伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。今年も目標達成!

罪の声

2020-11-20 22:19:30 | 小説
 グリコ森永事件から基本的な事実関係を借用し、グリコ森永事件の真相がこうだと思わせるような効果を狙って、グリコ森永事件をエンターテインメントとして消費した小説。
 グリコ森永事件を扱った報道や記事には、グリコや森永という企業の暗部にも言及しまた示唆し、犯人にある種のシンパシーを持ったり犯行に快哉を叫ぶものが少なからずあるのとは一線を画して、この小説は、徹底的に対象企業を擁護し正当化し、対象企業が嫌がることは一切触れないという姿勢を取っています。根強くある裏取引説を一蹴して犯人は株価操作以外では一切儲けていない(企業からは一銭も取れなかった)と言い張り、対象企業の行為は大量の首切りも含めすべて正当化(企業には落ち度はない、すべて犯人のせい)しています。作者の姿勢を象徴している事実として、この作者が挑戦状の多くを引用しながら、報道されて有名になった(私の記憶にも残っている)「森永 まえ ひそで どくのこわさ しっとるやないか」という挑戦状は一度も引用されていないことがあります。対象企業が言われたくないようなことには一切触れないという、大企業には忖度する姿勢が露わに思えます。
 そして、この小説は、犯人グループにシンパシーを持つ者を糾弾するように、犯人グループの残忍さを脅迫状や子どもの声の利用等をあげつらって強調した上で、グリコ森永事件の首謀者が極左であるという根拠はないのに、極左が首謀者だとし、ひたすら極左を悪者に仕立てています。権力に刃向かう者を悪者にしたがる感覚は、先の大企業を徹底的に擁護する姿勢と相まって、この社会の支配体制を守りそれに脅威を与えかねないものは許さないという意思を感じます。
 極左活動家だった者が、イギリスに渡り「ストライキが横行」していることに驚き、サッチャーの民営化と労働組合弱体化を支持する(310~311ページ)。極左の活動家にも変節を重ね右転向した者も多数いますが、少なくとも左翼陣営に踏みとどまっている者は労働者と労働組合に対してこういう姿勢は取らないと思います。この作者は、極左を、その思想や姿勢を知りもせずにただ何でもいいから貶めているように、私には感じられます。
 エンタメとしてのできは悪くないですが、作者の姿勢にただただ疑問を感じる作品でした。


塩田武士 講談社 2016年8月2日発行
コメント
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