目を背けたいような真実がスクリーンに展開される。それはタイにおける幼児売春、幼児臓器売買のことであります。我々日本人たちはこの映像を見た瞬時それは遠い世界のことなんだなんていっていられなくなる、そんな強烈な映像であります。知りたくなかった映像であります。
家畜のような牢獄に住まわされた子供たち。家族からも見捨てられた彼らにとって生きるということはどういうことなのか、彼らをカネで買っていく外国人たちは本当に人間なのだろうか、、。貧困とは何なのか。子供を売っても生活をしていかねばならない人間って、一体何なんだ、、。
一方、牢獄で子供たちを管理するマフィアもそれら子供たちの生き残りの成れの果てである。だが、すでに子供たちを愛憐する気持ちも喪失している。生活のためのカネと外国人への憎悪だけが彼らの生きる術となっている。
この加害者である外国人たちと被害者であるタイ人との対比は鮮烈で強烈、しかし救いがなさ過ぎる。彼らを摘発するだけでこの悲劇が収まるわけはないのである。彼らの悲劇の根源は恐らくもっと深いところにあるはずだから、、。
報道という手段で事実を訴えようとする江口洋介と実際的に一人でも救出していこうとするボランティアの宮崎あおいの対比も面白い。誰かが何かをしなければこの現実は変わらないだろうし、現実はますますひどいものになっていくだろう、、。このやりきれなさが我々日本人には重い鉈となって覆いかぶさる。
ここからネタバレです。未見の方は読まないで下さい。
しかし、原作は読んでいないので何とも言えないが、最後であっと驚く江口洋介の個人的性向がこの映画のリズムをかなり崩したのは事実だろう。映画的にはこういうのはどうなんだろう。それまでの展開にそれに対するそれらしき本人の葛藤らしきものを提示すべきではなかったか。これは観客を最後でぶーんと投げ捨てた感が強い。
それはないよ、と言いたい感じ。
このラストがなければこの映画もただの問題提起で終わってしまうのは否めないと言うのもわかるが、江口を主人公にドラマとして構成しているからにはそれなりの肉付けは必要だろうと思います。(伏線の形でも観客にある程度匂わせる必要があったのでは、、。)
でも、後味が悪いと言うか、どうにもすっきりしない読後感の良くない映画ではあります。出演者全員の熱演が直接こちらに伝わっているだけに、何もしない、何も出来ない、何かをしそうにない我々日本人にはとてもつらいものがありました。
家畜のような牢獄に住まわされた子供たち。家族からも見捨てられた彼らにとって生きるということはどういうことなのか、彼らをカネで買っていく外国人たちは本当に人間なのだろうか、、。貧困とは何なのか。子供を売っても生活をしていかねばならない人間って、一体何なんだ、、。
一方、牢獄で子供たちを管理するマフィアもそれら子供たちの生き残りの成れの果てである。だが、すでに子供たちを愛憐する気持ちも喪失している。生活のためのカネと外国人への憎悪だけが彼らの生きる術となっている。
この加害者である外国人たちと被害者であるタイ人との対比は鮮烈で強烈、しかし救いがなさ過ぎる。彼らを摘発するだけでこの悲劇が収まるわけはないのである。彼らの悲劇の根源は恐らくもっと深いところにあるはずだから、、。
報道という手段で事実を訴えようとする江口洋介と実際的に一人でも救出していこうとするボランティアの宮崎あおいの対比も面白い。誰かが何かをしなければこの現実は変わらないだろうし、現実はますますひどいものになっていくだろう、、。このやりきれなさが我々日本人には重い鉈となって覆いかぶさる。
ここからネタバレです。未見の方は読まないで下さい。
しかし、原作は読んでいないので何とも言えないが、最後であっと驚く江口洋介の個人的性向がこの映画のリズムをかなり崩したのは事実だろう。映画的にはこういうのはどうなんだろう。それまでの展開にそれに対するそれらしき本人の葛藤らしきものを提示すべきではなかったか。これは観客を最後でぶーんと投げ捨てた感が強い。
それはないよ、と言いたい感じ。
このラストがなければこの映画もただの問題提起で終わってしまうのは否めないと言うのもわかるが、江口を主人公にドラマとして構成しているからにはそれなりの肉付けは必要だろうと思います。(伏線の形でも観客にある程度匂わせる必要があったのでは、、。)
でも、後味が悪いと言うか、どうにもすっきりしない読後感の良くない映画ではあります。出演者全員の熱演が直接こちらに伝わっているだけに、何もしない、何も出来ない、何かをしそうにない我々日本人にはとてもつらいものがありました。
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