フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

8月20日(土) 晴れ

2016-08-22 12:15:38 | Weblog

9時、起床。

トースト、サラダ(炒り卵)、紅茶の朝食。

朝食をとりながらTVを観ていたら、陸上男子400メートルリレーで日本チームがあれよあれという間に銀メダルを獲得した。

第4走者にバトンが渡った直後、ほんの一瞬だが、ケンブリッジ飛鳥がボルトを抜くんじゃないかとさえ思った。

さすがに中盤からボルトにはどんどん離されたが、肉薄する米国・カナダを振切って2位でゴールしたのには驚いた。

3位(後に失格)とは100分の2秒の差だった。

体格とパワーで優る米国にチームワーク(集団主義)とバトンパス(技術力)で勝ったのだ。これは戦後日本の高度成長(とくに自動車産業)の再現である。日本中が歓喜したのはそのためである。

11時20分に蒲田駅で卒業生のミサさん(論系ゼミ3期生、2013年卒)と待ち合わせ、「まやんち」へ行く。

今季11個目のピーチメルバである。去年の記録(10個)を更新した。ボルトのごとき断トツの記録であろう。

ミサさんにとっては人生初のピーチメルバである。彼女とは去年の9月5日に「まやんち」へ来たのであるが、そのときはすでにピーチメルバは終了していた。今日、一年越しの悲願が叶ったのである。

食事は西口にある鰻屋「寿ゞ喜」に食べに行く。

かつて蒲田銀座通りと呼ばれ、いまサンロードカマタと呼ばれている通りの奥に「寿ゞ喜」はある。

赤重(鰻重の上)と肝吸いを注文。

店を出るとき、「お腹いっぱいで、もうスイーツは入りません」とミサさんが言った。ほう、めずらしい。3期生ではユキさんに次いでガッツリ系のミサさん(人は見かけによらないのだ)だが、今日は少食ではありませんか、どうしたのと聞くと、「実は昨日、バーベキューをやったんです」とのこと。あっ、そういうわけね。

「phono kafe」でお茶にする。

本当にお茶のみ(笑)。

大原さんに写真を撮っていただく。

本日最後のカフェは大井町の「pottery」へ。

大井町は初めてとのこと。

大井町名物の飲み屋小路を行く。ミサさんは和服の似合う女性である(卒業式のときに確認済)。小料理屋の女将さんなど絵になるであろう(笑)。

「pottery」のカップはひとつひとつ違う。マダムがその都度、選ぶのだ。 

卒業して3年5カ月、食事同様、仕事も男前にしてきたミサさんだが、そろそろ(来年あたりか)新しいライフスタイルへの移行を考えることになりそうだ。人生が移行期の連続である点は男女に共通であるが、自分のいまの生活が過渡的なものであるという感覚は男性よりも女性がより強く感じることが多いのではないだろうか。というのは、人生の移行が、本人の意志と社会の制度的要請のほかに、その中間にある要素、配偶者や子供の事情によって引き起こされる面が強いためだ。最終的には自分がそれを選択したのだという形をとるとしても、そこに至る過程は男性ほど単純明快ではなく、自分を納得させるための努力が必要とされる。反対方向のベクトルのバランスをとりながら、やがて相対的に大きなベクトルの方へ生活が変化していくことを受け容れていく、それが過渡的な生活である。これは実は男性の人生も同様なはずなのだが、幸か不幸か、男性はこうしたことに鈍感なのである。あるいは、自覚していても、それを口にすることができないのである。

マダムが「お写真、お撮りしましょうか?」と言ってくれたのでお願いする。ゆったりした空間の感じがよく出ている。

「pottery」のドアの外で本日最後のポートレートを撮る。

お昼に食べた鰻重もようやく消化されてきたみたいですね(笑)。

ミサさんとは大井町のホームで別れた。次回は腹ペコで会いましょう。

蒲田に戻り、「有隣堂」でNHKの俳句と短歌のテキスト(9月号)を購入。 

夕食はピーマンの肉詰め。

デザートはスイカ。スイカを食べている限り、夏は終わらない。


8月19日(金) 晴れ

2016-08-21 11:42:45 | Weblog

8時、起床。

トースト、サラダ、オレンジジュース、紅茶の朝食。

12時20分に蒲田駅で卒業生のサキさん(論系ゼミ3期生、2013年卒)と待ち合わせ、「まやんち」へ。

店主のまゆみさんが私の顔を見るなり、「チーちゃん」から連絡がありました、と言った。「チーちゃん」とは松本のカフェ「chiiann」の奥様のことである。「チーちゃん」(奥様の子どもの頃の呼び名)+「庵」=「chiiann」なのである。

ピーチメルバはすでに予約済み。ティーリストからダージリンのセカンドフラッシュ(夏摘み)をチョイス。

先週は「まやんち」は夏休みだったので、2週間ぶりの、そして今季10個めのピーチメルバである。これで昨年の記録に並んだ。

「今日は先生にご報告があります」とメールで予告されていた。私にはAとB、二つの可能性を予想していた。Aは「親元を離れて一人暮らしを始めました」という報告、Bは「〇〇〇〇〇することに決めました」という報告。Aが7割、Bが3割と思っていたが、Bだった。そう、決めましたか。*9月10日に3期生の集まりがあるので、そのときみんなには話すそうです。

