妙に印象に残る映画。コメディ映画とされているが、チャラチャラとしたコメディでなくゆっくりと湧き上がる可笑しさに包まれている。わけありの男女が遭遇した人生のひとコマ。
かつてはディオールの香水「ジャドール」を調合し、フランス、いや欧米中に名を馳せた調香師アンヌ(エマニュエル・ドゥヴォス)。
嗅覚を失い現在治療中で舞い込む仕事というのは、皮革のなめし方の不備で不快な臭いを何とかしてほしいというのや、工場の排気の悪臭対策など本来求める香水の調合とは程遠い。それに気難しさも併せ持つ中年女性のアンヌでもある。
アンヌが仕事に出かけるときには、スーツケースやバッグの数が3、4個になりタクシーを使うことになる。そこにやってきたのがギョーム(グレゴリー・モンテル)。
この男、離婚していて一人娘のレア(ゼリー・リクソン)を元妻と交互にそれぞれ何週間かをともに過ごす計画を立てていた。社会福祉士からは一部屋ではレアのプライバシーが守られないから転居をするべきだと言われている。
失業するわけにいかない。交通違反も度重なり雇い主も解雇をほのめかす。ギョームは頼み込んで、アンヌのもとへやってきた。このギョームという男、元日産の会長カルロス・ゴーンを連想する顔立ち。最初は苦々しく思いながら観ていたが、話が進むにつれ気にならなくなった。
アンヌの気難しさに辟易していたころ、帰着して車のトランクから荷物を降ろしていた時、アンヌが持つバッグをひったくろうとした男がいた。ギョームはそいつにとびかかって追っ払った。ところがアンヌの一言が「飛び掛かるなんてどうかしてる」ひったくりを防いだのに、こんなことを言われれば誰だって頭にくる。
「あなたは、お願いしますもありがとうもない。命令するばかりだ」とギョームは荷物を置きっぱなしにして去っていった。
アンヌは過去の栄光を引きずっているのだろうけど、現実を見ていなかったアンヌにもギョームのひと言が影響したのか地方への出張にギョームを同道させた。人間というのは表面的には嫌なヤツと思うが、今回のように列車で移動となれば、座席に座って何かしら言葉を交わすことになる。するとそれぞれの人間性が表れてくる。
ギョームは家庭の事情を話し「娘の行きたいところへ行っている」と言えば、アンヌは「それもいいけど、あなたの行きたいところへも行けばいい」これも一理あるわけで、ギョームは娘を海岸に連れて行った。波打ち際で戯れる父と娘。絵になる風景ではある。
私は思うんだが、ラヴロマンスの映画も渚のデートってよくあることで、海というのはロマンティックな雰囲気を醸し出すのは確かなようだ。家族の団欒にもよく使われる。私の家から約40分も走れば九十九里海岸に達し、波打ち際を歩くと映画のシーンを思い出すことになる。
アンヌがギョームを連れ歩くうち、ギョームの非凡さにも気づき始め「私の仕事を手伝ってくれないか」のセリフとともに、これからの二人の関係を暗示するかのような余情を残して映画は終わる。
ちなみのディオールの香水「ジャドール」を実際に調合したのはチャリス・ベッカー。アマゾンでこの香水の値段を調べてみると、100ml 約14000円ぐらい。ml当たりにすると50mlや10mlよりも安い。
出演の エマニュエル・ドゥヴォスは、1964年フランス生まれ。2002年ジャック・オーディアール監督「リード・マイ・リップス」でセザール賞主演女優賞受賞。
グレゴリー・モンテルは、1976年フランス生まれ。