Papers.Pleaseのデジャブ:とある国で経験した監視社会の残滓

2022-01-16 11:30:00 | ゲームよろず

 

 

 

もはや伝統的共同体はかなりの程度解体し、複雑化と多様化の中でそれでもムラ社会的メンタリティを捨てられない日本の様を、「安心社会から信頼社会へ」の移行が失敗していると書いた(その矢先に東大の事件が起きたりしているわけだが)。今回はそれに関連して、監視社会を扱った「Papers,Please」に再度触れたい。

 


作品紹介の際その既視感についても言及したが、それは1982年という舞台設定、レトロなドット絵で表現された世界、抑圧や解放のドラマをメディアや映画作品で目にしたことがある(例:ベルリンの壁崩壊や「善き人のためのソナタ」で描かれたシュタージュ)のが要因だ、と述べたように思う。

 


これは一般論としては正しいが、他方で「私はこの現象をもっと身近に生々しい形で知っているような気がする」とモヤモヤを感じてもいた。例えばアウクスブルクで、新しい建物が多いのに空襲という発想が思い浮かばなかった(東京住まいは長いのに)くらい自分は鈍いのだから、それでも感じるこの微細な違和感は何だろうと気になっていたのだ。

 


そんな折、カザフスタンの騒乱をメディアで見て、突如はっきりと理解した。あの作品の既視感は、2019年8月のウズベキスタン旅行だ、と。

 

 

誤解のないように言っておくと、ウズベキスタンが今のカザフスタンのようだったというのでもなければ、ゴリゴリの監視社会スタイルだったというのでもない。むしろ、その残滓を思わせる要素と、それが最近急激に変化し、現地人さえその情報についていけてない様が、結果として朝令暮改的なあの作品で描かれる社会の有り様とオーバーラップしたのである。

 


主要なものを挙げると、
1.レギストラーツィア
2.空港や駅での撮影
の二つに集約される。

 


前者について少し説明すると、これは滞在証明書のことで、宿泊施設で毎日もらい、出国時に提出するものとなっている。揃えて提出できない場合は取り調べを受ける他、90ドル相当の罰金を課せられる(Papers~で言うなら、シャッターが下りるあれだ)。

 


この歴史を私は詳しく知っているわけではないが、おそらくスパイ防止などの意図があるものと思われる。ウズベキスタンに行く前にロシア旅行を計画していた時期もあり、同様に滞在証明書が必要だと知っていたので(今はウラジオストックだけなら不要など例外措置あり)、旧共産主義国≒監視が強い社会としての共通性ぐらいに思っていた。それゆえに、初日タシュケントのホテルにてプリンターのトラブルで証明書がもらえない時はそれなりに焦った。最終日に空港へ行く前わざわざ取りに寄るハメになったのだが、出国時全日程のものを耳を揃えて提出したら、「あー、それもう出さなくていいよ大丈夫!」と微苦笑され拍子抜けした次第(正確には、「やっぱりいらんのかい!」とガックリなった)。

 


これだと単に私のリサーチ不足を疑われるかもしれないが、例えばタシュケントからウルゲンチ(ヒヴァ)行きの飛行機で同席した人の会話によると、その人は証明書が不要になったらしいと認識しており、ホテルのフロントにその旨伝えたら、「いやそんな訳ない!」とかなり訝しがられたとのこと(簡単に言えば、現地で旅行者を相手にする人間にさえ、変更が浸透しきれてなかったようだ)。なお、「地球の歩き方」のような著名な本はもちろん、ネットである程度調べたレベルでは滞在証明書に関する変更は告知されていなかったと記憶している。

 


このように、必要書類の急激な変化と、それに振り回される人々(自分含む)、という様を見たので、Papers~の描き出す光景はメディアを通した二次的な記憶どころか、生々しい実体験として既視感を覚えたのだろう、ということだ。

 


少し補足をすると、ウズベキスタンでは2019年の数年前から大統領が代わり、自由化路線を取っていた模様(なお、これと対照的なのは独裁的体制が続くトルクメニスタンだ)。これと観光大国化に向けた施策ということで、旧共産主義国時代にあった管理・監視の仕組みを緩めたのであろう。

 


二例目に挙げた空港や駅の撮影に関して、罰金はもちろん注意すらされなくなったのも、その一環と思われる。まあ軍の施設などの監視はさすがに昔とそう変化してないだろうし、国境が入り乱れ情勢不安定な東側のフェルガナ盆地方面だとまた状況は違うのかもしれないが。

 


ウズベキスタン旅行の記事を書くのはおそらくだいぶ先のことになるが、以上のような体験ができたという意味では、非常に得難いものがあったと言えそうだ、と述べつつこの稿を終えたい。


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