デジブック 『小春日和』
小春日和の27日は親友kちゃんのお招きで、309でお誕生日ランチの美味しくて楽しいいい時間を頂きました。少し前には奈良での同窓会に2人で行ったばかりでしたが、いつ出会ってもいくら話しても、共有できる時間をありがたく思いながらお腹いっぱいの御馳走をいただきました。
食後の散策するのには、とてもいいお天気に恵まれました。二人で出かけた時はいつもお天気という、お天気パワーはまだ力を落としていません。
レストランの近くの馬見丘陵公園を歩くことにしました。歳相応のペースでゆっくり歩くには、季節の花を愛でながらというのが何よりです。
中央口から入って公園館の手前に皇帝ダリアが、高く高く伸びあがって花を咲かせているのを見て、まだ秋は公園に残っていると思い嬉しくなりました。
公園館で「「季節の花時間」というパンフレットを貰って、皇帝ダリアの沢山咲いているところの説明をしてもらいました。
馬見花苑、集いの丘よりさらに北方向に「皇帝ダリア」と記したところがあったのですが、もっと手前の「彩の広場・ダリア園」を通りかかりますと、「あなたを待っていましたよ」といったような感じに皇帝ダリアが、高貴さ華麗さを競うように空に向けて花をいっぱい咲かせているのに出会いました。
以下3枚は青空に映える薄紫の花を順にとっておきました。
この皇帝ダリアは、上のダリアたちとは離れたっ場所に咲いていたのですが、その後ろの方の紅葉の鮮やかさが綺麗だったので、一緒に写しました。
最近皇帝ダリアを植えている家をよく見かけます。高い塀の中から花がさらに高く顔を覗かせていますが、車で走り去った後で、「咲いていたなぁ…」と思うだけでなかなかカメラに収めにくかったのが、この公園では、ほかの花と共に公園を訪ねる人を、ちゃんと持っていてくれるようで、思う存分高い花を眺めながら、いつまでも足を止めていました。
落日が空を燃やし、雲を燃やしています。
天女の裳裾が空に残って、オーガンディーのような布が空に広がりました。
山の向こうで燃えているのは、この日の充実という炎
最後の燃え尽きる瞬間は、捉えられないまま
中空に三日月が白く光っています
昨日の落陽の一瞬の画像でした。
時間的にもゆっくりできなかったので、ホテルから一番近い興福寺まで歩いてきました。
たぶんレンタルの着物でしょうが、この子たちの手に持っている鹿せんべいを「頂戴」の頭を下げている鹿の目が可愛いです。
左の方の鹿は着物の袖を引いてのおねだりです。手に持ったせんべいがなくなるまで、この子たちは鹿とお友達でいなければならないでしょうね。いい旅の思い出になることでしょう。
五重塔(国宝)は天平2年(730年)、光明皇后の発願で創建されました。現存の塔は応永33年(1426年)頃の再建で、高さ50.1メートル木造塔としては東寺五重塔に次ぎ、日本で2番目に高い五重塔です。
国宝 北円堂
現存する八角円堂のうちで最も美しいと言われています。興福寺の一番西の端に建立されていますが、この場所は創建当時平城京を一望の下にに見渡すことのできる一等地だったそうです。平城京を造ることをすすめていた、藤原不比等の霊を慰める最良の場所なのだそうです。
北円堂から東向き商店街へ降りてきました。この商店街は昔の儘ですが、商店の内容などかわっているところも多く、学生時代立ち寄ったお店がなくなっていてがっかりしたところもありますが、商店街の形を整えているのは、駅に近いこと、公園に近いことなどかしらなどと分析したくなります。
こんな埋め込みタイルは最近のものでしょう。
ぶらりとほんの少しだけ歩いてきました。
1日ゆっくりと奈良散策をこの紅葉の時期にしたいと思いつつ、近鉄奈良駅から電車に乗って、橿原神宮前まで3人の友人と一緒に帰りました。
おしまい 7850
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登大路ホテルを出て少し北に歩きますと、こんなモニュメントが立っています。何気なく通り過ぎてしまうことが多いのですが、この日はホテルの近くでもあって1枚カメラに残しました。桜の花をテーマにして、四方を瓦で囲んだ重厚な感じの柱状の大きいモニュメントは、よく見ますと味わいのある作品です。公園の紅葉した木々が背景となって、瓦のグレーが引き立って見えます。
会員制のホテルで、幹事さんのどなたかが会員とのことで、近鉄奈良駅近くであることや、元学び舎の近くであることが、何にもましてありがたい会場の設営場所でした。
手元にあるメニューを撮り置いた写真はコラージュして、どれがどれなど暫くPCと離れていた日でしたので、メニューの順に記録しておきます。
★バランス野菜 ★鮪とシャンピニョンのプロヴァンサルサラダ ★焼きトウモロコシポターージ
★太刀魚と帆立貝のトルネード 大和菊菜クルート ★特選牛フィレ肉のグリエ マロンソース
★ アップルパイとバニラアイスクリーム添え ★コーヒーと小菓子
と、まあこんなメニューでしたが、お食事中も席近くの人とのおしゃべりが弾んで、美味しかったなぁと後で友たちと感想を話す程度で、どれがどれだか、今頃にもなるとさっぱりと忘れてしまっています。
食事の後「なつかしい友 心を結ぶ会」と題した出席者名簿や欠席者からのメッセージ物故者のお知らせなど綴った、色彩豊かな温かさの籠った小冊子のなかの、懐かしい歌の数々を順に歌いました。
ボケない小唄 ( お座敷小唄の曲で歌います)
一、風邪もひかずに 転ばずに
笑い忘れず よくしゃべり
頭と足腰 使う人
元気ある人 ボケません
二、スポーツ、カラオケ、囲碁、俳句
趣味のある人 味もある
異性に関心 持ちながら
色気ある人 ボケません
三、年をとっても 白髪でも
頭禿げても まだ若い
演歌歌って、アンコール
生き甲斐ある人 ボケません
「ボケます小唄」というのもあったのですが、インパクトのあるのは「ボケない小唄」でした。
同窓会に参加していつも思うのですが、こうして集う場所に来れることこそが、健康ですしボケていない証だし、友と話す意欲を持ち合わせているからこそ、参加できるのです。昨年まで参加していた人の訃報を聞いた時には、いつ自分に訪れるかもしれないのだから、「今・生きていることに感謝して、生きていればこそできる様々なことを、心から喜んで受け入れていきたい」と思うのです。
あと一回で終わります。