精神の境界線~サディズムへの反応から~

2007-02-20 02:22:33 | 抽象的話題
世界は消失すべきものであるという思いは、それを形作っている(と当時考えていた)「普通」や「日常」への懐疑を生み出し、それはやがて普通・日常と対置されるべき異常・狂気・非日常への渇望へと繋がった。高校時代にプレイした虜2は、その帰結に他ならない。


よほど「普通」「日常」への怒りが強かったのか、知識レベルでさえほとんど触れたことも無い調教、飼育といった異常な空間と状況が生み出す狂気、またそれに伴う濃密な精神的駆け引きなどを見ることで、狂気への理解と自分の世界観が深まるだろうと当時の私は無邪気に信じていたように記憶している。しかし実際に起こったのはほとんど逆の事態で、ゲーム中の調教関連の諸要素、例えばスカトロジーや針責めに対してことごとく拒絶反応が表れたのだった。もしこれが単純に「気持ち悪くなる」という類のものであったら、あるいはそれほど強烈な印象を私に与えなかったかもしれない。しかしそれは完全な無反応、言い換えれば「作業」とでも言うべき、全く新しくて鮮烈なものであった(※)。そうして、プレイしている最中は数字にしか関心がなくなり、あとはそれを見てどのように行動すべきか計算するという作業だけだったが(例えば体力を100以下にしないと逃げられるから、~を…回実行してそのレベルまで減らしておく、など)、そこには感情の揺らぎは存在せず、ましてやカタルシスなどあろうはずもなかった。


結局のところ、虜2は狂気に関して何らかの感銘を与えるどころか、むしろ精神の境界線(「枠組み・限界」と言い換えてもいい)を強く認識させる役割を果たしたのであった。自分で自分を狂気という枠組みで首実検にかける結果になったのだから道化もいいところだが、これによって狂気の神話が崩壊しただけでなく、自らの精神的限界や生理的嫌悪感を意識できるようになったのは非常に大きかったと思っている。要するに、一般社会や「普通の」人間に対してマルキド・サドの作品が果たすのと同じ役割を、虜2は私に対して果たしたのだと言えるだろう(※2)。


私が自分の感覚・感情に対してある面で信用を置いているのは、こういう強烈な体験によって自分の境界線(≒限界)を認識できている部分が大きいと思われる。もし虜2との出会いがなければ、おそらく今も「それが決まりだから」あるいは「それが良識的ということになっているから、同じように考え、振舞っているに過ぎないのではないか?」と自分を疑い続けていたことだろう。人格などを規定する際、「~である」という定義づけよりも「~ではない」という定義づけの方が有効である場合が少なくない。その意味で虜2は、サディズムやそれに付随した狂気などが「自分の求めるものではない」かつ「自分の耐えられるものではない」と私に自覚させる契機を与えた作品として非常に有意義なものであったと言えるだろう。



あまりの不快感のため、感情が防衛反応を起こしたのかもしれない。この時の感覚・感情は、それを呼び起こす回路が全て遮断されたようなものだったと記憶している。この完璧な断絶に比べれば、大学時代の無関心など感覚や感情に薄い膜を張った程度のものに過ぎない。


※2
これに関して、バタイユは以下のように言っている。
この残虐行為の進展は、これでもまだ全然めざすところに達していたのだが、少なくともサドが自らすすんで引き受けた相貌を、それにふさわしい言葉で表現してはいる。ジャナンの嫌悪感や感情の素朴さまでもが、サドの意図的な挑発に対応しているのだ。こうした見方をすると、私たちは、自分を快くさせるものは何なのか、じっくり考えてみることができよう。だが他方で私たちは、人間が何であるか、人間の条件、人間の限界が何であるかを知っている。つまり、人間はおしなべてジャナンと同じようにしかサドとその作品を判断できないということを、私たちは前もって知っているのだ。ジャナンの憎悪を彼の愚かさ―あるいは彼の判断に与している人々の愚かさ―のせいにしたところで無駄だろう。ジャナンの無理解は当然のことなのだ。人間一般の無理解なのである。(「サドと正常な人間」『エロティシズム』ちくま学芸文庫版 301P)

バタイユは「人間の限界が何であるか知っている」と言うが、私は「人間の限界」を疑い、結局自分もジャナンの側にいることを理解したのであった。この体験を通して初めて、サディズムやスカトロジーに対する生理的嫌悪感と自分の限界を実感したわけである。
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