地上の傘を持つキノコにとっては落ち葉は大敵です。胞子を遠くに飛ばす装置が枯葉に埋もれては目的が果たせません。落葉が少ない場所を選んでキノコが発生するように思えることが良くあります。草本類が多い場所もあまり発生しません。時期も関係がありそうで落葉の前と半ば朽ちた葉が出来る晩秋・初冬(葉が湿って移動しない)に傘を出して胞子を飛散させるのは理にかなった方法の気がします。
晩秋から初冬にかけての野山の散策の楽しみの一つがこのカンタケにであえるかどうかです。どこに行けばあるかは分かってはいるものの、キノコ狩りが目的でありませんからぶらぶら歩いて探します。この日も切り株に食べ頃のものが一塊あり、まるで私を迎えてくれるよう・・というのは少し思い上がりでしょうか。ヒラタケの一種という理解でしたが、最近出版された本には独立種のような記載がされています。肉厚で場合によっては2月・3月でも見られます。好きなキノコです。
先月、我が家の庭の片隅にスッポンタケが発生。その成長記録です。地上に卵のようなものが出現します。知らない人はヘビの卵などと思い込んで潰したりしてしまいます。気持ちの悪さなどが感じられるのでしょうか。何か動物の卵と錯覚する気持ちは分からないわけではないのですが、私は気持ちが悪いというより不思議だなぁと思ってしまいます・・・。
柄が伸びて15cmくらいになりました。傘に相当する胞子を作るところがまだ白くて胞子は熟していません。この柄の部分を食べるといいますが美味しいのだそうです。ただ胞子を作る部分を中心に匂いが気になるかもしれません。
灯台下暗しというのはこういうことでしょうか。里山フィールドミュージアムに山の水辺区にガマの群落がありますが、久しぶりにそこを訪れて様子を観察していたときに気づきました。ガマの群落の中にヒメガマが混生しているではありませんか。いままで自生を見ていないなどと思っていたのに、目の前にあったのです。決め手は雌花と雄花の間に柄がむき出しになっている部分があること。もう雄花は落ちてありませんが付着していた痕跡がしっかり残っています。ヒメガマです。思い込みというのはいけませんね。ガマの群落にヒメガマが混ざっているとは思いも尽きませんでした。
いろいろ観察していると、こういう変わったものもあるのです。果穂の間にむき出しになっている柄がありますね。ヒメガマ?と言いたいのですが、残っている花穂は上下とも雌花の変化したものですからこれはガマです。雌花が途中で分裂するのはなかなか見れません。
生物の面白いところに例外が必ずといっていいほど存在するということでしょうか。一つの考えが数学的に白黒付けられないという面がいいのです。いろいろなことが想像できますからね。
生物の面白いところに例外が必ずといっていいほど存在するということでしょうか。一つの考えが数学的に白黒付けられないという面がいいのです。いろいろなことが想像できますからね。
残り花とは反対に気の早いというべきか春に咲くべき花が今頃咲いているものもあります。スミレの仲間にそういうのが多い気がしまね。ここは雪国、一度冷えて再び小春日和のように暖かくなるとつい花を見せるのでしょうか。そうは言っても新潟の海岸端ならまだしもここは松之山、内陸に入った奥深いところで気象的には厳しい場所です。もっともこのツボスミレは多年草で、年中条件さえ良ければ花を咲かせる性質を持っていると考えてもいいですね。
ツボスミレと並んでノジスミレも花を見せています。やっぱり、季節を間違えたのだろうなぁ・・・。花にあえて嬉しいというよりやや哀れみを感じます。気温など物理的な信号でものごとを判断しているシステムの欠陥でしょうか。中温暖化が進む中での寒暖の変動の激しさが言われています。こうした反応のミスマッチが頻繁に観察されることになるのでしょうか。しかし、自然の生き物は必ずやダイナミックな自然の変動に対してそれなりの適応の戦略を編み出していくはずです。
新緑のブナ林で名高い松之山の美人林です。今回は冬枯れの美人林です。落葉が厚く積もってカサカサと踏みながら林の中を歩いてみました。あいにくの雨模様で物悲しい風情です。今年のブナの実は皆無だそうで、3年前に訪れたときの豊穣の実りとのギャップの大きさに驚かされます。そういえばクマが里に出没する理由に木の実の不足が言われています。ブナの実の現状を考えれば頷ける現象です。
こういう説もあります。ブナのほうからいって毎年実をつけることはしないというのです。毎年実をつければそれを狙って多くの動物などが来て結局は子孫を残せなくなるというのです。ですから動物(多くはネズミ類だそうです)が忘れた頃に大量に種子を生産し子孫を残すと言う考えです。6~7年ごとに一度大量に種子の生産をする・・。「なり年」と「ならない年」というムラを作って種の保存を図るという戦略です。
こういう説もあります。ブナのほうからいって毎年実をつけることはしないというのです。毎年実をつければそれを狙って多くの動物などが来て結局は子孫を残せなくなるというのです。ですから動物(多くはネズミ類だそうです)が忘れた頃に大量に種子を生産し子孫を残すと言う考えです。6~7年ごとに一度大量に種子の生産をする・・。「なり年」と「ならない年」というムラを作って種の保存を図るという戦略です。