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【2月14日 AFP】
【「トランプの壁」が完成する可能性は限りなく低いが・・・・】
トランプ米大統領がメキシコとの国境に建設するとしている「トランプの壁」については、建設自体、また、その費用負担に関してメキシコと険悪な関係になっていることは周知のところです。
「トランプの壁」の建設には、物理的な問題があることも指摘されています。
****移民阻止。世界が失笑した「トランプの壁」は物理的に可能なのか?****
・・・・米国とメキシコの陸上・河川国境は3144キロに達するが、トランプ氏が1月25日の大統領令で定義した「壁」、つまり「警備され、切れ目がなく、通り抜けることのできない物理的障壁」は1キロもない。
一方、米国はメキシコ国境のうち1130キロに各種のフェンスを設置している。大部分は2006年の「セキュア・フェンス法」制定後に設置された。
歩行者用フェンスは、市街地や道路に近い合計619キロ以上の区間に、さまざまな種類のものが設置されている。深さ1メートル以上の基礎の上に、高さ6メートルの鉄格子が立てられ、それが警備用の道路をはさんで二重に立っている区間もあれば、ワイヤーカッターで簡単に切断できる金網フェンスの区間もある。
車両用フェンスのほうは、高さ1メートルほどの障害物で、人間なら簡単に乗り越えることができるが、密入国者が国境から歩いて米国の市街地や道路にたどり着くことが困難な砂漠など、合計484キロ以上の区間に設置されている。
既存のフェンスはトランプ氏の言う壁に該当しない。トランプ氏は、「高さ35‐40フィート(11-12メートル)のプレキャストコンクリートの壁は、建設費約80億ドル(9200億円)」と言ったこともあれば、壁の高さを「65フィート(20メートル)」と言ったこともある。また、トランプ氏は、自らの考えを「フェンス」と表現した記者に対し、「本物の壁を築く」と訂正している。
トランプ氏が挙げる建設費の数字は、プレキャストコンクリート業界団体が示したものだが、壁を築く場合の工費のごく一部でしかない。
これまで車両用フェンスも設置されていない区間では、まず現場へ部材を運ぶための道路から整備する必要があるし、そのような区間には山地など道路工事が困難な地形が少なくないからだ。(中略)
米・メキシコ国境の東部の64パーセントは、リオグランデ川の川底の最深部を結ぶ線(谷線)だが、米国側の岸辺に壁を築くと、米国側の住民はリオグランデ川の水利を利用できなくなってしまう。リオグランデ川の一部は、両国が利用しているダムであり、壁の建設は非現実的というほかない。
トランプ氏は、メキシコとの国境の壁が「トランプの壁」と呼ばれるようになってほしいと言っているが、密入国者が「トランプの壁」を乗り越えれば、トランプ氏は面目を失う。
米政府が、隙のない工法と監視システムについて、建設業者に情報提供依頼書と提案依頼書を提出しながら、地権者と交渉し、反対派と法廷で争っているうちに、2018年の米議会中間選挙が過ぎ、2020年の大統領選挙が迫って来るだろう。
このように考えると、「トランプの壁」が完成する可能性が限りなく低いことだけでなく、トランプ大統領がどのような言い訳をするかに世界の注目が集まることは避けがたくなる。【2月6日 西恭之氏 MAG2NEWS】
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逆に言えば、実際には建設できないと大統領本人が認識していても、あくまでも「つくる」と言い張っておけば、支持者の賛同は維持しつつ、建設資金や地権者との法廷闘争などで時間が経過し、自分の任期は終わってしまい公約違反にもならない・・・という話かも。任期中に実現できなかったは反対者のせいだ・・・とも。
建設費用については、以前の数字より大きなものとなっています。
****メキシコ国境の壁、建設費は最大2.46兆円=米政府の内部文書****
米国がメキシコ国境沿いに建設する壁について、国土安全保障省の内部報告書で最大216億ドル(約2.46兆円)の費用と3年以上の期間が必要との見積もりが示されたことが明らかになった。ロイターが9日、同報告書を確認した。
