白須下地区で鈎の手に右へ折れて台ヶ原宿を過ぎると、次の教来石(きょうらいし)宿までの1里14町は一部区間を除いて旧道がほぼのこされており、アスファルト舗装がされていなければ、古写真そのままのような風情が堪能できます。
教来石宿は流川を渡り、坂を上った先にあるわずか数百メートルの小宿。
現在その面影はまったくありません。
この珍しい宿場名の由来は、ずばり「きょうらいし」と云う巨石にちなんでおり、旧宿場の裏手に広がる田畑の中に、それは現存しています。
言い伝えでは、日本武尊がこの岩に腰をかけて休んだことから、村人たちが「経て来石」と呼んだのを、いつからか“経”を“教”と書き誤り、それがそのまま受け継がれた、とか。
教来石宿は流川を渡り、坂を上った先にあるわずか数百メートルの小宿。
現在その面影はまったくありません。
この珍しい宿場名の由来は、ずばり「きょうらいし」と云う巨石にちなんでおり、旧宿場の裏手に広がる田畑の中に、それは現存しています。
言い伝えでは、日本武尊がこの岩に腰をかけて休んだことから、村人たちが「経て来石」と呼んだのを、いつからか“経”を“教”と書き誤り、それがそのまま受け継がれた、とか。