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読書「司法取引The Racketeer」ジョン・グリシャム著

2021-12-19 20:48:08 | 読書
 カリブ海のアンティグア、うだるような暑いさなかにもかかわらずV・C・バード国際空港で到着が遅れているフライトを待っていても、わたしはイラついた気分になっていない。理由はすぐにわかる。

 サンファン発のシャトル便から弾むような足取りでタラップをおりてくるヴァネッサは、まるでモデルのようだ。つばの広い麦わら帽子、デザイナーズブランドのサングラス、喜ばしいほど丈の短いサマードレス、自分がノックアウト級の美女であることを知っている女ならではの気楽な優雅さを眺めると一瞬暑さを忘れる。

 こんなうらやむ人生を謳歌している男は、マルコム・バニスター43歳。Racketeer(詐欺やゆすりによる金員を得る)で得た金の延べ棒570本、金額にして850万ドル(約9億6千万円)を分配するとはいえ、懐が豊かになり暖かさとみだらな視線をヴァネッサに注ぐ。

 マルコム・バニスターはもともと黒人の弁護士で、罠にはめられ違法なマネーロンダリングに加担したとして10年の刑期を宣告され、5年が経過したとき絶好の機会が訪れる。

 それはある日の朝、メリーランド州フロストバーグ近郊にある連邦収容所のコーヒー室で、手に取ったワシントン・ポスト紙の<ロアノーク近郊で連邦判事殺害される>の記事である。
 現場は地下室。2体の亡骸。1体はレイモンド・フォーセット連邦判事66歳、そしてもう一つの死体は、秘書のネイオミ・クラリー二人の子を持つ離婚した34歳。

 FBIの捜査は、犯人の痕跡がないまま暗礁に乗り上げる。10万ドルの懸賞金も宙に浮く。マルコムは笑みを浮かべる。早速手続きに入る。

 連邦刑事訴訟規則第35条には、一旦確定した懲役刑を軽減するための唯一の手続きが定められている。それは受刑者がほかの犯罪―――それも連邦捜査機関が関心を抱いている犯罪―――を解決できる場合、その受刑者の刑期を短縮することができる、 とある。

 マルコムがFBIのヴィクター・ウェストレイク副長官とスタンリー・マンフリー連邦地区首席検事に伝えた条件とは、わたしはフォーセット連邦判事殺害の真犯人を知っている。それを教える前に「即時釈放と証人保護プログラムの適用、10万ドルの懸賞金の受領」。この条件を伝えるまで長い時間がかかった。そして事態は動き出した。

 マルコムとひと時も離れたくないヴァネッサが主要人物、FBI副長官や連邦地区首席検事がときどき登場。真犯人とされる麻薬密売人クイン・ラッカーの熱演。マルコムとクイン・ラッカーの一芝居が成功の階段を登る。

 読み手としては、ひょっとしてFBIが本気の捜査をしてカラクリを知りマルコム逮捕となるか、あるいはずっと間抜けなFBIで終わるのか。 と思いながら読み進む。やっぱり間抜けなFBIだった。

 カリブ海のアンティグアは、かつてイギリスの植民地だった。そのせいか英語が公用語で、住民はさえずるような音が混じる魅力的な一種のキングズイングリッシュで喋る。
 そして見逃してならないのは、ホンジュラス産のあまり有名ではないハンドメイドの葉巻「ラボス」だ。このラボスを愛好していたのが、フォーセット連邦判事なのだ。
 ネットでラボスを調べたが、ヒットしない。有名でないと断わりがあるから、日本ではないのかもしれない。

 ジョン・グリシャムは、著者あとがきでこのように言っている。「本書は紛れもなく虚構の産物であり、これまでの作品よりもさらに虚構の度合いが高い。数百ページの文章のうち、事実に立脚している部分はほとんどないといってもいい」
 そうでしょう、これを真似されたら困るものね。しかし、映画やテレビドラマには出来るだろう。整形手術後のマルコムをデンゼル・ワシントンがいいと思う。でも66歳か、チョット無理かな。女優は誰だろう。思いつかない。

 マルコムは光り輝く陽光を受けて、カリブ海のうねる波間に漂う。「ハッピーだよ」と。

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