(写真はハフマンバプティスト教会の執事会)
執事会に選定され雇用された主任牧師が、執事会で基本方針の演説をしたり、財務状態をカイゼンしたり、音楽監督をスカウトしてきたりするというのは、聞いているとすっきりしないところがありますね。雇われ人がどうしてそこまで出来るのか、経営権を持つ執事会はどうしているのか、とか。
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現代の株式会社と照らし合わせて理解したらどうでしょうか。
<教会> <株式会社>
会員総会 → 株主総会
執事会 → 取締役会
主任牧師 → 雇われ社長(オウナーでない社長)
教会の最終的な決定権は、教会員の総会が持っています。これは会社で言えば、株主総会に当たります。年に一回の株主総会で否決されたら、取締役も社長もどんなにいい案だと思っていても、実行できません。
しかし、全員が集まって審議する機会は多くとれません。多数で日常的な執行事項をいちいち議論するわけにもいきません。そこで、取締役という代表者を選んでそれに執行を委任するわけです。教会運営ではこれが執事会に当たります。
だが、執事さんもまた普段は会社などでの仕事に従事しています。毎日教会の仕事にかかわっているわけにはいきません。そこで主任牧師に日々の経営の多くを委任します。牧師は教会の事項に専念するのがその仕事ですから。これが会社では社長に当たります。
主任牧師は、副牧師や音楽監督を協力させて日々の教会運営に当たります。会社の社長が副社長、専務、常務らを協力させるのと同じですね。
だからティム牧師は、教会の財務状態を分析し、そのカイゼンのためにも動きます。音楽監督を交代させたりもします。どのような方針で教会業務を執行するかを、執事会で演説したりもします。
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しかしその主任牧師と再契約するかどうかは、取締役会である執事会が決めます。あるいは時として途中で解任することが議題になったときにはそれも、執事会が決めます。そしてその執事会の決定を承認するかどうかは、株主総会であるところの会員総会が最終的に決定します。
<近代株式会社組織は聖句主義教会のコピー>
なにやら近代株式会社組織のやりかたを模倣しているようですが、事態は逆でしょうね。この方式は、聖句主義の教会ではイエスの使徒たちがいなくなってからまもなくして、つまり紀元後1世紀の終わりには出来上がっていたのではないかと思われます。
使徒たちは長老と呼ばれていましたが、彼らは牧者でもありましたので、長老と牧師は同じ人をさしました。また、彼らは教会全体を監督する人でもありましたので、監督とも呼ばれました。つまり、長老、牧者、監督は同じ人の異なった呼び名でした。
使徒時代には使徒たちの発言権は大きかったでしょう。なにせ、イエスに直接教えを受けた直弟子ですし、彼らを通してしるしと不思議が現れていましたから。なので、初代教会時代には長老会議が取締役会のような業務を実質的に行っていたでしょう。
執事は「使徒行伝」では、教会員の生活の世話をする役柄として作られています。最初はそうでした。最初の殉教者ステパノはこの初代の執事さんでした。
しかし、時と共に長老が毎週の説教や日々の教会運営に時間やエネルギーの大半を注ぐようになります。また、イエスの使徒たちのような特別な権威は教会員からみとめられることはなくなります。それにつれて、教会員の総意を受けて教会運営をするのは、執事会のほうが適しているようになり、執事会が取締役会になった。そういう事態は、初代教会時代が過ぎたらまもなくできあがったのではないでしょうか。
このやりかたが近代株式会社に取り入れられたと思われます。
多くの人々から資金を集め、大規模な会社を運営したい。出資者に株券を与え、株主の総会が会社運営の最終決定権を持つようにしたらどうか。代表者として取り締まりを選び、取締役会が会社業務に専念する社長を選んで日々の執行を委任しよう。こういう方式を、聖句主義者の教会運営をヒントに学んだのでしょう。
<教理主義教会では僧侶が決定権をもつ>
この方式はカトリックなど教理主義の教会ではとられておりません。
最終決定権はプロの僧侶が構成する教会本部が持ちます。
ここでは正統とする聖書解釈(教理)を僧侶の組織が決めます。そのことと最終決定権が僧侶に置かれているというのは表裏の関係をなしているわけです。
<カルヴァン派教会は教理主義なのに・・・>
ところが現実は複雑でして、教理主義の教会でも聖句主義教会に似たような運営形態をとるケースがあります。
英国ではカルヴァン派教会は長老派とよばれています。
宗教改革の立役者カルヴァンは教理主義者でしたので、この派の教会は基本的には僧侶が構成する教会本部が決定権を持っています。彼の教え子たちが英国で造った長老派教会が時の経過の中で聖句主義教会的な運営をするようになりました。ここでは信徒の代表を執事といわないで、長老といいますが、この長老会が会社の取締役会のような働きをするようになっている例が多くなっています。
春平太は、これを英国における聖句主義教会に触れて影響されたことによると推測しています。当時、英国には欧州大陸から聖句主義者が大量に流れ込んでいました。国教会からの圧迫が比較的緩やかだったので、彼らが地表に出て聖句主義教会活動をすることが多くなっていました。長老派の人々は、ここでの方式に感銘を受け、取り入れていったのでしょう。
それにつれて、他の教理主義教会でも、形態的にはそれをまねたような事象が広がってきています。けれども、会員総会に最終決定権を持たせるということは、個々の信徒に聖書解釈の自由をもたせるということなくして、完全には成立しがたいです。そのへんを曖昧にしたままでやっているのが、現代のプロテスタント教理主義教会の現状です。
カトリックは、それすらもしない。完全僧侶主義というか、教皇主義ですね。
こちらに所属する信徒さんも多いですから、信徒の好みも様々です。人間様々といったところでしょうか。
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カルヴァンと教会運営方式については、もう少し情報がありますが、機を改めて書くことにいたします。