鹿児島の自然と食

鹿児島の豊かな自然(風景、植物等)、食べ物、史跡を紹介します。

古田御前

2008-07-15 | 史跡
静御前、巴御前など、御前と呼ばれる女性が歴史上何人かいますが、種子島にも、古田御前と呼ばれる賢母で知られる女性がいます。

古田御前は、鉄砲伝来の時の島主、種子島時堯の側室だった人です。
あるとき、時堯公は国上村に猟に行きました。
のどが乾いたので、人家で飲み物を求めると、娘が出てきて、最初ぬるいお茶を、次に少し熱いお茶を、最後に熱いお茶を出してもてなしました。
時堯公は、賢い娘がいるものだと感心し、側室にしたのです。

御前は、16代久時を生みました。
子供の教育をするのに、種子島の山中にあって寒い古田村を選び、屋敷を構えて母子で住み、厳しく育てたのです。
このため、古田御前と呼ばれます。


古田小学校の校庭にある、古田御前母子像。

久時は、たくましい武将となり、文禄征韓の役には兵を率いて4度も朝鮮に渡り、目覚しい活躍をしました。
寒い朝鮮で活躍できたのは、寒い古田で鍛えられたからです。


古田にある豊受神社。
ここに、古田御前の墓があります。


古田御前の墓。
御前は、古田において40歳でなくなりました。
孟母三遷の教えを実践した人が、種子島にいたのです。


神社の境内にある、イチョウの古木。
コメント (4)
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