孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラン  人権問題の改善が望めない国内状況

2023-12-10 23:33:06 | イラン

(イラン西部サケズ出身のマサ・アミニさんは2022年9月、髪の毛を覆うよう女性に義務づけた法律に違反したとして道徳警察に逮捕された。意識不明に陥り、3日後に死亡した。【12月10日 BBC】)

【事前審査で改革派や保守穏健派の排除が進む国会議員選挙】
イラン関連ニュースは、主にパレスチナ・ハマス、更にはレバノン・ヒズボラ、イエメン・フーシ派、イラク・シリアの親イラン勢力の後ろ盾としてのイランの存在・影響に関するものや、アメリカとの関係、核合意関連など対外関係に関するものがメインですが、今回はイラン国内に関する動向を中心に取り上げます。

もちろん、国内政状況は対外関係に影響済ます。例えば、国内で高まる不満から国民の目をそらすために、ことさらに対外関係で緊張を演出するなど。

イランでは来年3月に国会議員選挙が行われますが、イラン特有の選挙制度である「事前審査」によって、ライシ政権に批判的な改革派や保守穏健派は多くが失格となり選挙にのぞめない状況です。

****イラン国会議員選挙、事前審査で立候補登録者の28%「失格」…政権批判勢力を排除****
イランで来年3月1日に予定される国会議員選挙(定数290)で、立候補登録者の28%が事前の審査で「失格」扱いとなった。保守強硬派のエブラヒム・ライシ政権下では批判勢力の排除が進んでおり、今後2回の事前審査で失格者が増える可能性もある。

内務省の選挙管理委員会は11日、最終登録者は2万4982人だったと発表した。今回からオンライン登録が導入され、前回2020年の約1・5倍と過去最多だった。審査結果は本人に個別通知され、失格の具体的な理由は公表されない。

イラン各紙が14日までに報道した独自調査を本紙がまとめたところ、少なくとも現職25人の「失格」が判明。改革派のほか、政権に批判的な保守強硬派も含まれていた。改革派の元議員も軒並み失格となった。

事前審査は3段階で、最終的には保守派が独占する選挙監督機関「護憲評議会」が決定する。前回の国会議員選では、改革派や保守穏健派の現職議員が大量に失格扱いとなり、保守強硬派が勢力を拡大した。

事前審査には今回から、精鋭軍事組織「革命防衛隊」の情報部門が加わり、活動で得た記録を提供している。改革派の有力政治家らは、失格は目に見えているとして早々に不出馬を表明した。【11月14日 読売】
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昨日取り上げた香港の区議会議員選挙同様に、「選挙」というものが形骸化して民意を反映せず、権力維持の道具となりつつあるとも言えます。

大統領選挙は2025年中頃に予定されてますが、いずれにしても自由な民意が封じ込まれた状況で、現在の保守強硬派ライシ政権の体制が続くような情勢です。

【昨年9月の抗議行動を力で封じ込めた当局】
イランでは昨年9月、髪の毛を覆うよう女性に義務づけた法律に違反したとして、クルド系女性が宗教警察に逮捕され、その後に死亡した事件をきっかけに、ヒジャブの被り方だけでなく、経済状況、更には強権的な現行政治体制への不満が噴出し、大規模なデモが拡散しましたが、当局は力でこの動きを封じ込めています。

昨年の抗議デモ拡散時に当局が行った暴力は激しく、ノルウェーに拠点を置く人権団体「イラン・ヒューマン・ライツ」は、デモの参加者530人以上が死亡したと指摘しています。拘束者は数千人。その他に性暴力も。

****イラン治安要員、抗議デモ参加者をレイプ アムネスティ****
イランの治安要員が昨年9月以降、全国に広がった抗議デモを弾圧する際に拘束した市民にレイプや性暴力を行っていたとする報告書を国際人権団体アムネスティ・インターナショナルが6日、公表した。

イランでは昨年9月、ヒジャブの着用方法をめぐり警察に逮捕されたマフサ・アミニさんが死亡したことをきっかけに抗議デモが全土に拡大。当局の激しい弾圧により、人権活動家によれば数百人が死亡、国連発表では数千人が拘束され、デモは年末までに沈静化した。

アムネスティは、安全な通信プラットフォームを通じて、遠隔で被害者や目撃者と面談して証言を集めた。
デモ参加者への性暴力は45件に上り、発生場所は半数以上の州に及んでいる。このためアムネスティは、実際の数はこれを大きく上回る可能性があるとの懸念を示している。

45件の事例のうち16件はレイプで、被害者の内訳は女性6人、男性7人、14歳の少女1人、16歳と17歳の少年2人だった。うち女性4人と男性2人は、最大10人の男性治安要員に集団レイプされたという。

性器を殴られた、強制的に裸にされたといったレイプ以外の性暴力を受けた29人の被害についても報告されている。

性加害を行ったのは、イラン革命防衛隊の隊員や民兵組織「バシジ」のメンバー、情報省の職員、警察官だという。

アニェス・カラマール事務総長は「私たちの調査で、イランの情報機関や治安当局が、12歳の子どもを含めデモ参加者を拷問・処罰し、心身に永続的なダメージを与えるためにレイプや性暴力を利用していた実態が明らかになった」と指摘した。

11月24日にイラン当局に調査結果を知らせたが、「今のところ何のコメントも得られていない」という。
アムネスティによれば、大半の被害者は報復を恐れて訴えを起こしていない。また、検察に訴えても黙殺されているという。

カラマール氏は、「国内で裁きが下される見通しが立たない中、国際社会には被害を受けた生存者に寄り添い、正義を追求する義務がある」と訴えた。 【12月6日 AFP】
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政権批判を行った者への「粛清」は今も続いています。

****イラン、反政府デモにからみ男性を密かに処刑か=人権団体****
イランで昨年起きた反政府抗議にからみ、同国政府が男性1人の死刑を密かに執行していたことがわかった。関係筋がBBCペルシャ語に語った。

ミラド・ゾフレヴァンドさん(21)は23日朝、西部ハマダンの刑務所内で処刑されたという。少数民族クルド系の人権団体「Hengaw」が、処刑の報告を受けたとしている。

イランの司法当局からは、この件についての発表はない。ゾフレヴァンドさんは、抗議活動中にイラン革命防衛隊の隊員1人を殺害したとして、有罪判決を受けていた。

情報筋によると、ゾフレヴァンドさんは勾留中から裁判に至るまで、弁護士との接触を拒否されていた。ゾフレヴァンドさんの処刑が確認された場合、昨年の抗議運動以降に処刑されたのは計8人となる。

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は最近の報告書で、これまでの7件の死刑執行についての情報が、「司法プロセスが、適正な手続きと公正な裁判の要件を満たしていないことを示している」と警告していた。

また、「適切かつ時宜にかなった法的代理人との接触はしばしば拒否され、拷問の結果得られたかもしれない自白の強要も報告されている」とした。

イランでは昨年9月、髪の毛を覆うよう女性に義務づけた法律に違反したとして、クルド系女性のマサ・アミニさん(22)が道徳警察に逮捕され、その後に死亡した。

これを受け、各地で反政府デモが活発化したが、当局は抗議参加者を「暴徒」として暴力的に弾圧。数百人が殺害され、数千人が拘束された。

BBCペルシャ語が話を聞いた情報筋2組によると、ゾフレヴァンドさんは23日未明に、ハマダン中央刑務所で処刑された。しかし、ゾフレヴァンドさんの遺体はこの日の午後まで遺族に引き渡されなかったという。

人権団体「Hengaw」は声明で、ゾフレヴァンドさんは処刑が間近に迫っていることも知らされておらず、家族との最終的な面会も認められていないと述べた。

また、この処刑は「生命に対する権利を侵害するだけでなく、被拘束者とその家族の人権を著しく侵害するものだ」と強く非難した。

さらに、イランにおける軍事、政治、経済の主要勢力である革命防衛隊が、死刑を執行するよう当局に圧力をかけたと主張した。(中略)

ハマダンの検察当局は先週、最高裁判所支部が、革命防衛隊の情報部員アリ・ナザリ氏殺害の罪で有罪判決を受けた被告に下された死刑判決を確定したと発表していた。

当局はこの被告を特定していなかったが、人権弁護団体「ダドバン」は関係筋の話として、これがゾフレヴァンドさんだと指摘していた。また、ゾフレヴァンドさんの家族に、ゾフレヴァンドさんの件を公表しないよう圧力がかかっていたと報告した。

ナザリ氏は昨年10月、ハマダンのマライエル大学医学部で学生たちが行っていたデモに対処していた際、マスクをかぶった男5人に撃たれて死亡した。検察は、ゾフレヴァンドさんがこのうちの1人だとして追及していたと報じられている。

イランの年間の死刑執行数は、中国に次いで世界で2番目に多い。
グテーレス国連事務総長の報告書は、イランは「非常に気がかりな速度で」死刑を執行しており、今年は7月までにで少なくとも419人を死刑にしたと指摘。2022年の同時期と比べ、30%増加している。【11月25日 BBC】
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秘密裏に処刑し、そのことを公表しないように遺族に圧力をかける・・・昨年のような大きな混乱の火種にならないように・・・との考えでしょう。裏を返せば、いつでも火が付きかねない不満の温床が存在しているということでもあります。

【抗議再燃を警戒】
きっかけとなったマフサ・アミニさんへは欧州議会から「思想と自由のためのサハロフ賞」が贈られましたが、授賞式に出席しようとした遺族は阻止されたようです。この問題への遺族の発言によって抗議が再燃するのを当局は恐れているのでしょう。

****スカーフ着用めぐり死亡のイラン人女性家族、当局が出国阻止 仏で娘の「人権賞」受賞を予定****
イランで2022年に、髪の毛を覆うよう女性に義務づけた法律に違反したとして道徳警察に逮捕され、その後に死亡したクルド系女性マサ・アミニさん(22)の家族が、イラン当局にフランスへの渡航を阻止された。家族の弁護士が9日に明らかにした。家族はフランスで、アミニさんの死後に授与が決まった、優れた人権活動家を称える賞を受け取る予定だった。

弁護士によると、アミニさんの両親ときょうだいは、飛行機に搭乗するのを阻止され、パスポートを没収された。

欧州議会は、優れた人権活動家に贈る「思想と自由のためのサハロフ賞」をアミニさんに授与。アミニさんの家族はこれを受け取るため、フランス東部ストラスブールに向かおうとしていた。

弁護士は、アミニさんの家族は有効なビザ(査証)があるにも関わらず出国を禁止されたと主張した。(中略)

欧州議会は10月、アミニさんと、アミニさんの死がきっかけとなった「女性、命、自由」のスローガンを掲げる世界的運動に、「サハロフ賞」を授与すると発表した。(中略)

「犠牲者家族が国際社会で話すことを阻止するため、(イラン当局者が)これほど動員されたのは初めて」だという。
欧州議会のロベルタ・メツォラ議長は、一家の渡航を禁止する「決定の撤回」をイランに求めた。(中略)

アミニさんの死から1年となった9月16日、父親アムジャドさんがイラン革命防衛隊(IRGC)に拘束され、娘の命日の追悼をやめるよう警告されたと、クルド人支援団体「Hengaw」や、ノルウェー拠点の人権団体イラン・ヒューマン・ライツ(IHR)などが報告している。

世界各地では数千人が、この節目の日に街頭に出て抗議活動を行った。アムジャドさんはその後、釈放された。【12月10日 BBC】
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イラン人権問題での受賞者ということでは、「イランにおける女性の弾圧に抵抗し、すべての人々の人権と自由を促進する戦いに対して」ノーベル平和賞が授与された女性人権活動家ナルゲス・モハンマディさんがいますが、彼女は“2016年にイラン当局に拘束され「社会体制を脅かすプロパガンダ」を理由に禁固16年を宣告されている。2020年には一時釈放されたが2022年に再び拘束され、エヴィーン刑務所に収監された。”【ウィキペディア】という状況にあります。

ノーベル平和賞受賞式は今日10日ですが、もちろん出席できません。獄中の彼女への締め付けも厳しくなっているようです。

****イラン女性活動家、電話禁止 平和賞授与前に発信妨害か****
今年のノーベル平和賞授賞が決まったイランの女性人権活動家ナルゲス・モハンマディさん(51)が投獄されている首都テヘランの刑務所で外部との電話と面会を禁止されたことが分かった。モハンマディさんのインスタグラムが3日、明らかにした。平和賞授賞式を10日に控え、イラン当局には刑務所からの発信を妨害する狙いがありそうだ。

モハンマディさんは当局からの圧力が強まっても「私を黙らせることはできない」と強調した。刑務所側が11月30日にこの措置を決定。これまでイラン在住のきょうだい2人に限って電話が許可されていたという。インスタグラムは家族が投稿している。【12月4日 共同】
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オスロで今日行われた授賞式では、モハンマディさんに代わり、双子の子どもがメダルを受け取っています。
モハマディさんは授賞式に合わせてハンガーストライキを始めたそうです。

****ノーベル平和賞のイラン女性人権活動家 授賞式に合わせハンスト開始****
女性の権利保護などを訴えノーベル平和賞に決まったイランの女性人権活動家が、10日に行われる授賞式に合わせて収監先の刑務所で、新たなハンガーストライキを始めることを記者会見を開いた家族が明らかにしました。

ノーベル平和賞に決まったイランの女性人権活動家、ナルゲス・モハマディさんの夫や双子の子どもたちが授賞式を前にノルウェーのオスロで9日、記者会見を行いました。

3人はフランスに亡命中で、モハマディさんが10日の授賞式に合わせ、イランで差別の対象となっている宗教的少数派への連帯を示すためにハンストを始めると明らかにしました。

また、娘のキアナさんがモハマディさんからのメッセージを代読し、「イランは国際社会の支援を必要としている。反体制派などの声を世界に伝えるメディアの役割は非常に重要だ」と述べました。

キアナさんはモハマディさんと最後に会ったのは9歳の時で、「再び会えるのは30年後か、40年後かもしれない。でも、そうしたことはどうでもよく、母は心の中で、闘う意義のある価値観として生き続けている」と語りました。

モハマディさんは女性の権利保護や死刑廃止を訴えてきましたが、イラン当局に繰り返し拘束され現在も、反国家的なプロパガンダを拡散した罪で刑務所に収監されていて、授賞式は家族が代理で出席する予定です。【12月10日 TBS NEWS DIG】
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なお、モハマディさんは11月にもハンストを行っています。

****ノーベル平和賞の活動家、ハンスト終える スカーフ着用なしで病院移送へ―イラン****
今年のノーベル平和賞受賞が決まったイラン女性人権活動家ナルゲス・モハンマディ氏(51)は9日、インスタグラムに投稿された声明で、イランで義務付けられているスカーフを着用せずに、収監中の刑務所から治療のため病院に移ることを当局が認めたと明らかにした。同氏は、受刑者の医療制限やスカーフ着用に抗議するため、6日から始めていたハンガーストライキを終えたという。

イランでは公共の場で、頭部を覆うスカーフの着用が女性に義務付けられている。当局は、モハンマディ氏がスカーフ着用を拒否したことから病院への移送を認めず、同氏はハンストを開始。ノルウェー・ノーベル賞委員会は声明で「病院に行くためにスカーフを強制するのは非人道的だ」などと当局を非難していた。【11月11日 時事】
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イランのこうした人道状況は、冒頭の国会議員選挙関連記事に見るように、選挙という本来の民主的手法では改善が期待できません。
一方で、抗議デモといった直接行動に対しては、欧米・日本と異なり情報が遮断されているイランにあっては当局のなりふり構わぬ暴力がふるわれ、多大の犠牲者が発生します。

ではどうすれば改善するのか・・・イランに限らず、強権支配国家に共通する問題でもあり、容易に答えの出ない問題ですが、国際社会の圧力は必要でしょう。

****米政府 人権侵害関与として中国やイランの高官らの制裁発表****
アメリカ政府は強制労働などの人権侵害に関与したとして中国やイランなど13カ国、37人を制裁の対象に加えたと発表しました。

アメリカ国務省のブリンケン長官は8日の声明で、「アメリカは紛争に関連する性暴力、強制労働、国境を越えた抑圧など世界で最も困難で有害な人権侵害に対処する」と強調しました。

長年、問題視している中国については、新疆ウイグル自治区での長期に及ぶ身柄の拘束など「深刻な人権侵害」に関与しているとして、中国政府の高官を制裁の対象にしています。

また、イスラム主義組織「タリバン」の幹部については、アフガニスタンで女性教育の制限などに関与していると指摘しています。

イランの情報機関の幹部2人に関しては、革命防衛隊の司令官を殺害された報復でアメリカ政府高官の暗殺計画などのために工作員を雇ったとして、アメリカ国内の資産凍結などの制裁を科したということです。【12月9日 テレ朝news】
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もっとも、上記のような程度の制裁は形式的なもので、実効はまったく期待できません。
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イラン  自身を紛争に巻き込むようなパレスチナでの大規模なエスカレーションは避けたい“綱渡り”

2023-10-23 23:30:40 | イラン

(パレスチナのイスラム組織ハマスの指導者ハニヤ氏と会談したイランのアブドラヒアン外相=14日、ドーハ アブドラヒアン外相はハマスが7日に実行したイスラエルへの奇襲を「歴史的勝利」と称賛。「パレスチナの人々が記録した新たな輝かしい歴史だ」と強調したとのことですが・・・・)

【ハマスの攻撃にイランは関与したのか?】
イスラエルとハマスの戦争において今後予想されているイスラエル軍の地上作戦や、懸念されているレバノンのイスラム武装勢力ヒズボラの参戦といった戦闘拡大の可能性について、イスラエルを支持する欧米も、ハマスを支持するイランも表向きの「支持」とは別に、本音では苦慮する面もあるようです。

欧米について言えば、犠牲を強いられているガザ住民に対し今でも同情論が少なからずありますが、今後地上作戦で犠牲が更に大きくなれば、そうした状況に反発する世論も更に強まります。

ロシアのウクライナ侵略による住民殺害を批判する一方で、イスラエルのガザ侵攻を支持することの二重基準も問題になってきます。

また、アメリカにはそうした事に加え、今後の中東戦略を考えた場合、イスラエル支持一辺倒でいいかという「国益」の問題も絡んでくるでしょう。

欧米のそうした問題はまた別機会に取り上げるとして、今回はイランの立場。
イランがイスラエルとハマスの戦争においてハマスを支持しているということ、これまでハマスをに軍事的に支援してきたことは間違いないですが、ハマスの今回の攻撃にどこまで関与していたのかは定かではないようです。

10月9日ブログ“ハマスのイスラエル攻撃 イラン革命防衛隊が計画に関与か 今後のヒズボラの動向は?”では、“イラン革命防衛隊が8月から作戦会議に参加、10月2日に攻撃を承認していた”とするWSJ記事をとりあげましたが、イラン指導部は攻撃を知らされていなかったという情報もありますし、アメリカもイランの関与を確認していません。

****イランはハマスのイスラエル攻撃に関与したのか****
(中略)
イランと米国・イスラエルが示す立場
まず、ハマスによるイスラエルに対する大規模攻撃を受けての各国の反応を確認しておきたい。

10月7日、イランのサファディ最高指導者付軍事顧問は、ハマスの作戦を称賛する立場を示した。キャナアーニー外務報道官も同日、今回の事件はイスラエルによる入植・占領に対するパレスチナ人民の自然な反応だと述べたことから、イランのハマス支持の立場は公式のものと考えてよかろう。

続く10日、ハーメネイー最高指導者は、今回の攻撃はパレスチナ人によって実行されたもので、「イランは関与していない」と疑惑を否定した。

イラン政府は、イスラエルによる地上侵攻をさまざまな形で牽制してもいる。アブドゥルラヒヤーン外相は12日、訪問先のベイルートで、イスラエルのガザ攻撃が続けば「抵抗の枢軸」が集団的に反撃するだろうと警告した。「アルジャジーラ放送」の取材に対しても15日、同外相は、もしイスラエルがガザ地区に進攻すれば、抵抗運動の指導者らが報復することになると警鐘を鳴らしている。

