伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

デンマークの歴史教科書 【古代から現代の国際社会まで】

2013-11-18 21:58:29 | 人文・社会科学系
 デンマークの国民学校高学年(日本の中学生に相当するそうな)で使用されている歴史教材。日本語タイトルでは「教科書」と紹介し、「世界の教科書シリーズ」の1冊なのですが、訳者あとがきによれば、デンマークでは1冊の教科書で授業を行うというスタイルではなく教師がさまざまな教材を利用するので、実態としては教材の1つのようです。本の原書タイトルも日本語訳すると「歴史概観」のようです。
 日本の歴史教科書と比較して、経済面や庶民の暮らしへの影響への言及が多く、他方、文化史の紹介はほとんどないことが目につきました。歴史教科書で「偉業」と讃えられがちな大規模建築物の建設や対外戦争の記述に度々それに伴い支配者が農民らからの徴税を厳しくして農民らが苦しんだことが付け加えられています。エーリク6世が新しい砦を築きドイツ北部を征服したが、その費用の捻出のために追加の税を徴収して農民反乱が起き、さらには各地の領主らに借金をして国土を抵当に入れ、1332年にエーリク6世を継いだ弟のクリストファ2世が死ぬと新たな国王は選ばれず王国が解体した(86ページ)というエピソードは象徴的です。
 デンマークらしい視点としては、イギリス側ではもちろん蛮行と描かれるバイキングの略奪について否定的な表現はされず、「イングランド人がデーンゲルドと呼ばれる大金を支払ってはじめて略奪は止んだ」(70ページ)などやや勝利感の漂う記述がなされています。985年頃バイキングがグリーンランドを発見し、その約15年後にはニューファンドランド島にも到達し、「バイキングはコロンブスよりほぼ500年前にアメリカへ到達していた。」(68ページ)とも述べています。1807年にナポレオン戦争の過程で当時イギリスに次ぐ艦隊を持っていたデンマークに対してデンマークがフランス・ロシアに奪われることを恐れたイギリスがデンマークに艦隊を引き渡すことを求め、デンマークがこれを拒否するとコペンハーゲンを包囲して5昼夜にわたって砲撃したそうです。私は知りませんでしたが、「これは、世界最初の一般市民への大型テロ砲撃だった。」(172ページ)とされています。他方、ナチスのノルウェー侵攻時には抵抗せずにナチスの要求に応じて共産党を禁止する法律を制定したり約1万2000人のデンマーク人がSS(武装親衛隊)に加わったなど事実上ナチスへの協力を続けていたことについては商業上のメリットや独立を維持するために必要だったなど肯定的な評価をしています。
 ヨーロッパ中心、近現代史中心の記述ですが、イスラムについてほとんど紹介がないのは残念な気がします。近年では、ギリシャ・ローマの科学技術や文化を継承したのはイスラム諸国で、そのイスラム諸国からそれを学んだことが近代ヨーロッパの隆盛につながったとみる見解が主流だと思います。そういうことを学んでおくことが、ことさらにイスラムへの敵対心を煽る風潮の下でとても大切に思えるのですが。
 日本は、第2次世界大戦でドイツ・イタリアとともに防共協定の当事者だったこと(223ページ)と、広島・長崎への原爆投下(232ページ)以外はまったく登場しません。中国でさえ本の印刷技術をグーテンベルグより500年以上前に開発していたこと(120ページ)と中華人民共和国の成立・朝鮮戦争(240~241ページ)だけですし、インドもバスコ・ダ・ガマらの到達先、コロンブスの目的地として以外はイギリスの植民地だったと紹介される(205ページ)だけということを考えると、そして日本の中学の歴史教科書に「デンマーク」の紹介は1行もないと思われることを考えれば、しかたないとも思えますが。
 歴史や外国についての知識・見方が、どの地域から見るかで相当程度違うということを認識でき、勉強になりました。


原題:DET HISTORISKE OVERBLIK
イェンス・オーイェ・ポールセン 訳:銭本隆行
明石書店 2013年9月20日発行 (原書は2010年)
世界の教科書シリーズ38
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