雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

継母と娘 ・ 今昔物語 ( 巻 26-6 )

2016-02-02 14:25:36 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          継母と娘 ・ 今昔物語( 巻 26-6 )

本稿は、表題に『 継母託悪霊人家将行継娘語第六 』とあるだけで、本文はすべて欠文となっている。
表題の読みは、『 ままははに つきたる あくりょう ひとのいえに ままむすめを いてゆくこと だいろく 』となるが、本文が当初から欠けていたか、後に散逸したかは不祥。

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生贄の娘を救う ・ 今昔物語 ( 巻26-7 )

2016-02-02 14:24:23 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          生贄の娘を救う ・ 今昔物語 ( 巻26-7 )

今は昔、
美作国に中参(チュウザン)と高野(コウヤ)という二神が鎮座していた。その御神体は、中参は猿、高野は蛇であられた。
毎年一度お祭りする時には、生贄を供えていた。その生贄には、国中の娘の中から未婚の者を立てることになっていた。
これは、昔からつい最近までの長い習慣であった。

さて、この国にそれほどの家柄ではないが、年の頃十六、七歳の美しい娘を持っている人がいた。父母はこの娘を可愛がり、この身に代えても惜しくないほど大切にしていたが、その生贄に当てられてしまったのである。
生贄は、その年の祭りの日に指名されると、その日から一年間大事に養い太らせて、翌年の祭りの日に捧げるのである。
この娘が指名されてからは、父母はこの上なく嘆き悲しんだが、逃れる方法などなく、月日が経つにしたがって命はしだいに縮まっていく。そして、親子が共に過ごす日が少なくなって行くのを、その日を数えながら、互いに泣き悲しむしかなかった。

ちょうどその頃、東国の方から仕事の用があって、この国にやってきた人がいた。
この人は犬山という仕事をしていて、多くの犬を飼い、山に入って猪や鹿を犬に喰い殺させて猟をすることを生業としている男であった。また、性格は極めて猛々しく、物怖じなどしない男でもあった。その男がこの国にしばらく留まっていたが、自然にこの生贄の話を耳にした。

ある日、その男は話すべきことがあって、この生贄の指名を受けている親の家を訪ねた。
面会を申し出て待っている間、縁側に腰を掛け蔀戸の間から奥を覗いてみると、この生贄に当てられている娘が見えたが、とても清らかで、色も白く、容貌も可愛くて、髪も長く、とても田舎人の娘とは思えない気品がある。
その娘が、物思いにふけっている様子で、髪を振り乱して泣き伏すのを見て、この東国から来た男は哀れに思い、同情の気持ちが高まった。
やがて、親と会って、様々な話をした。

親は「たった一人の娘をこのように生贄に当てられて、嘆き暮してきましたが、月日が経つにつれて別れの日が近付くことが悲しくてなりません。こんな国もあるのです。前世でどのような罪を作ったため、このような国に生まれて、これほど情けない目を見るのでしょうか」と言う。
東国から来た男はこれを聞いて、「この世にある人にとって、命に勝るものなどありません。また、人が宝とするものに、子に勝るものなどありません。それなのに、たった一人の娘さんを、目の前で膾(ナマス)にされてしまうのを見ているなんて、実に情けないことです。そんな目に合うのなら、いっそ死んでしまいなさい。だが、娘を取って喰おうという敵を前にして、無駄死にする者などおりますまい。仏も神も、我が命を惜しむ故に恐ろしいのです。子の為にこそその身を惜しむべきです。娘さんは、今はもう無き人も同じです。同じ死ぬのなら、その娘さんをわしに下さらないか。その代わり、わしが代わりに死にましょう。それなら、わしに下さっても異存はないでしょう」と言う。

親はこれを聞いて、「それで、あなたは一体どうなさろうとしているのですか」と尋ねると、男は「いかにも、わしには考えがあるのです。この屋敷にわしがいることは誰にもおっしゃらず、ただ精進するのだと言って注連縄を張っておいてください」と言う。親は「娘さえ死なずにすむのなら、私はどうなってもかまいません」と言って、この東国の男にひそかに娘を娶せた。
男は娘を妻として暮らしているうちに、次第に離れがたくなっていった。

そして、男は長年飼い慣らしてきた猟犬から二匹を選び出し、「お前たちは、わしの身代わりになってくれ」と言い聞かせて、大切に訓練した。
山からひそかに猿を生け捕りにしてきて、人目を避けて犬に猿を喰い殺す訓練をした。もともと犬と猿は仲の悪いものであるうえ、訓練を続けたので猿を見れば何度も飛び掛かって喰い殺すようになった。
このように犬を訓練し、男は刀を研ぎ澄まして持った。
そして男は妻となったこの家の娘に、「わしはあなたの身代わりとなって死ぬつもりです。死ぬことは前世からの決め事で仕方がないが、別れることは悲しいことですねぇ」と言った。娘は男の言う意味がよく理解できなかったが、悲しい思いはこの上なく大きかった。

とうとうとその日がやって来た。
神主を始め多くの人が迎えにやって来た。新しい長櫃(ナガヒツ)を持ってきて、「この中に娘を入れよ」と言って、その長櫃を寝所に運び込んだ。
婿となった男は、狩衣と袴だけを着て、刀を身につけて長櫃に入った。訓練してきた犬二匹も、男のそばに伏せった。
親たちは娘を中に入れたように見せかけて長櫃を外に運び出させると、鉾、榊、鈴、鏡を持った者が、雲のように集まって大声で先ぶれをしながら進んでいった。
娘は、どういうことになるのかと怖れながらも、夫となった男が身代わりになったことを気の毒に思った。
両親は、「後はどうなろうともかまわぬ。どうせ死ぬことになろうとも、今はこうするしかないのだ」と思っていた。

生贄を御社に持っていき、祝詞を唱えてから玉垣の扉を開き、長櫃を結んでいた紐を切り、中に差し入れてから出て行った。そして、玉垣の扉を閉じて、宮司たちは外に居並んだ。
中に入っている男は、長櫃をほんの少し開けて外を覗いてみると、身の丈七、八尺の大猿が中央に居た。歯は真っ白で、顔と尻は赤い。その左右には百匹ほどの猿が居並んでいて、顔を真っ赤にして、眉を吊り上げ、大声で叫んでいる。前にはまな板があり大きな刀が置かれている。酢塩、酒塩など調味料が並べられていて、まるで、人が鹿などを料理して食べるかのようだ。

