高島城は1590年(天正18年)、諏訪に転封された豊臣秀吉の部将、日根野織部正高吉によって1598年(慶長3年)に完成しました。この城は、諏訪湖と数条の川により周囲の濠の役割をしていて、諏訪湖の波が城壁にせまり、水中から城郭のみが浮き出したように見えたために、「諏訪の浮城」とも言われたそうです。それより前の諏訪は諏訪氏が諏訪湖周辺を治めていました。武田・織田の相つぐ侵攻を受けた後、天正18年(1590)豊臣秀吉によって徳川家康が関東へ移封された時、諏訪頼忠は行動をともにして武蔵国比企郡奈良梨へ移り、日根野氏が入封しました。関ヶ原の合戦後は、日根野氏の関東への転封と入れ替りに、慶長6年(1601)高島城には再び諏訪氏が帰城し、初代藩主諏訪頼水から10代藩主諏訪忠礼に至る江戸時代270年の間、諏訪氏の居城となりました。天守閣は明治8年(1875)に取り壊されましたが昭和45年に再建されています。