トランプ大統領は昨年の大統領選で不法移民の流入を防ぐための壁の建設費用が120億ドルになるとの見通しを示していた。また、共和党のライアン下院議長とマコネル上院院内総務は、建設費用が最大150億ドルになると見積もっていた。どちらも今回の報告書で示された額を大幅に下回っている。(中略)
報告書では2020年末までに2000キロ超の区間にフェンスや壁を3段階で建設する計画が示された。(中略)
これまでの見積りよりも費用が増えた一因として、私有地の取得コストが挙げられている。
トランプ大統領は8日、「壁はいまデザイン中だ」と述べていた。
第1段階ではカリフォルニア州とテキサス州の42キロの区間で作業を行い、第2段階はテキサス州とアリゾナ州の242キロの区間が対象となる。第3段階は場所を特定せず、1728キロの区間としている。
第1段階の建設費用は3億6000万ドルとされた。第2、第3段階の費用はそれをはるかに上回り、私有地を多く含む広範な区域で建設が予定されている。【2月10日 ロイター】
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実現可能な“第1段階”(カリフォルニア州とテキサス州の42キロ)に着手すれば、残り「2000キロ」はうやむやに・・・ということもあるのかも。
興味深いのは、不法移民流入防止のための「トランプの壁」を建設するにも不法移民労働者が必要では・・・との下記記事です。
****壁建設の労働力は不法移民頼り? カネのメキシコ還流も****
トランプ米大統領が「米国は国境を取り戻す」として、メキシコからの不法移民流入防止のため「壁」建設を指示する大統領令に署名した。
ケリー米国土安全保障長官は米FOXニュース(2日、電子版)のインタビューで、数カ月後には着工できるとの見通しを示し、「(建設開始から)2年以内に完成させたい」と意欲を見せたが、詳細は依然として見えない。
膨大な費用や、実現性などがさまざまに報じられる中で、壁建設の労働力を不法移民に頼ることになりかねないという皮肉な見通しを、米紙ニューヨーク・タイムズ(1月31日、国際版)が伝えている。
同紙は、「巨大な壁で生じる大金」との見出しで壁建設の費用とそれによる需要について考察し、「この数十年間で最も巨大なインフラ計画の一つで、おそらく数百億ドルかかり、建設会社にとって恩恵となるだろう」とした。
壁建設にはいくらかかるのか。米メキシコ国境の長さは約3100キロにもおよび、約1千キロはすでにフェンスなどが断続的に設けられている。
同紙によると、連邦政府はブッシュ政権時代の2006年、航空機製造で知られる米ボーイング社などと壁建設の契約を交わしたが、膨張するコストに音を上げ、10億ドル(約1130億円)をつぎ込んだ揚げ句、オバマ政権となった5年後に建設を断念した経緯がある。
米上院共和党トップのマコネル院内総務が明らかにした推計では、建設費を120億〜150億ドル(約1・35兆〜1・69兆円)と見積もる一方で、ニューヨーク・タイムズは、マサチューセッツ工科大の研究者の話として、高さ15メートル、延長約1600キロの壁を鋼鉄とコンクリートで造った場合、約400億ドル(約4・5兆円)かかるとの試算を紹介している。(中略)
ニューヨーク・タイムズは、巨額支出が向かう川下にも目を向けている。メキシコと国境を接するテキサス州の建設労働者の半数は不法移民の労働者だとする報告書に基づきながら、「壁建設の労働者の多くを不法移民に負うことになりかねない」と指摘。低賃金労働者を支援する団体幹部の懸念を伝えている。
同紙はさらに、セメントの需要では米国内に子会社を持つメキシコ企業が潤う可能性に言及した。「トランプ大統領が米国製セメントだけを買うよう命令したければ、議会で法律を変える必要がある」としたうえで、「壁建設のために、米国は最終的にメキシコ国民とメキシコ系企業にカネを払うことになる」とした。
トランプ氏は壁建設の費用をメキシコに負担させるとするものの、仮にそのカネがメキシコ側へ還流するなら、壁の「意義」そのものが問われることになる。【2月14日 産経】