要するに、イランの今回の事案に対する主な反応は、(1)ハマスの作戦の称賛、(2)イランの関与の否定、(3)イスラエルの地上侵攻への警告の3点にまとめられる。

一方、米国とイスラエルは、イランの関与を疑っているものの、断定にまでは至ってない。

10月8日付『ウォール・ストリート・ジャーナル』は、革命防衛隊がハマスに作戦の指示を下したとの一報を伝えた。しかし、米国のブリンケン国務長官は、「米国はイランが指示した、あるいは今回の攻撃の背後にいたとの証拠を見ていない」(9日)と述べるに留めている。バイデン大統領も、イランに「注意せよ」(11日)と牽制はしているが、イランが首謀者だとまでは断言していない。

イスラエル軍広報官も8日、イランが計画や訓練に関与したとは言えない、との立場を示しており、米国同様、断定を避けている状況だ。確証がない中での軍事行動は、国際法違反との批判を招く。現在の曖昧な現状は、イスラエルによるイラン攻撃を抑止している。

誤解の多いイランとハマスの関係性
では、実際のところ、ハマスが今回の攻撃を起こすに当たり、イランは背後から支援を与えたり、指示したりしていたのだろうか。  

結論からいうと、長い時間軸で見れば、イランがハマスの後ろ盾となり、軍事・財政支援を行ってきた形跡がある一方、今回の戦闘に限ってみれば、現時点でイランが指示した確証はない。  

そもそも、誤解が多いことではあるが、イランと非国家主体との関係は一様ではない。関与の程度にもばらつきがあるのである。  

非国家主体への支援を行うのは、イラン・イスラム革命防衛隊ゴドス部隊である。ゴドス部隊とは、革命直後の1979年5月に国軍のクーデター防止、および左派ゲリラへの対抗を目的として創設された革命防衛隊の諜報・対外工作を担う部隊である。  

ゴドスは、ペルシャ語でエルサレムを意味する。つまり、イランが「抑圧者」と見做すイスラエルと鋭く対立する組織である。  

ゴドス部隊は、「抵抗の枢軸」と呼ばれる代理勢力ネットワーク(俗に「シーア派の三日月」と他称される)を活用しつつ、イランの抑止力強化を図る。

他方で、一口に「支援」といっても、その内容は、政治的認知の付与、ヒト・モノ・カネ等の資源の供与、軍事訓練、助言、聖域の提供等、多岐にわたると考えられている。  

「代理勢力」とはいっても、革命防衛隊の指示を従順に待つだけの受け身の存在というわけではない。各々の非国家主体は、一部例外を除き、自己決定権を持つ独立した武装勢力で、両者間に何か同盟関係を示す文書やMoU(覚書)があるわけでもないのである。  

革命防衛隊ゴドス部隊の活動の実態はベールに覆われているが、近年、それを隠さなくなっていることも事実である。2020年1月、革命防衛隊のハージーザーデ空軍司令官が演説した際、その背後には複数の代理勢力の旗が並べられた。  

並べられたのは、レバノンのヒズボラ、イエメンのアンサール・アッラー(通称フーシー派)、イラクの人民動員、パレスチナのハマス、シリアで活動するファーテミユーン旅団(主にアフガニスタン人から成る)とザイナビユーン旅団(主にパキスタン人から成る)であった。  

イラン自らが誇示する通り、イランとハマスを含む非国家主体との間には長年の関係がある。ハーメネイー師自ら23年6月にハマスのハニーヤ政治局長とテヘランで会談したことも、こうした事実を傍証している。また、10月7日の攻撃以降、ライシ大統領がハニーヤ政治局長と電話会談(8日)した他、アブドゥルラヒヤーン外相が直接会談(14日)し、ハマスに寄り添う姿勢を鮮明にした。

ハマスはいかに周到な準備をしたのか
(中略)10月16日付「タスニーム通信」(革命防衛隊系)は、ハマスが4年前から演習を行うなど今回の攻撃を周到に準備していたと報じている。

準備期間を約2年とする憶測もあり、4年という数字が正しいか否かについては議論が分かれるところだが、充分な兵器(ロケットや小型小銃・弾薬等)を準備し、これだけ統制の取れた軍事作戦を実行するには、何者かから立案に関する助言と軍事資源の供与があったと考えるのは自然なことであろう。

(中略)もっとも、繰り返しになるがイランの関与があったのか、あったとすればその程度はどれ程だったのかは曖昧である。

過去にも、イエメンのフーシー派によるサウジアラムコ社の石油施設に対する攻撃(19年)、ロシアに対するイランのドローン供与疑惑(22年~)が取り沙汰されたが、結局証拠は見つからず懲罰は見送られてきた。つまり、公式に否定したとはいえ、イランが責任の所在を曖昧にする戦略を取っている可能性は残る。

戦線拡大の可能性は
今後の懸念は、現在はイスラエル・ハマス間に限定されている戦闘が、イランや近隣諸国、ひいては域外国をも巻き込んで拡大することである。

既に、レバノンのヒズボラは同国南部から、イスラエル北部に対する牽制や陽動を狙った軍事行動を起こしている。イランから発せられる累次の警告を踏まえると、このままイスラエルがガザ地区への地上軍派遣に踏み切った場合、イランから報復がなされる可能性がある。  

イランが具体的に何を講じるかは明らかでないが、アブドゥルラヒヤーン外相が「抵抗の枢軸」に言及していることから見て、イランがヒズボラ等の「抵抗の枢軸」を成す非国家主体と連動してイスラエル軍に攻勢を仕掛ける可能性が考えられる。その場合、イスラエル軍による反撃、並びに、米軍の介入も想定されることから、戦線が一挙に拡大することが危惧される。  

なお、米国は参戦することに対して消極的なようにも見えるため、介入に踏み切るか否かは、同国内政や兵隊の士気等を総合的に鑑みて決定されるだろう。  

イラン体制指導部にしてみると、今回の戦闘が勃発したことでイスラエル・サウジアラビア国交正常化交渉が頓挫し、結果的に利を得た状況である。昨秋以来のヒジャブ抗議デモを受けて体制批判の声が増えていた中、イスラエルという外患を抱えたことで、むしろ国内の結束も高まっている。  

イランへの直接被害が及ばない範囲での(代理勢力ネットワークを通じた)戦闘の長期化は、イスラエルの国力を消耗させる点に限れば、イランにとって悪くはないシナリオともいえる。  

とはいえ、レバノン等周辺諸国への戦線拡大は、イスラエルによるイラン本土への直接攻撃を誘発するかもしれず、イランにとって不利な状況を生むリスクもある。レバノン、エジプト、ヨルダン等近隣諸国の治安悪化も懸念事項だ。今後の情勢を過度に楽観視することは控え、予防策を早めに講じることが重要である。【10月20日 WEDGE】
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【戦争の激化・拡大でイランは苦境に立つことにも】
直接の関与は定かではないが、イスラエルとサウジアラビアの接近といった事態を当面停滞させ、イスラエルを不安定化させることにおいては、“イランにとって悪くはないシナリオ”ということですが、それも今後の戦闘の拡大状況次第でしょう。

イスラエルがガザに侵攻して激しい戦闘状態が続き、ハマス以上にイランとの関係が深いヒズボラも本格参戦するといったことになれば、ヒズボラやハマス、フーシ派といった「抵抗の枢軸」と呼ばれる代理勢力の後ろ盾となってきたイランとしても単なる口頭での「支持」だけでなく何らかの戦闘への関与を立場上求められます。

しかし、それはイラン自身へのイスラエルの攻撃、アメリカなどの制裁強化を伴います。今でもヒジャブ問題を機に国内で体制への不満が充満している状況で、イラン指導部にとっては更に厄介な事態ともなりかねません。
イランとして、そうしたリスクを考えつつ、どこまで関与していくのか・・・悩ましいところでしょう。

****軍事関与避けるイラン、ハマス支援との整合性に苦慮****
今月15日、イランは宿敵イスラエルに痛烈な最後通告を行った。パレスチナ自治区ガザへの猛攻撃を止めなければ、わが国も行動を起こさざるを得なくなる、と外相が警告を発したのだ。

そのわずか数時間後、イランの国連代表はタカ派的なトーンを和らげ、イスラエルがイランの利益や市民を攻撃しない限り、自国の軍隊は紛争に介入しないと世界に保証した。

イスラム組織ハマスを長年支援してきたイランは今、板挟みの状況に立たされている。そのことが、イラン指導部の考え方を直接知る同国高官9人への取材で分かった。

イスラエルによるガザ侵攻を傍観すれば、イランが40年以上追求してきた地域支配戦略が大きく後退することになると、これらの情報筋は言う。

しかし、米国が支援するイスラエルに大規模な攻撃を行えば、イランは大きな打撃を被る上に、既に経済危機に苦しむ国民の間で指導者への怒りに火がつく可能性がある。

イランは軍事、外交、国内の優先課題など、幅広い問題をてんびんに掛けていると情報筋らは説明した。

安全保障当局者3人によれば、イランの最高意思決定者の間では、当面のコンセンサスが以下のように形成されている。

一つ目は、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラによるイスラエルの軍事目標への限定的な越境攻撃および、地域の他の同盟組織による米国の軍事目標への小規模な攻撃に賛同すること。

二つ目は、イラン自身を紛争に巻き込むような大規模なエスカレーションを防ぐことだ。

イランの国営メディアによると、議会・国家安全保障委員会のバヒド・ジャルザデ委員長は18日に「われわれは、友であるハマス、(ガザの過激派)イスラム聖戦、ヒズボラと連絡を取り合っている。彼らのスタンスは、われわれが軍事行動を起こすのを期待していないということだ」と述べた。

イラン外務省に今回の危機に対する対応についてコメントを求めたが、回答はなかった。イスラエル軍当局もコメントを控えた。

イランは綱渡り状態だ。

情報筋らによると、30年以上をかけ、ハマスとイスラム聖戦を通じて築いてきたガザの権力基盤を失うことは、イランにとってネットワーク構築に穴が開くことを意味する。

同国はヒズボラからイエメンの親イラン武装組織フーシ派まで、中東全域に代理武装組織の網を張り巡らせてきた。

3人の政府関係者によれば、イランが軍事行動を起こさなければ、こうした代理組織から弱腰と見なされかねない。また、イスラエルに対するパレスチナの大義を長年支持してきたイランの立場が損なわれる恐れもある。イランはイスラエルを国として認めず、邪悪な占領者と見なしている。

「イランは、ガザ地区にある武器を守るためにヒズボラを戦場に送るのか、それともこの武器を放棄して降参するのかというジレンマに直面している」と、イスラエルの元諜報高官、アビ・メラメド氏は語った。「これがイランの立ち位置だ。リスクを計算しているのだ」とも語った。

<国の存続を最優先>
軍事大国イスラエルは、核兵器を持っていると広く信じられている。同国はこれを肯定も否定もしていない。イスラエルはまた、米国の支持を得ており、米国はイランへの警告も兼ねて空母2隻と戦闘機を地中海東部に移動させた。

イランの外交高官は「イランの指導部、とりわけ最高指導者ハメネイ師にとって、最優先事項はイランの存続だ」と述べるとともに「だからこそ、イラン当局は攻撃開始以来、イスラエルに対して強い言い回しを用いながらも、少なくとも今のところ、直接的な軍事的関与を控えている」と解説した。

ハマスがイスラエルを攻撃した今月7日以来、ヒズボラはレバノン・イスラエル国境沿いでイスラエル軍と衝突し、ヒズボラの戦闘員14人が死亡した。

ヒズボラの考え方に詳しい情報筋2人によると、こうした低レベルの戦闘はイスラエル軍を忙殺させつつ、新たな主要戦線は開けないよう意図されたものだ。

イスラエルの安全保障に詳しい情報筋3人と西側の安全保障筋1人がロイターに語ったところによると、イスラエルはイランとの直接対決を望んでいない。また、イランはハマスを訓練し武器を供与してきたが、7日の攻撃を事前に知っていた形跡はないという。

最高指導者ハメネイ師は、ハマスがイスラエルに与えた損害を賞賛しつつも、イランによる攻撃への関与は否定している。

イスラエルと西側の安全保障筋は、イスラエルがイランを攻撃するのは、イラン軍に直接攻撃された場合だけだと語った。もっとも状況は不安定であり、ヒズボラや、シリアやイラクのイラン代理組織がイスラエルを攻撃し、多くの死傷者が出た場合には、状況は変わり得るとくぎを刺した。

<米国は軍事介入せず>
米政府高官らは米国の目的について、選択肢を開けておきつつも、紛争拡大を防ぎ、他国が米国の利益を攻撃するのを抑止することだと説明している。

バイデン米大統領は18日にイスラエルを訪問した帰り、ヒズボラが戦争を始めた場合、米軍はイスラエル軍と一緒に戦うとバイデン氏側近がイスラエルに示唆した、というイスラエルメディアの報道をきっぱりと否定した。

米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は、紛争を封じ込めたいという米国の意向を改めて説明し「米軍を戦闘に投入する意図はない」と記者団に語った。

<イラン国内に蓄積する指導部への不満>
一方、今回の中東紛争にはイラン国民自身が一定の影響を及ぼすかもしれない。

高官2人によると、国内では経済危機と社会問題を背景に指導部への反感が強まっており、指導部はこれを鎮めながら直接紛争に関与する余裕はない。

昨年、スカーフの着用が不適切だとして当局に拘束された女性が死亡して以来、何カ月間も社会不安が続いている。国は着用規則を守らない国民への取り締まりを続けている。

経済的な苦境が続く中、多くのイラン国民は、中東におけるイランの影響力を拡大するため、数十年にわたり代理組織に資金を流してきた政府を批判するようになった。

イランの反政府デモでは何年も前から「ガザでもレバノンでもなく、私はイランのために命を捧げる」という言葉がスローガンとなっている。

元イラン高官は「イランの曖昧な立ち回りは、地域の利益と国内安定との間で微妙なバランスを採る必要性を浮き彫りにしている」と語った。【10月23日 ロイター】
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イスラエルに対し欧米が抑制的に働きかけ、ヒズボラに対しイランは「限定的な行動」に留めるように働きかける・・・という形で、イスラエルのガザ侵攻はあるにしても限定的なものにとどまり、戦線もそれ以上には拡大しない・・・人質をめぐる複雑な交渉が始まる・・・・というシナリオも考えられます。

ただ、イランとしてもハマスやヒズボラを完全にコントロールすることはできませんので、事態はイラン指導部の思惑を超えて、思わぬ方向に・・・ということも否定できませんが。
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イラン  厳戒態勢で迎えたアミニさんの急死から1年 核交渉から離脱はしないものの前進もなし

2023-09-17 23:01:22 | イラン

(スカーフをかぶらず、肩に巻いて街中を歩く若い女性たち=テヘランで9月9日、AP【9月17日 毎日】)

【アミニさんの急死から1年 力で抗議活動を鎮圧したものの、くすぶる不満 変化の兆しも】
イランでは、1年前の2022年9月16日におきた警察の暴行による一人の女性の死が、逮捕の理由となったヒジャブ(スカーフ)の被り方だけにとどまらず、国民の支配体制への不満に火をつけ、政治体制を揺るがすほどの大きな抗議活動となりました。

しかし、危機感を持った当局は実弾使用を厭わない強硬な鎮圧を行い、抗議活動による死者は500人にのぼったとも。

****アミニさんの急死から1年、イラン国内の変化は****
クルド系イラン人女性のマフサ・アミニさんが警察に拘束されたのちに急死してから、およそ1年が経過した。当時22歳のアミニさんの死が発端となった抗議デモはイラン全土に広がり、1979年に起きたイスラム革命以来で最悪な政治的混乱の一つにまで発展。イランの支配層はこの1年間、抗議活動に対する圧力を強め続けている。

<抗議活動はどのように始まったか>
アミニさんが9月16日に亡くなった後、すぐに抗議活動は始まった。アミニさんは、イランで義務付けられているイスラム教の服装規定に違反した疑いでその3日前に風紀警察に逮捕されていた。

政治からは距離を置き、内気な性格だったというアミニさんは、テヘラン市内の駅に降りたところで拘束された。

アミニさんの訃報はソーシャルメディア上で拡散された。故郷の北西部クルディスタン州サッゲズで執り行われた葬儀で発生したデモは、イラン支配層の聖職者に対する怒りと異議から「女性、命、自由」の声と共に全国に広がっていった。

死因について家族は頭部や手足を殴打されたことが原因だと主張しているが、当局は既往症によるものだと否定。こうした対応がアミニさんの死に対する怒りをさらに強めた。

<デモの参加者は何を望んでいるか>
女性や若者が最前線に立って抗議活動を行うことも多く、デモ参加者は「独裁者に死を」と唱えながらイランの最高指導者ハメネイ師の写真を燃やすなどイスラム共和国の象徴を非難の対象にしている。

髪を覆い隠すことや、ゆったりとした服を着用することを義務付けている法律に反対の姿勢を示すため、女性たちはスカーフを頭から外して燃やした。こうした抗議には女子学生も参加した。

デモはとりわけ、北西部のクルド人が多く住む地域や、南東部のバルチ族の居住区など、国から長年差別的待遇を受けてきた少数民族が暮らす地域で勢いを増した。

また、イスラムの服装規定を守らない女性も増加。チェスやスポーツクライミングの選手が頭部を覆うスカーフ「ヒジャブ」を着用せずに試合に出場したことをきっかけに、有名人女性らもヒジャブ着用のルールを破り、抗議活動への支持を示した。当局はアスリートや俳優など複数の著名人に対し、渡航禁止や懲役刑を言い渡した。

<抗議デモの鎮圧>
抗議活動は年が明けてからも続き、治安部隊はメッセージアプリへのアクセスを制限したほか、催涙ガスやこん棒、場合によっては実弾を使用するなど、明確なリーダーを持たないデモ隊に対して強力な弾圧を行った。民兵組織「バシジ」が中心となり、反政府デモの取り締まりを率いた。

人権団体は71人の未成年者を含む500人以上が殺され、数百人が負傷、数千人が逮捕されたとしている。イランはこの騒乱を巡り、7人に死刑を執行した。

当局は公式な死者数の推計を発表していないが、数十人の治安部隊が「暴動」によって命を落としたと表明している。

<変化はあったか>
当初は抗議活動の鎮圧に手こずった支配層エリートだが、イラン革命防衛隊の後ろ盾を受けて権力を強化している。  
アミニさんが拘束を受けて亡くなって以降、風紀警察の多くは路上から姿を消した。だが、風紀警察が取り締まりを再開し、ベール非着用の女性を特定して罰するために監視カメラが導入されると、デモの勢いは弱まった。

当局はベールが「イスラム共和国の信念の一つ」だとして、かぶっていない女性にはサービスを拒否するよう官民双方に命令。従わなかった数千の事業所が、一時的な閉鎖に追い込まれた。

ただ、多くの国民は髪を覆い隠さないイラン女性が増え続けていると指摘しており、議会は服装規定違反に対する懲役期間を延ばすことや、規則に背いた有名人や事業により厳しい罰則を設けることも検討している。

抗議活動を巡っては国外も反応。西側諸国はイランの治安部隊や数十名の当局者に対する新たな制裁を科し、既に複雑化しているイランと西側諸国の関係にさらなる緊張をもたらしている。

<イラン指導者はどのように地位を保持するのか>
アミニさんの一周忌を控えた最近の治安部隊の動きからは、イランの支配層が少しの反対意見も許さない姿勢であることがうかがえる。

活動家らは、デモ関係者の逮捕や尋問のための出頭要請、脅迫や解雇など、恐怖や不安をあおる措置が行われているとして当局を非難した。

ここ数週間でジャーナリストや弁護士、活動家、学生や大学関係者、著名人、死亡したデモ参加者の家族などが標的となっている。少数民族の当事者は特に多いという

社会不安についてイラン当局は、米国やイスラエルをはじめ敵対する諸外国によるものだと非難。逮捕される恐れがある人々にとっては、よりリスクの高い状況になっている。

イラン経済は制裁や失策の打撃を受けており、国民は不安を募らせる一方だ。こうした中での厳しい取り締まりは、支配層と国民の間に入った亀裂を深める危険性が高く、さらなる情勢不安を招きかねない。【9月16日 ロイター】
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抗議活動鎮圧後もスカーフを被らない女性が増加しましたが、当局は抗議再燃を懸念して厳しい取締りは控えるようになっていました。