しばらくして、中央の大猿が立ち上がって長櫃を開けようとした。他の猿共も一緒になって開けようとする。
その時、男はにわかに飛び出して、犬に「喰いつけ、それ行け」と命じると、二匹の犬は走り出て、大猿を喰い倒してしまった。男は氷のような刀を抜き放って、大将の猿を捕えてまな板の上に引き伏せ、首に刀を差し当てて、「お前が人を殺して肉を喰う時にはこうするのだな。その首をたたき切って犬のえさにしてやる」と言うと、大猿は、顔を真っ赤にして、目をしばたたき、白い歯をむき出し、涙を流し、手をすり合わせたが、耳も貸さずに、「お前が長年多くの人の子を喰った代わりに、今日こそ殺してやる。それでももしお前が神だというのなら、このわしを殺してみよ」と言って、首に刀を当てると、二匹の犬も他の多くの猿を喰い殺していった。
何とか生き延びた猿は、木に登り、山奥に隠れ、多くの猿を呼び集めて、山が響くばかりに呼び合い叫びあったが、大将の猿を助けることなど出来なかった。

そうしている間に、一人の神主に神が乗り移って、「我は今日より後々までも生贄を求めず物の命を奪うまい。また、この男がわが身をかような目に合わせたからと言って、この男に危害を加えるようなことはしてはならない。また、生贄の女を始め、その父母や一族の者を責めてはならない。どうか我が身を許してくれ」と言う。
そこで、神主たちは皆社の内に入り、男に、「御神はこのようにおっしゃられた。お許し申し上げられよ。畏れ多いことです」と言ったが、男は承知せず、「わしの命は惜しくない。多くの人の代わりにこいつを殺すのだ。そして、こいつと共に死んでやる」と言って、許そうとしなかったが、神主が祝詞を唱えて、堅く誓約したので、男は「それならばよし。これからは、このような事をするなよ」と言って許してやったので、大猿は逃げて山に入っていった。

男は無事家に帰り、その家の娘と末永く夫婦として暮らした。
父母は、婿となった男に深く感謝した。そして、二度とこの家には恐ろしいことが起こらなかった。これも前世の果報というものであろう。
また、これ以後は、生贄を立てることはなく、国内は平穏を保った、
となむ語り伝へたるとや。

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飛騨の不思議な国 (1) ・ 今昔物語 ( 巻26-8 )

2016-02-02 13:39:17 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          飛騨の不思議な国 (1) ・ 今昔物語 ( 巻26-8 )

今は昔、
仏道修行をして各地を歩く僧がいた。行く先を定めることなく行脚を続けているうちに、飛騨国まで行った。
ところが、山深く入ってしまい道に迷ってしまって人里に出られなくなり、道と思われる木の葉の積もった上を分け入って進んだが、その道らしいものも途絶え、大きな滝が簾(スダレ)をかけたように高く広く落ちている所に行きあたった。
引き返そうとしても道も分からない。進もうとすれば、手を立てたような(断崖絶壁を表現する言葉)断崖が一、二百丈(一丈は約3m)もそびえていて、とてもよじ登ることなど出来そうもなく、「どうか仏さま、お助け下さい」と念じていると、後ろの方で人の足音がした。

振り返って見ると、荷物を背負った男が笠を着けて歩いてきたので、「人がやって来たのだ」と嬉しくなり、「道を尋ねよう」と思っていると、この男の方も僧をひどく怪しげに思っているようだ。
僧はこの男の方に歩み寄り、「あなたは、どこからどのように来たのですか。この道はどこに出るのですか」と尋ねたが、男は答えようともせず滝の方へ歩いて行き、滝の中に躍り込んで見えなくなってしまった。
僧は、「さては、あの男は人ではなく、鬼だったのだ」と思って、ますます怖くなってしまった。

「私は、もはや無事で切り抜けられそうもない。そうであれば、あの鬼に喰われる前に、彼が躍り込んだようにこの滝に躍り込み、身を投げて死のう。その後で鬼に喰われてもかまわない」と思い定めて、滝に近付き、「仏さま、後生をお助け下さい」と念じて、彼が躍り込んだように滝の中に躍り込むと、顔に水を注ぎかけられたような感じで滝を通り抜けた。
「もう、水に溺れて死ぬだろう」と思っていたのに、なお正気の状態なので後戻りして見てみると、滝はただ一重かかっているだけで、全く簾をかけたようになっていたのである。
滝の内側に道があったので、それを歩いて行くと山の下を通って細い道が続いている。その道を通り終わるとその向こうに大きな人里があって、人家がたくさん見えた。

それを見て僧は、「ありがたい」と思って歩いて行くと、先ほどの荷物を背負った男が、その荷を置いてこちらに向かって走ってきた。その後ろに年配の男が浅黄色の上着・袴をつけて、遅れまいと走ってきて、僧の手を取った。
僧が、「これは、どういうことですか」と言うと、この浅黄色の上下(カミシモ)を着た男は、「私の家に、おいでください」と言って引っ張って行くと、あちらこちらから多くの人が集まってきて、それぞれが「さあ、私の家においでください」と言って引っ張り合うので、僧が「一体どうするつもりなのか」と思っていると、「そんな無茶なことはするな」と言って、「郡司殿の所にお連れして、その裁定に従ってこの男の所有を決めよう」と言うことになる。
集まってきた者皆で僧を取り囲んで、僧が何が何だか分からないうちに、大きな家のある所に連れて行かれた。

その家より年老いたいかにももったいぶった様子の翁が出てきて、「これは、一体どうしたことか」と訊ねると、あの荷物を背負っていた男は、「これは私が日本の国から連れてきて、この人に差し上げたのです」と、浅黄色の上下を着た者を指して言うと、この年老いた翁は、「とやかく言う必要はない。その人が得べきものである」と言って与えたので、他の者たちは去っていった。
こうして、僧は浅黄色を着た男のものとされ、彼が連れて行く方に付いて行った。僧は、「これらは皆鬼であろう。自分を連れて行き喰ってしまうのだろう」と思うと、悲しくなって涙がこぼれた。
「先ほど、『日本の国』と言っていたが、ここは一体どういう所なのか。どうして、あんなに遠くの国のように言ったのだろうか」と、いぶかしげに思っている様子を見て、この浅黄色の上下の男は僧に言った。「そんなに納得いかない顔をなさるな。ここは大変楽しい世界です。あなたには、心配することもなく、豊かな生活をしていただこうと思っています」と。
やがて、その家に着いた。

