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洒落た落ちがあるラブ・ストーリー「瞳の奥の秘密」2009年制作のアルゼンチン映画

2016-12-21 17:23:31 | 映画
                  
 銀行員の妻がレイプされ殺されたモラレス事件を通して裁判所勤務の男女の愛を、今時珍しい雰囲気で描く。今時珍しいと言ったのは、出会ってすぐに寝る男と女が多い中にあって、それとは無縁の男と女だから。

 裁判所をリタイヤしたベンハミン・エスポシト(リカルド・ダリン)は、意外な結末を迎えたモラレス事件を題材にイレーネ(ソレダ・ビジャミル)との愛を形にしておきたいと思った。その小説の中味を描いてみせたのがこの映画。

 目が主要なテーマとなれば、カメラは執拗に目の表情を追う。25年前の最初の出会いは、新しく配属されてきたイレーネを見たエスポシトの目はイレーネを見つめて動かない。「コーネル大よ」というイレーネの瞳も聡明で微笑んでいた。

 事件の犯人は苦労の末、逮捕にこぎつけた。一旦は刑務所に収監されたが、事件課の行政命令により釈放された。イレーネとエスポシトは、担当のロマーノに抗議するが、このしたたかな男は「服役中にわれわれに協力し始めた。ゲリラの情報を掴んだりした。いい仕事をした。何か不満かね」
「事態を理解してます? 殺人犯なんですよ」とイレーネ。
「かもしれん。だが賢い勇敢な男だ。家に侵入し仕事をする。彼の私生活に関心はない。破壊分子を捕らえるほうが先だ。悪人も役に立つ」

 さらにエスポシトに向かって「なぜイレーネと来る。自分を守るためか? 彼女はお前とは関係ない。彼女は法学博士だがお前は高卒だ。金持ちと貧乏人。価値のある人間とない人間。彼女は守られている。お前は違う。生きる世界が違うんだ。俺に文句があるなら、一人で来い」なんともはや、なけなしのプライドをずたずたにされたエスポシト。

 心の動揺が収まらず廊下で出会ったイレーネに「私を避けないで、同じ世界の人間よ」と言われても「だといいが」アルゼンチンが階級社会なのかどうかはまったく知らないが、そんな風にも思える。いうなれば富裕層のイレーネ、労働者階級のエスポシトという図式。

 酒飲みで酔っ払いの同僚パブロ(ギレルモ・フランカーヤ)が、エスポシトと間違われて射殺されたのをきっかけに、イレーネはエスポシトをブエノスアイレスから1500キロ離れた遠隔地フフイ州の裁判所に転勤させる。ロマーノの指示で動く悪党にパブロは殺されたと信じているからだ。

 別れのプラットホームの場面は大メロドラマ。軽くハグで別れようとするが、お互いの感情はキスを求めた。だが、エスポシトは頬と頬を合わせただけで「さよなら」と言って列車のデッキに立った。

 BGMはロマンティックなピアノの旋律。やがて列車は動き出す。イレーネの感情は激情と化す。列車を追いかけ窓に手のひらをくっつける。それに重ねるエスポシトの手のひら。列車は速度を上げる。最後尾に走りよったエスポシトは、駆け続けるイレーネを凝視する。ここで私は思った。さっさと降りてイレーネを抱きしめろよと。イライラするけど脚本はわざと観客をイラつかせるつもりらしい。

 25年後の二人は、エスポシトの家で小説の原稿をイレーネが読んでいる。エスポシトは感想をせっつく。
イレーネ「男がフフイへ旅立つところよ。男は涙を流し、女は最愛の人を見送り、汽車を追う。二人は窓越しに手を合わせ、女は涙をこぼす。まるで未来は灰色であるかのように。まるで最大の愛を告白できなかったように」
エスポシト[その通りじゃないか」
イレーネ「だとしたら、なぜ一人で去ったの? いくじなし」
エスポシト「男はその後、高原でリャマを教えて暮らす。君は検事に昇進、2児の母、そう書いて欲しい? 男はフフイの美人と結婚し首都に帰る。いい女だった。だが愛せなかった」
イレーネ「後味の悪い小説ね」
エスポシト「最悪だ。いいか、同じ過ちを繰り返したくない。何とかしたい。25年間自問自答を繰り返してきた。忘れろ、すべては過去だ。考えるな。だが出来ない。過去じゃない。今も続いている。知りたい。この虚しさは何だ。この空虚をどう生きればいい。どうすればいい」イレーネは無言だった。

 小説の書き始めに夜中に飛び起きてメモした紙が残っていた。それには「Temo怖い」とある。本人もなにが怖いのかよく分からない。リタイヤ後初めてイレーネの検事室を訪れたとき、古いタイプライターをくれた。そのタイプライターには「A」が欠けているとも言った。

 小説の原本を綴じているとき、そのメモを取り上げてAを加え「TeAmo愛してる」に変えた。Aは欠けていたものを補うと言うエスポシトの心の現われ。

 検事室のドアを開けた。「話がある」エスポシトの目を見てイレーネは理解した。愛を告げに来た。「簡単じゃないわよ」「構わない」イレーネの瞳に浮かぶ万感の思い。[扉を閉めて」

 この二人が若くして結婚していたら幸せだっただろうか。学歴の差や出自について腫れ物のように扱いづらかったかもしれない。今、老境に近づいて今のイレーネ、そして今のエスポシトそのものが大事で余計な履歴は必要ない。それを認め合う二人がここにある。久しぶりにずしりと思い愛の形を観た。2009年アカデミー賞外国語映画賞を受賞。ちなみにアルゼンチンでは大ヒットしたという。

  
 

  
 
  
 
  

監督・脚本ファン・ホセ・カンパネラ1959年7月アルゼンチン生まれ。TVドラマ「Dr Houseドクター・ハウス」シーズン1~6を監督。最近では二コール・キッドマン、ジュリア・ロバーツの2015年「シークレット・アイズ」のオリジナル脚本を担当。

キャスト
リカルド・ダリン1957年1月アルゼンチン、ブエノスアイレス生まれ。
ソレダ・ビジャミル1969年6月アルゼンチン、ブエノスアイレス生まれ。
パブロ・ラゴ1972年9月アルゼンチン生まれ。
ハビエル・ゴディーノ1978年3月スペイン・マドリード生まれ。
ギレルモ・フランカーヤ1955年2月アルゼンチン生まれ。
カルラ・ケベド1988年4月アルゼンチン、ブエノスアイレス生まれ。

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