しかし政権の支持基盤である保守派へのアピールもあって、最近は再び(少なくとも表立っては)取締りが強化されています。ただ、あまり厳しくすると再び不満が・・・ということで及び腰のところもあって、その効果は限定的とも。

****「脱スカーフ」イランで増加 女性死亡・デモから1年 変化の兆し*****
(中略)デモ以降、長く抑圧されてきた女性の人権意識が高まり、若い世代を中心にスカーフをかぶらない人が増えている。当局は着用対策を強化するが、効果は限定的。イスラム教に厳格な革命体制下の社会に変化の兆しが出ている。

飲食店や衣料品店が並び、若者でにぎわう首都テヘラン中心部のエンゲラーブ通り。テヘランに住む会社員のナファスさん(23)が9月上旬、腰まである長い髪をスカーフで隠さずにベンチに座っていた。「革命を象徴するスカーフは嫌い」

イランでは1979年の革命以降、公共の場では、外国人も含めて女性は髪を隠すスカーフの着用が法的に義務付けられている。だがナファスさんは「私たち若い世代は古い服装を受け入れたくない」と反発する。

街でスカーフを身につけていない女性の姿は目立っている。女性の拘束が相次げば「デモが再燃する」(テヘラン市民)との声があり、体制側が大規模摘発といった強硬策に乗り出せないジレンマに陥っている可能性がありそうだ。デモ以降、イスラム教の価値観からタブーとされていた女性のバイク運転が顕著になるなど、社会は変容している。【9月17日 毎日】
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上記【ロイター】にもあるように、政権側は社会不安についてアメリカ・イスラエルをはじめ敵対する諸外国による画策だと非難しています。

最高指導者ハメネイ師は9月11日、イラン内部に危機をつくり出すための組織をアメリカ政府が設けたとし、アメリカが民族・宗教の違い、女性問題などで混乱を起こそうとしていると批判しています。

一方、バイデン米大統領は15日、アミニさんやその後の抗議デモで犠牲になった人々を追悼する声明を出し、アメリカがイランの人々に寄り添い、女性への暴力に抗議していく姿勢を改めて強調しています。
また、アメリカ財務省は15日、抗議デモ参加者らへの暴力的な弾圧等に関わったとして、29の個人・団体に追加の制裁を科しています。

そうした状況で迎えたマフサ・アミニさんの死から1年。
抗議再燃を警戒する当局は、首都テヘランの中心部の広場や通りで多数の警官や治安部隊が警戒に当たる厳戒態勢を敷きました。

当局の警戒もあって、小規模なものを除いて、大規模な抗議行動や衝突などは報じられていません。

****イラン・反スカーフデモ1年 治安部隊が厳戒態勢 遺族の一時拘束も****
イスラム革命体制が続くイランで、髪を覆うヘジャブ(スカーフ)のかぶり方が不適切として拘束された女性の急死を機に抗議デモが拡大してから、16日で1年となった。

AP通信などによると、この日、治安部隊が厳戒態勢を敷く中、一部地域でゼネストや散発的なデモがあった。昨年のデモでは体制打倒を叫ぶ市民もいたとされ、当局は神経をとがらせているとみられる。(中略)

ノルウェーに拠点を置く人権団体「ヘンガウ」などによると、アミニさんの死去から丸1年となる16日、出身地の西部クルディスタン州ではゼネストが実行された。

一方、同日、アミニさんの父親は同州サゲズで娘が埋葬された墓地に向かうところをイラン革命防衛隊に一時拘束され、警告を受けたという。

テヘランではこの日、女性刑務所で収容者が自分の服に火を付けて抗議し、治安部隊が殺傷能力の低いペレット銃を発砲したとの情報もあるが、死者は出ていないという。

また、北東部マシャドなど一部の都市でデモがあり、治安部隊が催涙ガスを使用したという。ただ、各地で厳戒態勢が敷かれていたことから、昨年のような大規模なデモには発展していない模様だ。【9月17日 毎日】
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【拘束中の米国人5人解放で、60億ドルの凍結資産解除】
イランとアメリカの間では、イラン資産凍結解除と引きかえにイランの刑務所で拘束中の米国人5人が解放されるという緊張緩和的な動きもありました。

****イランが拘束の米国人5人解放、進展は継続=米大統領補佐官*****
米国のサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)は22日、イランの刑務所で拘束中の米国人5人が解放される合意について進展しているとの考えを示した。ただ、解放日程は明言しなかった。

イランは、韓国で凍結されている60億ドルのイラン資産の解除などを条件に5人の最終的な出国を許可する第一歩として、8月10日にそれまでの1人に加えて残り4人を刑務所から移送して自宅軟禁下に置いた。

サリバン氏は会見で「イランとの合意通りに事態が進んでいると考えている。まだ経るべき段階があり正確な日程は未定だが、進展は続いていると考える」と述べた。

5人の出国まで数週間を要する可能性があるとみられているが、イランが許可すれば、核問題やシーア派支援などを巡り対立するイランと米国にとって大きな問題が取り除かれることになる。【8月23日 ロイター】
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こうしたイランとの“取引”に対し、アメリカ国内では野党・共和党が批判を強めています。
バイデン政権は凍結解除資産は「人道目的にのみ使われる」と釈明してはいますが・・・・

****米、イラン資産「再凍結可能」 共和党は反発強める****
米国務省のミラー報道官は12日の記者会見で、イランで軟禁下にある米国人5人解放のため、バイデン政権が凍結解除を承認したイランの資産60億ドル(約8800億円)に関し「人道目的にのみ使われる。必要ならば再凍結できる」と述べた。野党共和党が核開発を進めるイランを利するなどとして反発を強めており、火消しに追われた。

イランのライシ大統領は12日放送の米NBCテレビのインタビューで「人道目的とはイラン国民が必要とするものであれば何でもという意味だ。国民のニーズはイラン政府が判断する」と語った。

凍結解除となるイラン資産は韓国にあり、カタールに送金される。【9月13日 共同】 
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【前進しない核合意再建協議】
イランとの関係の“本筋”である核合意再建協議の方は、相変わらず難航しています。

****英仏独がイラン制裁継続へ 核合意「守られていない」****
イランの核開発制限を巡る核合意の当事国である英国、フランス、ドイツは14日、イランが合意を守っていないとして、10月中旬に緩和するはずだった制裁の一部を継続するとの共同声明を出した。ロイター通信によると、イランは反発している。

声明では、イランが2019年以来、合意を守ろうとせず、濃縮ウランを合意で認められた量の18倍以上保有しているなどと指摘。英外務省によると、合意が守られていれば、欧州連合(EU)や英国が科す個人や企業に対する制裁の一部が10月18日に緩和されるはずだった。

今後は国連が科している制裁の一部も、3カ国の制裁として取り込む。【9月15日 共同】
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当然のように、イラン側も反発

****ベテラン核査察官を拒否=米欧の非難に反発―イラン*****
国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は16日、イランの核開発を検査してきた複数のベテラン査察官について、同国政府が受け入れを一方的に停止したと発表した。監視業務が一段と制限されることは避けられない。米欧諸国がイランの協力姿勢の欠如を非難したことへの報復とみられる。

グロッシ氏は「前例のない一方的な措置を強く非難する」と強調。受け入れ停止対象の査察官らが「欠かすことのできない役割を担っていた」とし、イラン側の措置で高度な専門性を有する中心メンバーがおよそ3分の2に減ると説明した。

米国と英仏独3カ国は今月中旬のIAEA理事会で、監視業務へのイランの対応について、「真剣に取り組むことを意図的に拒否している」と批判。欧州3カ国は核合意で解除が予定されていた対イラン制裁の継続も表明し、イランが反発していた。【9月17日 時事】
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【欧米との核交渉からは足抜けせず、同時に、外交成果を喧伝することで国民の視線を逸らせつつ、友好国との関係強化も同時に図る多角化戦略】
こうしたなか、8月末に南アフリカで開催された第15回BRICS首脳会議では、イラン及びサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプト、エチオピア、アルゼンチンの6カ国が新たな加盟国として認められました。2024年1月1日からこれら諸国が加わり、BRICS加盟国は11に増えます。

“8月29日、ライーシー大統領は国内外メディア向けの記者会見で、「BRICSや上海協力機構(SCO)のような連合は、イランの経済の潜在力を開花させるため、また西側の単独覇権主義に対抗するための絶好の機会である」と述べた。同大統領は同時に、西側との制裁解除に向けた交渉から離脱する予定はないとも発言した。”【9月1日 中東調査会】

前進しているようには見えない核合意再建協議ですが、イラン・ライシ政権は「離脱」する考えもないようです。

冒頭に触れたような国民の不満もくすぶっている、来年には議会選挙もある・・・といった状況で、イラン指導部は大きな変化を起こすことも考えていないようです。逆に言えば、譲歩して核合意を前進させる考えもないようにも。

****イラン:BRICS新規加盟発表に対する国内の反応****
(中略)
中東諸国がBRICSに寄せる期待には、多極化する世界を象徴する新しい多国間枠組、ひいてはその人口や経済力を踏まえての新たな市場の開拓といったものが挙げられる。

これらについてイランも同様だが、同国には西側中心の現行の国際秩序へのカウンターとして捉えている様子が強く見られる。この背景には、イランの置かれてきた国際的状況と歴史的経緯がある。

2018年5月、トランプ前米政権は核合意から単独離脱し、イランに対し「最大限の圧力」キャンペーンを科した。これにより、イランは国際送金網から切り離され、厳しい金融・石油取引制限を加えられることとなった。

こうした事情から、イランは、失業率の増加、インフレ、通貨の暴落等、財政的に厳しい状況に置かれた。

この反動として、イランは制裁の「無効化」を合言葉に、中国、ロシア、近隣諸国、アジア、南米、アフリカ、イスラーム諸国等との全方位外交を推し進め、貿易量を徐々に回復させるとともに、原油輸出量を増加させてきた。つまり、2021年8月に成立したライーシー政権は、欧米諸国の対応如何に拘らず自活できる体制作りに精力的に取り組んできたということだ。

これは、米国から科された経済制裁に対する反応であるとともに、国際協調路線を敷きながらも制裁解除を実現できなかったロウハーニー前政権の失敗からの教訓でもある。

ライーシー政権の「バランスの取れた外交」「近隣重視外交」には、前政権が取った欧米偏重路線の失敗を批判する意味合いも含まれており、多分に同国の内政事情を反映したものでもある。

加えて、イラン国内では、昨年9月以降のヒジャーブ強制着用に対する国民の反感が強まっており、民衆の体制に対する不満が嵩じる危険性が燻っている。また、民衆の経済状況の悪化に対する不満も根強い。

2024年3月には議会選挙が、2025年中頃には大統領選挙も予定される。そうした状況の中で、イラン体制指導部としては、欧米との核交渉からは足抜けせず、同時に、外交成果を喧伝することで国民の視線を逸らせつつ、友好国との関係強化も同時に図る多角化戦略を講じているのだろう。

総じて、イランは、他の中東諸国と似た期待をBRICSに寄せる一方で、米国へのカウンターや第13期(ライーシー)政権による成果のアピール材料としての役割もBRICSに併せ持たせている。【9月1日 中東調査会】
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イラン  それほど単純でもない「スカーフ着用強制」とか「ロシア支援」といった一般的イメージ

2023-08-11 23:30:35 | イラン

(テヘランの路上を歩く女性たち=7月18日 【8月3日 CNN】)

【スカーフ着用に関する規制強化】
イランでは、昨年9月にスカーフ(ヒジャブ)のかぶり方が不適切だとして当局に拘束された女性が死亡したことを契機に抗議デモが全国に拡大し、単に女性のスカーフだけの問題ではなく、現在のイランの抑圧的な政治体制への不満が噴出する深刻な国内問題になりました。

混乱が沈静化した後も、街ではスカーフを着けない女性の姿が目立つとも報じられていますが、保守派を支持基盤とするライシ政権としては、あくまでもスカーフ着用を女性に求める姿勢です。

****スカーフ着用の監視強化、イラン 街頭のカメラで特定****
イランの保守強硬派ライシ政権は(4月)17日までに、髪を隠すスカーフを着用していない女性を特定するため、街頭でカメラを使って監視強化に乗り出した。地元メディアが伝えた。反スカーフデモを契機に、抗議を示す形として公共の場でスカーフをかぶらない女性が目立っている。

イランでは外国人も例外なく公共の場で女性はスカーフで髪を隠すよう義務付けられている。イラン警察のラダン長官は今月上旬、髪を隠していない行為をカメラで確認した際は初めは警告にとどまるが、繰り返された場合は裁判所に行くことになると強調した。

だが、実効性があるかどうかは不透明だ。【4月17日 共同】
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****イランでスカーフ強化法案 未着用者増で引き締め****
イラン政府は2日までに、女性が髪を隠すスカーフの着用の義務付けを強化する法案を国会に提出した。昨年に全国化した抗議デモ以降、街中でスカーフをかぶらない女性が増えたため、引き締めを図るのが狙い。

法案に対し、イスラム教の教えに厳しい保守強硬派は罰則が不十分と主張。自由拡大を求める改革派の市民は「人権に反する」と非難している。

イランでは外国人も例外なく、女性は公共の場でのスカーフ着用が必須。
法案によると、違反者はショートメッセージサービス(SMS)で警告を受ける。2回目で罰金が科され、3回目からは訴追手続きが取られるとしている。罰金額など詳細は不明。【7月2日 共同】
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法整備に加え、市中での取締りも強化されています。

****イランでスカーフ着用支持の集会 イスラム保守強硬派が主催****
イランの首都テヘランで12日、女性が髪を隠すスカーフの着用を支持する集会が開かれた。昨年9月にスカーフ着用に反対するデモが全土で発生して以降、スカーフをかぶらない女性が若い世代で目立つことに対抗する狙い。

イスラム教の教えに厳格な保守強硬派が主催し、参加者は「スカーフをかぶるべきだ」と訴えた。テヘラン中心部の広場は、全身を黒い布で覆うチャドル姿の女性で埋め尽くされた。(後略)【7月13日 共同】
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****イラン、スカーフ未着用に警告 警察が部隊配備****
イラン警察の報道官は16日、社会秩序を乱す行為に対応するため、警察車両と部隊を国中に配備すると述べた。国営テレビが伝えた。昨年9月に女性が髪を隠すスカーフの着用に反対するデモが全土で発生して以降、スカーフをかぶらない女性が増えたことに対して警告した形。

イランでは国籍を問わず、公共の場で女性は髪をスカーフで隠すことが法的に義務付けられている。当局は監視カメラで着用強化に乗り出しているが、効果が出ていないため、今回の措置に実効性があるかどうかは不透明だ。

報道官は、警察の命令に従わない場合は法的手続きが開始され、裁判所に召喚されると強調した。法的手続きの具体的な内容は不明。【7月16日 共同】
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更に、罰金増額などの規制強化の法案も。

****ヒジャブ不着用の女性に長期刑、AIで監視徹底 イラン政府が厳罰化の法案提出へ****
イラン政府が女性の頭部を覆うヒジャブの着用を厳格に取り締まる新法の制定を検討している。道徳警察に拘束された女性の死を発端とする大規模な抗議デモから間もなく1年。専門家は、前例のない過酷な懲罰が法制化されることになると指摘している。

イラン 70条からなる法案には、ヒジャブ着用を拒んだ女性に対する刑期の大幅な長期化、規則に逆らった有名人や企業に対する厳罰、服装規定違反の女性を見つけることを目的とした人工知能(AI)の利用などが盛り込まれている。 

法案は今年に入って司法当局が政府に提出し、その後議会の法務司法委員会が承認した。政府系のメヘル通信の1日の報道によると、6日に理事会に提出された後、国会本会議で文言の調整を行って、2カ月以内に採決が行われる見通し。(中略)

法案ではヒジャブ不着用の罪を厳罰化し、禁錮5~10年、罰金3億6000万イランリアル(約120万円)以下とした。イラン人人権弁護士によると、これは平均的なイラン国民にとって到底支払える額ではないという。 

別の条項では、新法の執行のために「固定・移動カメラなどのツールを使って違法行為の犯人を特定するAIシステムの開発と増強」を警察に求めている。国営メディアは先に、ヒジャブ法に違反した女性を見つけ出すため、公共の場にそうしたカメラが設置されると伝えていた。 

ヒジャブ着用を徹底させない企業経営者に対する罰金も増額され、事業利益3カ月分に相当する罰金を科される可能性がある。【8月3日 CNN】
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SNSなどでの影響力が大きな著名人がヒジャブなどの着用を怠れば、「全財産の10%分」の罰金を科すといった内容も含まれているとか。

罰金の金額については、罰金の最高額は現行(約1ドル)の160倍となる8千万リアル(同約160ドル)と大幅に引き上げたとする報道もあって定かではありませんが、いずれにしても平均月収が200ドルに満たないとも言われるイランの所得水準を考えると法外な金額です。

法案成立までの過程で、内容修正の可能性もあります。

【支持基盤の保守強硬派をなだめる“ガス抜き”? 実際に厳しい摘発を行えば不満が再度爆発する危険も】
保守強硬派のライシ政権が規制強化に躍起になるのは不思議ではありませんが、これだけ対策が重ねられるということは、逆に言えば、政権の対応にもかかわらず、スカーフ(ヒジャブ)を着用しない女性が相変わらず多いということでしょう。

政府・当局の強硬姿勢にもかかわらず、なぜスカーフを使用しない女性が多いのか・・・当局取締りで多くの女性が拘束されたといった話も聞きません・・・そっちが不思議でした。
そのあたりは、微妙な政治事情があるようです。

支持層の保守派に対しては政権は「やっている」姿勢を見せる必要がある。
ただし、実際に厳しい取締りを行うと昨年9月の混乱を再現しかねないため、現場では手加減も・・・。

****イラン警察が取り締まり強化発表、ヘジャブしない女性は減らず…大量摘発の情報もなし****
イラン警察当局が7月16日、髪を隠すスカーフ「ヘジャブ」をかぶらない女性の取り締まり強化を発表した。ところが、ヘジャブ不着用の女性は減らず、大量摘発の情報もない。

エブラヒム・ライシ政権は、ヘジャブ着用の徹底を求める保守強硬派に配慮する一方、昨年広がったヘジャブ抗議デモの再燃も避けたいジレンマに陥っている。(中略)

保守強硬派のライシ政権の「支持者」でもある(7月13日 保守派のヘジャブ推進集会)参加者が批判の矛先を向けるのは、政府がヘジャブ着用徹底のため5月末に国会に提出した新法案だ。違反者に寛容すぎるとして、超強硬派の不評を買った。

イランでヘジャブ不着用を罰する根拠は1983年制定のイスラム処罰法(当時は74回のむち打ち刑)にある。現行法の罰則は10日〜2月の禁錮もしくは罰金だが、新法案は高額な罰金を科す一方で禁錮刑をなくした。

政府に抗議するため集会に参加したテヘランの主婦アクラム・アハマディさん(40)は「ヘジャブをかぶらない人に当局は行動を起こしていない。今の法律を執行すべきだ」と訴えた。

集会の主催団体によると、参加者は例年、動員をかけても1万人に満たないが、昨年の抗議デモに危機感を抱いたヘジャブ推進者が全国から集まり、今年は2万人を超えたという。主催団体に参画するヘジャブ推進組織「革命女子」のマンスーレ・サラリ副会長は「新法はいらない」と言い切る。

警察による取り締まり強化の発表は、集会の3日後だったが、現時点では保守強硬派のガス抜きの様相が強い。市中では警官の姿は目立たず、地元メディアが数件の摘発を報じるのみだ。