その家は、先ほどの郡司と思しき翁の家より少し小さいが、立派な造りで男女の使用人が多勢いた。家の者たちは待っていたかのように喜んで迎え、大騒ぎしている。
浅黄色の上下の男は僧に、「さあ、早くお上がりください」と言って板敷の縁に呼び上げたので、僧は背負っていた笈(オイ)という物を取ってそばに置き、蓑・笠・藁沓などを脱いで上がると、たいそう美しく整えられた所に座らせた。

「まず、お食事を早く差し上げよ」と言うと、食事を持ってきた。それを見ると、魚や鳥を見事に調理していた。
僧はそれを見て、食べようとしないでいると、あの浅黄色の上下の男、すなわちこの家の主人がやって来て、「どうして、これをお食べにならないのですか」と言った。僧は、「幼くして僧となりまして後は、いまだこのような物を食べたことがないので、このように眺めていたのです」と言うと、この家の主人は、「なるほど、ごもっともなことです。しかし、今はこのようにおいでになられた上は、これらを召し上がらないわけにはまいりますまい。私には、可愛がっている娘が一人おりますが、未だ独り身で、ぼつぼつ年ごろでもありますで、あなたの妻にしていただこうと思っています。今日からその御髪をお伸ばしください。伸ばされたからといって、今はもう外に行く所もありますまい。私が申し上げるようになさいませ」と言う。

僧は、「こうまで言ってくれているのに、逆らうような態度を取れば殺されるかもしれない」と怖ろしく思うとともに、逃げ出す手立てもないので、「何分慣れていないものですから、あのように申し上げただけです。この上は、仰せに従いましょう」と言うと、主人は喜んで、自分の膳をも持って来させて、二人差し向かいで食事をした。
僧は、「仏は、どのようにおぼしめしになるか」と思いながらも、魚も鳥もすっかり食べてしまった。

                                               ( 以下、(2)に続く )

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飛騨の不思議な国 (2) ・ 今昔物語 ( 巻26-8 )

2016-02-02 13:38:20 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          飛騨の不思議な国 (2) ・ 今昔物語 ( 巻26-8 )

     ( (1)より続く )

その後、夜に入り、年の頃二十歳ばかりの姿形の美しい女性を、きれいに着飾った姿で、家の主が連れて来て、「この娘を差し上げます。今日からは私が可愛がってきたように、可愛がってやってください。たった一人の娘なので、私の愛情のほどを察してください」と言うと、主人は出て行ったので、僧は修業のことなど忘れ去って、娘を抱き寄せた。

こうして、僧と娘は夫婦となって月日を過ごすことになったが、その楽しいことは例えようがなかった。着物は思いのままの物を着せてくれ、食べ物は望むままに食べさせてくれるので、以前とは別人かと見違えるように太ってしまった。髪も髻(モトドリ)を結えるほどに伸びたので、髪を結い上げ、烏帽子をつけた姿は、たいそう立派な男ぶりであった。
娘もこの夫をいっときたりとも離れがたく思っていた。夫も女の愛情の深さを知るにつけ愛しさが増し、夜も昼も起きても寝ても共に離れず暮しているうちに、いつか八か月ほどが過ぎた。

ところが、その頃からこの妻の顔色が変わり、たいそう物思いにふけっている様子になった。
この家の主人は、前にも増して世話をしてくれ、「男は肉付きがよく、肥えているのが良いのですよ。太りなさい」と言って、日に何度も物を食べさせたので、ますます肥えていった。それにつれて、この妻は声を忍ばせて泣くことがあった。夫はそれを不審に思い、「何を歎いているのか。どういうことなのか」と尋ねるが、妻は「ただ、何となく心細く思われるのです」と言って、それにつけてもさらに泣くので、夫はわけが分からず怪しい気がするものの、人に聞くべきことでもなく、そのまま過ごしているうちに、客がやって来て、この家の主人と会った。互いに話をしているのを、そっと立ち聞きすると、客人が「うまい具合に思いがけない人を得て、娘さんが無事でいられることになって、さぞかし嬉しいことでしょう」などと言うとこの家の主人は、「そのことですよ。あの人を手に入れることが出来なかったら、今頃はどんな気持ちでいることでしょう」と言う。

「私の方は、これまでのところ誰も手に入れていませんので、来年の今頃はどんな気持ちでいるのでしょうか」などと、客人は話しながら、そっと後退りしながら帰って行った。
家の主人は客人を送り出し戻ってくると、「何か差し上げたか。十分に食べていただけ」と言って、食べ物を持って来させた。
僧であった婿殿は、その食事を食べながらも、妻の想い歎くこともわけが分からず、客人が言っていたことも、「どういうことなのか」と怖ろしい気がしたので、妻をなだめすかして聞き出そうとしたが、妻は何か言いたげな顔付きながら、何も話さなかった。

そうこうしている間、この里の人々が何かの準備に追われている様子で、家ごとに饗応のお膳などの準備に大騒ぎしている。
妻の泣き悲しむさまも日ごとに増すので、僧であった夫は、妻に「『泣くにつけ笑うにつけ、どのようなことがあっても、私には決して隠し事などなさるまい』と思っていましたが、このような隠し事をなさるとは情けないことです」と言って、恨み言を言いながら泣いたので、妻も涙を流し、「どうして隠しだてをしようなどと思いましょうか。けれども、お顔を見、お話をすることが、もういくらも残されていないと思いますと、このように睦まじくなったことが悔やまれるのです」と言いながらも泣き続けるので、夫は「それでは、私が死ななければならないようなことがあるのですか。死は、人にとって決して逃れられないことなので、どうということではない。ただ、それ以外のことだとすれば、どういう事なのか。ぜひ話してほしい」と強く求めると、妻は泣く泣く話し始めた。

