「聖句主義者が離れ業を出来た理由」を聖書という素材に見る話の続きである。
今回は「政治の歴史事例が満載されている」ことをみる。
話は長くなる。一気にしないと主旨が伝わらないのでがやむを得ない。
政治見識を育成するに最良の手段は直接経験することだ。だが、この領域の事柄を一般国民は直接経験することが出来ない。
けれども代替手段がないわけではない。次善の策だがそれは過去の歴史事例を吟味することだ。
事例吟味の有効性は、ハーバードビジネススクール(HBS)が実証してくれている。
二年間の経営大学院大学だが、やることは単純。経営の事例吟味のみである。
ここには経営事例を記録した冊子(ケースと呼んでいる)が、いまやおそらく千冊を遙か超えて蓄積されているだろう。
(ケースライターたちが企業に出向いて、経営判断を必要とした事件の情報を得て、一冊の冊子に事例として書いたものが集積しているのだ)
<HBSの教育メソッド>
学校側は、この中から、MBA課程の二年間に用いるべきケースをプログラムする。学生は毎週一冊これを吟味していく。
吟味は三段階で、
① まず、個人研究。
② 次に、数人のスモールグループを形成してのグループ討議。
③ そして最後は、全員教室に集まってのクラス討議。教師はこれをリードし、随時必要に応じて専門理論を注入する。
(その様は、最近ではテレビの「白熱教室」シリーズにみられる)
二年間これを繰り返すだけ。これが天下のHBS教育の実態だ。
だが、その効果は大きく、卒業生から革新的経営者を多数排出している。
樂天の三木谷もその一人だ。
<政治見識育成にも事例素材が必要>
国民の政治見識の育成にもこの方式がベストだ。だが、問題はケース教材である。政治の事例を記した事例集はまだ、造られていないのだ。
ところが、旧約聖書の中にはこれが豊富に収録されているのである。
具体的にはこうなっている。
~創造神は、人間にメッセージを啓示していく。
その際、その適切な受け皿民族をつくり、これにメッセージを受信させ、保存させるという方法を採る。
このとき、受け皿としての人間集団の政治状況も克明に示されている。
受け皿の性格は受信メッセージの神髄理解に関連しているからだろう。それがないと適切な理解が難しくなるのだ。
その受け皿集団がイスラエル民族である。旧約聖書には、これがどう造られ、どう民族国家になり、どう運営されていくかを克明に記している。
その間どういう政治問題が起きるか、その都度、民族国家はどう対処していったか、そしてどう盛衰を繰り返したか等々が詳細に記されている。
だから、これがすなわち、豊富な政治事例集になっているのだ。思えば信じられないことだが、その概略は次のごとくだ。
<イスラエル民族は「作られた」民族>
前述のように、最初の預言者著者モーセは、われわれの住む地上世界が宇宙の中に創られ、そこに動物や人間が創られる様の幻をうけた。
そして彼はこれを記録した、と聖書ではなっている。
モーセはさらに、今日の人類の始祖であるアダムとイブが罪を犯し、エデンという楽園から追放される様や、
創造神がその子孫からイスラエル民族を造っていく様も記している。
創造神はまず、アブラハムとサラという夫婦を選ぶ。アブラハムは世界を造った創造神が存在することに確信を固く抱いている人物であった。
その彼から創造神は自分のメッセージの受け皿となる民族を造ろうとする。
そのためアブラハムに「父祖の地を離れ、自分が指し示す方向に旅をせよ」と命じる。
自分だけをまことの神とする民族の始祖にするためだ。
人間は、一定期間ひとつの土地に定住すると、その地の自然物の中に神をイメージする。
そして山や大木など自然物を配する。さらに像を造ってその中に神がいるとイメージして拝みもする。
アブラハムの父祖の地にも、様々な自然物の神、偶像の神ができていた。
創造神は彼をそれらから切り離すために、その地を離れよと命じたのである。
アブラハムは素直にその地を発った。といっても、彼は大豪族の息子で、多くの奴隷やらくだなど動物を所有していた。
だから実際には、それらと妻サラを引き連れての大集団の大旅行となった。
