昨夜のWBC準々決勝イタリア戦、大谷のプレーに、なんともいえないすごさを感じた。
ピッチングもそうだったが、最も深く感じたのは、あの先制点につながったバントだった。
大谷がバントをしたのは、0-0の3回裏の日本の攻撃だった。
一死から近藤が四球を選んで、一死一塁。
ここで打席に立った大谷。
「ホームラン、ホームラン、オオタニ!」という歓声がスタジアムいっぱいに響き渡っていた。
そう、大谷には、誰もが先制につながる一打を期待した。
その初球、持っていたバットをスッと沈めて、大谷が取った行動は、バントのモーションだった。
まさか!?
ここでバントする!?
相手チームのみならず、味方チームの監督や選手たち、スタジアムの観衆たちの誰もが思っていなかったプレーの選択だった。
単なるバントをするふりだけかとも思ったが、大谷は本当にバントした。
本当は、空いている、もっと三塁線寄りに決めようとしたのだろうが、投手の手が届くくらいのところに転がってしまった。
だが、予想外の大谷のバントに、処理を焦って急いで投げた相手投手は、一塁に悪送球してしまった。
このプレーにより、一塁ランナーは三塁まで進め、一死一、三塁にチャンスは広がった。
そして、次打者の吉田の内野ゴロで先制に成功し、岡本の3ランで一挙4点。
日本は、試合を優勢に進め、勝利することができた。
この大谷のバント、勝利につながったというだけでなく、すごく深い意味があると思った。
まず、これはあくまでセーフティーバントだったが、自身はアウトになっても得点のチャンスを広げようとする、自己犠牲の精神からきているものだった。
自分が仮にアウトになっても、チャンスが広がりさえすれば、チームメートがそれを生かして得点を決めてくれる。
そうなれば、勝利に近づくはず。
そして、なぜこういう選択ができるのかといえば、チームメートを信じているからこそ、だ。
チームメートの力を信じているからこそ、こういう選択ができる。
野球は、集団で行うボールゲームだ。
自分一人で行うものではない。
メンバーの力を合わせてこそ、チーム力が上がり勝利に近づける。
高校野球で多用される送りバントには、そういう意味があり、だからこそ重用される。
そのことを知っていても、自分に対する周囲の期待は送りバントではない、と考えればバントはしないで強打を選択するだろう。
それが普通だ。
だが、大谷は自らの判断でバントを選択した。
リーダー的な存在の選手が、自分を犠牲にしてまでもメンバーを信頼したプレーを実行する。
「みんなで、戦うのだ。」と。
その選択は、チームメートたちに、「自分たちが信じられている」ということが実感を伴って伝わってきたことだろう。
それが、チーム全体にさらなる奮起をもたらしたことは間違いないだろう。
野球とは違うが、チームスポーツや職場の仕事でも、信頼感に基づいた行動が結束を強めたりよい結果を生み出したりする。
現職時代、学校現場でも、子どもたちや職員の皆さんがそういうことをたくさん見せてくれたっけなあ…(遠い目…)。
ともかく、昨夜の一戦、大谷のバントで日本代表チームがさらに結束を強め、一体感を伴った戦いができていることを見ることができた。
さて、昨夜の一戦を終えてすぐに、深夜のうちに日本チームはアメリカに飛んで行った。
時差ぼけ等克服しなければならない条件は多々あると思う。
だが、チームの一体感をフルに展開して準決勝、決勝と、日本チームらしさを発揮して勝ち抜き、栄冠を勝ち取ってほしいと思う。
日本代表チームに栄光あれ!!