「この国には、大変恐ろしいことがあるのです。この国に霊験を示される神様がいらっしゃいますが、その神様は、人を生贄として食べるのです。あなたが此処においでになられた時、『私の家に来てほしい』と皆が口々に訴えたのは、この生贄に当てようと思ったからなのです。毎年一人ずつ、順に生贄を出すのですが、その生贄を手に入れることが出来ない時には、愛しいわが子でもその生贄に出すのです。『あなたがおいでにならなかったら、この私が生贄となって神様に食べられた』と思いますと、むしろ私が替わって生贄になろうと思うのです」と言ってさらに泣く。
夫は、「そんなことをどうして歎くのです。大したことではありません。それで、生贄は、人が料理して神に供えるのですか」と尋ねると、妻は、「そうではありません。『生贄を裸にして、まな板の上にきちんと寝かせて、玉垣の中に担ぎこんで、人がみんな去ってしまうと、神様が料理して食べてしまう』と聞いております。痩せ衰えた生贄を出しますと、神様が荒れて、作物は不作になり、人も病み、里も穏やかにならないので、このように、何度も食事を食べさせて、食い太らせようとするのです」と話した。
夫は、この数か月の間大切にされた理由がすっかり分かり、「それで、この生贄を喰らう神は、どういう姿をしているのですか」と聞くと、妻は「『猿の姿をしておられる』と聞いております」と答えた。
夫は妻に、「私によく鍛えられた刀を捜して持ってきてくれないか」と頼むと、妻は「簡単なことです」と言って、刀を一振り持ってきて夫に渡した。夫はその刀を受け取ると、何度も繰り返して研いで、隠し持っていた。

夫は、これまで以上に気力が満ち溢れ、食事もさらによく食べて太ったので、家の主人は喜び、それを伝え聞いた者も、「この里に取って良いことだ」と言って喜んだ。
こうして、生贄を供える七日前から、この家に注連縄を張った。生贄となる僧であった男にも精進潔斎させた。他の家々にも注連縄を張って皆慎み合った。
僧を夫とした妻は、「あと何日か」と残された日を数えてはひどく泣くのを、夫は妻を慰めながら平然としているので、妻は少し心が安らいでいた。

                                           ( 以下、(3)に続く )

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飛騨の不思議な国 (3) ・ 今昔物語 ( 巻26-8 )

2016-02-02 13:37:19 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          飛騨の不思議な国 (3) ・ 今昔物語 ( 巻26-8 )

     ( (2)より続く)

さて、いよいよその当日になると、僧であった男に沐浴をさせ、装束をきちんと着せ、髪をとかせ髻(モトドリ)を結わせて、鬢(ビン・結髪の左右両側に当たる部分)の毛を美しく整えさせるなど細々と世話をしている間に、使いが何度もやって来て、「遅いぞ、遅いぞ」とせかせる。
やがて、男は家の主人と共に馬に乗って出かけたが、妻は物も言わず、衣を引っ被って泣き伏していた。

男が行き着いて見ると、山の中に大きな宝倉(ホクラ・神殿。祠(ホコラ))があった。玉垣がものものしく広く廻らしている。その前にご馳走を盛ったお膳がたくさん置かれていて、大勢の人が居並んでいる。
生贄となる男を、一段高い座席に座らせて食べ物を食べさせる。他の人たちも皆物を食ったり酒を呑んだりして、舞い遊んだ後で、生贄となる男を呼び立て、裸にして、元結いをほどいてざんばら髪にして、「絶対に動かず、口をきくな」と言い聞かせて、まな板の上に寝かせ、まな板の四隅に榊を立て、それに注連縄や御幣を懸け廻らし、そのまな板を担いで、先払いをしながら玉垣の中に置き、玉垣の扉を閉じて、一人残らず引き返して行った。
生贄とされた僧の男は、足をさし伸ばした股の間に、隠し持った刀をさりげなく挟みこんでいた。

やがて、一の宝倉という宝倉の扉が、突然ギィッと鳴って開いたので、その音を聞いたとたん、男の頭は総毛立ち、全身が震える気がした。
続いて、他の宝倉の扉も順々に開いていった。
その時、大きさが人間ほどもある猿が宝倉のそばから現れ、一の宝倉に向かって、キャッキャッと声をかけると、一の宝倉の簾を押し開いて出てくる者がいた。見れば、これも同じく猿で、歯が銀(シロガネ)を連ねたようで、身体もさらに大きく堂々としたのが歩み出て来た。
「これもやはり猿なのだ」と思うと、男は気が楽になった。

こうして、宝倉から次々と猿が出てきて並んで座ると、あの最初に宝倉のそばから出て来た猿が、一の宝倉の猿に向き合って座った。すると、一の宝倉の猿がキャッキャッと何事か言うのに従って、最初の猿は生贄の方に歩み寄ってきて、置いてある長い箸と刀を取って、生贄に向かい切ろうとした時、この生贄の男は、股に挟み隠していた刀を手に取ると、素早く立ち上がり、一の宝倉の猿めがけて走りかかったので、猿は慌ててあおのけざまに倒れた。男は、そのまま起き上がる暇を与えずのしかかって踏みつけ、刀はまだ突き立てないで、「お前は神か」と言うと、猿は手をすり合わせて拝む。他の猿どもはこれを見て、一匹残らず逃げ去り、木に走り登ってキャッキャッと騒ぎ合っていた。

そこで男は、傍らにあった葛を引きちぎって、この猿を縛って柱に結び付け、刀を腹に突き付けて言った。「お前は猿だったんだな。神だなどと偽り、毎年人を食うなど、けしからんことではないか。お前の、第二、第三の御子だと言っていた猿を確かに呼び出せ。さもなくば、突き殺すぞ。神ならば刀も立たないだろうが、腹に突き立てて試してみるか」と言って、少しばかりえぐるまねをすると、猿は叫び声をあげて手を合わせるので、男は「それならば、第二、第三の猿を早く呼び出せ」と言った。猿はそれに従って鳴き声をあげると、第二、第三という猿が出て来た。男はさらに、「私を切ろうとした猿も呼び出せ」と言うと、また鳴き声をあげると、その猿も出て来た。
その猿に命じて、葛を折ってこさせて、第二、第三の御子を縛り付け、また、その猿も縛り付けた。

