Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

神奈川県立近代美術館 葉山

2014年06月13日 21時36分11秒 | 山行・旅行・散策
 「私なんぞよりもずっと美術館に近いじゃありませんか(笑)」と葦原の山姥様に挑発されて、本日の午後ふと思い立って"神奈川県立近代美術館葉山"に行ってきた。



 午前中みなとみらい地区で講座を受講して外に出て見ると快晴、久しぶりに気持ちの良い日差しを浴びて嬉しかったが、ふと北側の空を見ると強烈な積乱雲が不気味に成長していた。不気味ではあるものの、その成長し変化する姿は躍動感があり美しくもあった。
 午後から天候が不安定になるとの予報が当たりそうであったが、雲は北側、逗子は南方面なので大丈夫だろうと勝手に決めつけた。そして思い立ったら吉日ということで、一路逗子へ。ところが横須賀線が事故で運転見合わせ。少々不吉な思いが頭を過ぎったが振り払ってしまった。そして京急で新逗子駅まで。そこから美術館前までバスを利用した。バス停はこちらの方が近くて助かった。

         

 美術館は私にはなかなかいい建物に見えた。三浦半島西側の険しい崖と複雑に入り組んだ海岸線に挟まれた地点に立っている。ちょうど三浦半島の反対の東側にある横須賀美術館がなだらかに海に向かっている平地に立っているのとは対照的な立地である。
 本日ここにやってきた目当ては「立ち上る生命 宮崎進展」。この感想は後日頭の中が整理されてからアップ予定。

        


 帰途はバスに乗らず逗子駅まで約5.5キロを歩いてみることにした。左手に三浦半島西側の海、陸側は三浦半島の山が迫る地形、いかにも逗子・葉山らしい曲がりくねった海岸線である。鎌倉方面にのみ雲がかかっているが、強い日差しが心地よかった。
 葉山アリーナ・森戸神社を経て約1時間半かからずに新逗子駅に到着。

 帰宅後横浜市内の天気の様子を聞いたところ一時的に曇ったらしいが、雨が降ることはなかったとのこと。都内では雹が降ったところもあったらしい。




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「戦場に輝くベガ」(星ナビ7月号)

2014年06月13日 08時16分51秒 | 読書


 プラネタリウムの番組というのをご存じであろうか。プラネタリウムで星を見ることが今は流行っている。そして60分なり90分の投影時間内の番組というのは、それぞれのプラネタリウムによってさまざまに工夫されている。その番組には多くの制作者の想いが込められている。
 私も昔は星空を眺めるのは大好きで、小中学生の当時、渋谷にあった五島プラネタリウムに幾度も通った。その当時は星座と星座にまつわる神話、日周運動の説明、惑星の運行の説明など基本的な観測の説明が主であった。



 今回この月刊誌で紹介されたプラネタリウム番組「戦場に輝くベガ-約束の星を見上げて-」は山梨県立科学館のオリジナル番組である。太平洋戦争中の「天文航法」をテーマにして、当時の忘れられてしまいそうな事実を掘り起し、人々の暮らしや想い、願いをつづった出色の番組である。
 この番組の脚本・演出を担当された跡部浩一・高橋真理子両氏による8頁にわたる紹介文である。
 私も知らなかったが、長距離飛行、特に爆撃機の出撃にはレーダーの無かった当時は、星空の観測による位置確認がどうしても必要であった。特定の明るい観測しやすい星3個の地平高度を測り、簡易天測表を使って位置を測るというもの。その測定は搭乗員がするものの、機上での計算をしなくても済むように作られたのが「高度方位暦」というとのこと。その作成に学徒動員された当時の女学生が当たっていた。その事実を丹念に掘り起し、番組に丁寧に仕上げたことが紹介されている。
 星空を見上げるのが好き、天文現象に興味がある人はたくさんいる。星を見上げるのは人類の人類たるゆえん、人の原初からの尽きない想像力を駆り立ててきたともいえる。この紹介文書には次のような言葉も記載されている。6段に分かれた文章の圧巻は5段目である。
 「星空は地球上の生命が共有できる唯一の風景である。‥星空はすべてをつなぐ力を持っている。」「この番組を構成している軸に、男と女、加害と被害、当時と今、という対がある。それをすべて引き裂くのが「戦争」であり、すべてを超えてつなぐことができるのが「星」だとこの物語は伝える。」
 あらすじの紹介では戦争の加害と被害ということに言及している。「(主人公の)和夫は、満天の星に包まれながら、自分が爆撃した相手にもねどうしても会いたい大切な人がいるであろうことに思い至る。」
 これはひょっとしたら戦争というものを無くすための、残念ながら、とても儚い微かな希望なのである。しかし今のところそこに微かな希望を持つしかないのが、現在の私たちである。
 戦争は、誰もが加害者になり、誰もが被害者になる。人が人を殺す論理が「正義」になるのが戦争である。あの戦争の後も、あれから70年経ても人は国家意思に従属させられて、戦争に駆り出されてきた。今また「国家の論理」「国家の正義」が個人の意思・論理の上に君臨しようとしている。「正義の戦争」という名で「人が人を殺す正義」が大手を振ってのし歩こうとしている。世界中があの70年前とその後も続いた殺戮戦の教訓を忘却し始めている。

 「星が武器としてではなく、希望の光として輝ける日が来ることを祈っています」がこの番組の最後に語られるようだ。私たちは戦争を知らない世代と云われたが、いつの間にか私たちが戦争を語り継がねばならない世代になっている。若い世代が「終わらない物語」が終わる可能性を求めて、生き抜いてほしいと思う。

  



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