称である。
* ただ、この和歌は、羇旅歌であれ恋歌であれ、そうした表面的な意味だけでなく、重要な歴史のポイントを示している和歌でもある。
この歌の前書きには、『 和銅三年三月、藤原の宮より奈良の宮に遷(ウツ)り給ひける時 』と記されている。和銅三年は西暦710年であり、この時に飛鳥の宮から平城京に遷都され、現在私たちは、この時をもって奈良時代の始まりとしている。
* わが国の女性天皇は、飛鳥時代・奈良時代に集中して登場してきている。後世にも女性天皇は誕生しているが、その誕生の背景は少し違う。
この女帝全盛の時代の有力天皇となれば、推古天皇、持統天皇辺りが挙げられるようであるが、元明天皇の時代こそその頂点であったと筆者などは考えている。
何せ、その血統たるや、見事過ぎるほどである。前記した人物と重なるが、父は天智天皇、夫は草壁親王であり、持統天皇は父方の異母姉にあたる。第四十二代文武天皇・第四十四代元正天皇は実子であり、第四十五代聖武天皇は孫なのである。
* また、この天皇の御代には、先帝から進められていたものとはいえ、古事記の完成をみており、諸国に風土記を提出させている。
元明天皇の和歌は、新古今和歌集にあるのは、この一首だけであるが、燦然と輝いているように思うのである。
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