原題は「”R” is for Ricochet」Ricochet弾丸や石が跳ね返るの意。全体に物語はそんな感じなんだが、邦題はキンジーのラブロマンスを中心にしたものだ。それはそれでよかったと言える。
私立探偵キンジー・ミルホーン、37歳2度の離婚歴、現在シングル恋人なし。キンジーはアパートに住んでいて、家主はヘンリー・ピッツという素敵な87歳の独身男性。今回は邦題通りキンジーが恋をして鍛えられた肉体に溺れるという非常に人間的な面を見せる。
その相手は、警部補のチーニー・フィリップス。キンジーから見るチーニーは「彼の体は想像していたよりも筋肉質で、肌につやがあり、美しい彫刻のようだった。見事な胸筋、盛り上がった上腕二頭筋、きれいに割れた腹筋。今まで男の体について深く考えたことはなかったが、思えば、チーニーのような体と出会ったのは、これが初めてだった。とにかく彼の体は惚れ惚れするほど美しい。たくましい筋肉を覆う肌は、しわ一つなくぴんと張りつめ、表面はなめし革のようにつややかだった」
まるで上質のステーキを前にした男のように、よだれを垂らしているように見える。
しかも、「私は悩まない。今回のことも、次に何が起きようとも、まったく後悔しない。たとえこの数時間で彼との関係が終わってしまっても、こんな貴重な体験ができてよかったのではないか」
そして自宅で暇を持て余しているとき「彼の肌が恋しかった。まともに他のことが考えられないほど、体の方が彼を求めていた」
こんなことを女に言わせたり、思わせる男をライバルにしたらとてもじゃないが勝ち目はない。
もう一人キンジーが好ましく思う男がヘンリー・ビッツ。「彼が87歳であることを、私はしばしば忘れそうになる。彼が私より50歳年上だとは、とうてい信じられない。彼は粋で、優しくて、セクシーで、かっこよくて、ハンサムで、活気にあふれ、親切だ」
老人たちよ!! 若い女性からこのように見られるように努力しなくちゃね。
遅まきながら物語なんだが、大富豪から呼ばれてその娘のリーバが出所するので迎えに行ってくれという依頼だった。チョロイ仕事だと思ったのは間違いだった。悪賢いリーバに振り回されるキンジーではあった。まるでRicochetみたいに。
ミステリーというのはパターンが決まっていて、事件や事象を追って解決して終わる。いろんな読み方があると思うが、私は登場人物のキャラクターや、時代背景の描写、ユーモアの程度などを楽しむ。
この本で言えば、マクドナルドのハンバーガーが大好きなこと、夕食にもサンドイッチを食べるということ、もちろん昼食にもオリーヴとピメント・チーズを全粒パンではさみ、四つに切ったサンドイッチを食べる。私も夕食にサンドイッチを食べるから共感する点なのだ。
こんな記述もある。「南カリフォルニアでは、たいがいの地所にスプリンククラー・システムがついているが、空調設備がある家は少ない」これば執筆した2004年ごろの南カリフォルニアなのだ。14年前と言えば、日本にはエアコンがついていた。驚きの事実だ。
さらに懐かしい歌声も老舗のバーで聴くことができる。ジェリー・ヴェイルが歌う”It's all in the game”。
1940年生まれのスー・グラフトンは、2017年77歳で故人になっている。グラフトンの特徴は、アルファベットのA(アリバイのA)から始まるタイトルをつけた作品だ。翻訳されたのがこのRまでで、原書はYまである。故人を偲んで原書を時間をかけて読むのもいいかもしれない。勿論、私はネットで翻訳しながらだ。
さて、それでは華麗なダンス・シーンに重ねて歌われる”It's all in the game”をどうぞ!