江戸の始まりで鎖国状態になっても中国から特例で京の黄檗山万福寺に中国から僧侶が来ていたようだ。万福寺のホ-ムペ-ジでいきなり布袋様のような画像が現れる。シュガ-ロ-ド(秋坂英二著)という本には長崎貿易で中国船の船底に大量に詰まれた篭入り砂糖が長崎中国商人が換金の残りを万福寺に送っていたようだ。長崎貿易の研究はどちらかと言うとオランダ船の研究が多いようで実際の船の数は中国船の方が多い。
さて万福寺のHPには布袋様は七福神の内、唯一中国由来の神様であると記載されています。さらに隠元豆(いんげんまめ)レンコンと孟宗竹、木魚も黄檗山万福寺から日本へ普及したようだ。江戸の初めに中国から(なた豆)が日本に渡来したようです。
最初からの日本農林規格(JAS)福神漬にはなた豆のほかレンコンとタケノコが入っていました。
福神漬の伝説に秋田出身の僧侶了翁が黄檗山満福寺に一時修行をしていたようだ。福神漬伝説は人工の伝説だが根拠の薄弱な伝説は経験則ですぐ消えることが多く文献にも残らない。了翁の伝説は今でも残っていてそれなりの伝説成立の根拠があると思われる。