一方、慢性的な高インフレなどで国民に広がる反政府感情を後ろ盾に、体制批判を象徴するヘジャブ不着用の女性の姿は当たり前の光景となっている。ヘジャブ姿の女性も「職場の制服だから。本当は反対派よ」(40歳代会社員)と話す。昨年の抗議デモで摘発された芸術建築家のサハール・タラギカハさん(31)は、「きょうは検察官事務所に出頭したからヘジャブだけど、明日からは脱ぐわ」と臆する様子がない。

不特定多数の女性による静かな抵抗を前に、警察も強硬手段に訴えられないのが実情のようだ。摘発は企業や店舗、影響力のある著名人が主な標的とみられる。

ヘジャブ反対派に甘い対応を続ければ、保守強硬派の突き上げで政権の支持基盤が危うくなる。他方、過度な摘発を行って反対派の不満が爆発すれば、再び体制転覆を求める大規模な抗議デモに発展しかねない。政権は板挟みの状態だ。

改革派のハタミ政権(1997〜2005年)で副大統領や大統領府長官を務めたモハンマド・アブタヒ師は取材に「政権は(取り締まり強化の発表で)支持者を満足させたいのだろう。新たな抗議デモを力で抑え込むのは簡単だが、民衆との対立に勝利するのは難しい」と指摘した。(後略)【8月8日 読売】
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「強権支配」と評されるイランにあっても、現実政治は支持者と不満層の間で微妙なバランスをとる必要があるようです。

【「イランはロシア支援」とされているなかで、ロシアとの不協和音も】
現実はそうそう単純ではない・・・というのは外交面でも同じ。
イランはウクライナ問題ではロシアにドローンを供与するなど「ロシア支持派」ともみなされていますが、ことはそう簡単ではないようです。

イランとしても、ウクライナ支持・反ロシアの欧米に完全に敵対する形でロシアを支持し、今でも厳しい制裁を更に重くするというのは得策ではないでしょう。

****イラン「最高指導部」で内紛、ロシアへ無人機供与で 英MI6****
英対外情報部(MI6)のムーア長官は27日までに、ウクライナの戦争に使われる自爆型ドローン(無人機)をロシアへ提供した決定事項に関連し、イランの「最高指導部」内で「内紛」が起きたことを明らかにした。
チェコの首都プラハで最近開かれた行事で述べた。

この内輪もめは、イランの自爆型ドローンがウクライナの都市空爆に導入され、無差別の破壊をもたらしたことが原因になったという。

長官は「イランは現金を手にすることを選んだ。おそらくは、ロシアを支援する見返りとして何らかの軍事技術を受け取ることを選んだ」」と指摘。イランはロシアの「共犯者」となり、兵器供与を決めたのは「道に外れた」行動であると批判した。

イランはこれまで、ウクライナの戦争に導入されるドローンをロシアへ引き渡したとする非難を否定。ただ、戦争が始まる前にロシアへドローンを送ったことは認めていた。

米国家安全保障会議のカービー戦略広報担当調整官は先月、ロシアはイランの助力を受けて攻撃型ドローンの製造工場を自国内に建設しており、全面的な稼働が来年初期までに実現する可能性があるとの見方を示していた。【7月27日 CNN】
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(諜報機関長官の話なので)肝心の「内紛」の内容がまったく書かれていない、よくわからない記事ですが、ロシアへのドローン供与についてはイラン政権内でもそれほど自明のことではないようです。

ロシアとの関係では、イランが領有権を主張するペルシャ湾の島について、対立の相手側のUAE主張をロシアが認めるような対応を見せたことで、「全てにおいてロシアがイランに賛成してくれると期待してはいけない」(イラン国営通信)と、ロシアへの不満を募らせています。

****イラン国会議長がロシアの姿勢を批判、「我が国の領土保全については妥協不可能」****
イラン国会のガーリーバーフ議長は、GCCペルシャ湾岸協力会議(アラブ首長国連邦(UAE)など6カ国で構成)が先日発表した反イラン的声明にロシアも同調したことを批判し、「我が国の領土保全をめぐる問題は、いかなる方面とも妥協できないものだ」と強調しました。

イルナー通信によりますと、ガーリーバーフ議長は16日日曜、GCC加盟国とロシア外相による第6回戦略協議の最終声明にペルシャ湾にあるイラン領3島の問題が盛り込まれたことを批判し、「当国会は、イラン領3島に関するペルシャ湾岸諸国とロシアの声明にある内容を強く否定する」と述べました。

また、イランの領土保全が和解できるようなものでないとしながら、「ロシアは、自身が西側とNATO北大西洋条約機構の地政学的拡張主義の犠牲者として現在戦っている最中であり、ペルシャ湾の不安定化を目論む西側の地政学的計画に加担すべきではない」としました。

続けて、「ロシアを含むイランの近隣諸国に対しては、地域の安定維持と経済発展が、我が国の領土保全への尊重を含めた善隣関係の原則遵守に基づいてのみ実現可能であると告げておく」と強調しました。(中略)

その上で、「イランとロシアは今日、地域の2つの大国として、共通の利益に基づき様々な分野で協力計画を進めている。しかし、ロシアはこの協力が、大小トンブおよびブームーサーの3島に対する我が国の主権をはじめとした、越えてはならないレッドラインへの尊重に沿って成り立っていることを知るべきだ」と指摘しました。(後略)【7月16日 ParsToday】
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イランのロシアへの不満の背景には、ロシアの主力戦闘機のイランへの供与が未だに実現していないことなどもあるとの指摘も。

もちろん、イランは国内の原発建設でロシアの協力を受け、シリア内戦でも共にアサド政権を支えるなど、連携は多分野にわたっていますので、上記の揉め事を持って直ちにロシアとの関係が壊れる訳でもありませんが、アメリカという共通の敵に対して一時的に手を組んでいるに過ぎないという側面もあります。

イランは長年の宿敵サウジとも関係正常化しています。

****イランでサウジ大使館再開 地元報道、関係改善進む****
国営イラン通信は9日、イラン外務省関係者の話として、首都テヘランにあるサウジアラビア大使館が6日に再開したと伝えた。中東の覇権を争ったサウジとイランは3月に中国の仲介で外交関係の正常化で合意していた。

6月にはサウジの首都リヤドでイラン大使館が再開しており、両国の関係改善が進んでいる。【8月9日 共同】
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ただ、ロシアとの関係以上に、サウジとの和解は微妙。「和解」したというより、いまは対立を緩和させた方が得策と判断しただけ(イランとしては国際的孤立を避け、サウジのイスラエル接近を邪魔することができる・・・)でしょう。

【敵対するアメリカとの“取引”】
一方で、条件によっては敵対するアメリカと合意することも。

****イラン、拘束中の米国人5人解放の可能性 凍結資産解除など条件****
イランが同国の刑務所で拘束している米国人5人を解放する可能性があると、関係筋が10日明らかにした。韓国で凍結されている60億ドルのイラン資産の解除と米国に収監されているイラン市民釈放が条件という。

拘束されている米国人の弁護士によると、イランは拘束中の米国人4人をテヘランの刑務所から解放し、自宅軟禁下に置くことを許可した。5人目はすでに自宅軟禁下にあるという。

米国家安全保障会議(NSC)のワトソン報道官は、5人が刑務所から移送され、自宅軟禁下に置かれたことを確認した上で、最終的な解放に向けた交渉は継続中で「デリケート」な状況と述べた。

ブリンケン米国務長官は、米国人5人がイランの刑務所から解放されたことは「前向きな一歩」であり、帰国につながるプロセスの始まりだと指摘。国務省が10日に米国人5人と連絡を取ったとした一方、イランに勾留されている他の米国人については分からないとした。

イラン国連代表部は同国の国営メディアに対し、第3国の仲介を通じた米国とイランによる囚人交換の取引の一環と語った。

関係筋はロイターに対し、イランの資産凍結解除後に米国人5人の出国が許される見通しと明らかにした。別の関係筋によると、出国の時期は9月ごろになる可能性があるという。【8月11日 ロイター】
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60億ドル・・・・約8600億円、制裁下のイランにとっては大きな金額です。医薬品や食料など人道物資の購入の支払いに充てることを条件としているとのこと。

核合意再建交渉が進展しないなかバイデン政権は、イランが60%以上にウランの濃縮度を高めない見返りにイランの凍結資産(イラクのイランに対する27.6億ドルの天然ガス輸入代金と電気代金の支払い)を解除する内容の文書化されない「合意」をイランとしたという話もありました。

WSJは、バイデン大統領は議会の批准を回避するために文書化せず、自己の再選がかかっている来年の大統領選挙まで時間稼ぎをしていると批判しています。

イランに大きな見返りを与えるこの種の取引はイラン嫌いのアメリカ国内で議論を呼びそうです。拘束アメリカ人を解放させることで世論にアピールできるとバイデン政権は判断したのでしょうが・・・どうでしょうか。
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イラン  不穏な動きが絶えないホルムズ海峡 注目される最高指導者交代時のイラン情勢

2023-07-06 23:00:53 | イラン

(【6月18日 読売】 イラン情勢が緊迫するたびに注目されるホルムズ海峡 日本にとっても重要なシーレーン)

【米・イラン 水面下の「静かな外交」】
イラン核合意復活協議がなかなか進展しないなか、イラン核開発に歯止めをかけたいアメリカとイランの“静かな外交”というか、水面下の交渉については、6月17日ブログ“イラン核合意の本格的交渉再開は未だ 米、事態悪化を防ぐ「クールダウン」のための「静かな外交」展開”でも取り上げたところです。

****強まるハメネイ師健康不安説 米国は革命体制を打倒できるか?*****
(中略)
米国はイランが核開発を制限する代わりに日量100万バレルの原油輸出を認める合意が近づいているという報道が出ていたが、6月8日、米政府はこれを否定した。しかし、バイデン政権が米国人人質とイランの凍結資産の一部解除を取引する何らかの秘密交渉が行われているのは間違いないだろう。

恐らく米側は、イランが捕らえている米国人人質の解放の代償として、「凍結解除は国連の分担金の支払いと新型コロナウイルスワクチンのため」との名目でごく限定的な在米イラン資産の凍結解除の用意があるのであろう。

他方、イランは、この機会に日量100万バレルの原油輸出を認めさせて一気に制裁の事実上の解除を狙っているのではないか。現在、中国が買っているのが日量100万バレルと言われるから、これは制裁の骨抜きに他ならない。

恐らく、イラン側は、経済制裁が続いてもイラン経済は崩壊せず、核開発も進んでいることから自分達の方が優位にあると考えているのであろう。  

なお、その後の6月14日の米ニューヨークタイムズ紙は、バイデン政権が、米国とイランの間の緊張を緩和するためにオマーンで秘密裏にイランと間接交渉を行っていると報じている。

それによれば、イランがウランの濃縮度を60%以上に引き上げず、シリアとイラクで米軍関係者を攻撃せず、さらにIAEAの査察に協力し、ロシアに弾道ミサイルを売却しないこととの引き換えに、米国はこれ以上制裁を強化せず、イラン産原油を積んだ外国タンカーを拿捕せず、国連やIAEAでイランに対して懲罰的な制裁決議を提案しない由である。

さらに、イランが3名の米国人人質を解放する代わりにイランの数十億ドルの凍結資産を解除することも交渉されている。【6月30日 WEDGE】
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【アメリカへの対抗姿勢を強める動き タンカー拿捕が相次ぐホルムズ海峡】
ただ、イラン経済を支える石油輸出への制裁は、何らかの妥協に向けてイランを追い込むまでの効果はあげていないようでもあります。

****イランの5月原油輸出が5年ぶり高水準、増加分は闇市場か****
海運データや関係者などによると、米国の制裁にもかかわらず、イランの5月の原油輸出と生産量が5年ぶり高水準に達した。

イランの原油輸出は、2018年にトランプ前政権下の米国が2015年の核合意から離脱し、対イラン制裁を復活させて以来、制限されている。だが、現在のバイデン政権になってからは輸出が増加している。イランと欧米の当局者によると、米国はイランと協議を行い、核開発計画を制限するための措置を検討している。

データ提供会社ケプラーによると、イランの原油輸出は5月に日量150万バレルを超え、単月としては2018年以来の高水準となった。18年の米国の核合意離脱前は日量250万バレル程度だった。

イランの発表では、5月の原油生産量は日量300万バレル超に増加。これは世界の供給量の約3%に相当し、石油輸出国機構(OPEC)のデータによれば18年以来の高水準だった。

国際エネルギー機関(IEA)が今週発表したイランの5月産油量は日量287万バレルで、イランの公式発表値に近い。(中略)

米国務省の報道官は、全ての対イラン制裁が引き続き有効だとし、制裁回避者に対して措置を講じることを躊躇しないと述べた。米財務省は、コメント要請に応じていない。

アナリストや海運データによると、中国がイラン産原油の最大の輸入国。【6月19日 ロイター】
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こうした懐事情を反映したものか、このところのイランの動きはアメリカへの対抗姿勢を強める方向のものが目立ちます。7月4日の上海協力機構首脳会議(SCO)で中国・ロシアが主導する同機構へのイランの加盟が決定されました。

制裁を続ける米欧に頼れないイランにとって、世界人口の4割を占めるSCOは魅力的な市場です。
また、SCO加盟によって、自国が孤立していないことを国内外にアピールしたい狙いもあるとされています。

****イラン、上海協力機構に正式加盟へ ロシア外相****
ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は6月30日、上海協力機構について、「7月4日の首脳会議で、イランが正式に加盟する」と明らかにした。モスクワのSCO関連施設の開所式で述べた。イラン外務省も、同首脳会議でSCOの張明事務局長から正式発表があるとしている。

イランは、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカで構成される新興5か国への早期加盟も希望している。

SCOは、中国、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、インド、パキスタンの8か国で構成され、事務局は中国・北京にある。【7月1日 AFP】
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また、ホルムズ海峡周辺ではイランの軍艦から航行タンカーへの発砲があり、米軍が拿捕を阻止する事態が起きています。

****イラン海軍がホルムズ海峡周辺でタンカーに発砲か 米軍が拿捕を阻止****
米海軍第5艦隊(司令部・バーレーン)は5日、中東の要衝ホルムズ海峡に近いオマーン沖の公海で、イラン海軍による原油タンカー2隻の拿捕(だほ)を阻止したと発表した。イランの軍艦からタンカーに向けて複数の発砲があり、船体に命中していた。

ホルムズ海峡周辺ではイラン海軍による商用船の拿捕が相次いでおり、米軍などが警戒を強化しているが、原油や天然ガスの輸送の安全性への懸念が高まっている。

米海軍によると、5日午前4時ごろ、オマーンの首都マスカットの沖合約30キロをアラビア海に向けて航行中のバハマ船籍の原油タンカーが米海軍に遭難信号を発した。イラン海軍の艦艇がタンカーの1・6キロ以内に接近し、停止を要求。さらにタンカーに向けて小火器や銃器で複数回発砲した。タンカーの乗組員に被害はなかったが、数発は船体に当たった。

米海軍の誘導ミサイル駆逐艦が現場に急行すると、イラン軍艦はタンカーから離れた。米軍は上空から発砲の様子を捉えたとする映像を公開した。ロイター通信によると、タンカーは米石油大手シェブロンが管理しており、サウジアラビアからシンガポールに向かう途中だった。

発砲事案の約3時間前には、イラン海軍の別の艦艇が、オマーン湾の公海を航行中だったマーシャル諸島船籍の原油タンカーに接近。米軍艦が到着すると、イラン軍艦は現場を離れた。

米中央軍海軍のクーパー司令官(中将)は5日の声明で「非常に重要な海域で航行の権利を守るため、今後も油断せず備えていく」と述べた。

米軍によると、イランは過去2年間、ホルムズ海峡周辺を中心に、少なくとも6隻の商用船を拿捕した。今年4月にはオマーン湾で、イラン海軍の特殊部隊がヘリコプターを使って米国行きの原油タンカーを急襲して拿捕。イラン政府は「イランの船と衝突したために拿捕した」と説明したが、「衝突」の証拠は示さなかった。

5月にはイラン革命防衛隊の艦艇がホルムズ海峡で、アラブ首長国連邦(UAE)に向かっていたパナマ船籍の原油タンカーを拿捕した。イランは「司法当局の命令」としたが、米国が対イラン制裁の一環でイランの原油タンカーを没収したことへの報復だとの見方もあった。

米軍は2019年、ホルムズ海峡周辺で民間船への攻撃が相次いだことから、航行の自由を守る「海洋安全保障イニシアチブ」を発足させ、多国籍連合軍による警戒監視活動を続けている。

自衛隊は独自にアラビア海やオマーン湾で艦船や哨戒機による情報収集活動を実施し、米軍とも情報共有しているが、イランへの刺激を避けるためにホルムズ海峡やペルシャ湾では活動していない。【7月6日 毎日】
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上記のタンカーのうち、バハマ船籍のタンカー(米石油大手シェブロンが管理)については、イランの船舶と衝突したとしてイラン裁判所が拿捕をイラン海軍に命じていたとのこと。

****米海軍阻止のシェブロン船舶拿捕、衝突受けイラン裁判所が命令****
イランの裁判所は、オマーン湾でイランの船舶と衝突した石油タンカーを拿捕するようイラン海軍に命じていた。

このタンカーは米石油大手シェブロンが管理するバハマ船籍の石油タンカー「リッチモンド・ボイジャー」。米海軍は5日、イラン海軍が同タンカーを含む2隻を拿捕しようとしたため、阻止したと発表していた。

イラン南部ホルモズガーン州の海洋捜索救助センターが国内メディアのIRINNに明らかにしたところによると、リッチモンド・ボイジャーは乗組員7人が乗ったイラン船と衝突。イラン船の5人が負傷し、船内に浸水したが、リッチモンド・ボイジャーは事故後も停船しなかった。その後、イラン船の船主がタンカーの拿捕を要求したという。

シェブロンは、リッチモンド・ボイジャーの乗組員は無事で通常通り航行しているとコメントした。

米海軍によると、イランは約1カ月前、1週間で石油タンカー2隻を拿捕している。【7月6日 ロイター】
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詳細はわかりませんが、緊張した状況が続いているのは確かなようです。

なお、イラン革命防衛隊による2020年1月のウクライナ旅客機撃墜を巡り、ウクライナ、カナダ、英国、スウェーデン4ヶ国が国際司法裁判所(ICJ)に提訴したとも。

****旅客機撃墜でイラン提訴 国際司法裁判所に、カナダなど****
ウクライナ、カナダ、英国、スウェーデンは5日、イラン革命防衛隊による2020年1月のウクライナ旅客機撃墜を巡り、イランに4カ国の犠牲者遺族への謝罪と賠償などを求め、国際司法裁判所(ICJ)に提訴した。AP通信が伝えた。

ウクライナの旅客機は、イランの首都テヘランの空港を離陸した直後に撃墜され、乗客乗員計176人全員が死亡。犠牲者には4カ国の国民が含まれていた。

イランの裁判所は今年4月、ミサイルを誤射したとして革命防衛隊の防空システム担当官に禁錮13年の判決を言い渡すなどしたが、4カ国は「見せかけの裁判」だと指摘。「公平な犯罪捜査を怠った」と批判した。【7月6日 共同】
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イラン側の反発が今後あるのか・・・。

【今後のイラン政治の転換点として注目される最高指導者交代】
一方、イラン国内では体制引き締めを図る動きも報じられています。

****イランでスカーフ強化法案 未着用者増で引き締め****
イラン政府は2日までに、女性が髪を隠すスカーフの着用の義務付けを強化する法案を国会に提出した。昨年に全国化した抗議デモ以降、街中でスカーフをかぶらない女性が増えたため、引き締めを図るのが狙い。

