【ソル・ギョング】 が出てくるも顔が広くなっていて最初誰か分らない。太ったなあ(全然関係ないけど)。彼のアナウンサー生活と家で息子と過ごす妻との家庭が並行して写される。どうも骨のあるアナウンサーらしい。悪は許せないという。また警察批判もする。人気アナだ。
誘拐が始まるまで、その家庭とテレビ局とそしてアナウンサーを恨んでいるらしい犯人の姿がじっくりと描写される。どこにでもいそうな太っちょの男の子はあっけなく誘拐犯にさらわれる。それからがこの映画の見せ場だ。
40日間。まさに被害者側にも警察側にも苦難の日々。人間がこれほど極限にまで苦悩の日々を送ることができるのか。そんな悲鳴が出そうな受難の日々が執拗に描写される。妙に迫真力があり、リアルだ。
犯人の顔を覆い、全く見せないところが憎い演出でもある。しかもこの犯人役はかの有名な【カン・ドンウォン】なのだ。 ここがこの映画の一番のポイントだろう。顔を出さない俳優の演技によって映像が、映画そのものが引き締まるというその歴然たる事実。映画って不思議である。
ラスト、自分の息子がむごい死体となって発見されるニュースをこともあろうに父親である【ソル・ギョング】自身が読む。自然体を装いながらもそのうち感情の洪水に負けカメラの前で嗚咽する父親の姿。この映像を見て涙の出ない観客はいないだろう。さすがギョング、一流の熱演。すごい。
しかしこの映画、ここで終わればよかったのに、急に映像は実際の犯人の声を流し始め、実際の男児の死体を見せる。そう、この映画は犯人逮捕に協力するための、ある意味プロパガンダ映画になり果てる。そして映画は終わる。
この事件を全く知らない僕は映画としてこの映画を見ている。でも韓国では超有名な事件であり犯人逮捕という行為を映画芸術より優先させたのであろう。それは仕方ない気もするが、こういう終わり方は映画として完結していないのである。
何か、映画を見ていて急に闖入者の絶叫が始まり、仕方なく映画観を出る、そんな感じなのである。バランスが最後に崩れているのである。俳優たちが、また演出もすこぶる上等だったので惜しい映画である。
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