「お前は、私を切ろうとしたが、これから言うことを聞くなら、命だけは助けてやろう。今日より後は、事情もよく分からない人に祟ったり、よからぬことをしようものなら、その時にはお前をぶち殺してやる」と言って、玉垣の内から猿どもを皆引き出して、木の根元に括り付けた。
そうしておいて、人が食事などした時の残り火を取り、宝倉に順々に火を付けていった。この社のある所から里の人家は遠く離れているので、こうした出来事は誰も知らなかったが、社の方角に火が高く燃え上がるのを見て、里の人たちは「これは何事だ」と怪しみ大騒ぎとなったが、もともと、この祭りの後の三日程は、家の門を閉ざして閉じ籠り、一人とて外に出ないことになっていたので、大騒ぎしながらも外に出てみる人もいなかった。

この生贄の男を送り出した家の主人は、「私が出した生贄に、何事か起こったのか」と心が落ち着かず、怖ろしく思っていた。生贄となった男の妻は、「自分の夫が刀を要求して隠し持っていたことが怪しいと思うにつけ、このように火が出ているのは、夫の仕業に違いない」と思って、怖ろしくもあるがいぶかしく思っていると、この生贄にされた男は、猿を四匹縛って、前に追い立て、自分は裸姿で髪はざんばらに振り乱し、葛のつるを帯の代わりにして刀を差し、杖をついて里に下りてきた。
そして、家々の門の中を覗き込みながら行くので、里の人々はこれを見て、「あの生贄は、神の御子たちを縛って前に追い立ててきたのは、どういう事なのか。さては、神様にも勝った人を生贄に出してしまったのだ。神様さえこのようにしたのだ。まして我らなどは、食ってしまうに違いない」と言って、恐れ惑った。

                                       ( 以下、(4)に続く )

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飛騨の不思議な国 (4) ・ 今昔物語 ( 巻26-8 )

2016-02-02 13:36:10 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          飛騨の不思議な国 (4) ・ 今昔物語 ( 巻26-8 )

     ( (3)より続く )

やがて、生贄とされた僧の男は、妻と舅となった主人の家に行き、「門を開けよ」と叫んだが、物音さえしない。
「心配せずに開けよ。決して悪いことなどない。開けなければ、かえって悪いことになるぞ」と言い、「早く開けよ」と門を蹴立てるので、舅が出てて娘を呼び出し、「あの人は恐ろしい神にも勝った人だったのだ。もしかするとわが娘を悪い奴だと思っているかもしれない」と思いながら、「わが娘よ、お前が門を開けて、うまくなだめてくれ」と言った。
娘は恐ろしいと思いながらも、夫の無事を嬉しく思って、門を細目に開けると、男は押し開けた。すると、そこに妻が立っていたので、「早く部屋に入って、私の装束を取ってきてくれ」と言った。妻は急いで部屋に戻り、狩衣、袴、烏帽子などを取ってきたので、猿どもを家の戸の所に強く結びつけて、戸口で装束をつけ、家にあった弓・胡籙(ヤナグイ・弓を入れて背負う武具)を持って来させて、それを背負って舅を呼び出した。

「こいつらを神といって、毎年人を食わせていたとは、実にとんでもないことだ。こいつは猿丸といって、人の家でつないで飼えば、飼い慣らされて人にいじめられてばかりいるものだ。そういうことも知らないで、こいつらに長年生きた人間を食わせていたとは、実に愚かなことだ。私が此処にいる限り、こいつらに酷い目に遭わされることはありますまい。すべて私にお任せください」と言って、猿の耳をきつくつねると、猿が痛さに堪えている格好が、とても可笑しかった。
舅は、「なるほど、人間に従うものなのだ」と思うと、男が頼もしくなってきて、「私たちはこういう事を全く知りませんでした。今は、あなたを神と仰ぎ奉って、この身をお任せいたします。何事も仰せのままに」と手をすり合わせるので、「さあ、参りましょう、あの郡司殿の所へ」と言って、舅を連れ、猿どもを前に追い立てて行き、郡司の家の門をたたくが、そこも開けようとしなかった。

舅が、「ぜひお開けください。申し上げることがございます。お開け頂けないと、かえって悪いことになります」と言って脅すと、郡司が出てきて、恐る恐る門を開け、この生贄に出したはずの男を見て、土下座したので、男は猿どもを家の中に連れて入り、目を怒らして猿どもに言った。
「お前たちは長年神だと偽り、毎年一人ずつ人間を食い殺していたな。お前たち、改めるのだ」と。そして、弓に矢をつがえて射ようとしたので、猿は叫び声をあげて、手をすり合わせて慌てふためく。
郡司はこれを見て驚き、舅の側に近寄り、「私をも殺すおつもりなのか。お助け下され」と言うと、舅は、「ご安心ください。私がついているからには、まさかそのような事はありますまい」と言ったので、郡司は安心する。

男は猿に向かい、「よしよし、お前たちの命は取るまい。しかし、これから後、もしこの辺りをうろつき、人に悪事を働いたなら、その時は必ず射殺してしまうぞ」と言って、杖でもって、二十度ばかりずつ順に打ちすえて、里の者を全員呼び集めて、かの社に行かせて、焼け残っていた宝倉をみな壊して、一ヶ所に集めて焼き払った。その上で、打たれた猿は四匹とも追い放った。
猿は片足を引きずりながら山深く逃げ入り、その後は姿を現さなかった。

この生贄にされかかった男は、その後、その里の長者となり里人たちを支配し、あの妻と睦まじく暮らした。
男は、こちらの国の方にも時々密かに通ってきたので、この話が語り伝えられたのであろう。
この不思議な国には、もとは馬も牛も犬もいなかったが、猿が人に悪さをするするということで犬の子や、使役の用として馬の子などを連れて行ったので、それらが子を産んで増えていったのである。
飛騨国の近くにこのような所があるとは聞いてたが、信濃国の人も、美濃国の人も行ったことはなかった。そこの人は密かに通ってくるようだが、こちらの人は向こうに行くことはなかった。

これを思うに、かの僧がそこに迷い込み、生贄を止めさせ、自分もそこに住みついたということは、みな前世の因縁であろう、
となむ語り伝へたるとや。

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加賀の離れ小島 (1) ・ 今昔物語 ( 巻26-9 )

2016-02-02 13:35:11 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          加賀の離れ小島 (1) ・ 今昔物語 ( 巻26-9 )