法案に対し、イスラム教の教えに厳しい保守強硬派は罰則が不十分と主張。自由拡大を求める改革派の市民は「人権に反する」と非難している。

イランでは外国人も例外なく、女性は公共の場でのスカーフ着用が必須。
法案によると、違反者はショートメッセージサービス(SMS)で警告を受ける。2回目で罰金が科され、3回目からは訴追手続きが取られるとしている。罰金額など詳細は不明。【7月2日 共同】
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引き締めを図る・・・ということは、それだけ国民の体制への不満が強いということの裏返しでもあります。

そこで体制存続に関して問題となるのが次期最高指導者に誰がなるのか・・・
ハメネイ最高指導者は84歳と高齢で、健康不安説がしばしば流れる状態。

****イランの次の最高指導者は誰に? カギ握る革命防衛隊****
英エコノミスト誌5月25日号の解説記事‘Who will be Iran’s next leader’は、いずれイランの最高指導者の交代があるだろうが、革命防衛隊が実質的な権力を握って専制政治を敷くであろう、とする予測を示している。要旨は次の通り。

*   *   *
誰が最高指導者ハメネイ師の後継者となるのか、果たして中東の最後の神権政治が生き残れるのか誰も分からない。信心深いイラン人ですら神権政治に対する信頼を失い始めている。

ハメネイ師の後継者としてハメネイ師よりさらに宗教的権威が劣る2人の有力候補がいる。一人は、保守強硬派で現大統領のライシ師、もう一人は、ハメネイ最高指導者の次男のモジュタバ師である。

1989年にハメネイ師を最高指導者に任命した時と大きな違いは、革命防衛隊が大きな力を持っていることである。革命防衛隊は、聖職者より優位にいる。過去30年間、ハメネイ最高指導者は、革命防衛隊を利用して宗教界のライバルを押しのけ、民衆の抗議デモを排除して権力を掌握してきた。

今後、革命防衛隊は最高指導者をお飾りにしてしまうように思われる。その意味で、ライシ師は革命防衛隊にとりピッタリの人物と言える。恐らく革命防衛隊は権力を掌握し、「聖職者による支配」を有名無実化するが、今と同様な専制政治体制を敷くだろう。しかし、体制に対して不満な中産階級をこれ以上刺激しないだろう。

対外政策は強硬なままで、核武装に走るだろうが、ペルシャ湾地域での米国のプレゼンスに反対しつつも、「大悪魔(米国)」と協議することにはより柔軟だと思われる。

一部の専門家は、革命防衛隊は服装や飲酒に対する自由をより認める新たな社会契約を国民と結ぼうとするのではないかと考えている。国民はこのような社会契約を喜ぶであろうが、しかし、政治的な自由はこれまで以上に制限されるであろう。

ハタミ元大統領やムサヴィ元首相といった真の改革派は、革命防衛隊や聖職者が支配する体制ではなく、非宗教的な市民社会を実現しようとするであろう。
*   *   *

これは大変良い分析である。ホメイニ師のようなカリスマと宗教的な権威に欠けるハメネイ最高指導者が宗教界を抑え、権力を掌握するために革命防衛隊を利用した結果、革命防衛隊の力が強くなり過ぎ、次期最高指導者は、お飾りとなり、実権を革命防衛隊が握って、専制政治を行うというシナリオは説得力がある。

革命防衛隊のメンバーの国会議員の占有率は約4分の1であるのに対して、聖職者の比率は11%である由である。1980年には、それぞれ6%と52%だったのが大きく逆転している。これは、革命防衛隊の聖職者に対して優位に立ったことをよく表している。イラン経済についても、その30%を革命防衛隊が支配しているといわれている。

革命防衛隊が権力を握れば、国内的には、服装や飲酒の規制を緩めてイラン国民を惹きつけるだろう。対外政策は強硬で、特に「核武装しない」とのハメネイ師のファトワ(宗教指導者の命令)を廃止して核武装を進めるが、その一方で米国とも交渉することがあり得るかもしれない。

もっとも、現実には、革命防衛隊内には筋金入りの強硬派が少なくないと思われ、革命防衛隊にそのような現実的な対応ができるかどうかは、革命防衛隊内部の統制がどれだけ取れているかに掛かっているのではないか。しかし、革命防衛隊の内部は部外者にはブラックボックスであり、部外者には皆目分からない。

とはいえ革命防衛隊も不人気
一つ付け加えると、イスラム革命から40年以上が経過し、イラン国民が「聖職者による支配」に飽きているのと同様に、革命防衛隊も国民の間で不人気なのは間違いない。

去年のスカーフ・デモが典型だが、国内で反政府デモが起きると鎮圧の先頭に立つのは革命防衛隊だ。そして、イスラム革命体制下で聖職者と革命防衛隊は様々な特権を有しているのにも関わらず両方ともリクルートに苦労しており、国民の間での不人気ぶりを物語っている。  

なお、改革派について言及があるが、今となっては、改革派が勢力を盛り返すチャンスは、ほとんどない。革命防衛隊が権力を掌握し、服装や飲酒の規制を緩めれば、大多数の国民はそれで満足してしまうからである。【6月23日 WEDGE】
*********************

この最高指導者交代は欧米側にとっては、イラン体制転換を図る好機ダ・・・との指摘も。

****強まるハメネイ師健康不安説 米国は革命体制を打倒できるか?****
トランプ政権時の国家安全保障問題担当補佐官であったジョン・ボルトンが、6月6日付の米ウォールストリート・ジャーナル紙掲載の論説‘Iran Exploits Biden’s Fecklessness’で、バイデン政権下でイランに対する制裁は形骸化しており、米国は湾岸のアラブ産油国やイスラエルを見捨てているが、手遅れになる前にイランのイスラム革命体制を崩壊させなければならず、高齢のハメネイ最高指導者の死去がそのチャンスであり、米国は今から準備すべきである、と論じている。(中略)

米国がイランの核武装を阻止する明白な決意を欠いていることから、イスラエルによるイランの核施設に対する武力行使の可能性が高まっている。

それを止めるためには、イランの神権政治体制を崩壊させるしかない。米国政府は、最低限、84歳のハメネイ最高指導者が死去する際に起きる内政の混乱に注目するべきである。最高指導者の死去は、イラン国民がイスラム革命体制を倒し、抑圧を終わらせる好機となろう。(後略)【6月30日 WEDGE】
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英エコノミスト誌が指摘するような、神権政治から実質的に革命防衛隊による統治への権力転換が実現し、国民は“ささやかな”自由を与えられることと引きかえにそれを容認するのか・・・、あるいはボルトン氏が指摘するように、体制への不満が噴出して混乱が広がる状況でアメリカなどがつけ入る隙ができるのか・・・

これまでのイラン政治を思えば、最高指導者交代に伴う多少の政治混乱はあったとしても、アメリカも軍事的に介入することもできませんので、結局は体制に力で封じ込まれ、革命防衛隊だか何だかによる新たな支配体制が確立する・・・というのが一番ありそうなシナリオに思えます。
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イラン核合意の本格的交渉再開は未だ 米、事態悪化を防ぐ「クールダウン」のための「静かな外交」展開

2023-06-17 22:33:52 | イラン

(イランの最高指導者ハメネイ師は6月11日、同国の原子力関連施設が現状で維持される条件ならば、2015年の核合意再建は可能だとの見解を示した。【6月12日 ロイター】)

【ハメネイ師発言の真意は? アメリカとのある種の融和に向けて少し扉を開いている・・・】
イランと米欧との核合意再建交渉は行き詰まった状況が続いていますが、イラン最高指導者ハメネイ師が同国の核兵器保有について、西側諸国に「止めることはできない」と述べる一方で、米欧との核合意再建交渉について「われわれの核関連産業の基盤に悪影響を及ぼすのでなければ、問題はない」と語っています。

****核兵器保有、西側は止められず=合意再建協議は継続―イラン最高指導者****
イランの最高指導者ハメネイ師は11日、同国の核兵器保有について、西側諸国に「止めることはできない」と述べた。一方で、「宗教上の信念から(保有を)求めていない」とも語った。ロイター通信がイラン国営メディアを引用する形で伝えた。

イランは最近、濃縮ウランの保有量を大幅に増やしているとされる。発言はイランを脅威とみなすイスラエルなどを一段と刺激しそうだ。

ただ、ハメネイ師は、米欧との核合意再建交渉について「われわれの核関連産業の基盤に悪影響を及ぼすのでなければ、問題はない」と指摘。協議継続の意思を示した。また、国際原子力機関(IAEA)の査察への協力も一定の範囲内で続けるべきだという考えを示した。【6月11日 時事】
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どうも真意が素人にはよくわからない発言ですので、解説記事をもうひとつ。

****イラン原子力施設維持できるなら核合意再建は可能=ハメネイ師****
イランの最高指導者ハメネイ師は11日、同国の原子力関連施設が現状で維持される条件ならば、2015年の核合意再建は可能だとの見解を示した。

米国とイランの核合意再建を巡る間接協議は昨年9月以降停滞が続き、互いに相手方が不当な要求をしていると非難し合っている。数日前には、イラン側が制裁の解除を受ける見返りに、核開発プログラムを制限する形で双方が暫定的な合意に近づいているとの報道を、両国がともに否定した。

こうした中でイラン国営メディアによると、ハメネイ師は「(西側との)合意には何も悪いことなどない。ただしわれわれの原子力産業のインフラには手を付けられるべきではない」と語った。

米国務省の報道官は、ハメネイ師の発言に直接コメントはせず、米国は「決してイランが核兵器を所有するのを認めない決意を持っている」というバイデン政権の方針を繰り返した。

同報道官は、そうした目的達成に最善の方法は外交だと信じるが、大統領はいかなる選択肢も排除しない姿勢を明確にしていると指摘。米国が軍事力行使に含みを持たせていると改めて示唆した。【6月12日 ロイター】
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「イランの核兵器保有を止めることはできない」という部分も含む上記ハメネイ師発言をどのように理解していいのか・・・核合意再建交渉に前向き発言と理解していいのか・・・よくわかりませんが、少なくと交渉を否定するものでもないようです。

ただ「止めることはできない」としながら「求めていない」というイランの論理は理解し難いものがあります。
米欧に指図されて核兵器開発を断念するようなことはないが、そもそもイランは保有を求めていない・・・ということでしょうか。そういうことであれば、交渉に臨むイラン側の面子・建前を述べたものとも理解できます。

もっとも、イスラエルなどは、「求めていない」云々は嘘っぱちで、イランが核兵器開発に邁進していると確信しています。そうであれば「止めることはできない」交渉を続けても無意味で、イランに時間を与えるだけだということにもなります。

イラン国内には、交渉を求める穏健派、妥協を拒否する強硬派、双方がありますので、双方に配慮した発言でしょうか。

後出WSJによれば“2015年の核合意の完全復活には程遠いものの、米国とのある種の融和に向けて少し扉を開いているように思われた”とも。

【アメリカ イランへの反発の強い議会の承認を必要としない形で、状況の“クールダウン”を求め、水面下で模索】
ハメネイ師の真意はよくはわかりませんが、最近、核合意再建交渉に関する動きも報じられています。

****オマーン仲介で米と交渉か=核合意再建巡り―イラン****
イランが2015年に欧米などと締結した核合意の再建交渉に関連し、イラン外務省報道官は12日、中東のオマーンが間に入り、米国と間接的な協議が続いていると明らかにした。報道官は「オマーン当局の努力を歓迎する」とした上で、協議は「秘密ではない」と指摘した。AFP通信が報じた。

報道官はまた「われわれは外交交渉を停止したことはない」と強調した。核合意再建交渉を巡っては、イラン最高指導者ハメネイ師が11日、「(自国の)核関連産業の基盤」を変えるものでなければ合意の可能性はあると述べていた。【6月13日 時事】 
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オマーンでの間接協議は2月頃から継続しているようです。

国内にイランへの妥協を拒否する強硬派を抱える点では、アメリカも同じです。

アメリカもいろいろ水面下で模索しているようですが、アメリカ議会はイランに対する反感が強く、議会承認が必要となる形では、イランとの話がまとまってもアメリカ国内手続きで立ち往生することも予想されます。

****米政府、イラン問題の打開模索 議会承認不要の「相互理解」案も****
米国がイランの核開発問題などを巡りイランと協議をしているもようだ。イランおよび米欧の当局者によると、イランの核開発の制限、イランで拘束されている米国人の解放、海外イラン資産の凍結解除に向けた措置を探っているという。

2015年のイラン核合意の復活交渉が実質的に頓挫し、米国はイランの核開発を阻止する策を検討している。米国内ではイランに対する懐疑論や反発が強いため、議会の承認を必要とする「合意」ではなく、「理解」という形を取ることを想定しているもようだ。

ある西側当局者は、米国家安全保障会議(NSC)の中東政策調整官のブレット・マクガーク氏とイランの核交渉責任者アリ・バゲリ・カニ氏の間接協議が中東オマーンで複数回行われたとし、「これはクールダウンと呼ぶべきものだ」と述べた。

構想されているのが、イランの核問題で全当事者が受け入れ可能な現状維持を形成することで、ウラン濃縮を米欧が越えてはならない一線と見なす90%まで高めず60%で止めることだ。

具体的な手順や、イランが拘束している米国人3人の解放にどのように関連付けるかは不明。米国人の解放については、当局者が以前、資産凍結の解除が条件になるとの見方を示している。

米国の主たる目的は、イランの核を巡る状況の悪化を防ぎ、イスラエルとイランが衝突する事態を回避することだ。「(イランが)誤算を犯し、イスラエルが強く反応する事態は避けたい」と西側当局者は述べた。

米政府は、イランとの合意を模索しているとの一部報道を否定している。ただ国務省のミラー報道官は、米政府はイランに対し、核開発抑制やウクライナに侵攻するロシアへの支援停止、拘束米国人の解放を望んでいると説明。具体的内容に踏み込まず「これら全ての目標を追求するため、引き続き外交的関与を活用する」と述べた。

イラン当局者は「暫定合意、相互理解など、名称は何であれ、双方が事態の深刻化は防ぎたいと考えている」と述べた。【6月16日 ロイター】
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全面的な合意復活への交渉ではなく、事態が悪化するのに歯止めをかける“クールダウン”のための「静かな外交」ということのようです。

****米、イランと静かな外交 緊張緩和なるか****
バイデン政権は囚人解放、イランは資金凍結の解除を求めている

バイデン米政権がイランと水面下で協議を再開していたことが分かった。イランに拘束されている米国人の解放や、核開発に歯止めをかけることが狙いだ。複数の関係者が明らかにした。

米国とイランの当局者によれば、協議が再開される中、イラク政府がイランからの電力・ガスの輸入で25億ユーロ(約3800億円)の支払いを実行することを米政府は承認した。この資金は米国の経済制裁によって凍結されていた。

米当局者は、資金の凍結解除は協議とは無関係だとしている。過去にも凍結が解除されたことがあるが、今回は現地通貨ではなくユーロでの実施となった。

関係者によれば、昨年12月にニューヨークで米国とイラン当局者の協議が始まった後、ホワイトハウス関係者はオマーンを少なくとも3回訪問。オマーン当局者が双方の伝言を仲介した。

ジョー・バイデン大統領は対イラン経済制裁の解除と引き換えに、同国の核開発を制限する核合意への復帰を選挙公約に掲げていた。

新たな外交努力には、イランとの緊張を緩和する狙いがある。バイデン氏にとっては政治的綱渡りだ。イランはウクライナでの戦争に使われる無人機(ドローン)をロシアに提供するほか、ウラン濃縮を推進している。ペルシャ湾岸では石油タンカーを拿捕(だほ)するなど、今年に入り両国の緊張は激化してきた。

イラン政府は囚人解放と核開発制限を受け入れるのと引き換えに、米国の制裁によって国外にとどまっているエネルギー収入の支払いを求めている。イラン当局者は、韓国にとどまっている自国の資金70億ドルへのアクセスと囚人解放とをたびたび結びつけ、イラクで凍結されている石油・ガス代金を利用できるようにすることを要求してきた。

この件に詳しい韓国の前政権の当局者によれば、人道目的でこの資金の凍結を解除する方向でイランおよび米国との協議が継続されている。

バイデン政権は大統領選が迫る中、イランとの交渉を最優先課題とすることを避けたい考え。正式な合意、またはそこにまで至らない合意でさえ、議会の審査を余儀なくされる可能性がある。議会では共和党や民主党の一部がイランとの核合意に強く反対している。

もし夏の間に緊張が落ち着けば、より広範囲に及ぶ協議、場合によっては2015年の核合意を巡る協議の再開にもつながる可能性がある、と関係者は言う。ただ、それが合意復活につながるとの楽観的見方はほとんどない。

西側の当局者は、もしイランに兵器級の核分裂性物質を製造する動きがあれば、外交危機の引き金になると懸念する。イスラエルは、軍事攻撃を引き起こしかねない核の製造レベルだとしている。

「イランによる一部の行動は、われわれを非常に危険な状況に導きかねない。イランも世界もそれを承知している。だから危機を防ぐため、エスカレートした行動を避けるべきだとわれわれは明確にしてきた」。バイデン政権のある高官はそう語った。「同時に、数カ月にわたる状況の悪化を受け、イランに段階的緩和(ディエスカレート)への道を進むよう促してきたことも周知の通りだ」

核合意に関する正式な交渉は、イランが合意から離脱した昨夏以降、行われていない。イランの首都テヘランで抗議デモが弾圧され、ウクライナ戦争でのイランによるロシア支援が拡大する中、米・イラン両政府の接触は縮小していた。

2022年終盤、米国のイラン担当特使であるロバート・マレー氏がニューヨークでイランの国連大使と会談。そこから4月まで続く一連の会合が始まった。これら協議の説明を受けた関係者が明かした。(中略)

拘束された米国人に関する話し合いは、カタールが仲介している。この協議をよく知る関係者はそう語る。(中略)

イランの核開発の成果を展示した会場で11日に演説したハメネイ師は、2015年の核合意の完全復活には程遠いものの、米国とのある種の融和に向けて少し扉を開いているように思われた。

ハメネイ師はイランの現在の核インフラを、何らかの合意の下で排除することがあってはならないと主張。その一方で「いくつかの分野で取引することはあり得る。それは問題ではない」とも述べた。

イランは核開発に関する国際原子力機関(IAEA)への協力姿勢を徐々に示すなど、一部の分野では緩和を思わせる動きをみせている。

またバイデン政権当局者が制裁を実施していると主張する中でも、イランの販売する石油は増え続け、NPO(非営利団体)イラン核装備反対連合(UANI)が集計したタンカー調査のデータによると、5月の輸出量は日量155万バレルに上った。

イランの交渉責任者バゲリ・カニ氏は12日、アラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビで、核合意の交渉を支援したE3(英国、フランス、ドイツ)の高官と会談した。

「米国にせよE3にせよ、ここ数週間に関与を高めた第一の目的は、状況がさらに悪化するのを防ぐことだ」。紛争解決を目的とするシンクタンク、国際危機グループのイランプロジェクト責任者、アリ・バエズ氏はそう指摘する。「それによって核開発などの部分である程度の猶予ができれば、さらなる協議への扉が開かれる可能性がある」【6月15日 WSJ】
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少し扉が開いたなかで“ある種の融和”が成立すれば、本格的合意に向けて“さらなる協議への扉が開かれる可能性がある”・・・・道のりは長いですが、まったくとん挫している訳でもない・・・といったところのようです。
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イラン  鎮圧された反政府デモ 高濃縮ウラン問題、露イラン軍事協力、女子校有毒ガス事件

2023-03-06 23:18:27 | イラン

(イラン・コム 市庁舎前に集まり「有毒ガス」事件の説明を求める生徒の家族【2月28日 ARAB NEWS】
コムは体制を支える宗教関係者が集まる特殊な都市 その聖地の女子校が主に狙われたというのは興味深いところ)

【“力”で封じ込まれた反政府デモ 政権は更に保守強硬姿勢を強める】
イランでは2022年9月、女性が着用を義務づけられている“ヒジャブ”と呼ばれるスカーフをめぐって22歳の女性が拘束され死亡、この女性の死をきっかけに反政府デモが激化しました。