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なかなか皮肉な見通しですが、現在のアメリカの労働実態を考えれば、壁建設には不法移民労働力が必要と言うのはおそらく正しい見通しでしょう。
【トランプ氏登場で不法入国仲介業者の重要急増】
仮に「壁」ができてもその効果には疑問も。
****<メキシコ>壁できても掘る・・・不法入国案内人****
「国境に壁? 全く問題ないよ。トンネルがある。ふさがれたら? また別の場所に掘るだけだ」。メキシコ北部シウダフアレス市郊外。米国との国境線を目の前にしてゴンサロ・スニエガさん(36)が平然と言ってのけた。職業は通称「コヨーテ」。不法な国境越えを手引きする案内人だ。
(中略)スニエガさんは「これから客はもっと増える」とほくそ笑む。実際、トランプ氏が大統領選への出馬を表明した一昨年6月ごろからトンネル利用者は急増し、今や1日平均で当時の約2.5倍の50人に上る。
入国がより難しくなりそうだという不法移民の不安に便乗し、通行料は150ドルから500ドルに値上げした。強制送還が本格化すれば、コヨーテにはさらに追い風だ。送還された者の多くが再入国を試みるからだ。
「米国との経済格差が続く限り、不法移民は絶えない」。不法移民への支援活動をしているヘスス・タビソン神父(56)は言う。より深いトンネル、150ドルで入手可能なレンタル偽造旅券……。「トランプ大統領が何を言おうが、何をしようが、米国を目指す者には関係ない」
神父はかつて麻薬の中毒者で密売人でもあった。貧困の奈落から抜け出そうともがく人々の心境を承知している。国境越えの資金を工面するため2歳の子供を売り飛ばした女性もいたという。「国境に壮大な壁を造っても、得をするのはせいぜいコヨーテだけだ」と吐き捨てるように言った。(後略)【2月5日 毎日】
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メキシコの大富豪カルロス・スリム氏は、メキシコに投資して雇用機会を増やすことが、移民を防ぐ最善の壁になると主張しています。【1月28日 ロイターより】
【西サハラを貫く「恥の壁」】
「トランプの壁」だけでなく、世界には多くの「壁」が存在します。
取り壊された「ベルリンの壁」、パレスチナを蚕食するイスラエルが築く壁、“天井のない監獄”ガザ地区を隔てる壁、北アイルランドのカトリック教徒とプロテスタントを隔てる壁・・・・
最近は難民・移民やテロリスト流入を防止するためとして壁は増える傾向にあります。
「壁」が建設されるのにはそれなりの理由があってのことですが、政治のあるべき方向としては、「分断の象徴」としての壁をなんとか取り払うことはできないかと努力することにあると個人的には考えています。
新たに壁を建設して分断することで問題が解決したかのように糊塗するのは愚か者の結論のようにも思えます。
世界に存在する多数の壁の一つが、モロッコが西サハラにつくった「砂の壁」です。
北アフリカ・モロッコに南接する地域(西サハラ)はモロッコが実効支配していますが、現地には独立国家を主張する勢力があり、「サハラ・アラブ民主共和国」を称しています。
****サハラ・アラブ民主共和国****
サハラ・アラブ民主共和国は、北アフリカの西サハラ(旧スペイン領サハラ)に存在する国家・亡命政府である。
スペインの領有権放棄後、西サハラにおいて独立国家樹立を目指す現地住民によるポリサリオ戦線によって、1976年に隣国アルジェリアにて亡命政権として結成された。
国際連合には未加盟であるが、アフリカ連合(AU)には1982年以降加盟している。また、2016年現在で84の国際連合の加盟国が国家として承認している。(しかし、その内の37カ国は関係を凍結・中断している)
名目上の首都は旧スペイン領時代の首府でもあったラユーン(アイウン)。
なお、サハラ・アラブ民主共和国が主張する領土(西サハラ)はモロッコが領有権を主張しており、その大半はモロッコによって占領・実効支配されている。そのため、サハラ・アラブ民主共和国は「解放区」と呼ばれる東部地域(西サハラの3割程度)を実効支配するにすぎない。【ウィキペディア】