今は昔、
加賀の国の某(意識的な欠字)郡に住む下賤の者七人は、一党として、いつも海に出て釣りをするのを長年仕事としてきた。
ある時、この七人が一つの船に乗って漕ぎ出した。この者どもは釣りをしに出たのだが、それぞれが弓矢や刀剣などを持っていた。
遥かな沖に漕ぎ出て、陸地も見えない辺りまで来ると、思いもかけず突然大風が吹き出し、どんどん沖の方に吹き流されて行き、自分たちの力ではどうすることも出来ず、どんどん流されて行くが為す術もなかった。櫓を引き上げて、風に任せて、もう死んでしまうのではないかと泣き悲しんでいたが、行く手遠くに陸から離れた大きな島を見つけた。

「島があるぞ。何とかあの島に寄り付いて、しばらくでも命を助けよう」と思っていると、人などがわざと引き付けているように、その島に寄って行ったので、「まずは、しばらくは命が助かった」と思い、喜んで我先に飛び降りて、船を岸に引き上げ、島の様子を見まわすと、水が流れ出ていて、果物の木などもありそうに見えた。
「何か食える物はないだろうか」と見回ろうとしていると、年の頃二十歳余りと見えるたいそう美しい男が歩み出て来た。
この釣り人どもはその男を見て、「さては、人の住む島だったのか」と嬉しく思っていると、その男は近くに寄ってきて、「あなたたちを私が迎え引き寄せたのだと知っているか」と言う。釣り人どもは、「そうとは知りませんでした。釣りに出たところ、思いがけず風に吹き流されているうちに、この島を見つけて、大喜びで上陸したのです」と答えた。島の男は「その大風は私が吹かせたものだ」と言うのを聞いて、「やはりこの男はふつうの人間ではなかったのだ」と釣り人どもが思っていると、島の男は「あなた方はお疲れでしょう」と言い、後方に付いて来ている者たちに向かって、「あれを、用意している物を持ってこい」と声をかけると、大勢がやってくる足音が聞こえ、長櫃を二つ担いで持ってきた。
酒の瓶なども数多くある。
長櫃を開けたのを見ると、すばらしいご馳走などである。それらを全部取り出して食べさせたが、釣り人どもは一日中風雨に苦しめられて疲れ切っていたので、出された物を貪り食った。酒なども存分に飲み、残った食べ物などは、明日の食糧にとして、長櫃にもとのように入れて傍らに置いた。
長櫃を担ってきた者どもは帰って行った。

その後で、最初に声をかけてきたこの島の主の男が近寄ってきた。
「あなた方を迎えたわけは、実は、此処よりさらに沖の方にも一つ島があります。その島の主は、私を殺してこの島を手に入れようと常に攻めてきます。我等も迎え撃って、ここ数年は撃退してきました。それが明日攻めてきて、我等も彼等も生死を決する日なので、『助けてほしい』と思ってお迎えしたのです」と言う。
「その攻めてくる相手はどのくらいの軍勢を率いて、何艘ほどの船に乗って攻めてくるのですか。我等の力では及ばないまでも、こうして参ったからには、『命を棄ててこそ』という気持ちで仰せに従いましょう」と、釣り人どもは言った。

島主の男はこれを聞いて喜び、「攻めてくる敵は、実は人の姿をしたものではなく、迎え撃つ私もまた人間ではありません。今日、明日のうちに分かるでしょう。まず、敵どもが攻め寄せ島に襲いかかろうとする時には、私はこの上から攻め下りてきますが、これまでは敵どもをこの滝の前には上陸させず、波打ち際で撃退してきました。しかし、明日はあなた方を強く頼りにしていますから、敵どもをいったん上陸させようと思います。奴らは、陸に上がれば力が出せますので、喜んで上陸してくるでしょう。しばらくは、私に任せておいてください。私が抗しきれなくなったら、あなた方に目配せをしますから、その時にある限りの矢を射かけてください。決して油断なさらないでください。明日の巳の時(午前十時頃)頃から戦の準備にかかり、午の時(正午)頃に戦端を開きます。十分に腹ごしらえをして、この岩の上に立っていてください。奴らはここから登ってきます」と、よくよく教えておいて、奥の方へ入っていった。

釣り人どもは、その山の木などを伐って庵を造り、矢尻などを十分に研ぎ澄まし、弓の弦などを点検して、その夜は火を焚いて話などして過ごした。
やがて夜が明けたので、十分に腹ごしらえをしていると、はや巳の時になった。

                                              ( 以下、(2)に続く )

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加賀の離れ小島 (2) ・ 今昔物語 ( 巻26-9 )

2016-02-02 13:34:21 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          加賀の離れ小島 (2) ・ 今昔物語 ( 巻26-9 )

     ( (1)より続く )

さて、島の主の男が、敵が攻めてくるといっていた方向を見てみると、「風が吹き起こり、海の色がただならぬ怖ろしげな様相」となっていると思っているうちに、海面が真っ青となり、光っているように見えた。その中から大きな火の玉が二つ出て来た。
「どういう事なのか」と思いながら、島の主の男が反撃に出るといっていた方角を見上げると、そちらも山の様子がただならぬ怖ろしげになっていて、草はなびき木の葉も騒いで、音高くざわめいている中から、こちらからも火の玉が二つ出て来た。
沖の方から岸近くまで寄せ来るのを見れば、十丈(30mほど)ほどもある蜈蚣(ムカデ)が泳いでくる。背は真っ青に光り、左右の横腹は赤く光っている。
一方、山の方を見れば、同じような長さで、胴回りが一抱えほどの蛇が下ってくる。
両者は、舌なめずりをして向かい合った。いずれも、怖ろしげなることこの上ない。
やがて、島の主の男が言っていたように、蛇は蜈蚣が上陸出来るほどの距離を空けて鎌首を差し上げて立つと、それを見た蜈蚣はしめたとばかりに走り上がった。互いに目を怒らせて、しばらくにらみ合っていた。

