ON  MY  WAY

60代になっても、迷えるキツネのような男が走ります。スポーツや草花や人の姿にいやされながら、生きている日々を綴ります。

「ぼくは戦争は大きらい」(やなせたかし著:小学館)

2023-09-12 20:29:05 | 読む

アンパンマンの作者であるやなせたかし氏が亡くなられてから、来月でちょうど10年になる。

本書は、亡くなる年の2013年4月から6月にかけて行った、やなせ氏へのインタビューをまとめ、12月に初版発行となったものである。

そのインタビュー取材と本書の構成に当たった方は、巻末で「まさか数か月後に亡くなるとは思ってもみなかった」と正直に述べている。

 

やなせたかし氏は、1940年の春に召集を受け、小倉の野戦銃砲部隊に入隊した。

ようやく召集期間満了となるのを楽しみにしていたのに、1941年12月8日の太平洋戦争開戦によって、召集期間が延期になった。

そのうえ、中国戦線に派遣され、終戦までをそちらで過ごした。

 

氏は、書名のとおり常に「ぼくは戦争は大きらい」と言ってきたし、自伝など様々な機会で戦争のことを語ってきてはいた。

だが、戦争体験のことだけをまとめて話すのは、本書が初めてということだった。

 

内容は、「はじめに」「おしまいに」にはさまれて、大きく次の3章で構成されていた。

第1章 軍隊に入ってみたら、こういうところだった

第2章 決戦のため、中国に渡ることになって

第3章 ようやく故郷に戻る日が来た

 

昭和15年に、氏に赤紙―召集令状が届いたところから始まる。

普通なら地元高知の連隊に配属となるところ、なぜか小倉の第12師団西部73部隊の入隊となった。

そこは野戦重砲隊で、大砲を運ぶのに機械化部隊と馬で運ぶ部隊があり、氏は後者になった。

そのために、馬に蹴られて前歯を3本折ったり、嚙みつかれて肩に痛みや歯形が残ったりもしたという。

馬の世話になったからいうのではないが、「人間万事塞翁が馬」で、他の兵より嫌な思いや危険なことはしなくてもすんだ。

 

そんなふうに、自分の兵隊経験が語られていく。

やがて下士官の軍曹として暗号班の班長になったことや、中国に渡ってからもその場所が覚悟していた最前線というわけではなかったことから、絵日記を描いていた話なども出てくる。

また、つらい生活の中にも、何らかの楽しみを見出していくのが、氏の持ち前の性格。

戦争と軍隊を内部から率直に風刺して、その経験を語っている。

なかでも、食べる物がないことがどんなにつらくて情けないかを、骨身にしみて感じた。

いろいろつらいことがあっても、空腹ほどつらいことはない。

アンパンマンが自分の顔を食べさせてあげるのは、この時の体験があったからだそうだ。

 

戦争が終わっても半年以上も帰れなかったが、ようやく日本に帰って来て家に帰る途中、広島を通ったら何もなかったことに驚き、原爆のすごさ・すさまじさにぞっとしたそうだ。

 

こうして本書で、嫌いな戦争のことはあまり語りたくないと考えていたやなせが、初めてまともに戦争のことを語ったのは、90歳を超え、同世代にはもう戦争体験を語れる人がほとんどいなくなったことがある。

戦争体験、軍隊体験を語り継ぐことで、過去の戦争のことが未来を生きる世代の記憶に少しでも残ればいいという思いからだった。

だから、次のような文章は心に響いてくる。

戦争を語る人がいなくなることで、日本が戦争をしたという記憶が、だんだん忘れ去られようとしています。人間は、過去を忘れてしまうと同じ失敗を繰り返す生き物です。

 

戦争はしないほうがいい。

一度戦争をしたら、みんな戦争がきらいになりますよ。本当の戦争を知らないから「戦争をしろ」とか「戦争をしたい」と考えるのです。

 

このような思いの表現には、実際に戦争を体験してきた者でないと語れないことだ。

まさに今の世の中に感じる不安な世界の状況が重なる。

 

なんだか、このところ世の中全体が嫌なものはみんなやっつけてしまおう、というおかしな風潮になっているような気がしてなりません。

国同士も同じことです。

国と国が「あいつは気にくわないからやっつけてしまえ」というのではまた戦争になってしまいます。嫌な相手ともなんとかして一緒に生きていくことを考えなければならないのだと思います。

 

この文章には、氏が亡くなってから起こった、ロシアのウクライナ侵攻などにも十分つながるものだと思う。

戦争をきらい、軍隊の中にあっても生活にユーモアを持って生活していた氏の、貴重な体験談をまとめた本であった。

文字も大きく、ページ数もさほど多くないから、一気に読んでしまった。

 

このインタビュー取材と本書の構成に当たった方は、巻末で「まさか数か月後に亡くなるとは思ってもみなかった」と正直に述べている。

ところで、そのインタビューを行い取材・構成者となった方の名前を見て、驚いた。

「取材・構成者 中野晴行」となっていた。

なにが驚きかというと、先日紹介した「漫画家たちの戦争」シリーズの監修に当たっていたのが、この中野晴行氏だったからだ。

 

 

「漫画家たちの戦争 戦場の現実と正体」(中野晴行監修;金の星社) - ON  MY  WAY

8月は、終戦を迎えた月だった。そのせいか、図書館には8月末になっても、戦争についてのミニコーナーが展示してあった。そのなかに、一度読みたいと思っていたシリーズ本の1...

goo blog

 

 

ウイキペディアによると、氏については、

中野晴行(なかの はるゆき、1954年 - )は、日本のフリーライター、漫画評論家。東京都生まれ、大阪府出身。

と書いてあった。

やなせ氏へのインタビューと本書の発行も、そのシリーズの発行と同じ2013年である。

この時期の、漫画家たちの戦争体験をまとめるのに、中野氏が大きな力を発揮していたということも発見したのであった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする