相模太夫の旅録=Tabi Log

☆ 旅は一枚の写真から始まる!!

☆ 旅先での四季彩々一期一会の被写体を瞬撮!!

北条氏綱の娘達の菩提寺「栖龍山高長寺」

2023-05-14 13:35:45 | 寺院
小田原市城山に北条氏綱の娘「崎姫」、「香沼姫」達の菩提寺となる曹洞宗寺院「栖龍山高長寺」は鎮座している。明治時代に横浜監獄小田原分署幼年監が設置された際に用地内にあった小田原北条時代(1500年頃)に創建の「高源院」と現在地にあった「長吉寺」が合併し一文字ずつ取り「高長寺」と改称した。小田原駅より線路沿い際に西栢山村の旧家井上八衛門の所有であった銅板葺き薬医門形式の「山門」が構えられている。山門前には当寺の縁起案内と石柱、右には「延命子育て地蔵堂」が建っている。「山門」を抜けると長い石畳の参道の先に銅板葺き入母屋造り屋根平入り「本堂」がある。藍鼠色に着彩された軸組に軒桁と細い飛貫の隙間に換気格子を嵌めて精巧な造りは技術の高さが窺える。季節ではないが境内にある「白木蓮」の大木は市の天然記念物となっている。また裏手の墓所には近代浪漫主義文学の先駆者「北村透谷の墓」と文政年間に日本最後の公許による仇討ちを果たした浅田兄弟の兄「鉄蔵の墓」がある。(2305)
 
 
 
 
 
延命子育て地蔵堂
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「生田緑地ばら苑」春の一般開放に行く!!

2023-05-14 10:00:11 | バラ・バラ祭り
2002年に閉園した「向ヶ丘遊園のバラ苑」「生田緑地バラ苑」として開園し、今や県内随一の「バラの名所」の一つとなっている。今年は明日5/11~28まで「春の一般開放」が決定した。1.2ha苑全体に植栽された800種、3300株の世界各国のバラが植栽されていて大輪、四季咲き中輪、つるバラ、ミニバラのバラが共演するかのように咲き誇り、バラ特有の上質な甘いフルーティーな香りを漂わせている。。緑豊かな多摩丘陵に囲まれた「秘密の花園」と呼ばれる苑内はゲートから「ミニバラ苑」、続いて「ガーデンパーティ」、バラのトンネル「バーゴラ通り」、左奥「イングリッシュローズエリア」、「ロイヤルコーナー」、苑の中央には「バラの丘/中央の丘」、「西口広場」、「裏門前」に植え方、魅せ方を考慮した配置となっている。今年は一週間程早く満開&見頃となったの報に訪れるとまさしく「バラワールド」である。バラは「花の女王」といわれ多くの観賞客、愛好家、撮影者で賑わっていた。(2305)
 
 
 
 
 



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小田原栄町の鎮守「笠守稲荷神社」

2023-05-14 07:27:14 | 神社
小田原市栄町に当地の鎮守「笠守稲荷神社」鎮座している。当稲荷社は、天正8年(1580)に開山した「龍雲寺」の境内に祀られていたが、龍雲寺は明治維新後に廃寺となり誓願寺に合併されるも、明治16年に「華葉山善光寺」創建時、稲荷祠を寺鎮守として祀ったものを、町内の鎮守として現在地に遷して祀ると、当町域は新道開通に伴い参詣者も多く「笠守稲荷神社」と称されるようになった。女武将「巴御前」を救った白狐を祀ったとされる祠が起源とも伝わる。境内の掲示縁起「当笠守稲荷神社は元小田原寺町に天正8年(1590)創立の花葉山院龍雲寺に安置されていた。伝では木曾義仲の夫人巴御前がこの街道を通り掛った時計らずも悪者に襲われ一命に関する折、一匹の「白狐」現われ身を菅笠に変じて危難を救い無事過ぎ行く事が出来たる由、その縁をもって人々同地に祠を造り「笠守稲荷」として崇め多くの人々から敬信され年月を経て来た後、龍雲寺が誓願寺に合併され廃寺となったが、明治16年に足柄上郡沼田「西念寺」の松蔭宣龍上人の発願で現在の地に新寺建立、寺名を改めて「華葉山善光寺」と称してその折、祠を寺門に移し鎮守として護って来た。その後、新道も開けて商店街も発展し、偶々有志の人々と協議し町内の鎮守として永く祀るため現在地に移し、篤信者の援護により「堂宇」完成、人々の参詣後を絶たず当時近くに遊郭新開地有り婦人等の敬信殊に厚くいつしか「笠守」が変じて「瘡守」と呼ばれる様になり、時代も変りその後旧名に改め「笠守稲荷」として人々の篤き信仰の表徴として永く加護される様になった」とある。小田原市内栄町を通る国道255線の左側の住宅街一画に縁起の「掲示板」が掲示され「石の鳥居」と「木製の赤い鳥居」が続き、その奥に「祠」(堂宇)がある。(2205)
 
 
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする