三島由紀夫短編集。「煙草」のゲイ。「春子」のレズ。「サーカス」の冷酷。「クロスワードパズル」の恐怖。「真夏の死」の喪失など、並みの作家でない表現には到達し得ない高みを感じさせる。並外れた比喩や描写には魅了されつづける。
「煙草」のなかで、「沈鬱な沼地が、森の中に散在していた。それはあたかも森の下水(したみず)が青空に憧れてここに集まり、また暗い地下へと還ってゆくための憩いの場所のようで、重い灰色の水は少しも動かぬように見えながら、ひっそりと輪廻(りんね)しているのが窺われた」
また、「春子」からは、「祖母は粋筋(いきすじ=花柳界)の出というのに、歳月とともに何もかも洗い流して美しい木目が浮き出たような洒落な人柄だった」とか、
密かに恋慕する叔母春子の入浴に妄想が駆け巡る。「簀子(すのこ)はまだ乾いている。女の蹠(あなうら=足裏)はヒノキのなめらかな足ざわりから今日の秋を感じるであろう。 湯殿の暗い灯の下に、女のからだは、まるで悲哀や物思いに満ちているかのように、影に満ちて立っている。湯船の蓋をあける音と、最初の湯を流す音がひびきわたる。ひざまずいて肩から湯を浴びたので、暗い輝きがひっきりなしに彼女の肩や乳房のあいだからしたたりおち、いちばん影の濃いところへとなだれおちる」
胸の動悸がはげしくなるほど息苦しい。