なかなか上映されなかったマリック作品だ。久々に彼の作品を見て傍観者的に思うことが多かった。
冒頭からラストまで執拗に繰り返される広角レンズによる被写体。異様に美しく、また一方グロテスクでさえある。酔いそうでもある。このモノローグ、心のつぶやきを映像化するには最適な手法である。
けれど、俳優たちの演技を見ていると、モノローグ群はまず映像を撮った後で(俳優にある程度のシチュエーションは伝えてはいるだろうけど)後で付け加えたものではないかと思うようになった。実力者たちが勢ぞろいしているはずなのに、彼らはいつもの深い演技力を発揮していないのだ。
つまりこの映画は、マリックの内なる4人の分身を心象表現したものではないかと思うのだ。いわば、マリックのポエムである。散文詩である。であるなら、この作品にはストーリーといった具象的なものは不要である。
でもホント、そういう手法でこの映画を撮ったのなら(映像が先か、脚本が先か)、映画作家的に、また作品の評価としてはぐっと下がって来るだろう。ファンとしてはそうでないことをただただ望むばかりだ。
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