<創造神は波動の創出者?>
量子論をもちいると、なんと創造神をも説明できるように思えます。
創造神は、「波動の創出者(発射源)」だとみることができるのです。
すると、~波動は万物の存在源ですから~創造神は文字通りの、万物の創造主という論理が得られます。
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さらにその波動には種類がある~と筆者は解読しています。
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第一は、凝集すると「物質の粒子となる」波動です。
第二は、その結合体である物質を、「循環運動させる力を持った」波動です。
この後者が聖書でいう「いのち」に相当します。
だからそれは「いのち波動」といっていいでしょう。
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(余談ですが、前述したように、筆者は以前、「いのち」をエネルギーのような概念とみて、「いのちエネルギー」という言葉に置き換えて、聖句を説明しました。それは聖句のイメージ理解に役立ちました。
けれども、量子物理学は、波動が存在するものの源であると、明かしてくれました。
すると「いのちエネルギー」もまた「波動」ということになります。
だからそれは、もう「いのち波動」と言えばよくなります)
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話を戻します。
聖書は、その「いのち波動」にも二種類あるという思想だと解読できます。
一つは、時の流れの中で減衰し「消滅するいのち波動」です。
今ひとつは、永遠に減衰せず「消滅しないいのち波動」です。
これが聖書の「永遠のいのち」に相当します。
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それだけでも聖書の論理構造の理解が、大きく進みますが、
今少し、イメージ体系を推し進めましょう。
創造神から発せられる「いのち波動」は、被造物にも蓄積しうる~といたします。
静電気が物質に帯電するように、一定量が蓄積されうる、と考えます。
たとえば、創造神イエスから発せられる「いのち波動」は、イエスの着ている衣服にも帯電する~と。
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すると、次の聖句も、物理的に説明がつくのではないでしょうか~。
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「イエスがお出かけになると、群衆がみもとに押し迫ってきた。
ときに、12年の間、長血を煩っていた女がいた。
だれにも治してもらえなかったこの女は、いえすのうしろに近寄って、イエスの着物のふさに触った。
すると、たちどころに出血が止まった。
イエスは、『わたしにさわったのは誰ですか』といわれた。
ペテロは『先生、こんなに大勢の人が、ひしめきあって押しているのです』といった。
しかし、イエスは、『だれかが、わたしにさわったのです。わたしから力が出ていくのを感じたのだから』
といわれた。
女は隠しきれないと知って、震えながら進み出て、御前にひれ伏し、すべての民の前で、イエスにさわったわけと、
たちどころにいやされた次第を話した。
そこでイエスは彼女に言われた。
『娘よ。あなたの信頼があなたを治したのです。安心していきなさい』
(ルカの福音書、8章42-48節)
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御子イエスは、父なる創造神から超多大な「いのち波動」を受け、被造物に放射します。
こうして強烈な癒しも行うのですが、その彼の受けている「いのち波動」は、
彼の着ている衣服にも、一定量帯電した、と解することができるのです。
「なが血」の女は、そのイエスの着物に触れた。
すると、そこに帯電していた「いのち波動」が彼女の身体に流れた。
人の身体に帯電している静電気が、他の物体に電流となって流れるように流れた。
かくして、彼女はいやされた。
~こういう理解が出来ると、この聖句も神話的でなくなるでしょう。
(続きます)
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