フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

2月1日(木) 晴れ

2024-02-02 12:04:43 | Weblog

9時15分、起床。7時半ごろ一度目が覚めてトイレに行ったのだが、それから二度寝をしたら寝坊してしまった。

今日から2月だ。今年は29日まである。

マヨたまトーストにトライする。まずはマヨネーズで土手を作る。

卵を落とす。

チーズをまぶす。

弱火で5分焼く。

5分では不十分だった。中火でさらに5分焼く。

いい感じでできた・・・と思ったが、パンの裏側が焦げていた。焼くときにアルミホイルを敷くのを忘れた。でも、表側は熱々トロトロに出来上がったので、よしとしよう。

マヨたまトースト、ソーセージ、サラダ、牛乳、珈琲の朝食。

食事をしながら本日の『ブギウギ』(録画)を観る。スズ子は無事出産したが、愛助が死んでしまった。明日の回を見るのがつらい。

昨日のブログを書いていたら、ツイッターで「マーボ屋」が6月末の閉店を告知していた(!)。思わずリツイートする。

1時から社会学コースの「博士論文構想発表会」(オンライン)。発表者は1名で1時間で終わる。

3時頃、昼食を食べに出る。家を出るとき「きりん珈琲」に電話して、席が空いていることを確認し、10分後に伺うことを伝える。

うどんナポリタンとウィンナー珈琲を注文する。

注文を済ませて、鞄に入れてきた本を読み始める。雨宮まみ『40歳が来る!』(大和書房、2023年11月)。

眼鏡ケースからリーディング・グラス(老眼鏡)を取り出す。柄が外れているが、組み立て式ではない。鞄の中にソフトケースに入れておいたのだが、踏みつぶして壊してしまったのだ。やれやれ。千円程度の安物だから損害は少ないが、以前、同じようにして一万円ほどするハズキルーペを割ってしまったことがある。ハズキルーペは椅子座面に置いて座っても壊れないが、踏みつぶせば壊れるのだということをそのとき知った。

うどんナポリタン(目玉焼きをトッピング)。

ウィンナー珈琲。一昨日、「福井珈琲」でウィンナー珈琲を注文したときはスプーンが付いていなかったのでかき混ぜずに飲んだのだが、ここではスプーンが付いてくる。半分ほどかき混ぜずに飲み、残りの半分はかき混ぜて飲んだ。ココア同様、スイーツ的ドリンクである。

『40歳がくる!』の著者雨宮まみは10年ほど前『女子をこじらせて』という本でブレイクしたライターで、「こじらせ女子」は流行語にもなったそうだが、私はその本を読んでいなかった。今回、はじめて彼女の文章を読んだ。本書は彼女が40歳になる年にウェブで連載していたエッセーと何人もの人の追悼文で構成されている。そう、彼女はウェブ連載の途中で死んでしまったのである。

 実際のところ、40歳というものが、自分にもやってくるのだと実感したのは、37歳になったときだった。自分は「なんとなく35歳ぐらい」だと思っていたのに、ぐっと「だいたい40歳」側に近づいた感じがした。
 30歳になるときに、こんなことはなかった。そりゃもう、30歳になるということは怖かったから、25歳のときから心の準備をして、年が明けるごとに誕生日より早く「今年は26歳になるんだから、もう26歳のつもりで過ごそう」なんて思っていた。
 30歳までに何かを成し遂げないといけないと思って、焦っていたのもある。仕事である程度やっていけるようになっていたい、結婚もしていたい、していなくてもいい恋愛もしていたい。30になってもまだ男から求められるような性的な魅力や美しさを保っていたい・・・。とにかく欲望だらけだった。その欲望だらけの30歳を迎えるために、25歳から必死に準備をしていたと言ってもいいだろう。
 しかし、40歳については、なーんにも考えていなかった。「仕事、続けけていけるかなー」という漠然とした不安はあったものの、今から転職っていうのもピンと来ないし、これから何か新しいことを始めよう! みたいな意欲もない。どちらかというと「40歳になったら、死んでもいっかと思っていた」という感じである。
 なんでこんなに40歳について、何も考えず、何の覚悟もしていなかったんだろう。(「はじめに」より)

 私が彼女のこの本を買ったのは、そのタイトルに惹かれたからである。彼女の本が置かれていたのは人生論関連のコーナーで、そこには「80代」や「90代」の著者たち(ほとんどが女性)が「楽しく」「ストレスフリーに」生活している様子やそのコツみたいなことが書かれている本がたくさん並んでいた。本も商品である以上、消費者の要求に応えて書かれているのであり、それは裏を返せば、多くの人が老後の生活に不安や憂鬱な気持ちをいだいているということである。そうした不安や憂鬱を解消してくれる、少なくとも軽減してくれる本が人生の処方箋として求めらているということである。そういう超高齢社会的状況の中で、「40歳がくる!」というタイトルは異彩を放っていた。老後の生活に不安や憂鬱になっている人たちから見たら、「何をいっているんだ」「40歳は女ざかりじゃないの」と言われそうなタイトルだが、いまの老人たちが中年だった頃には、「ミッドライフ・クライシス」(中年の危機)をテーマにした本はけっこう出回っていたはずである。「団塊の世代」は巨大な購買層であるから、彼らの人生段階に対応したテーマの本が次々に出版され、いま、「楽しい老後」や「ストレスフリーな老後」をテーマにした本が花盛りというわけである。だからといって「ミッドライフ・クライシス」が現代人の人生から消えてしまったわけではない。それは依然として大きな危機として存在している。しかも、現在の「ミッドライフ・クライシス」は以前の「ミッドライフ・クライシス」とそっくりそのまま同じというわけではない。それは「さらなる個人化と高齢化が進行する社会におけるミッドライフ・クライシス」なのである。

家に戻る途中、「マーボ屋」の前を通る。「告知」でにぎわいが戻ってくるといいですね。

4時半から教授会(オンライン)。30分ほどで終了。

夕食の時間までレポートの採点作業。

夕食はエノキタケの豚肉巻き、しらす干し、里芋の味噌汁、ごはん。

食事をしながら『プラバト』を追っかけ再生で観る。

続けて『となりのナースエイド』第4話(録画)を観る。医療ドラマにサスペンスドラマ(姉の死の謎)が挿入されているのはどうなのだろう。

「気が散りますよね」

レポートの採点作業。

風呂から出て、今日の日記を付ける。

1時半、就寝。