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読書 テオドル・ベスター「築地」

2007-05-06 11:41:42 | 読書

              
 私にとってこの築地という地名は、自分の家から出て角を曲がるように慣れ親しんだところであり、懐かしさがこみ上げてくる。浄土真宗別院の築地本願寺の境内を通り抜けたり、東側の道路を歩いて勤め先のあるビルに通ったりしたものだった。
 それが朝日新聞朝刊で、人類学と日本研究のハーバード大学教授のこの人を紹介する記事が載った。そして「築地」という著作もあるとあった。

 東京都民やその近隣の東京圏の住民なら、築地と聞くとすかさずアメ横と並んで買出し市場と思うはずだ。私も毎年クリスマスが過ぎると買い物客でごった返し、地下鉄築地駅が混雑して閉口したのを思い出す。
 で、この本の研究対象も築地市場で、正式名称は「東京都中央卸売市場築地市場」である。業界の人間は、場内市場と場外市場と言い分けて、門外にある規制外の一般市場と区別している。その場外市場を一般の買い物客はおおむね利用している。

 教授の学術的研究結果は、正直言ってあまり興味を引かない。一度読んでもすんなりと頭に入らないからだ。むしろ教授の気楽な記述の方が興味深い。
 例えば、“少なくともアメリカ人に対しては、築地のニュース報道に『波止場』などの映画でもおなじみの腐敗のイメージがないことを指摘しておくべきだろう。新聞がすっぱ抜いた、ニューヨークのフルトン・フィッシュ・マーケットの組織犯罪や暴力沙汰といったスキャンダルのイメージも。
 築地を訪ねるアメリカ人は、ほぼ本能的に、この市場にも影の部分があるはずだと思ってしまう。日々のあわただしい取引の影では、暗黒街のボスが幅を利かせ、価格を決めたり、せりで不正をしたり、とにかく脅迫や強要で市場を牛耳っているに違いない、と。
 実際、私もこれまでに、築地の地下社会はどこにあり、その触手はどこまで伸びているのか、とずいぶん大勢のアメリカ人に聞かれたものだ。わたしが答えると、彼らは決まってがっかりする。
 組織的腐敗という面で言えば、1920年代以降、この市場にはスキャンダルらしいスキャンダルがないのだ。勿論、築地に住んでいるのは聖人ばかりというわけではない。だが、調査で分かった事実やインタビューからは、市場の売買に外部犯罪者のフィクサーがいるとか、水面下では腐敗した内部ネットワークが常習的に動いている、と言ったことを示唆するものは何も出てこなかった”

 ちなみに映画『波止場』は、1954年エリア・カザンの監督で、マ―ロン・ブランド、エヴァ・マリー・セイント、リー・J・コッブ、ロッド・スタイガー、カール・マルデンという錚々たる俳優たちを起用して、沖仲士たちを仕切るボス(リー・J・コッブ)に単身立ち向かうボクサーくずれのチンピラ(マーロン・ブランド)を描く。
 この映画は、アカデミー賞の作品賞、主演男優賞、助演女優賞、監督賞、脚本賞、撮影賞、美術監督・装置賞、編集賞を受賞。
 エリア・カザンは、「欲望という名の電車」「エデンの東」「群集の中の一つの顔」などの社会派監督。2003年94歳で死去。

 この人類学者も手落ちなく観光案内もやってのける。“人類学者が、自らのフィールド・ワークの舞台について、観光客向けにガイドを執筆するなどということはまずないことだ。しかし、築地は東京を訪れる外国人にとって以前から人気の観光スポットだった。
 初めて訪れる人にとって、東京はだだっ広くて混沌とした、大して「見るもの」もない都市に映るものだが、そんな中で、ここは確かに見ごたえのある場所である。築地は、特に売り込んだりしなくてもそのままで十分魅力的な、真の名所なのだ。
 人類学者も観光客もその場所が正統なものかどうかにこだわるが、その点、築地はまさにホンモノである”

 ご丁寧に発音の仕方まで書き込んである。“Tsukijiという名称の発音には、多くの外国人がてこずる。squeegee(スクィージー)とほぼ韻を踏んでいるが、アクセントをつけずに平坦に発音する”

 さて、本来の目的食べることは“築地は食のパラダイスであり、どの店に入っても、まずハズレということがない――とどのつまり、客の多くは食のプロなのだから、まずいわけがない! 
 場内の飲食店はさまざまで、すし屋、天ぷら屋、焼き魚・肉の店、蕎麦屋、カレー屋、そして少なくとも一軒イタリアン・カフェがある。
 築地に足しげく通って15年、ひどくまずいものを食べたのは一回きりだ”

 築地市場は、鮮魚・冷凍魚・水産加工品を扱う世界最大の市場だそうだ。その取扱高を1996年で見ると6億2800万キロ以上の水産物、57億ドル相当が取引されている。北米最大の魚市場ニューヨークのフルトン・フィッシュ・マーケットは、重量で築地のわずか13%、約10億ドルに過ぎない。

 その市場で、私は主にエビと小玉たまねぎに利尻昆布をよく買った。エビはスーパーで売っているものとは味が格段に違い美味しい。大きな梅干用の梅くらいの小玉たまねぎは、スーパーではお目にかかれない。このたまねぎとグリーン・ピース、ベーコンを煮込んだものが好きでよく食べた。利尻昆布はだしを出すには最高の昆布で、値段も張るが美味しいものが食べたければ躊躇しない。

 私がよく市場を徘徊した頃は、外国人観光客をあまり見かけなかったが、ここ10年ほどの現象なのだろうか。そしてかなり老朽化した築地市場の行く末は、2012年をめどに豊洲地区に移転され、跡地は2016年開催に立候補した東京オリンピックのメディアセンターになる予定になっている。果たしてどんな結末になるのか。

 著者は、ハーバード大学教授。専門は人類学と日本研究。元アメリカ人類学協会東アジア研究分科会会長、元都市人類学協会会長。著書に『Neighborhood Tokyo』(1989)、『Doing Fieldwork in Japan』(共編、2003)などがある。本書『TSUKIJI』(2004)は、「アメリカ人類学協会 経済人類学部門2006年度最優秀賞」ならびに「アメリカ人類学協会 東アジア部門2005年特別文献賞」受賞。

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