今週、聴講している授業の最終日、「ドルチェ 優しく」(アレクサンドル・ソクーロフ監督 1999年制作)を見た。
作家・島尾敏雄の妻・島尾ミホが、それまでの人生を独白するというドキュメンタリー的な作品※。
私自身は昔、島尾敏雄のエッセイを一冊だけ読んだことがあった。「ヤポネシア」という視点で、日本列島の周縁(奄美諸島)から見た「日本」について書かれていた。そのときは、島尾敏雄の壮絶な戦争体験、ミホとの恋愛、波乱万丈の家庭生活など、全く知る由もなかった。
授業でこの映画を見て、私はひどく衝撃を受けた。この映画には、島尾敏雄・ミホ夫妻の壮絶な諍いの果て、わずか10歳で言語を喪失し、成長を止めたという長女・マヤが登場する。撮影時でマヤは49歳。敏雄の浮気が発覚して、ミホは精神病を発病して入院、敏雄も続いて同じ病気に。この出来事がマヤを病ませたのだった。49歳になった娘・マヤの痛ましい姿を何故カメラの前に露出させたのか?これは、普通の母親の感覚では到底ありえないことだと感じた。
だが、母親であるミホは、「神はマヤに試練をお与えなさった」とつぶやくだけ。どこかで聴いたような言い回しと思ったら、やはりミホはカトリック信者だった。日本列島の原風景をとどめるような自然豊かな奄美諸島で、何故、キリスト教流のとげとげしい「神との対話」など必要だったのだろうか?神のご加護や試練を言う前に、わが子マヤに対して犯してしまった自分の「罪」をこそ問うべきではないのか。
実は、ミホと瓜二つの人物が私の親族にはいた。夫は学徒出陣で小笠原諸島に漁船で特攻出撃、幸い九死に一生を得た。戦後は市井の教師として静かな一生を過ごした。だがしかし、その妻はまさに島尾ミホもどきだった。夫の”浮気”を生涯責め立て、親族の”裏切り”を呪い、自分は”立派な”カトリック信者であると言い張って、その一生を終えた。島尾ミホの独白を聴いていて、その相似性ゆえに、正直、私は背筋が凍るような思いがした。この国には、キリスト教は馴染まない、人を幸福にはしない。そう思った。
戦争体験、女の執念…何とでも理屈はつけられるに違いない。しかし私にとっては、忌まわしきカトリックの記憶がこびりついて離れない。
陰陰滅滅たる独白は、カトリックの悪夢を呼び覚ます…
※ 映画「ドルチェ 優しく」
アレクサンドル・ソクーロフ監督と奄美の作家・島尾ミホが出会い、生まれた映像小説。海に囲まれた加計呂麻島を舞台に、ソクーロフのモノローグで島尾家の歴史が綴られて行く。終戦直後の夫婦の出会い、結婚、愛の葛藤、死、自身への問いかけ…。 |
監督:アレクサンドル・ソクーロフ/撮影:大津幸四郎/音声:セルゲイ・モシコフ/編集:アレクサンドル・ヤンコフスキー、セルゲイ・イワノフ/出演:島尾ミホ/島尾マヤ/島尾敏雄(写真構成。1917-1986) 1999年//63分/カラー/日本+ロシア/2000年ヴェネチア国際映画祭招待作品 |
DVDの内容紹介
●アレクサンドル・ソクーロフの“日本三部作”第三作 ●過ぎ去った一切は、たとえそれがどんなに辛い記憶であっても、どこか甘い匂いが漂う。ドルチェ=DOLCEという題名は、フェリーニの傑作『甘い生活』LA DOLCE VITA(60)を連想させる。『インテルビスタ』(87/フェリーニ)では、アニタ・エクバーグとマルチェロ・マストロヤンニが『甘い生活』を見るシーンがある。決して齢をかさねることのないスクリーンのふたりを見つめる27年後のふたり! ●さて、ソクーロフと島尾ミホの出会いはどのように導かれたのだろうか。 ●その昔、奄美には近隣の島や本土、沖縄のみならず中国の手品師、ロシアのラシャ売りが訪れ、島尾家ではそうした来客を厚く迎えたという。 |
とくに、精神病院から、父親に連れられて一次帰郷の道中での、男の仕草には、胸うたれますね。真ともに見えた男が、ズボンを下ろさず「小便を垂れたり」、大木の天辺に上って「女が欲しい・女が欲しい」と喚き続けるシーンは、普遍性があり?心に焼き付きますね。非常にリアリティーがありました。
「ドルチェ」の方は、夢物語的な部分が少々、リアリティーの点で不満が残ります。
映画評になってしまいました。sorry
同じ島尾家の家族:息子・伸三さんの話は、出てきましたでしょうか?映画で・・・
彼の写真は「寡黙でナイーヴ、深い部分があり」好きな映像なのですが、その辺り一辺倒な点、不満を感じます。もっちょっとダイナミックな面を見せて欲しいと、思いました。たしか?一緒に写真展=「本土・沖縄合同写真展」をやった記憶があります、、、。
元台湾・李登輝総統が言っておられましたが「孤独な総統の地位・立場では、宗教(キリスト教)が心の支えとなった」。との事。感じ入るしだいですが、一般人には、どうなんでしょうか?、
本人には、好いかも知れませんが、仰るように周りの人が迷惑を被っては、筋違いでしょうね。
コメントありがとうございます。
映画の中では、「息子・伸三」については触れられなかったように思います。
ご子息は写真家なのでしょうか。
ご一緒に写真展をなさったのですか!
この「ドルチェ」に関しては、個人的すぎることを書いてしまいました。キリスト教、やはり馴染めない方(ほう)に属します、私は…。