アブラハム夫妻には、移住の過程で子が生まれる。それが増殖して部族は大きくなっていく。
こうして出来ていくのが、イスラエル民族である。聖書によれば、彼らはこのように「造られた民族」なのだ。
<政治の基本課題は一体性の保持>
部族が存続するには、集団としての一体性を維持せねばならない。統治の基本課題はこれなのだ。
旧約聖書には、この部族がそれを守って成長していく過程と、その時々の統治の事例が具体的かつ詳細に延々と記されている。
<族長統治の時代>
最初はアブラハム、次に彼の長子イサクが族長として統治する。
三代目のヤコブ族長は12人の子をもうける。このうちヨセフとレビを除いた10人からユダヤ10部族が始まる。
そしてヨセフの子、つまり、ヤコブの孫二人が二部族の始祖となって、合計12部族となる。いわゆるイスラエル12部族がこうしてヤコブから始まる。
ところがこの三代目の時に、部族が住み着いていたカナンの地(いまのパレスチナ地域)に飢饉が起きる。
彼らは、食うためにエジプト王国に移住し、部族丸ごとそこの奴隷として働き400年暮らす。
<預言者統治の時代>
その中に預言者モーセが出現する。彼に率いられて約6千人となったイスラエル民族はエジプトを脱出し、カナンの地に向けて大移動をする。
荒野の旅は40年間続く。
その間、民族の統治はモーセが行う。彼は創造神からのメッセージを受信し、それに則って統治する。人民はそれに従う。
モーセはカナンの地に入るのを目前にして死ぬが、彼を助けてきたヨシュアが後を継ぐ。
彼もまた預言者(超霊感者)であって、創造神からのメッセージに従って統治をする。
<士師統治の時代>
イスラエル民族が長期間不在していたうちに、カナンの地には様々な部族が住み着いていた。
ユダヤ民族は創造神から示されたこの「約束の地」を取り戻すべく、住み着いた部族と戦をせねばならなくなる。
相次ぐ戦に勝つ必要から、戦に長けた軍人が統治者になっていった。かれらは士師(しし:さばきつかさ)と呼ばれる。
だが士師もまた預言者(超霊感者)である。以後もイスラエル国家をつくりあげていく統治者はみな超霊感者である。その上で戦が上手いのが士師なのだ。
<王制の時代>
イスラエル民族は戦いつつ領地を広げていく。人口も増して民族の規模が増す。
すると士師よりもっと強い命令権をもった統治者による方が、全員が一体性を保って戦をするのに効率的になる。
民族は預言者を通して、創造神に王様を持ちたいと伝える。
この時、創造神は、王というものが、いかなる権限を持つ存在かを教えている。
人民の収穫物から徴税する権限をもち、息子を兵士として徴兵する権限を持ち、
娘は王宮に侍らせる権限を持つ。
かくのごとく、王制というものを具体的に教えている。
これ自体が、立派な政治システム論になっている。
結局人民は、サウルという王を立てて、王による統治を始める。
その次の王がダビデである。彼は戦に連戦連勝し、「イスラエル国家」を建国する。
民族史の黄金時代である。この時代は彼の息子ソロモンの治世まで続く。
<南北国家の時代>
だが、ソロモンの息子たちは、大国家を統治するだけの器量に恵まれなかった。
彼らは国家を南北に分けて統治することになる。十部族が北イスラエル王国を構成し、残りの二部族は南のユダ王国を構成した。
両国は争いを続けながら存続したが、ついには滅亡する。まず、北イスラエル王国が滅亡し、後に南のユダ王国も第2回目の「バビロン捕囚」によって滅亡する。
バビロンから戻ったこの民族は、南のユダ地域に国家を再建し、北のイスラエル地域の再開発に入る。
その状態で新興のローマ帝国に征服され、その属国になる。ちなみにイエスはこの時期に、北のガリラヤ地域で成長している。
<詳細な政治史が政治事例集に>
「受け皿民族」はかくのごとき変遷をたどる。その状況に応じて、創造神は超霊感者(預言者)にメッセージを啓示するのだ。
そしてこの時々の政治状況の記述が、そのまま政治ケース集を形成しているのである。
聖書の直接吟味を続ける聖句主義者は、結果的にこのケース集を年中吟味したことになる。
この歴史事例の吟味が、実はかけがえのない見識習得手段なのだ。次回にその理由を考える。