8時、起床。
トースト、ドーナツ、サラダ(ゆで卵、トマト、レタス)、人参の天ぷら、茸と里芋のスープの朝食兼昼食。
玄関先の、昨日母がころんだ場所に、椅子を持ってくる。母はしゃがんで鉢植えの花の世話をしていて、立ち上がったときによころけ転んだのであった。しゃかんだ姿勢から立ち上がるのはけっこう筋力がいるのだ。膝に負担をかけないように、花の世話をするときはこの椅子に座ってやってもらおうというわけであるが、さっそく野良猫のなつがちょこんと座った。コンクリートの上よりも居心地がよいのだろう。
「あるす」へ行く。
去年の今頃も店内には早咲きの桜が飾られていた。親戚が送ってきてくれるのだそうだ。
モカを注文。
コーヒーを飲み終わると、ホットケーキの粉を使って焼いたパンと紅茶のサービス。
ご主人が庭の夏みかんを採っていると、近所の子どもたちが欲しそうな顔で見ていたので、おすそ分け。
私も紙袋一杯に夏みかんをお土産にいただいた。
ご夫妻の写真を撮らせていただく。次回来たときにプリントアウトしたものを差しあげると喜んでいただける。
明日は雪の予報が出ているが、空模様がそれっぽくなってきた。
ご近所のIさんのご手配で、卵がたくさん送られてきた。数えたら170個あった。賞味期限は2月末だが、とてもわが家だけでは食べきれない。母のお見舞いに来ていただいたご近所のみさんにおすそ分けしよう。
庭に生った夏みかんであれ、いただきものの卵であれ、地域コミュニティの成立要件の1つは「おすそ分け」という贈与行為である。あるいは「おすそ分け」という行為の背後にある「お互い様」(相互扶助)の精神である。これから先、ますます「お一人様」の時代になっていくだろうが、「お互い様」の精神は必要だろう。「お互い様」の精神を失ったとき、「お一人様」の時代は他者に対する敬意も配慮もない「おれ様」の時代になるだろう。
母の昔のパート仲間のSさんのご主人が亡くなったという知らせが入る。Sさんご夫婦は母が入院しているときにお見舞いに来てくださったのであるが、ご主人が心筋梗塞で亡くなったのはその3日後のことである(Sさんは入院中の母にはそのことを知らせなかったのである)。突然の知らせにしばらく母は茫然としていた。
夕方、小腹が減ったので、昆布のお茶漬け。
夕食は焼肉と(いただいた卵を使った)出汁巻卵。しばらく食卓に卵料理が増えそうだ。
川越から妹が母の見舞いにやってくる。今夜は泊って行くそうだが、明日の雪が気になるところだ。
今夜も走りに行こうとしたら、「遅いからやめときなさい」と妻に言われ、素直に従う。妻は私が「オヤジ狩り」とかに遭うのを心配しているのだ。私が走るのは公園の中とかではなく、駅から電車を降りて帰る人たちの多い路上を走っているので、そうした心配は無用と思うのだが、妻に心配をかけさせるのもよくないので、11時を過ぎて走るのは控えようかと思う。