セントの映画・小演劇 150本

観賞数 2024年 映画 92本、 演劇 70本

シングルマン (2009/米)(トム・フォード) 80点

2010-11-19 14:39:11 | 映画遍歴
なるほど、こういう映画だったのか。でも想像以上に芸術感覚がひしめくそして観客を選ぶ映画でした。死に向かった心境はルイ・マルの『鬼火』、映像と音楽は【ウォン・カーウァイ】の『花様年華』、そして研ぎ澄まされたストーリー感覚はスティーブン・ダルドリーの『めぐりあう時間たち』だ。何を隠そうこれらは僕の最も好きな作品群だ。

最初のクレジットの水の中の裸体シーン。男なのか女なのかはっきりとは分からない。どうも男らしいぞ、これはと思い始める。

次の自動車事故シーンで、死んだ男に寄り添う男性。なるほど、こう来たか。男は死にゆく最後の一日を過ごそうと思っている。その瞬間から彼の見える世界はすべて透いている。悪ガキ一人にしてもこの世に残る愛すべき存在で、はかなく美しい。

家政婦にしても今までのお礼と愛情が自然と湧いてくる。死にゆくと決めた人間はすべて現実のこの世のものがこんなに透けて美しく見えるものなのだろうか。それは経験した人でないと分からない感覚なんだろうが、何となく理解はできる。

ただこの映画は裏返して考えると随分なコメディ映画だとも思う。 8年間だったか、夫婦生活を続けてきた元妻からも本当は私を愛していたのではなかったのか、と言われて、たった8年ではないか、もっと多い16年間も愛する人と生活を続けてきたのだよ、と元妻に毒づく男に意外と愛という俗性を見る。

冒頭の3作に比べるとただ愛する人が亡くなったというだけで死のうとするこの男は俗人なのであります。ジュリアン・ムーアが好きでこの映画を見た僕は、彼女の役柄がとても哀しく、彼女の存在自体もまさにコメディっぽく見えてしまいました。普通、8年も結婚生活をしていれば本当に愛していたのかどうか、特に女は分かるはずではないのか。

最後の一日を透いた目で過ごしている男にも拘わらず肉欲は性懲りもなくほとばしってくる。そして新たな光を見出し男はピストルを引き出しに隠し、自殺を断念してしまう。しかし、以前起こした心臓発作によりまた意思とは別に強制的に死に戻されてしまう。黄泉の国の愛人が浮気を許さないのだ。これほどの人生上のコメディがあるでしょうか。

そうこの映画は映像、音楽、衣装すべて極限的な美を施してはいるが、ただ愛の喪失に戸惑う男の普通の一日なのである。あまりにスタイリッシュなその感覚にそこらの映画と一線を画してはいるが、端的に言うと内容はない。人生という深みも感じることはない。

たとえば20歳位の学生に「人間は生まれる時も死ぬ時も独りなんですね」と、言わせているのである。この甘さは少々鼻白む。

と、持ち上げているようで所々けなしている部分もあるが、結構好きな作品です。しつこいようだが、こういう題材を映画にするにはトム・フォードはまだまだ人生を知り得ていないと言わざるを得ないです。でも、この作品のイメージは好きです。何か矛盾していますけどね。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ゴースト もういちど抱きし... | トップ | 斑鳩紀行~法隆寺から法起寺... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

映画遍歴」カテゴリの最新記事