今年3度目のあじさいの里である。
梅雨らしい鬱陶しい日が続いた後だけに、紫陽花は華やかに訪れる人を迎えてくれる。
< 紫陽花を楽しむ人たち> | |||||||||
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その時は咲き始めた花を見つけながら、花が見頃になるときにはまた来ようと、
心をここに残しながらホンダ池の畔と、ここから見える里の水田、
池に映る白い雲を眺めながら思った。
美しく咲いた花の傍の木陰で、楽しいひと時を過ごせる車椅子の方たちの笑顔も、
職員の人たちの声も明るく優しい。
紫陽花の華やかさが、今このようにいろんな人たちの訪れを待ってくれている。
そんな時、うちのの館主催の蛍を観るイベントのあることを知った。
6月の10日から始まっていたが、なかなか日がとれず、やっと最終日に参加することができた。
その日はお昼はランチサロンと見学、夜が蛍の里へという、嬉しい重なりの日となってしまった。
< 賀名生の里 歴史民俗資料館> | |||||||
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館長さんの説明によって、南朝時代の貴重な歴史遺産を鑑賞する。
食後、小笠原先生の講演を拝聴した。
2010年3月19日国指定重要文化財の答申を受けた、この山里の小金銅仏について、いろんな視点からの研究考察を理解しやすく話された。
内容については、館長さんのブログに詳細に記されている。
講演の間に、雨の中蛍を観ることができるか下見に行って来られた主催者側の方が、
「一杯飛んでいますよ。幸い雨も止んできたしラッキーです。」とのことで、蛍との出会いを楽しみに胸をときめかして車で移動した。
ライトに照らされる前方だけが明るくそれが消えると全くの暗闇となった。
闇に慣れると、他に表現する言葉がなく全くの「蛍の乱舞」。
闇に浮かんでは消え、消えてはまた浮かんでくる。
木の間を飛び交うほのかな明かりがあるかと思うと、川の流れから浮かび上がってくるようでもある。
一定の間隔でついたり消えたりする小さな明かりは、まことに幽玄の世界を繰り広げる。
カメラでは到底捉えられるのもではなかったので、「らしき画像」に、観た蛍の数くらいの文字で、昔習った蛍の歌を流してみた。
< 井上赳作詞・下総皖一作曲/文部省唱歌(三年) 蛍のやどは川ばた楊(やなぎ)、 楊おぼろに夕やみ寄せて、 川の目高が夢見る頃は、 ほ、ほ、ほたるが灯をともす。 川風そよぐ、楊もそよぐ、 そよぐ楊に蛍がゆれて、 山の三日月隠れる頃は、 ほ、ほ、ほたるが飛んで出る。 川原のおもは五月(さつき)の闇夜、 かなたこなたに友よび集い、 むれて蛍の大まり小まり、 ほ、ほ、ほたるが飛んで行く。 |
高鴨神社は、京都の上賀茂神社、下鴨神社の本家にあたる由緒正しい神社である。
詳しくは上記HPをご覧ください。
また、高天彦神社についても、私の下手な説明よりも、御所市のHPに記されているのをご覧いただければ幸いです。
万葉の時代の紫陽花は、玉紫陽花でなくガクアジサイであることなど、この季節にあった印象深いお話だった。
万葉集時代
言問はぬ木すら味狭藍 諸弟(もろと)らが 練の村戸(むらと)にあざむかえけり(大伴家持 巻4 773)
紫陽花の八重咲く如くやつ代にを いませわが背子見つつ思はむ(しのはむ)(橘諸兄 巻20 4448)
その月々の藤岡家の資料をテーマに、ヘルシーなランチメニューが組み立てられている。
お食事会の後、五條市周辺のお勧めスポットに、バスでの案内が企画されているので、毎回参加のグループもあるそうだ。
6月のテーマは紫陽花で、金剛山の麓の泉澤農場・ばあくの自然食材を、目と味で楽しむことができた。
中田~古河