七人の釣り人は、言われた通り岩の上に登って、矢をつがえ、蛇を見守って立っていると、蜈蚣は蛇に向かって襲いかかり噛みついた。互いに、ひしひしと噛み合ううちに、共に血まみれになっていった。蜈蚣はもともと手が多く、押し掴んで食うので、常に優勢であった。
二時(フタトキ・四時間)ほども噛み合っているうちに、蛇は少し弱った様子が見え、釣り人どもの方に目配せをして、「早く射てくれ」と言っている様子なので、七人は集まって、蜈蚣の頭から始めて尾に至るまで、矢のある限り射かけ、矢の根元まで残らず射尽くした。
その後は、太刀でもって蜈蚣の手を切り落としたので、ついに倒れ伏した。
それで蛇は蜈蚣から離れ退いたので、七人は蜈蚣を滅多切りにして殺してしまった。
これを見て、蛇は弱り果てた様子で山の奥に帰って行った。

それからしばらくして、この島の主の男が、片足を引きずって、とても苦しそうな様子で、顔などが傷つき、血を流しながら出て来た。
また、食べ物などを持ってきて、釣り人どもに食べさせ、大いに喜んで感謝した。そして、蜈蚣を切り離して、山の木を伐ってきて上に乗せ、焼いてしまってその灰や骨などは遠くに捨ててしまった。

それから島の主の男は釣り人どもに、「私は、あなた方のお蔭で、この島を無事に領有することが出来ました。大変嬉しいことです。この島には、田を作る所が多くあり、畑は限りないほどあり、果物の木も数限りなくあります。それゆえ、何かにつけ暮らしやすい島なのです。あなた方もこの島にやって来て住むと良い、と思うのですが、どうでしょうか」と勧めた。
釣り人どもは、「大変嬉しいことですが、妻子はどうすれば良いのでしょうか」と尋ねると、島の主の男は、「その人たちを迎えに行ってから来ればよいでしょう」と言う。「だが、どうすれば此処に連れてくることが出来ますか」と釣り人が尋ねると、島の主の男は、「向こうへ渡る時は、こちらから風を吹かせて送りましょう。向こうからこちらに来る時は、加賀の国に鎮座される熊田の宮と申す社は、私の分かれです。こちらに来ようと思った時は、その宮をお祭り申し上げれば、容易くこちらへ来ることが出来ます」などと詳しく教え、途中の食糧などを船に積みこんで船出させると、島の方からにわかに風が吹き始め、たちまちのうちに加賀国に走り渡った。

七人の者たちは、それぞれ本の家に帰り、彼の島に行こうという者を誘って引き連れ、密かに出かけようと船七艘を準備し、作物の種などを十分に用意し、まず熊田の宮に詣で、事の次第を申し上げて、船に乗り沖に漕ぎ出すと、またにわかに風が吹き出し、七艘とも島に渡り着くことが出来た。
その後、七人の者どもは、その島において田畠を耕し、住まいを広げ、子孫が数多く増えて、今も住んでいるという。
その島の名を猫の島というそうである。その島の人は、年に一度加賀の国に渡り、熊田の宮の祭りをするというので、この国の人がそのことを知って様子を覗き見しようとするそうだが、どうしても見つけることが出来なかったという。島の者は、思いもかけぬ夜中などに渡ってきて、祭り事をして帰ってしまうので、その跡を見て、「いつものように祭りをしたのだ」と気付くのだという。その祭りは毎年行われ、今も絶えていないという。
その島は、能登国の某(意識的な欠字)郡の大宮という所からよく見えるそうで、曇った日に眺めると、遥か離れた所に、西側が高く青み渡って見えるということである。

今を去る、某々年(意識的な欠字)の頃、能登の国に某(意識的な欠字)常光という船頭がいた。その船頭は風に吹き放たれて彼の島に漂着したところ、島の者どもが出て来たが近寄らせようとはせず、しばらく船を岸に繋がせ、食料など与えられ、七、八日いるうちに、島の方から風が吹き出すとともに、船は走るように能登の国に帰り着いた。
その後、その船頭の話によると、「ほんの少し見えた様子は、その島には人家がたくさん重なり合い、京のように小路があり、人の往来も多かった」と言う。島の様子を見せまいとして、近くには寄らせなかったようである。

最近でも、遥かから来る唐人は、まずその島によって食料を手に入れ、鮑や魚などを取り、そのままその島から敦賀に向かうが、唐人にも、「このような島があると、人に話すな」と口止めするそうである。
これを思うに、前世の機縁(因縁)があればこそ、その七人の者どもはその島に行って住み着き、その子孫が今もその島に住んでいるのであろう。極めて住みよい島であるらしい、
となむ語り伝へたるとや。

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妹兄の島 ・ 今昔物語 ( 巻26-10 )

2016-02-02 11:08:18 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          妹兄の島 ・ 今昔物語( 巻26-10 )

今は昔、
土佐国幡多郡に下賤な男が住んでいた。自分が住んでいる浦(海浜)とは違う他所の浦で田を作っていたが、自分が住んでいる浦の田に籾を巻いて苗代を作り、その苗を船に積み、田植え人などを雇い引き連れて、食物を始め、馬鍬・唐鋤・鎌・鍬・斧・鐇(タツギ・広刃の大斧)などという物に至るまで、家財道具一切を船に積みこんで、他所の浦に出かけていた。
ある時、十四、五歳ほどの男の子と、その妹で十二、三歳ほどの女の子の二人を船の番に残して、父母は田植え女を雇ってきて船に乗せようと、陸に上がった。

ほんの少しの間だと思って、船を少しばかり陸に上げて、綱は放り出したままにしておいたところ、この二人の子供は船底に横になっていたが、やがて寝入ってしまった。
その間に、潮が満ちてきたので船が浮き上がり、突風が吹いて少し海に吹き出されると、今度は引き潮に引かれて遥か南の沖に流されてしまった。
沖に出ると、ますます風に吹き流されて、帆を上げたかのように進んで行く。その時になって、子供は目を覚まして回りを見たが、船が置かれていた所とは違っていて、遥かな沖に出てしまっているため、泣き騒いだがどうすることも出来ず、ただ風に吹かれて流されて行った。
父母は、田植え女を雇うことが出来ず、「船に乗ろう」と戻ってきたが、船が見当たらない。しばらくは、「風の当たらない所に隠れているのか」などと思い、あちらこちらに走って名を呼んだが、応える声はなかった。
繰り返し繰り返し大騒ぎして捜したが、跡形もないので、どうすることも出来ず、ついには諦めてしまった。