抗議行動の拡散のなかで、単に“ヒジャブ”の問題にとどまらず、「(最高指導者の)ハメネイに死を!」「自由に万歳!自由に万歳!」といったスローガンが叫ばれるように、現在の宗教支配を否定し、自由を求める声も出てきました。

数か月に及んだ抗議行動でしたが、上記のような現行体制の否定にもつながる動きに警戒感を強めた体制側の“力”による封じ込めによって、ほぼ終焉したような状況のようです。

この抗議行動鎮圧を通して、イラン体制の保守強硬姿勢は更に強まったようにも思われます。

****反政府デモに勝利したイラン保守強硬派 強まるロシアとの協力****
米ジョンズ・ホプキンス大学のヴァリ・ナスル教授が、米国の外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」ウェブサイトに2月6日付で掲載された論説‘Iran’s Hard-Liners Are Winning’で、反政府デモを鎮圧したイランの保守強硬派は強硬さを増しており、西側は核問題のみならずウクライナ問題へのイランの関与等、重要課題を包括的に交渉するべきであると論じている。主要点は以下の通り。

・過去5カ月の反政府デモにおいて、イスラム革命体制が倒れるとの観測が広まったが、治安部隊による苛烈な弾圧、反政府デモ側の指導者と組織力の欠如から革命体制が主導権を取り戻している。反政府デモを通じて保守強硬派は過去にないほど強硬となっている。

・反政府デモは、2015年のイラン核合意の再開の見込みをおぼつかないものにした。

・イラン側の核合意に反する行動は国際原子力機関(IAEA)を警戒させている。最近、IAEAの事務局長は、イランは数個分の核爆弾に相当する濃縮ウランを備蓄しているとして、イランを非難し国連制裁を再開する可能性について安保理に報告する見込みだ。イラン側は、そのような場合、核拡散防止条約(NPT)から脱退し、核兵器保有宣言をすると脅かしている。

・イランは国際的な孤立の深まりに比例してロシアに接近、最新鋭のドローンを供与している。ロシア側にとってもイラン製武器が必要な限りイランとの関係が戦略的な支えとなっている。

・ロシアは新型の戦闘機や防空システムのような重要な武器をイランに渡すであろう。西側はロシアとイランという個々の脅威に加えて両国の共同の脅威にどう対応するかという問題を抱えることになる。

・米国とその同盟諸国は、少なくともイランの強硬姿勢を和らげる戦略を考えるべきだ。そのような戦略は、ロシアのウクライナ侵攻へのイランの関与とイランの核開発を含む最も緊急な課題についての対話と圧力及びペナルティーの組み合わせである必要があろう。

欧米は、中断している核合意再開交渉のみならずウクライナ問題や地域問題を含んだより広汎な外交努力を開始するべきである。さもなければ、イランの保守強硬派は、イランをより危険な方向に向かわせるだろう。(後略)【3月3日 WEDGE】
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【高濃縮ウラン問題 IAEA事務局長のイラン訪問で一応の結着か】
核合意再建交渉は行き詰まっていますが、反政府デモ鎮圧を批判する欧米に対抗するように、イラン側の核合意違反の行為が目立つようになっています。

****イランの高濃縮ウラン確認=兵器級に近い83.7%―IAEA****
国際原子力機関(IAEA)が最新の報告書で、イラン中部フォルドゥの地下核施設で濃縮度83.7%の高濃縮ウランを特定したと説明していることが28日、明らかになった。AFP通信などが報告書の内容を報じた。イラン側はIAEAに「(60%への)濃縮過程で意図しない変動が起きたかもしれない」と釈明しているという。

イランは核合意の上限である3.67%を大きく逸脱する濃縮度60%のウラン製造を続けている。濃縮度が90%に達すると核兵器に転用可能とされる。

IAEAは原因を巡り、イラン側と協議を続けているという。イランのアブドラヒアン外相は27日、IAEAのグロッシ事務局長が「近日中」にテヘランを訪問すると述べており、突っ込んだやりとりが交わされる可能性がある。【3月1日 時事】 
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イランは核兵器の保有意思を否定しており、イラン高官は濃縮過程で60%を超えるウラン粒子が検出されることもあると説明した上で「決して隠そうとはしていない」と強調、イラン原子力庁報道官も「報道は事実の歪曲だ」「濃縮過程で60%を超える粒子が存在しても、濃縮度が60%を超えたことにはならない」と反論しています。

いずれにしても、イランの核保有の技術的可能性は非常に高いレベルに達しています。

****イラン、核爆弾1発分の核分裂物質を約12日間で生産可能=米高官****
米国のコリン・カール国防次官は28日、下院公聴会で、イランは現在、核爆弾1発に必要な核分裂性物質を約12日間で生産できるとの見方を示した。生産所要期間は、米国がイラン核合意から離脱した2018年時点で推定されていた約1年間から大きく短縮されたことになる。

カール氏は「米国がイラン核合意から離脱して以降、イランの核開発の進展は著しい」と強調した。

その上で同氏は「この問題を外交的に解決してイランの核プログラムを抑制できれば、他の選択肢よりも好ましいという見方が依然としてあると私は思う。だが現時点では、核合意は凍結されている」と述べた。

米高官はこれまで、イランが核爆弾1発分の核分裂性物質の生産に数週間程度かかると推定してきたが、これほど具体的に述べたのはカール氏が初めて。【3月1日 ロイター】
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こうした状況で国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長がイランを訪問し、一応、80%超の濃縮ウランは蓄積されていないというイラン側主張を受入れ、イラン核施設への監視を強化することで合意したことが発表されています。

****80%超濃縮ウラン「蓄積なし」=イランと監視強化で合意―IAEA****
イランを訪問した国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は4日、ウィーンの空港で記者会見し、イラン中部フォルドゥの核施設で核兵器級に近い濃縮度83.7%のウラン粒子が検出された問題について「その水準の濃縮ウランは蓄積されていない」と述べた。また、イラン原子力庁との共同声明を発表し、核施設への監視を強化することで合意したと明らかにした。

グロッシ氏は高濃縮のウラン粒子が意図的に作られたものかどうかに言及せず、「この種の施設では偶発的に起こり得る」と解説した。「濃縮過程で起きた意図しない変動の可能性」とするイラン側の説明をおおむね受け入れた形だ。

一方、イランが手掛ける濃縮度60%のウラン製造に関し「既に相当に高い水準だ」と懸念を示した。【3月5日 時事】 
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****IAEA事務局長がイラン訪問 原子力庁のトップらと会談、核施設監視カメラなど再設置で合意****
IAEA=国際原子力機関のグロッシ事務局長がイランを訪問し、核開発をめぐり原子力庁のトップらと会談しました。イラン側が撤去した核施設を監視するカメラを再び作動させることなどで合意したということです。

IAEAのグロッシ事務局長は3日から、イランの首都テヘランを訪問していて、ライシ大統領のほか、エスラミ原子力庁長官らと会談しました。

会談後、イランとIAEAは共同声明を発表。声明では、イランはIAEAの監視活動に自発的に協力するなどとしています。

4日、オーストリアに戻ったグロッシ事務局長は、去年6月以降撤去されていた核施設を監視するカメラを再び作動させることなどで、イラン側と合意したと明らかにしました。

IAEA グロッシ事務局長 「ご存じの通り、ここ数か月間は核施設の監視活動の一部が縮小していた。今回それらを再開することで合意した」

グロッシ氏は合意について「言葉だけでなく、極めて具体的なものだ」とし、成果を強調していますが、現時点ではどの核施設でどの機器を再び作動させるかなどは明らかにしていません。(後略)【3月5日 TBS NEWS DIG】
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なんとかかんとか、欧米との合意形成に向けた枠組み内にとどまった・・・というところでしょうか。合意形成は相当にハードルが高くなっていますが。

【強化されるロシアとの軍事協力体制 イスラエル・アラブ諸国の反発も】
そうしたなか、国際的孤立を深めるイランとロシアが軍事協力するという関係が深まっています。

****露イランが軍事協力深化 ウクライナ侵略支援、中東の不安定化にも影響****
米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は24日、ロシアがイランからさらなる武器支援を得る代わりに、同国に戦闘機や防空システムなどの供与を含む「かつてないレベルの軍事協力」を提案しているとの情報があると明らかにした。

バイデン政権は、高性能なロシア製兵器がイランに流れれば中東地域の不安定化を招く恐れもあるとして警戒を強めている。

カービー氏が記者団とのオンライン会見で説明したところでは、イランは昨年11月、ロシアがウクライナで使用する大砲や戦車の砲弾を供給。

ロシアは、イランがこうした軍事支援を拡大するのと引き換えに、戦闘機や防空システム、ミサイル、電子機器などをイランに供与することを提案した。

供与が検討されている兵器の名称や数量は明らかにされていない。イランはこれらに加え、攻撃ヘリやレーダー、高等練習機YAK130を含む数十億ドル相当の供与を求めているとみられるという。

カービー氏によるとロシアは昨年8月以降、イランからドローン(無人機)数百機を調達し、ウクライナのインフラ施設への攻撃などに利用。イランとミサイル開発などで協力関係にある北朝鮮も、ウクライナ侵攻を支える露民間軍事会社「ワグネル」に武器・弾薬を供与しているとみられている。

ロシアがイランや北朝鮮からドローンや弾薬の供与を受けるのは、戦闘が長期化する中で、自前の砲弾やロケット弾が枯渇しつつあるためだとの見方が強い。

その一方でロシアは防空システムなどの高性能兵器では依然として優位性を保っている。イランなどにとって、ロシアが大砲などローテクノロジー兵器の不足に苦慮する現状は、同国に恩を売り、その技術を自国に導入する絶好の機会だ。

核関連技術やミサイルの開発を続けるイランは、中東地域における米国の重要同盟国であるイスラエルやサウジアラビアにとって最大の脅威。イランの軍事力増大は、中東の緊張を高める要因となる。【2月25日 産経】
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“イランは07〜20年の間、核兵器開発疑惑を巡って、国連安全保障理事会決議に基づく武器禁輸の制裁を受けた。制裁下では過去に導入した米国製やロシア製の戦闘機の整備や部品調達に苦慮してきたが、ロシアが新型の戦闘機の供与に踏み切れば、軍事力を強化できる。サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)など周辺のアラブ諸国や、イランが敵視するイスラエルにとっては、安全保障上の懸念が強まることになる。”【2月25日 毎日】

すでに1月29日にはイスラエルによるイラン・イスファハンの軍需工場と思われる施設へのドローン攻撃が実施されています。

****軍事報復が続くイスラエル・イラン関係 米国は関与できるか****
(中略)1月29日に行われたイスラエルによるイランに対するドローン攻撃は、イスラエルのモサド(対外情報部)がイラン中央部イスファファンにあるイラン国防省の施設を狙ったものであり、4カ所に対して正確な攻撃を行った。

この攻撃に詳しい関係者は、攻撃された国防省の施設は軍需工場だとしており、道路をはさんで宇宙研究センターに所属する施設があるとしている。

この宇宙研究センターは、物質・エネルギー研究所を含むが、イスラエルの研究者によれば、物質・エネルギー研究所は、ドローン、ミサイル、人工衛星の研究開発や核開発のための資材のテストを行っている可能性がある。同研究所の研究は新兵器の生産に用いられている可能性もある。

宇宙研究センターのウェブサイトでは、リバース・エンジニアリング(第三者の機材を分解して模倣すること)を行っているとしていることから、宇宙研究センターは、ロシア側が提供した軍事技術をコピーしていると見られ、国防省のために最新兵器の生産ラインを製造していると考えられる。(後略)【2月24日 WEDGE】
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このイスラエルの攻撃は米国務長官とCIA長官がイスラエルを訪問するタイミングで起きており、イランに対する攻撃だけでなく、対イランで腰が重いアメリカを牽制する狙いがあるとのこと。

イスラエルはイラン核開発が進むことを座視することはないので、今後もこうした攻撃が繰り返され、それに対するイラン側の報復もまた繰り返される・・・という形で、緊張関係が高まっていくと推測されます。

【女子学生を狙った有毒ガス? 「女性の教育に反対する宗教団体」やイスラム過激派による犯行?】
上記のようなイランの国内・国外情勢のなかで、ある「事件」が注目されています。

****イランで女子学生を狙った毒物事件相次ぐ 被害者は数百人 当局も調査****
イランのイスラム教シーア派の聖地などで女子校を中心に有毒ガスとみられる化学物質がまかれる事件が相次いでいます。これまでに数百人の被害者が出ていて、イラン当局が調査に乗り出しました。

イランメディアによりますと、シーア派の聖地コムの学校で去年11月、20人近くが病院に運ばれる被害が初めて確認されて以降、周辺都市の女子校でも同様の被害が続発。イギリスBBCは首都テヘラン近郊の女子校で2月末、37人の女子生徒が被害を訴えたと伝えていて、有毒ガスがまかれたとみられます。

被害を訴える女子生徒
「胸が痛くて歩こうとすると足が少し震える」
「立ち上がると、めまいがし、まひした感じがして歩けない」

ロイター通信によりますと、イラン当局は複数の学校で数百人に及ぶ被害が確認されたとしています。

また、事件には兵器用の化学物質ではなく一般に入手できるものが使われたとの見方を示していますが、何が使われたかは毒物の専門家が調査しているということです。

犯人の特定には至っておらず、イラン指導部の中では過激な主張を繰り返すイスラム過激派の関与の可能性も指摘されています。

イランでは女性のスカーフ着用をめぐるデモが反政府デモに広がるなど混乱が起きていますが、デモと事件の関連は分かっていません。【3月4日 TBS NEWS DIG】
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イランのバヒディ内相は3月1日、国営メディアに「一部はストレスや不安によるもので、イランの敵や外国の報道機関が不安をあおっている」と語り、西側の“過度”の反応を牽制しています。

確かに、この種の事件ではストレスや不安によって連鎖反応的に混乱が拡散されることが多々あります。本当に有毒物質のために体調が悪くなった者は限定的かも。

いずれにしても。ライシ大統領は1日、バヒディ氏に調査の監督を命じたとのこと。

イラン国会の教育委員長は「30人の毒物学者が学校で見つかった毒物を窒素ガスだと判断した」と述べいるようです。委員長や副保健相は、女子の通学を妨げることが動機だとして、イスラム過激派が関与した可能性に言及したとのこと。

生徒の被害は中部コムなど少なくとも4都市の30以上の学校で確認されており、ユニセフは「女子の教育率に悪影響を及ぼしかねない」との声明を出し、支援を提供する用意があると述べています。【3月4日 共同より】

「女性の教育に反対する宗教団体」やイスラム過激派による犯行でしょうか? 真相解明が待たれます。
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イラン  「ヒジャブ」問題に端を発した抗議デモ 現体制を終わらせる事態になりうるのか?

2023-01-06 22:11:55 | イラン
(マフサ・アミニさんの死から40日目、アイチ墓地に数千人が向かう様子。2022年10月にツイッターに投稿された写真。【1月3日 ARAB NEWS】)

【長引く「ヒジャブ」に端を発した抗議デモ】
イランでは、22歳の女性が髪を隠す布「ヒジャブ」の「不適切」着用を理由に逮捕され、急死した事件を受けた抗議デモが3カ月以上続いています。

単に、死亡した女性の問題、あるいは、「ヒジャブ」の問題にとどまらず、デモ参加者は「自由」を求め、「独裁者(ハメネイ最高指導者)に死を」といったスローガンが叫ばれ、現体制そのものへの抗議にもなっています。

最高指導者ハメネイ師は、デモ隊の一部はアメリカに扇動された「暴徒」だと断じ、警察官や革命防衛隊の傘下にある民兵組織「バシジ」が銃器も使ってデモ鎮圧を図ってきました。

死傷者は増え続けており、ノルウェー拠点の人権団体「イラン・ヒューマン・ライツ」によると、2022年12月17日時点で、デモ参加者ら計469人が死亡。一方、治安部隊の犠牲も出ており、イラン地元紙は同10日、計60人以上の治安部隊員が死亡したと報じています。【日系メディアより】

情報統制が厳しいイラン国内のことですから、犠牲者はもっと多い可能性もあります。

抗議行動が収まらないなかで、デモの対応にあたる治安部隊の間で「疲れ」が出ている、「治安部隊にとってもデモの終わりが見えず、自分たちが危険な目に遭う恐れが増している。隊員の間で疲弊感が漂い始めている可能性はある」(在テヘランの外交関係者)といった情報も伝えられています。

体制側も“引き締め”を図っています。

****イラン、対米批判強め結束誇示 精鋭部隊司令官殺害から3年****
イラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」のソレイマニ司令官が米軍に殺害されてから3年となった3日、ソレイマニ氏の出身地ケルマンにある墓には大勢の市民が訪れ、祈りをささげた。

イラン指導部は各地で追悼式を開いて、体制への抗議デモを支援する米国に対する批判を強め、保守強硬派を中心とした市民の結束を内外に誇示した。

市民は墓に白い花を手向けたほか、手を置いたり口づけをしたりして追悼した。ソレイマニ氏は過激派組織「イスラム国」(IS)に対峙した英雄として国民の人気が高い。

米軍は2020年1月3日にソレイマニ氏らをイラクで殺害した。【1月3日 共同】
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【「イスラム革命体制が今回の反政府デモで倒れると思うのは希望的観測に過ぎない」との見方】
昨年12月にはイランの検事総長が、国民に不評で今回問題の発端となった道徳警察の廃止に言及すような“体制側の譲歩”とも見えるような動きもありましたが、今後の焦点は、長引く抗議行動で現体制が危機に瀕するようなことがあるのか・・・という点になります。

これに関しては、論者によって差があります。“差”というより、どの側面を重視してものを言うか・・・ということでしょう。

下記は、“今回の反政府デモがイランのイスラム革命体制を脅かすとは思われない”という趣旨の記事です。

****続くイラン抗議デモ だが革命体制崩壊は希望的観測****
米ヴァージニア工科大学のイスファハーニ教授が、Project Syndicateのウェブサイトに、最近のイランの反政府デモについて‘Iran’s Conservative Tightrope’と題する論説を寄稿し、今回の反政府デモがイスラム革命体制を脅かすとは思われないと断言する一方、イラン革命後、女性の教育水準が高くなっているにもかかわらず、保守強硬派は、服装規定を女性に強要しようとして今回のデモを招いたなどと指摘している。要旨は次の通り。

イランのデモはテヘランから田舎に拡大し、その要求も道徳警察に対する抗議から、「独裁者(ハメネイ最高指導者)に死を」に変わった。

しかし、今回の反政府デモがイランのイスラム革命体制を脅かすとは思われない。抗議デモは、政府を倒す手段を有していないし、体制側も分裂する兆しはない。国外の敵(サウジアラビア、イスラエル、米国)は、国内の異なる勢力を団結させることを助けている。

過去20年間以上、イランの改革派(ハタミ元大統領やロウハニ前大統領)は、限られた成果だがイスラム共和国をより寛容なものとするべく努力してきた。

苛立った保守強硬派は、真のイスラム革命とは何かを国民に分からせ、地域の覇権国家としてのイランの立場を確実にすることを期待し、非常に保守的なライシ師を大統領に当選させた。しかし、ライシ大統領は権限も経験も欠いている。

ヒジャブ着用の強制をめぐり、若い女性たちと体制側との緊張は徐々に高まっていたが、保守強硬派は注意を払っていなかった。多くの保守強硬派は、かえって、今こそ緩んだ1983年のヒジャブの着用規定のタガを締める時だと考え、公共の場での女性に対する監視を強めた。

しかし、1983年と比べイランの社会は変化している。かつてイラン女性は、高等教育を受けず、外で働かずに6〜8人の子供をもうけていたが、現在では、子供の数は平均2人で、20代の女性の38%が高等教育を受けている(同世代の男性は33%)。彼女たちは、道徳警察に逮捕され、再教育施設に入れられることは我慢できない。

10年間にわたる経済政策の失敗は、イランの若者達の怒りを蓄積させている。イランの大学の卒業生は、最初の職につくまで平均2年半も待たされている。ほとんどの20代後半のイラン人は、金銭的に自分達の家庭を作れず両親と同居している。