たぶん卒業生の中ではブログへの登場回数一、二を争うサキさんだが、まだ蒲田の隣町である寺町池上には行ったことがないので、昼食は池上のお店を希望。

カフェレストラン「薫風」。「甘味あらい」があった頃は、それとセットのようにしてブログによく登場していた店だが、久しぶりである。

おまかせ九種。9種類のおかずがワンプレートにのっている。これを注文することが一番多い。

コーヒー(紅茶)が付いてくる。私はホットコーヒー、サキさんはアイスコーヒーを注文。

 神木隆之介似のサキさんです(笑)。

雲が多い方が夏の散歩にはありがたい。 

 人生の岐路に立つサキさんです(笑)。

本門寺の参道の商店の前には縁台が置かれいる。

寺町らしい古民家。

古い酒屋さんの店先で。

 本門寺の階段の下で。さあ、97段、登りますよ。

高校時代はバスケットボールのセンターを務めていたサキさん、息切れもせず登り切りました。

陽射しは強いが、木陰がたくさんあるので、大丈夫。

お参りをすませる。何をお願いしたのかは想像がつく。

最近は若い人でも日傘を差す人が多い。

五重塔の方へ。

池上会館の屋上庭園。

展望台に登ってみる。

サキさんは「デコチン」を気にしているが、気持ちの良い風に吹かれるこの写真は「OKです(笑)」とのこと。

墓地の中を歩く。

木洩れ日の中で腰を下ろす。

本門寺境内の散歩を終えて、「相模屋」で一服。

この店のメニューは葛餅一品のみ。潔い。

こうして卒業後に私と会う意味について聞いてみた。「先生とお会いすることで、自分自身の状況を改めて客観的に見ることができているような気がします」とのこと。そうですか。そうすると、私は一種のジャイロスコープとして、ぶれがあってはいけないわですね(笑)。

今日はまだツーショットを一枚も撮っていませんでしたねということで、参道の縁台でパチリ。

蒲田に戻り、サキさんは東急プラザで買物をしてから、池袋で友人たちと会うそうである。

次のカフェは秋が深まった頃にね。 

帰宅して、ジムの支度をしてまた出かける。

自衛官募集のポスターにゴジラが登場している。

ジムでのトレーニングを終えて、「phono kafe」に顔を出す。

明日が結婚式というMさんが来ていた。最近滞っていた日記をまとめて書いていたようである。

金柑と梅ジャムのカキ氷。これがあるからジムでトレーニングしている、というところがある。

夕食は親子丼。

デザートはスイカ。

一般紙も見出しの付け方がスポーツ新聞のようになっているな。


8月18日(木) 曇り一時雨

2016-08-21 02:46:22 | Weblog

8時、起床。

朝食はとらず、昼食を「喜楽亭」に食べにいく。

東急蒲田駅はかつての東急渋谷駅に似ている。

下丸子駅で下車すると、目の前の林には霧がかかっている。23区内とは思えない。

プラットホームのポスターだけど。

「喜楽亭」は駅舎の隣にある。絶好のロケーションなのだが、残念なことに、営業している店だと周知されていないところがある(笑)。

ちゃんと暖簾もかかっているし、メニューの立看も出ているのだが、窓に板が打ち付けられているように見えるのと(錯覚です)、ショーケースのサンプルが埃をかぶっているのがいけないのだと思う。

いつものチキンカツ定食を注文。

いつものようにご主人とおしゃべりをしながら食べる。今日の話題の中心は映画『シン・ゴジラ』だった。

食事を終えて、店を出る。

下丸子のみなさん、「喜楽亭」は営業していますよ!

トンカツであれ、チキンカツであれ、カツを食べた後のコーヒーは欠かせない。蒲田に戻って「ルノアール」で。

「ルノアール」は腰を据えて読み物、書き物をするのに適している。

『文藝春秋』9月号に「追悼再録」されていた永六輔「テレビが日本人を恥知らずにした」(2007年)を読んでいたら、こんなことが書いてあった。

「テレビが日本人を恥知らずにしてしまったのです。でも、本来の日本人は「恥じらう」とか「はにかむ」、「含羞」(がんしゅう)といった美徳を大切にする人々でした。/たとえば、昔の日本人は、人前でモノを食べることを恥ずかしいとしていました。クレージーキャッツの谷啓さんは、絶頂期には寝る間もないくらい仕事が入っていたのに、絶対に人前でモノを食べませんでした。僕も『遠くへ行きたい』でモノを食べたことは一回もありませんでした。/ところがどうでしょう。最近のテレビはグルメ番組が乱立して、これでもかこれでもかかと食べるシーンを映し出す。「旨い」「凄い」の繰り返しだけで旅番組をつくる恥ずかしさ。食べるというのは、カメラの前で排泄するのと同じくらい恥ずかしいことです。アメリカの友人に「日本のテレビは何か食べているか、仲間で悪ふざけをしているばかりだ」と言われました。」

