著者は、農家に生まれ、戦中・戦後は超国家主義団体に惹かれ、実験農場・りんご園で雇われたり農業機械の製造販売に従事した後、大規模農場の実現を試みて失敗したそうです。
著者は、農家の後継者が少ないことと国際競争の観点から農家の大規模化・省力化を推進すべきという考えです。その点では政府と同じ方向です。しかし、著者の目からは、行政も農協も大規模化はお題目で実現するつもりがないと映ります。
最初の生い立ちで農家の作業の大変さを書いた部分と補助金申請への行政の対応を書いた部分が読み応えがありました。
この本の中心は、著者が、アメリカ流の大規模農場の実現を目指して、農家の規模拡大を推奨する行政の新農政プランで融資と補助金を申請し、その先延ばしの間に資金繰りが破綻して自己破産に至るまでの経緯です。縦割り行政とお役所仕事で、実情にあわない条件を付け、何度も書類の書き直しや手続の繰り返しを求め続ける行政、農業法人の経営を評価できない金融機関の対応への批判が書き込まれています。
ただ、消費者の側から見ると、アメリカ型の大規模農場でヘリコプターで種籾を蒔き、除草剤を撒布して作った米に「いながのまんま」というブランドをつけて売り出す姿勢・感覚には疑問を感じました。
工藤司 同成社 2006年7月20日発行
読売新聞が8月10日(同日です。奇遇ですね)に書評(というより紹介程度)掲載
著者は、農家の後継者が少ないことと国際競争の観点から農家の大規模化・省力化を推進すべきという考えです。その点では政府と同じ方向です。しかし、著者の目からは、行政も農協も大規模化はお題目で実現するつもりがないと映ります。
最初の生い立ちで農家の作業の大変さを書いた部分と補助金申請への行政の対応を書いた部分が読み応えがありました。
この本の中心は、著者が、アメリカ流の大規模農場の実現を目指して、農家の規模拡大を推奨する行政の新農政プランで融資と補助金を申請し、その先延ばしの間に資金繰りが破綻して自己破産に至るまでの経緯です。縦割り行政とお役所仕事で、実情にあわない条件を付け、何度も書類の書き直しや手続の繰り返しを求め続ける行政、農業法人の経営を評価できない金融機関の対応への批判が書き込まれています。
ただ、消費者の側から見ると、アメリカ型の大規模農場でヘリコプターで種籾を蒔き、除草剤を撒布して作った米に「いながのまんま」というブランドをつけて売り出す姿勢・感覚には疑問を感じました。
工藤司 同成社 2006年7月20日発行
読売新聞が8月10日(同日です。奇遇ですね)に書評(というより紹介程度)掲載