体制側は、反政府デモを沈静化させるには、大幅な経済成長の実現よりも嫌われ者の道徳警察を廃止する方が遥かに簡単であると考えるだろう。(中略)

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多くの欧米のメディアは、問題児のイランのイスラム革命体制が倒れて欲しいという希望的観測に基づいて、ヒジャブ着用問題から始まった反政府デモの記事を書いているが、上記の考察は、状況を冷静に指摘している。

例えば、「今回の反政府デモがイランのイスラム革命体制を脅かすとは思われない。抗議デモは、政府を倒す手段を有していないし、体制側も分裂する兆しはない」と論じているが、これには同意できる。

また、サウジやイスラエルなどの反政府デモを支持している外国勢力がイラン国内で不評であり、かえって国内の団結を高めているという指摘や、イランの女性は1980年代には教育水準が低くかったが現在では男性よりも高等教育を受けているのでヒジャブの着用を強制されることは耐えがたく感じているという指摘は、非常に参考になる。

12月4日、イランの検事総長が道徳警察の廃止に言及し、また、ヒジャブ着用規定についても見直しが進められているという報道が流れている。しかし、この体制側の譲歩について、今回の反政府デモでいよいよイスラム革命体制がぐらつき、譲歩を強いられたと考えるのは早計であろう。

デモの限界を見透かすイラン当局
むしろ、12月初めにクルド人地域で革命防衛隊がかなり強硬な反体制デモ弾圧を行い、9日には反体制デモ関係者1名が処刑されたことに見られるように、体制側は反体制デモの限界を見極めた上で、事態の収拾に動き始めたと見られる。

今回の道徳警察の廃止も、反体制デモからデモのきっかけとなった女性達を引き離す効果を狙っての戦術と思われる。

反体制デモ側は、12月5日から全土で3日間のゼネストを呼びかけ、バザール(市場)の商店が閉まっている写真が一部の西側メディアで取り上げられているが、それ以上のニュースになっていない。西側メデイアの期待と裏腹に、全国的なゼネストは失敗したのであろう。

40年以上かけて構築されたイスラム革命体制が今回の反政府デモで倒れると思うのは希望的観測に過ぎない。もちろん、国民をあからさまに抑圧する現在の保守強硬派一色に染まった独裁体制が、永遠に続くとも思えないが、今はその時ではない。

なお、保守強硬派のアフマディネジャド元大統領が、保守強硬派の支持者を裏切って、より広汎な個人の自由と道徳警察の廃止を訴えているらしいが、元大統領の真意は不明である。そもそも今回の反体制デモのきっかけとなった道徳警察は、同元大統領の時代に設置されたものである。【1月6日 WEDGE】
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【他の要因も加わって不測の事態もありうるとの見方も】
一方で、体制にはかつてない圧力がかかっており、「例えば、最高指導者の死や核施設に対する軍事攻撃が今後1年間で起こるかもしれず、そうなればイランの革命に重大な影響を与えるだろう」「弾圧の際の残忍さ・凶暴さに、深刻な経済的不安定が加われば、抗議運動にさらなるエネルギーが注がれる可能性がある」と、イラン体制の崩壊が引き起こされることもあり得るとする見方も。

****2023年展望:イラン体制の未来が危機に瀕している理由****
ワシントンD.C.:「マールギュ・バール・ディクタトール(独裁者に死を)」― イラン・イスラム共和国のほぼ全土を覆い尽くしたデモの大波のスローガンとなっている言葉だ。

報道機関は依然として国家の国内治安当局の厳しい統制下に置かれているものの、学校でのデモ、エネルギー施設でのストライキ、テヘランからアフヴァーズまでの主要道路沿いの集会などをスマートフォンで撮影した解像度の低い動画が、イランの最高指導者アリー・ハメネイ師による支配をかつてないほどに揺さぶっている。

イラン体制が大きな挑戦に直面するのは2009年の「グリーン革命」以来だ。当時、ソーシャルメディアがリアルタイムのアクセスと、不満を抱え改革を求めるイランの若者たちのために大いに必要とされていた声を提供できるようになった時代に巻き起こったこの運動は、世界の想像力を捉えた。

2009年のデモに対するマフムード・アフマディネジャド大統領(当時)の体制の対応は残忍かつ迅速なものだった。
「イスラム革命」の限界点と思われた状況に世界は魅了されたものの、改革を求める声に応えたのは異常なまでの残忍さと大量殺人だった。それを実行したのは、政府の私服準軍事支部「バスィージ」と、革命防衛隊(IRGC)の特別部隊「パサドラン」だ。

イラン国内のデモ参加者たちはこれまでと同じく決意を固めている。「モジャヘディネ・ハルグ」の抵抗部隊のメンバーでイランの都市ラシュトから来たアテフェさん(32)は、「(イラン)国民の利益に反する体制のせいで貧困、破壊、着服が蔓延していること」が「反乱とデモのスピードと進展を加速させている」原動力だと語った。「この3ヶ月でイランは完全に変わりました」

ハメネイ師の治安部隊は今回ばかりは、持続的な全国的反乱となりつつあるデモを鎮圧するために以前と同じ戦略は使えないかもしれないと、観測筋や専門家は見る。

米国を拠点とする「民主主義防衛財団」のイランアナリストであるサイード・ガセミネジャド氏はアラブニュースに対し、ハメネイ師の体制が終焉を迎えるのは時間の問題だという考えを示した。

イラン体制による弾圧の犠牲者の写真を載せたプラカード。今月、パリのフランス国民議会の近く。(AFP)同氏は次のように語った。

「体制とイラン国民大多数の間には血の海が広がっている。改革計画の失敗を30年間経験し続けているから、政治改革だろうが経済改革だろうが社会改革だろうが、国民はもはや改革という神話を信じていない。体制が置かれているのは、デモに譲歩すればほぼ間違いなく自らの終焉を早めることになるという状況だ」

これまでイランでは、身体的・性的暴力や、変革を求める人々の処刑・大量逮捕は、経済・社会環境の改善を間もなく行うという約束と同時に行われてきた。しかし、この戦術も自然消滅したようで、妥協の可能性は低くなっている。

ガセミネジャド氏は次のように語った。「残忍な暴力の行使が体制の唯一の選択肢となっている。今のところそれは功を奏していない。たとえ一時的に効き目があったとしても、過去5年間に見られたように、あらゆるデモの後にはさらに大きいデモが起こるのだ」

それでは、2023年には1979年に始まった体制が崩壊するのだろうか。

そのような帰結もあり得ないとは言えなくなっている。IRGCが国民のデモを鎮圧しようとして暴力の行使を独占しているかもしれないが、他の要因も作用し始めており、イラン体制の崩壊が引き起こされることもあり得る。

ガセミネジャド氏は、「2023年には様々な要因によってイスラム共和国の運命が決まる」と予想する。
「例えば、最高指導者の死や核施設に対する軍事攻撃が今後1年間で起こるかもしれず、そうなればイランの革命に重大な影響を与えるだろう」

体制に対して突然ショックが与えられることもあり得る。ハメネイ師はもはやIRGCの精鋭部隊「コッズ部隊」元司令官のガーセム・ソレイマニ氏に頼ることはできない。2020年にバグダッドで米国のドローン攻撃により殺害されたからだ。(中略)

イラン体制はこれまで国内で、虐殺と政治的機敏性の合わせ技でこうした困難を乗り越えることができていたが、あらゆる階層の様々な思想的背景を持つ国民が直面している悲惨な経済状況が、支配層エリートに大きな存続の危機を突きつけるかもしれない。

ワシントンD.C.を拠点とする「戦争研究所」が最近発表したレポートは次のように述べている。「イラン経済は潜在的に重大な混乱の時期に入りつつあるようだ。最近になってデモの調整役やソーシャルメディアユーザーはイラン国民に対し、至急銀行預金を引き出し金(きん)を購入するよう呼びかけている」

「アメリカン・エンタープライズ研究所」で重大脅威プロジェクトの責任者を務めるフレッド・ケイガン氏は、イラン通貨の急激な下落によって前例のないインフレが進んでおり、銀行システムに深刻な負荷がかかっていると指摘する。

マクロ経済的トレンドとデモが相まって、経済の主要部門の大部分を掌握してきたハメネイ師とIRGC(革命防衛隊)は従来のビジネスの扱い方の再考を余儀なくされている。

ケイガン氏はアラブニュースに対し次のように語った。「この状況がどこに向かっているか、あるいはどれほど酷くなるかを判断するのは時期尚早だと考えている。しかし、体制が既に国民に対して行っている犯罪や、弾圧の際の残忍さ・凶暴さに、深刻な経済的不安定が加われば、抗議運動にさらなるエネルギーが注がれる可能性がある」

テヘランおよびイラン全土で続いているデモは、最高指導者アリー・ハメネイ師とその体制にかつてないほどの圧力をかけている。(UGC/AFP)同氏は、現在のデモは以前のものよりも良く組織されており、より持久力があると考える。

体制は銀行部門の支払い能力を維持することの重要性には特に意識的だ。銀行部門は、IRGCや、ハメネイ師が頼っている主要な支配層エリート家系を潤してきた慈善財団「ボニャド」と深く繋がっているからだ。

ケイガン氏は次のように語った。「イラン体制は自国の外貨準備を使用して銀行を救済せざるを得なくなる可能性に直面するかもしれない(…)デモ参加者たちは既に、協調的なストライキやボイコットを利用して限定的な経済的混乱を引き起こす実験をしている」

また、デモに対する体制の対応は最終的に、より的を絞ったアプローチの一環として銀行口座や引き出しの凍結にまで拡大するかもしれない。しかし、そのような取り組みによって「体制にとって非常に問題となるような形で連鎖が始まる可能性がある」とケイガン氏は言う。

体制を維持している経済的エンジンは、イランのより広範な地政学的野心と密接に絡み合っている。ロシアのウクライナでの戦争機構を支援するためのシャヘドドローンの販売・輸出により、大いに必要としている資金を稼いでいるのだ。エネルギー輸出は、国内の前例のない混乱の中で体制が存続するのに十分な外貨準備をもたらし続けていると、ガセミネジャド氏は言う。

同氏は次のように語った。「イランは現在も日量110万バレル以上の石油を輸出しており、非石油輸出もまだ堅調だ。人権侵害者に的を絞って象徴的な制裁を科すのは結構なことだが、体制の弾圧機構の資金源となる収入を断つことを主要な優先事項の一つとすべきだ」

ハメネイ師とその後継者は難局を乗り切ることができる可能性もある。過去を振り返ると、国際社会、特に西欧は、イランの国内外での行動を非難した後にこぞって同国とビジネスをしていた。

しかし、経済が急激に悪化し、失うものはほとんどないと言うイラン国民がますます増える中、2009年には暴力的に鎮圧された変革のチャンスが2023年には訪れるかもしれない。【1月3日 ARAB NEWS】
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抗議行動だけでは体制は倒れないという点では、前出【WEDGE】記事とそんな差はないのかもしれませんが、イランと敵対するアラブ系メディアだけに“希望的観測”というか“期待”も幾分こめられているのかも。

国民が体制による残忍な暴力の行使をはねかえし、変革を実現するためには、社会・経済への別のインパクトも加わる必要があるでしょう。
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イラン  「風紀警察廃止済み」発言はあるものの、抗議行動への強硬対応を続ける公算大か

2022-12-11 23:21:23 | イラン
(【12月5日 ロイター】 火炎びんによるものと思われる炎と煙で騒然とするテヘラン市街)

【「風紀警察廃止済み」発言 一定の譲歩? 様子見の観測気球?】
イランでは、顔を覆うスカーフを適切に着用していなかったとして警察に拘束された22歳のクルド人女性が9月に死亡したことに端を発し、1979年のイラン革命以来最大規模の反政府デモが全土を揺るがしています。
国際的人権団体「イラン・ヒューマン・ライツ」は11月29日、この反政府デモに関連して少なくとも計448人(うち子供60人)が殺害されたと発表しています。

ただ、情報が統制されているイラン国内での動きは伝えられる情報が少なくよくわかりません。犠牲者の実態ももっと大きい可能性もあります。なお、イラン内務省は200人が死亡したとしています。

よくわかりませんが、抗議運動は収まっていないようです。

****イランで抗議運動収まらず、新たにスト呼びかけも****
イランで女性の髪を隠すスカーフのかぶり方を巡って拘束された女性が死亡したことをきっかけに始まった抗議運動は、収束の気配が見えない。4日には新たにストライキの呼びかけが広がった。

女性の死亡後、抗議行動が2カ月余り続いた後、イランのモンタゼリ検察長官は女性を拘束した風紀警察を廃止したと発言。ただ風紀警察を傘下に置く内務省は、廃止を正式に認めておらず、国営メディアは風紀警察を監督する権限はモンタゼリ氏にないと伝えた。また複数のイラン政府高官は引き続き、女性にスカーフを適切に着用させる政策に変更はないと強調している。

こうした中で、抗議運動を展開している人々は3日間の経済活動をやめるストライキを行うとともに、7日に首都テヘランのアザディ(自由)広場に向けてデモ行進をしようと訴えている。ツイッターにシェアされたさまざまな個人の投稿内容をロイターが確認した。

この7日にはライシ大統領がテヘランで学生向けに演説をする予定だ。【12月5日 ロイター】 
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この呼びかけの結果、7日に何らかのデモがあったのかどうか・・・わかりません。

わからない話ばかりで恐縮ですが、当局側対応もはっきりしません。
上記記事にもある「風紀警察廃止」の話も、その情報が流れた直後には国営メディアが否定するということで、実際の動きがどうなっているのか・・・・

****「風紀警察は活動停止」 イラン、取り締まり緩和示唆 デモ収束は見通せず****
イランの検察当局者は4日までに、街頭で女性の服装を監視する「風紀警察」が活動を停止したと述べた。ロイター通信が伝えた。風紀警察は9月中旬、頭髪を覆うスカーフ「ヘジャブ」を適切にかぶっていないとして女性(22)を拘束し、女性が不審死を遂げたことで大規模な反政府デモが起きる原因となった。

街頭では最近、風紀警察の姿が減ったとの観測があり、政府が取り締まりの緩和を示唆するシグナルを発した可能性もある。ただ、風紀警察を管轄する内務省は活動停止を確認していない。テヘランでは7日に反政府デモが行われる予定で、事態の収束にはつながらないとの見方が多い。

イランの通信社は3日、同国のモンタゼリ検察官が風紀警察は活動を停止したと述べたと伝えた。同検察官は「(国民の)振る舞いは引き続き監視される」としている。国営テレビ局アルアラムは、海外メディアが発表を政府の「後退」と評していると報じる一方、風紀警察は司法当局とは直接関係がないと伝えた。(中略)

イランはイスラム教を国教とし、聖典コーランに基づいて女性に全身が隠れる服装を義務付けている。ヘジャブもその一環で、風紀警察は街頭で女性の服装を監視し、連行して指導するケースもあった。(後略)【12月5日 産経】
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もし、実際に風紀警察が廃止されるなら、反政府抗議行動への一定の「譲歩」ともなります。しかし、風紀警察は内務省管轄で、内務省からの発表はありません。

****イラン検察幹部「風紀警察廃止済み」 取り締まり継続も****
イスラム法に照らして市民の服装などを監視するイランの風紀警察について、同国検察幹部が「すでに廃止された」と指摘した。イランの各メディアが4日報じた。風紀についてはイラン革命防衛隊の下部機関の民兵組織バシジも日常的に取り締まっており、市民への締め付けが実質で緩むかどうかは不透明だ。

イランでは9月、髪を隠すスカーフの着用が不適切だとの理由で風紀警察に拘束された女性が死亡したことをきっかけに反政府デモが各地に広がった。保守強硬派のライシ政権はなお収拾し切れておらず、デモ参加者に一定の譲歩を示した可能性がある。(中略)

風紀警察は内務省が管理し、組織改編にからむ権限を検察は持たない。保守強硬派のアハマディネジャド政権(当時)だった2006年に発足。穏健派のロウハニ前政権で活動が縮小したが、21年にライシ大統領が就任すると、存在感を高めていた。

反政府デモの参加者は、大統領を指導する最高指導者ハメネイ師も批判。各地で治安部隊と衝突している。(後略)【12月5日 日経】
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この「風紀警察」に関する情報は、その後目にしていません。
抗議が収まらない状況で、当局側にも対応に迷いはあるようです。

“死傷者が膨らむ中、イラン政府関係者によると、政府内にはデモへの武力弾圧に疑問の声も出ていた。ライシ大統領も過度な抑圧には慎重な見方を示しているとされ、政府内ではヒジャブをめぐる法改正や風紀警察による取り締まりの緩和を模索する動きもあった。”【日系メディア】

「ひとまず『廃止』と言ってみて社会の反応を見るつもりだろう」との見方もあるようです。

【最高指導者ハメネイ師の身内からも批判】
収まらない抗議行動ということでは、最高指導者ハメネイ師の身内からも批判が出ています。

****イラン最高指導者の妹、「専制」を非難 抗議デモ支持****
イランの最高指導者アリ・ハメネイ師の妹バドリ・ホセイニ・ハメネイさんが、同師の「専制的」な統治を非難し、国内で続く抗議デモへの支持を表明する書簡が7日、公開された。(中略)

ハメネイ師は、イランと敵対する米国とその同盟国がデモを扇動していると非難。イラン当局はデモを「暴動」と呼んでいる。

イラン在住とみられるホセイニ・ハメネイさんは、フランス在住の息子マフムード・モラドハニさんがインターネット上で公開した書簡で、「私は兄の行動に反対している」と言明。ハメネイ師による統治を「専制的カリフ制」と呼び、1979年のイラン革命を主導したルホラ・ホメイニ師の統治時代から現在まで続くイラン政府の「罪」を憂いているすべての母親に同情すると表明した。

また、「私の関心はこれまでも、これからも、イランの人々、特に女性たちにある」とし、「人々の勝利と、イランを支配するこの暴政の転覆を早期に目にしたいと望んでいる」とした。 【12月8日 AFP】
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すでにハメネイ師のめいにあたる、上記バドリ・ホセイニ・ハメネイさんの娘も政権を批判し逮捕されています。

****イラン当局、ハメネイ師のめい逮捕 政権批判受け****
イラン当局は、最高指導者アリ・ハメネイ師が率いる政府について「残忍で子どもを殺す政権」だと動画で批判したとして、同師のめいを逮捕した。

ハメネイ師のめいのファリデ・モラドハニさんの親は反体制派で、自身、収監経験がある。

ファリデさんの兄弟であるマフムードさんはツイッターで、出頭を命じられたファリデさんが検察の事務所に出向いたところ、23日に逮捕されたと明らかにした。

マフムードさんは26日、ファリデさんの動画をユーチューブに投稿。ファリデさんはその中で「自由な人々よ、われわれと共に。 残忍で子どもを殺す政権への支持をやめるよう、あなた方の政府に伝えて」と語っていた。動画がいつ撮影されたかは不明。

ファリデさんは、ハメネイ師の姉妹であるバドリさんの娘。バドリさんは1980年代に家族と縁を切り、イラン・イラク戦争のただ中に敵国イラクに亡命していた。

イランの人権活動家通信によると、ファリデさんは今年4月から保釈中だった。今回再び逮捕されたため、禁錮15年を言い渡されている現行の刑の執行が再開されることになるという。現時点で容疑は明らかにされていない。【11月28日 AFP】
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ハメネイ師の妹バドリ・ホセイニ・ハメネイさんにしても、その娘のファリデ・モラドハニさんにしても、以前からの反体制派で、特に今回抗議行動で政権批判に転じたという訳ではないようです。
ただ、両名が改めてこの時期に政権批判を明らかにしているのは、「今が正念場」と認識しているからなのかも。

【政権側は今後も強硬対応を続ける公算が大 見せしめのデモ参加者死刑執行も】
一方のハメネイ師は(これだけでは何のことかわかりませんが)「国家の文化システムの革命的再構築」を呼びかけています。

