トミー・マックレナン(Tommy McClennan)は、1908年4月8日にミシシッピー州ヤズー・シティー(Yazoo City)で生まれ、1962年にシカゴで亡くなっている。
若い頃は、ミシシッピーで綿摘みなどの農作業のかたわら、街角やジューク・ジョイントで演奏してチップを稼いでいたらしい。そんな彼を、シカゴでのレコーディングに誘った人がいた。南部を旅行しながら、優れたミュージシャンを探していたブルーバード・レコードのレスター・メルローズ(Lester Melrose)がその人で、1930年代の終わり頃だったという。マックレナンは、それに応じ、1939年11月からシカゴに出てブルーバードに録音を始め、1942年2月までに42曲を残してゆく。

RCAのCD07863 67430-2。2枚組のCDで、マックレナンがブルーバードに残した全42曲を聴ける。
写真はダンディーな都会の若者のように写っている。しかしその音楽は、リゾネーター・ギターらしき生ギターの音とだみ声で、ミシシッピーの匂いを強く感じさせる「粗野で荒削り」なブルースだ。そして、それこそがこの人の魅力になっている。が、時代はすでにエレクトリックなモダン・ブルースが主流になっており、レスター・メルローズとの関係も1942年までとなっている。その後もマックレナンはシカゴに残り、小さなクラブなどで演奏していたというが、1950年代にはシカゴのブルースシーンからは消え、1962年にアルコールが過ぎて亡くなったという。
なお、「Cat Fish Blues」の作者とも言われるロバート・ペットウェイ(Robert Petway)は、やはりヤズー・シティーで育っており、マックレナンとは子供の頃から親しかったらしい。このCDでは、ペットウェイとの共演「Boogie Woogie Woman」も聴くことが出来る。
若い頃は、ミシシッピーで綿摘みなどの農作業のかたわら、街角やジューク・ジョイントで演奏してチップを稼いでいたらしい。そんな彼を、シカゴでのレコーディングに誘った人がいた。南部を旅行しながら、優れたミュージシャンを探していたブルーバード・レコードのレスター・メルローズ(Lester Melrose)がその人で、1930年代の終わり頃だったという。マックレナンは、それに応じ、1939年11月からシカゴに出てブルーバードに録音を始め、1942年2月までに42曲を残してゆく。

RCAのCD07863 67430-2。2枚組のCDで、マックレナンがブルーバードに残した全42曲を聴ける。
写真はダンディーな都会の若者のように写っている。しかしその音楽は、リゾネーター・ギターらしき生ギターの音とだみ声で、ミシシッピーの匂いを強く感じさせる「粗野で荒削り」なブルースだ。そして、それこそがこの人の魅力になっている。が、時代はすでにエレクトリックなモダン・ブルースが主流になっており、レスター・メルローズとの関係も1942年までとなっている。その後もマックレナンはシカゴに残り、小さなクラブなどで演奏していたというが、1950年代にはシカゴのブルースシーンからは消え、1962年にアルコールが過ぎて亡くなったという。
なお、「Cat Fish Blues」の作者とも言われるロバート・ペットウェイ(Robert Petway)は、やはりヤズー・シティーで育っており、マックレナンとは子供の頃から親しかったらしい。このCDでは、ペットウェイとの共演「Boogie Woogie Woman」も聴くことが出来る。