子供の成長記録は8ミリで撮影した。
8ミリビデオではない。映写機で写す8ミリ映画である。
今、映写機は壊れており、再生できない。
その後、ソニーの8ミリビデオを買い、これで記録した。
ソニーは、8ミリビデオの生産をやめるそうだ。
今持っているビデオカメラが壊れたら、これも再生できなくなる。
SPやLPレコードも、プレーヤーがなく、押入れで眠っている。
職場にコンピューターが導入されたとき、記録は穴の開いたテープだった。
自分がパソコンを使うようになったときは、記録はフロッピーディスクだった。
これも、2DDから2HDへと進化した。
MDという記録媒体もあった。
その後CD、DVDへと進化し、この種類も非常に多い。
記録媒体が進化し、大容量になっていくのはいいことだが、古い媒体で記録したものが再生できない、という不都合がおきている。
レコードや8ミリ映画などまさにそうで、日本中に再生できないレコードやフィルムが多く眠っているに違いない。
一つの文化の喪失といっていいだろう。
ずっと変わらない、究極の記録媒体というのはないのだろうか。
「それは紙と墨である」
と書いてあるのを読んだことがある。
確かに、紙が発明されてから今日まで、そして将来も当分この記録媒体がなくなることはないであろう。
8ミリビデオではない。映写機で写す8ミリ映画である。
今、映写機は壊れており、再生できない。
その後、ソニーの8ミリビデオを買い、これで記録した。
ソニーは、8ミリビデオの生産をやめるそうだ。
今持っているビデオカメラが壊れたら、これも再生できなくなる。
SPやLPレコードも、プレーヤーがなく、押入れで眠っている。
職場にコンピューターが導入されたとき、記録は穴の開いたテープだった。
自分がパソコンを使うようになったときは、記録はフロッピーディスクだった。
これも、2DDから2HDへと進化した。
MDという記録媒体もあった。
その後CD、DVDへと進化し、この種類も非常に多い。
記録媒体が進化し、大容量になっていくのはいいことだが、古い媒体で記録したものが再生できない、という不都合がおきている。
レコードや8ミリ映画などまさにそうで、日本中に再生できないレコードやフィルムが多く眠っているに違いない。
一つの文化の喪失といっていいだろう。
ずっと変わらない、究極の記録媒体というのはないのだろうか。
「それは紙と墨である」
と書いてあるのを読んだことがある。
確かに、紙が発明されてから今日まで、そして将来も当分この記録媒体がなくなることはないであろう。