さて、流されたその船は、遥か南の沖にある島に吹き付けられた。
子供たちは、恐る恐る陸に下りて、船を繋いで周囲を見回したが、人影らしいものは見えない。引き返すことも出来ず二人で泣いていたが、どうなるものでもなかった。
やがて女の子が、「もうどうすることも出来ない。といって、このまま死ぬのは嫌。この食べ物のある間は、少しずつ食べていって生きていこう。でも、それが無くなったら、どうして生きていけばいいのかしら。そうよ、この苗を枯れないうちに植えましょうよ」と言った。
男の子は、「そうだ、お前の言う通りだ。すぐにそのようにしよう」と同意した。

そして、水があって耕作に適した所を探し出して、鋤・鍬などみな揃っているので、ある限りの苗をみな植えた。
そして、鐇などもあったので、木を伐って小屋などを作って住んだが、果物が季節ごとに実を付けるものが多く有り、それを取って食べたりしながら暮らしているうちに秋になった。
これも前世からの定めであるのか、作った田がとても良く出来たので、たくさん刈り取って置き、兄妹励まし合って暮らすうちに、いつしか何年もの月日が立ち、二人も成人となり、やがて夫婦となった。

そうして、また何年か経つうちに、男の子や女の子が次々と生まれ、それをまた夫婦とした。
この島は無人島であったが大きな島なので、田を多く作り広げて、その兄妹が産み続けた子孫が、島に余るほどにもなり、今も住んでいるということである。「土佐の国の南の沖に、妹兄(イモセ)の島がある」と、ある人が話した。

これを思うに、前世の宿世(因縁)があったので、兄妹が夫婦になったのであろう、
となむ語り伝へたるとや。

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糸を吐く犬 ・ 今昔物語 ( 巻26-11 )

2016-02-02 11:07:16 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          糸を吐く犬 ・ 今昔物語 ( 巻26-11 )

今は昔、
参河国某(意識的な欠字)郡に一人の郡司がいた。妻を二人持ち、それに蚕を飼わせて、糸をたくさん作らせていた。
ところが、本妻の所の蚕が、どういうわけか全部死んでしまい、蚕を育てられなくなったので、夫は妻に冷淡になり寄り付かなくなった。そうすると、従者たちも、主人が行かないため誰も行かなくなり、本妻の家は貧しくなり、周りに人がいなくなった。
そのため本妻はたった一人となり、使用人もわずか二人ばかりになってしまった。心細く、悲しいことこの上なかった。

家で飼っていた蚕がみな死んでしまったので、養蚕の仕事もやめてしまっていたが、たまたま一匹の蚕が桑の葉につかまって葉を食っているのが目についたので、これを捕まえて飼ったところ、この蚕はどんどん大きくなった。桑の葉を取ってきて与えると、見る見るうちに食ってしまう。これを見ていると可愛くなり、大切にして育てた。
「これ一匹だけを飼っていてもどうにもならない」と思うものの、長年飼い慣れていたのにこの三、四年飼っていなかったので、思いがけず飼うようになったことが嬉しくて、大切に飼っていたのである。
ところが、その家では白い犬を飼っていたが、その犬がそばにすわって尾を振っている前で、この蚕を何かの蓋に入れて桑を食べるのを見ていたところ、突然、この犬が立ち上がり走り寄って、この蚕を食べてしまった。
本妻は大いに驚き悔しくて仕方なかったが、蚕を一匹食ったからといって、犬を打ち殺すわけにもいかなかった。

さて、犬は蚕を食い、飲んでしまって、こちらの方を向いている。
「蚕一匹さえ飼えないとは、これも前世からの因縁なのだ」と思うと、哀れでで悲しくて、犬に向かって泣いていると、その犬がくしゃみをした。すると、鼻の二つの穴より白い糸が二筋、一寸ばかり出て来たのである。これを見て不思議に思い、その糸を掴んで引くと、二筋ともするすると長く出て来たので、それを糸枠に巻きつけた。一杯になると次の糸枠に巻き、さらに次の糸枠に巻き取った。
こうして、二、三百の糸巻きに巻き取ったが終わらず、竹の竿を渡して繰り返し懸けたが、それでも終わらず桶などにも巻き取った。
全部で四、五千両(両は重さの単位。一両は37.5gか?)ほど巻き取った後、糸の端が繰り出されると、犬は倒れて死んでしまった。
その時本妻は、「きっと、仏神が犬になって助けてくださったのだ」と思って、家の裏にある畠の桑の木の根元に、その犬を埋めた。

さて、本妻がこの糸を精製できずに持て余している頃、夫の郡司が所用の途中、その門前を通りかかると、家の中がたいそう荒れている様子で、人気もなく、さすがにあわれに思い、「ここにいた妻は、今どうしているのだろう」と、かわいそうになり、馬より降りて家に入ったが、人影もない。ただ、本妻が一人でたくさんの糸を持て余していた。
見てみると、我が家で飼っている蚕から取る糸は黒く、節があって粗悪なのに、この糸は雪のように白くて光沢があり実に素晴らしい。この世にまたとない素晴らしさである。
郡司はこれを見て大いに驚き、「一体どういう事だ」と尋ねると、本妻は事の次第を隠すことなく話した。これを聞いて郡司は、「仏神がお助けになる人を、私はおろそかにしていたのだ」と後悔し、そのままこの家に留まり、今の妻のもとには行かず、本妻と暮らすようになった。

あの犬を埋めた桑の木には、蚕がびっしりと繭を作った。そこで、またそれを取って糸にすると、上質なことこの上ない。
郡司は、この糸の出来た次第を国司の某々(意識的な欠字)という人に語ったところ、国司は朝廷にこの事を申し上げたので、それより後は、犬頭(イヌカシラ)という糸をこの国から献上することとなった。
この郡司の子孫がこれを受け継ぎ、今もその糸を献上する家として存在しているそうである。この糸は、蔵人所に納められ、天皇の御服に織られることになっている。
天皇の御服の材料としてこの糸は現れたのだ、と人々は語り伝えている。また、新しい妻が本妻の蚕を策をもって殺したのだ、と語る人もあるが、確かなことは分からない。

これを思うに、前世の因縁によって、夫婦の仲ももとに戻り、糸も現れてきたのであろう、
と語り伝へたるとや。

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