****イラン最高指導者、文化システムの「革命的再構」求める****
イランの最高指導者ハメネイ師は6日、「国家の文化システムの革命的再構築」を呼びかけた。国営メディアが伝えた。

国家文化評議会の会合で、「国家の文化構造に革命を起こす必要がある。最高評議会は様々な分野での文化の弱体化に注意を払うべき」と述べたという。(後略)【12月7日 ロイター】
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「国家の文化システムの革命的再構築」・・・・何のことか意味不明ですが、「文化の弱体化に注意を払うべき」ということは“イスラム的価値観を守れ”ということなんでしょう・・・。

言葉より行動の方がわかりやすい。

****デモ参加者に初の死刑執行=「治安要員を襲撃」―イラン****
イランのタスニム通信によると、イラン当局は8日、抗議デモで「治安要員を刃物で襲撃した」などとして先に死刑判決を受けた男1人に対し、刑を執行した。執行は初めてとみられ、今後も強硬対応を続ける公算が大きい。

イラン当局はデモ参加者の多くを「暴徒」と見なして逮捕、訴追している。これまでに少なくとも5人が襲撃や放火などの罪で死刑判決を受けている。【12月8日 時事】 
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“今後も強硬対応を続ける公算が大きい”とのことのようです。

【最高指導部の権力が揺らぐ可能性は低い】
中国のコロナ対策批判で起きた白紙運動は、習近平体制にとってショッキングではあるにしても、それで体制が大きく揺らぐものでもないとの見方が一般的ですが、イランについても同様の見方です。

****イラン政治体制、抗議行動でも当面揺るがず=イスラエル軍分析官****
イスラエル軍の情報部門で首席分析官を務めるアミット・サール准将は5日の軍事系シンクタンクの会合で講演し、イラン国内で続いている抗議行動によってもイスラム聖職者が率いる最高指導部の権力が揺らぐ可能性は低いとの見方を示した。

イランでは髪を隠すスカーフのかぶり方が不適切として拘束された女性が急死したことを巡り、全土で抗議デモが発生している。イスラエルはイランと長年の冷戦状態にある仇敵の仲。イスラエル情報部門はイラン当局による核開発を警戒・監視し続けている。

サール氏は「抑圧的なイランの政治体制はこれらの抗議を何とか乗り切っていくように思われる。イラン体制側は事態に対処するための非常に強力な手段を構築している」と指摘。ただ、抗議行動が弱まったとしてもそれらをもたらした要因は残り続けるとし、「イランの政治体制は何年も問題を抱えていく可能性がある」と予測した。

一方、同氏の上官に当たるアーロン・ハリバ少将は同じ会合で「長期的にはイランの政治体制が生き残ることはないだろう」と発言。その上で「自分はその日がいつかを示す立場にはない。われわれは予言者ではない」とも述べた。【12月6日 ロイター】
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最後の「長期的には・・・」云々は、イラン側もイスラエルについて同様の見解でしょう。

【双方とも窮地にあるロシア・イランの接近】
外交的には、イランはロシアへの接近を強めています。

****米高官「ロシアとイラン、本格的な防衛協力へと変化」…ドローン供与に欧米から批判****
米国家安全保障会議のジョン・カービー戦略広報調整官は9日、イランが8月以降、ウクライナを侵略するロシアに数百機の無人機(ドローン)を提供し、弾道ミサイル数百発の供与やドローンの共同生産を検討していると記者団に語った。両国関係が「本格的な防衛協力へと変化している」として警鐘を鳴らした。

ロシアもイランに対し、ヘリコプターや防空システムを提供している可能性があり、「前例のないレベルの軍事的、技術的支援を提供している」という。イランが今春、ロシアの主力戦闘機「Su(スホイ)35」の操縦訓練を受けたとの情報があり、来年にも機体を受け取る可能性があると分析した。

米政府は9日、イランからのドローンの輸送に関わったとして、露航空宇宙軍など3機関に制裁を科した。

ウクライナ情勢を協議するために9日開かれた国連安全保障理事会の会合でも、欧米はイラン製ドローンの対露供与を相次いで批判した。米国のリチャード・ミルズ国連次席大使は「イラン製無人機をウクライナでの戦争に用い、民間人の死者を生んでいるのはロシアだ」と指弾し、フランスは、国連が調査するよう求めた。【12月10日 読売】
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双方ともに追い詰められているロシアとイランが協力しあって・・・という話は、よくわからないことが多いイラン国内事情に比べるとわかりやすいです。

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イラン  国内の厳しい人権危機のなかで、“政治”に揺れるW杯出場チーム

2022-11-25 22:55:04 | イラン
(21日イングランド戦 イランの選手たちは試合前の国歌斉唱で口を閉ざしたままだった【11月22日 東スポ】)
(25日ウェールズ戦 試合開始前、国歌を歌うイランイレブン【11月25日 時事】)

【「スポーツと政治は別物」とは言うものの】
サッカーW杯カタール大会に関しては、日本チームの大活躍で盛り上がっていますが、これまでも取り上げたようにカタール国内の外国人労働者や性的マイノリティに関する扱いには大きな問題があります。

そのことをW杯に絡めて云々することは、日本では「スポーツに政治を持ち込むべきではない。スポーツと政治は別物」という考えで嫌われます。

欧米では、いろんな機会に個人の考えを表明することは是とされることが多く、スポーツ大会参加者が政治的な意思表示をすることは珍しくありません。国民も政治的な視点からイベントの是非を評価することも日本よりは多く見られます。

今日そのあたりのことを論じるつもりはありませんが、ひとつ言えるのは紛争の真っただ中にある国おいては、多くの事柄が政治的立場と繋がってくるため、「スポーツと政治は別物」と言うような余裕はありません。
「どちらの側に立っているのか」を問われます。

【抗議デモで死者400人超、子どもを含む1万4000人が拘束 深刻な人権危機】
11月22日ブログ“イラン・トルコで激しさを増す国内外のクルド人勢力への弾圧・攻撃 国を持たない民族の悲劇か”でも少し触れたように、イランでは頭髪を覆うヒジャブ(スカーフ)の被り方が不適切として拘束された女性が警察の暴力を受けて死亡したのではないかという疑惑(イラン政府は否定)から9月に始まった抗議デモが長期化し、単にヒジャブの問題だけではく、「自由」を求める運動、イスラムによる宗教的強権支配体制への批判にも発展しています。

****イランのデモ、民衆蜂起の様相=イスラエル軍情報部門トップ****
イスラエル軍の情報部門トップは21日、イランで広がる抗議デモについて、民衆蜂起の様相を呈し始めているの見方を示した。一方、現時点で政権存続に「現実的な脅威はない」とも語った。

イランでは今年9月、顔を覆うスカーフを適切に着用していなかったとして22歳の女性が警察に拘束されて死亡した。事件をきっかけに抗議活動が続いている。

イランと長年対立するイスラエル軍のアーロン・ハリバ参謀本部諜報局長は、テルアビブ大学国家安全保障研究所で、「抗議行動は既に民衆蜂起の領域に達していると思う」と指摘。「いくつかの出来事を見ると、発生時間、国家機関や国家の象徴が受けた被害、死者数など、政権にとって大いに問題となる異次元の何かが起きている」と語った。

「現時点で政権に対する現実的な危険はないと考える」とした上で、「社会行動の予測は参謀本部諜報局の責任で行うものではない」とも述べた。【11月22日 ロイター】
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イラン当局は厳しい弾圧姿勢で抗議デモに臨んでおり、イランの人権活動家通信(HRANA)によると、この抗議行動に関連して、11月19日時点で未成年者58人を含む抗議者410人が死亡したとされています。情報統制が厳しいイランの国内事情はよくわかりませんので、実際の犠牲者はもっと多い可能性もあります。(以上、22日ブログからの再録に加筆)

国際的にもイラン当局のデモ弾圧に厳しい批判が起きています。

****国連人権理、イランの人権侵害巡り調査団設置 デモ弾圧で****
国連人権理事会は24日、イランの人権状況について特別会合を開き、9月以降広がる抗議デモへの弾圧など、同国の人権侵害を巡る調査団を設置する動議を可決した。賛成が25カ国、反対が6カ国、棄権が16カ国だった。

イランでは、イスラム教徒の女性の髪を隠すスカーフの着用法が不適切だとして拘束されたクルド人女性が死亡したことに対する抗議デモが広がっている。

ヴォルカー・ターク国連人権高等弁務官はイラン当局に対して、抗議デモを鎮圧するための「不当な」武力行使を止めるよう要請。イランは深刻な人権危機に直面しており、子どもを含む1万4000人が拘束されていると懸念を示し、イラン政府は国連の現地訪問を受け入れていないと指摘した。

イラン当局による取り締まりは、クルド人が多く住む西部地域で特に厳しくなっており、国連によると先週は40人の死亡が報告された。【11月25日 ロイター】
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【イランチーム イングランド戦では国歌斉唱せず】
こうした実弾が飛び交い、多くの市民の血が流れる厳しい状況の中でW杯に参加したイランチームでしたが、試合前の国歌が流れる際に、選手たちが国歌を歌わない様子が話題にもなりました。

イラン政治体制に批判的な立場からは、現在のイラン国歌はイランのものではなく、(現行政治体制の)イスラム共和国のものだと指摘する声もあるようです。

(蛇足ながら、こうしたイランのアイデンティティとイスラムを峻別する考えは、以前イランを観光した際にも聞きました。国際的にはイランは厳格なイスラム国家とみなされていますが、「イランはイスラムではない」と。その考えは、本来のイランの伝統・文化はペルシャ帝国以来受け継がれているものであり、イスラムは近年に持ち込まれたものに過ぎないというもののようです)

国歌を歌わないというイランチームの選択は、国内で続く反政府デモに連帯を示した形と見られています。
DFエフサン・ハジサフィ選手は20日の記者会見で、デモ参加者を念頭に「私たちは応援し、共感している。人びとが期待するような変化を望む」と述べたとも報じられています。

“試合後、イランのカルロス・ケイロス監督は「W杯の規定に沿い、ゲームの精神に則っている。(選手たちは)自由に抗議することができる」とコメント。選手からは今回の行動を支持する声が目立っている。”【11月22日 東スポWEB】

しかし、イランの国営テレビは、選手が試合前に国歌斉唱のために整列する場面を放映しませんでした。

【イラン国内には大敗を喜ぶ声も】
試合は、イランが2―6でイングランドに大敗しましたが、イラン国内にはイランチーム自体が“政権寄り”だと見なし、その敗北を喜ぶ声もあるとか。

(ただし、そうした声が一般的なものかどうかはわかりません。少なくとも敬虔なイスラム教徒が多い地方部では現体制が支持されており、体制批判は少ないと思われます。逆にテヘランなど都市部では現体制に批判的な傾向が強く、激しい抵抗運動が行われています)

****イングランドに喫した「大敗」を、イラン国民が大喜び...何が起きているのか****
<純粋にサッカーを楽しみ、自国の代表チームを応援できる状況ではない現在のイラン。自国の敗北を喜ぶ複雑な心境とは?>

イラン代表チームが蹴散らされる姿に、イランの市民が歓喜した。11月21日、ワールドカップ(W杯)カタール大会1次リーグの初戦で、イランはイングランドと対戦。ドーハのハリファ国際スタジアムで行われた試合で、イングランドが試合を決定づける3点目のゴールを決めた瞬間、イランの首都テヘランのシャハラン地区で人々が歓声を挙げる様子が動画に収められた。

ロンドンを拠点とするペルシャ語放送局、イラン・インターナショナルが、この時の様子を映した動画をツイッターに投稿した。この試合では結局、イングランドがさらに3得点を挙げ、6対2でイランに圧勝している。

なぜテヘラン市民たちは、自国の代表チームの敗北を喜んだのか。それは、代表チームがW杯で戦う一方で、イラン国内で続いている女性たちを中心とする激しい抗議デモが関係している。

今回のデモのきっかけは、22歳の女性マフサ・アミニの死だ。アミニは今年9月13日、頭髪を適切に覆っていないなどの理由でイランの道徳警察に拘束され、3日後に死亡した。

この出来事に抗議するデモが拡大すると、当局は厳しい取り締まりを開始。人権擁護団体「イランの人権活動家」によれば、治安部隊による暴力的な取り締まりで、抗議デモの死者数は既に少なくとも419人に上っている。

さらにデモ開始以来、イラン国内でのサッカー試合は当局の決定によって、全て非公開になっている。

代表チームは国民より政権寄り?
W杯の対イングランド戦の会場では、抗議デモのスローガンである「女性、生命、自由」という文字や弾圧の犠牲になったデモ参加者の名前を記したTシャツを身に着けたり、プラカードを掲げるイランサポーターの姿が見られた。

ただそうした中で、代表チームは政権寄りで、今回の抗議デモへの連帯を示してこなかったと国民からは見られているようだ。

それもあって、冒頭の動画のようにチームの失点を喜ぶ声が上がったものと思われる。また動画には、歓声とともに「独裁者に死を」と唱える声も収められている。

この試合の前のセレモニーでイラン国歌が流れた際にも、サポーターらはブーイングを浴びせた。ただ、ピッチ上のイラン代表選手たちは口をつぐんだままだった。

故国での抗議デモへの連帯を示すため、国歌斉唱を拒否するかどうかはチーム全員で決めると、代表選手の1人のアリレザ・ジャハンバフシュは試合に先立って語っていた。

「散髪」のゴールパフォーマンスを
主将のエフサン・ハジサフィは試合前、抗議デモへの支持を表明した。「何よりもまず、家族を失ったイランの人々にお悔やみを述べたい」と、ハジサフィは記者会見の冒頭で発言した。「私たちの国の状況は正しいものではなく、国民は不満を感じていると認めなければならない」

さらに今回のW杯をめぐっては、イランの出場禁止をFIFA(国際サッカー連盟)に求める声や、選手に抗議デモへの連帯表明を促す声が上がっていた。

頭髪を覆うヒジャブの着用強制に対する抵抗の象徴的な行動として、イランをはじめとする各地で女性たちが髪を切っていることを受け、イラン出身の両親を持つロンドン生まれのイギリス人俳優・コメディアン、オミッド・ジャリリは、イランと戦うチームの選手たちに、ゴールパフォーマンスで髪を切るしぐさをするよう呼び掛けた。

「ごくささやかな行為で世界に巨大な影響を与えるチャンスがあると、イングランド代表選手に言いたい」。イラン対イングランド戦の開始前、ジャリリはツイッターに投稿した動画でそう訴えた。

「(イランと同じグループBの)イングランド、ウェールズ、アメリカの代表選手はゴールを決めたら、髪をはさみで切るしぐさをしてほしい。そんな簡単なジェスチャーで、イランの女性や少女に大きなメッセージを送ることができる」【11月23日 Newsweek】
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前述のように、自国チームの敗北を喜ぶ声が一般的なものかどうかはやや疑問ですが、そうした声もあるようです。

イランの現状からすれば、「スポーツと政治は別物」ではなく、世界が注目するW杯こそがイランの現状を発信する、多くの市民が弾圧によって血を流す現状を改善する“絶好の機会”ということになります。

逆に、その機会を利用しないことは、結果的に市民に銃を向ける当局の姿勢を暗黙の内に認めることにもなる・・・。

【国歌斉唱拒否という重い選択 帰国後の処分の可能性も ウェールズ戦では対応一変】
自国の代表チームの敗北を喜ぶ市民もいるという状況で、国歌を歌わないという選択をしたイランチームの選択も重いものがあります。帰国後どのような処分がなされるのか・・・

選手だけでなく、反政府的プラカードを持ちこんだ観客も映像で面が割れており、帰国後処分される危険も。

****W杯で命懸けの国歌斉唱拒否に出たイラン選手の運命****
<サッカーW杯の国歌斉唱という檜舞台でイラン・チームは口をつぐんで歌わなかった。帰国すれば逮捕、国歌にブーイングしたイラン人観客たちも危ないという。改めて知るイラン体制の恐ろしさ>

FIFAワールドカップでは11月21日、イラン対イングランド戦がおこなわれたが、試合に先立つ国歌演奏中に、口をつぐんで歌わなかったイラン代表選手は、帰国後に重大な結果に直面するおそれがある。(中略)

ソーシャルメディア上のイラン人たちは、この国歌はイランのものではなく、実際には(イラン・)イスラム共和国のものだと指摘し、そのふたつを明確に区別している。

ニューヨークタイムズ紙のツイートによれば、イランのサッカーファンたちは、カタール・ドーハのハリファ国際スタジアム内に「イランに自由を」「女性、生命、自由」などと書かれたプラカードを持ちこんだという。スタジアムの外には、イラン革命前のパーレビ朝の旗を持ちこもうとして入場を許されなかったファンたちもいた。

W杯を中断させたかったイラン
(中略)イラン当局は、12月18日まで続くワールドカップの期間中、国内の抗議活動に言及しないことを事前に要請した。

別の報道では、イラン当局は、ワールドカップを中断させるためにテロ攻撃の実施を検討していたが、ホスト国カタールの反応を考えて思いとどまったと伝えられている。

ニューヨーク州立大学オルバニー校で国際法と人権について研究するデイビッド・E・グウィン教授が本誌に語ったところによれば、現在進行中の抗議活動は、イランの厳しい経済状況と結びついており、国歌斉唱を拒んだイラン選手だけでなくその家族も、「拘束や逮捕を含めた重大な結果に直面するおそれがある」。

「イラン政府は、とりわけ公共の場での抗議活動を鎮圧しようと、断固たる姿勢と容赦のなさを示してきた」とグウィンは語る。「選手たちの公的な立場は、とくにワールドカップを闘っているあいだは、彼らを守ってくれるかもしれないが、そうした立場ゆえに、選手たちは政権にとって大きな不安要素にもなる。イラン政府は、著名人が前面に出て火に油を注ぐことを望んでいない」

スタンドにいた人たちも危険にさらされる可能性がある。そうした観戦者の多くは、さまざまな形態のメディアを通じて世界中に顔が伝えられている。

「イランの治安組織である革命防衛隊は、そうした人──とくにプラカードを掲げていた人--──の身元を突き止め、経歴を掘り下げて、拘束や逮捕を正当化しようとする」とグウィンは語る。「有名ではないので選手より重要性は低いかもしれないが、少なくとも帰国後は監視下に置きたいと考えるだろう」【11月22日 時事】
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“イラン当局は、ワールドカップを中断させるためにテロ攻撃の実施を検討していた”・・・いささか眉唾ものですが、それはともかく、当局側が神経を尖らせているのは間違いないでしょう。

今日(25日)行われた、ウェールズ戦ではイラン選手は試合前の国歌斉唱で肩を組んで歌ったそうです。

当局からの「圧力はなかった」とのことですが、常識的に考えて「圧力がないはずはないだろう」という感も。「両親、兄弟がどうなってもいいのか?」ぐらいの脅しがあっても不思議ではないようにも。

****イラン、国歌を歌う 「圧力受けていない」―W杯サッカー****
25日に行われた1次リーグB組のウェールズ―イランで、イランの選手が試合前の国歌斉唱で肩を組んで歌った。21日のイングランド戦では沈黙し、イラン国内の情勢と関連して注目された。

イランでは9月、イスラム法に基づく頭部を覆うスカーフ着用義務に違反したとして警察に拘束された女性が死亡。抗議デモが続き、多数の死者が出ている。イラン代表が国歌を歌わなかったのはデモへの支持を表すためとみられた。

イングランド戦では国歌が流れる間サポーターからブーイングを受けたが、ウェールズ戦ではスタンドも一緒に歌い、涙ぐむような人もいた。
24日の試合前日会見でFWタレミは「政治的なことは話したくはないが、私たちはいかなる圧力も受けていない」と語った。【11月25日 時事】
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“ウェールズ戦ではスタンドも一緒に歌い、涙ぐむような人もいた”・・・雰囲気がそうさせるのでしょうか? 逆に、雰囲気次第ではブーイング?  よくわかりません。

まあ、ウェールズ戦、試合に勝ててよかった。イラン政府のご機嫌も少しはなおった?
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