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モロッコ支配地域と「解放区」(西サハラの3割程度、北海道ほどの面積)を隔てて、西サハラ領内を南北に貫くのが「砂の壁」です。独立を望む人々からは「恥の壁」とも。
***西サハラを貫く「恥の壁」の裏側に住む人々****
西サハラを南北に貫くその壁は、今も機能している防御壁として世界最古といわれる一方で、モロッコからの独立を望む西サハラの住民や指導者からは「恥の壁」と呼ばれている。
隣国アルジェリアの難民キャンプで暮らす西サハラの民(サハラウィ)約16万5000人の一人、アンゾウガ・モハメド・アフメドさん(36)は「私は壁の後ろで育った。私の子どもたちはその影の中で生まれた」と語った。
サハラウィ文化の象徴とされる長さ4メートルの伝統的な織布「メルファ」をまとったアンゾウガさんは、西サハラに戻る望みを失ったという。
アルジェリアの支援を受け、旧スペイン領の独立を掲げる武装組織ポリサリオ戦線(Polisario Front)は、砂漠をヘビのようにうねっている防御壁で隔てられた片側を「サハラ・アラブ民主共和国」と宣言して支配している。
1975~1991年にかけて、ポリサリオ戦線は西サハラをめぐってモロッコと戦闘状態にあった。国連(UN)決議で西サハラの自治に関する住民投票が呼び掛けられたが、モロッコは今も自国の領土の一部だと主張している。
そのモロッコは1980~1987年、自国が支配下に置く西サハラの約90%にあたる土地に、ほぼ砂でできた6つの壁を築いた。総延長約2700キロに及ぶ壁は、緑色のアカシアの低木と白く輝く塩湖で有名な広大な黄土砂漠を貫いている。
壁の周囲には有刺鉄線や溝、地雷原が張り巡らされており、反対側にはモロッコ兵も配備されている。
地雷の犠牲となったサハラウィを支援する地元グループの代表アジズ・ハイダール氏は「世界一長い壁の一つで、西サハラをがっちりと封鎖している」と語った。【2月14日 AFP】
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モロッコは「スペインの植民地になる前から元々モロッコの領土だった」とこの地域の領有権を主張しています。
これに対し、国際司法裁判所は1975年に「モロッコは歴史的なつながりがあったけども領有権は主張できない。住民投票を行うように」との判断を示しており、国連もこの判断を支持する決議でを行っています。
しかし、モロッコはこれに従わず、住民投票実施の見通しすら立たない中、国際社会にも現状を追認するような流れも。
モロッコは1984年、アフリカ連合(AU)の前身であるアフリカ統一機構(OAU)が、西サハラの独立を求める「サハラ・アラブ民主共和国」の加盟を認めたことに猛反発、OAUを脱退。OAUは2002年、改組してAUが発足しましたが、アフリカの国家で唯一モロッコだけが加わっていませんでした。
そのAUへのモロッコ加盟が承認されました。
****モロッコ、アフリカ連合に33年ぶり再加盟 西サハラ問題は棚上げ****
アフリカ連合(AU)は30日、エチオピアの首都アディスアベバで開催した首脳会議で、モロッコの33年ぶりの再加盟を承認した。
モロッコが領有権を主張する西サハラの地位をめぐって再加盟に強硬に反対する国もあったが、会議に参加した首脳によると54か国中39か国が賛成した。
AU加盟国は、感情的で緊迫した議論の末、西サハラ問題については結論を持ち越すことを全会一致で決めた。
AUの一部加盟国はモロッコが再加盟の条件として、西サハラ全域の主権を主張しているサハラ・アラブ民主共和国(SADR)のAUからの除名を要求するのではないかと危惧していた。
しかし、SADRのモハメド・サレム・ウルド・サレク外相は「モロッコは条件を付けておらず、(中略)われわれは彼らの言葉を信じ、アフリカ連合への再加盟を認めることにした」と述べた。(後略)【1月31日 AFP】
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モロッコとサハラ・アラブ民主共和国の間での話がどうなっているのかは知りませんが、いつか「恥の壁」が取り払われる日が来るといいのですが・・・・。