これはテレビについて語っていることだが、おそらく、インターネット(とくにSNS)についても同様の感想を持っていたのではないだろうか。ブログに食事の写真を載せるなんて恥ずかしいことです、と。す、すみません。おっしゃるとおりだと思いますが、一言だけ弁明しておくと、「昔の日本人」=「本来の日本人」は周囲の人々の強いまなざしの中で生きていたのです。見田宗介いうところの「まなざしの地獄」の中でです。そこではどうやったらまなざしから逃れらるかが関心事であり、「見られないこと」「隠すこと」の技法が発達します。一方、「最近の日本人」は周囲の人々の無関心の中で生きています。見田宗介の弟子の大澤真幸いうところの「まなざしの不在の地獄」の中でです。そこでは「私はここにいる」という自己呈示の技法が発達します。テレビもインターネット(SNS)も弱まってきた他者へのまざなし(関心)を増幅するための装置なのではないでしょうか。

「有隣堂」で永六輔の本を購入。『大往生』と『職人』(ともに岩波新書)。

 『北杜夫 どくとるマンボウ文学館』(河出書房新社)を購入。2012年に出た本の増補新版。

雨が降ってきた。

傘を持っていない人が外にでることを躊躇させる雨だ。

私の鞄の中には折り畳み傘があった。

「サイゴン・バケット」に寄って行く。

カフェではないのでどうかと思ったが、デザートメニューを注文する。三色チュー。氷あづきみたいなものである。300円なり。

夕食は豚しゃぶ(冷製)。

女子バドミントン・ダブルス決勝をリアルタイムで観戦。高橋・松友組が見事優勝した。私は高校時代にバドミントンをやっていたので、他の競技を観るときよりも、熱が入る。第三セット、あの追い込まれた状況からよくぞ逆転勝利を手にしたものだ。

二人のペアを「タカマツ」と短縮して呼ぶのやめてほしいものである。こういうのは恥ずかしい。やっぱりテレビが日本人を恥知らずにしているのかもしれない。

 


8月17日(水) 晴れ

2016-08-19 04:06:19 | Weblog

9時、起床。

トースと、サラダ(炒り卵)、牛乳、紅茶の朝食。

午後、高田馬場のM先生のご自宅を訪問。

企画中の論文集の件でご相談。

懸案事項が解決し、やれやれという気分で高田馬場駅への道を歩く。

「ルノアール」で一服。一緒に行ったメンバーとこれからの進行しついて打ち合わせる。

打ち合わせを終えて、私は研究室へ。

その前にどこかで遅い昼食をとろうと考えていたら、「江戸川ラーメン」の看板が目に入り、ここに入ってみる気になる(看板の置き方が変で、矢印は左を向いていなくてはならない)。

この店に入るのは初めて。中途半端な時間(午後4時)だったせいか、客は私一人だった。

ラーメン+煮卵を注文。「醤油とんこつ」というのは東京風の醤油ラーメンをベースにしてそこに豚骨スープをブレンドしているということだろう。今日のようにお腹が空いていて、醤油ラーメンよりももう少しコクのあるラーメンを食べたいときにちょうどいいように思う。

キャンパスは事務所が一世休業中のため門は閉まっているが、教員は出入りできる。

月の兎のような形の雲である。

39号館(第二研究棟)は外壁の修繕(清掃?)が行われている。

8時過ぎまで雑用をして、研究室を出る。

東京駅構内に出来た書店で芥川賞受賞作(村田沙耶香『コンビニ人間』)の載っている『文藝春秋』9月号を購入。

中途半端な時間に昼食を食べたので、夕食は軽めに、トース、目玉焼き、ハム、牛乳。


8月16日(火) 曇り一時雨

2016-08-19 03:29:53 | Weblog

9時、起床。

トースと、サラダ、紅茶の朝食。

 

2時に家を出る。

「サイゴン・バケット」で昼食。

牛肉のフォーを注文。これを一番よく食べている。

レモン、ナンプラー、香草、香辛料を入れる。

「phono kafe」の常連のT夫妻が入ってきた。こんにちは。お二人もここに何度か来ているとのこと。みんな、地元のお店を応援しているのだ。

最近、近所に出来た中華料理店の話を聞く。知らなかった。行ってみよう。

店主さんに「サイゴンにも同じ名前のお店がありますよね」と質問したら、「サイゴンって?」と聞かれてびっくりする。私の発音が悪かったのだろうか。「このお店の名前のサイゴンです」と言うと、「あっ」という表情になり、「サイゴンは昔の名前で、いまはホーチミン・シティーと呼ばれています」と言った。あっ、そうでしたね。

食事を終えて、駅へ。

目黒にある出版社へ企画中の論文集の件でうかがう。2時間ほど相談。

6時、帰宅。

夕食はステーキ。

書斎の机で使っている電球が切れる。新しいものに替えるが、この製品はもう作られていないので、これが最後だ。