(【2月23日 フォーカス台湾】 緑線は自分を「台湾人」と認識する人 青線は自分を「中国人」と認識する人 紫線は「両方」と答えた人)
【総統選挙にも影響した国民党・馬英九前総統の「習近平氏を信用すべき」発言】
周知のように1月13日に行われた台湾総統選挙では、中国と距離を置く与党・民進党の頼清徳副総統(64)が、中国との関係を重視する最大野党・国民党の侯友宜新北市長(66)、台湾民衆党の柯文哲前台北市長(64)を破り、初当選しました。
得票数は、頼清徳氏 5,203,633 侯友宜氏 4,298,112 柯文哲氏 3,386,964
頼清徳氏と侯友宜氏の票差は約90万票。
選挙戦終盤に国民党・侯友宜氏の追い上げも報じられていましたが、これに冷水を浴びせたのが国民党の前総統・馬英九氏の「習近平氏を信用すべき」発言でした。
****馬前総統、海外メディアに「習近平氏を信用すべき」 与党・民進党が非難/台湾****
最大野党・国民党の馬英九(ばえいきゅう)前総統が8日、ドイツの国際公共放送ドイチェ・ベレのインタビューを受け、中国の習近平国家主席を信用しなければならないなどと発言した。関連記事は10日に公開され、与党・民進党は同日、記者会見で「社会の共通認識とかけ離れている」と非難した。
馬氏は、習氏を信じられるかという質問に対し「両岸(台湾と中国)関係について言えば」と前置きした上で「習氏を信用しなければならない」と答えた。
習氏が新年を迎えるあいさつで「統一は歴史的必然だ」としたことについては「習氏が統一を推し進めているとは考えていない」と持論を展開。中国が統一を望んでいるのは確かだとしながらも、統一には多くの時間を要し、人々の同意を得る必要もあると語った。さらに、統一は中華民国憲法に書かれているとし「本来台湾が受け入れられることだ」と述べた。(後略)【1月10日 フォーカス台湾】
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この馬英九氏の発言に対し、同じ国民党の侯友宜候補は「馬氏の考え方は自身とは異なるところがある」としてはいましたが、改めて国民党の親中国ぶりを有権者に印象付け、侯友宜氏への票の一部が柯文哲氏へ流れるといった形で13日の投票にも大きく影響した可能性があります。
****国民党も「中国の一部になりたい」とは思っていない 「習近平氏を信用すべき」台湾・馬英九前総統の発言に宮家邦彦が言及****
「国民党は親中、民進党は親米」ではない
宮家)大失敗の発言です。台湾に関する報道では、なぜか「国民党は親中、民進党は親米」とされがちですが、実態は必ずしもそうではないと思います。ワシントンには国民党のオフィスがありますし、一生懸命対米関係を改善しようとしています。
そもそも問題は、「台湾の人たちが何を考えているか」ですよ。中国が今回のように失敗すればするほど、ますます中国との距離は開いてしまう。そして、「中国人」ではあるかも知れないけれど、台湾で生まれ、自分を「台湾人」だと思っている人たちが今や大多数になっているわけです。
飯田)世論調査を見ても明らかです。
宮家)その意味では、国民党だから親中というよりも、馬英九さんが親中だと考えた方がいいと思います。(中略)
馬英九氏の発言で台湾の人々は「やはり国民党はそういう党だ」と思ってしまう
飯田)馬英九氏からすると、「俺はシンガポールで習近平氏とも会って話したのだ」という思いがあったのでしょうか?
宮家)「だから何なのか」と思います。馬さんは「台湾統一を進めているとは考えていない」と言っていますが、共産党は台湾を統一すると言っていますよ。
飯田)新年の演説でも言及していました。
宮家)今回の発言で、少なくとも国民党候補である侯友宜さんの大逆転は難しくなったと思います。「やはり国民党はこういう連中だ」と言われてしまうのではないでしょうか。
中国共産党が統一する「一つ」と国民党が統一する「一つ」は、同じ「一つの中国」でも同床異夢
宮家)どちらにせよ、中国との関係は簡単ではないし、国民党も中国の一部になりたいなどとは思っていないわけです。「一つの中国」と言っているけれど、共産党が統一する「一つ」と、国民党が統一する「一つ」は、同じ「一つの中国」という言葉でも実態は正反対、同床異夢なわけです。その意味では、どちらが勝っても台湾にあまり大きな変化があるとは思っていません。(後略)【1月13日 ニッポン放送NEWS ONLINE】
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【馬氏 「台湾人民の声届ける」と訪中 馬氏・中国側双方が改めて“一つの中国”を強調 習近平氏と会談か】
その馬英九氏の言動に再び注目が集まっています。「台湾人民の声届ける」と学生ら20人を率いて訪中し、習近平国家主席との会談も有力視されています。
中国側には、馬氏の台湾での影響力の限界はわかっているものの、馬氏を厚遇することで頼清徳副総統の新総統就任式が控えている民進党政権を揺さぶりをかける思惑もあると見られています。
****台湾・馬英九前総統が訪中「台湾人民の声届ける」 習近平氏と会談か****
台湾の馬英九(ば・えいきゅう)前総統が1日、台北から中国・広東省深圳(しんせん)に到着し、中国訪問を開始した。馬氏は中国に融和的な野党・国民党で影響力を持つ長老の一人。11日までに陝西(せんせい)省や北京を訪問し、北京では習近平国家主席との会談が有力視されている。
馬氏は出発する際、「両岸(中台)情勢が日増しに緊張する中、平和を愛し、戦争を避けたいという台湾人民の声を届ける」との声明を発表した。
昨年3、4月には、総統経験者として1949年の中台分断後初めて中国を訪れた。自身のルーツがある湖南省で墓参したほか、上海などで市トップらと会談したが、政治色の強い北京訪問はしなかった。
台湾のネットメディア「風伝媒」は、馬氏は北京滞在中の8日に習氏と会談すると報じた。実現すれば、馬氏が総統を務めた2015年にシンガポールで分断後初の首脳会談を行って以来となる。(中略)
5月には中国が「台湾独立勢力」と見なす民進党の頼清徳副総統の新総統就任式が控える。新政権をゆさぶるため、中国側が馬氏を手厚くもてなして友好ムードをアピールするとの見方もある。
馬氏が設立した馬英九基金会によると、馬氏は漢民族の始祖とされる黄帝に関する行事に出席したり、日中戦争の発端となった盧溝橋事件(37年)の舞台である北京郊外の盧溝橋を訪れたりする。台湾の若者20人が同行し、中国との青年交流も行う。【4月1日 毎日】
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中国政府の台湾政策担当トップと会談では、改めて“一つの中国”が強調されています。
****台湾・馬英九前総統が中国政府の台湾政策担当トップと会談 “一つの中国”=『92年合意』意義強調****
中国を訪れている台湾の馬英九前総統は、中国政府の台湾政策担当のトップと会談し、「中国も台湾も一つの中国」との考えを改めて強調しました。
台湾の馬英九前総統は1日、訪問先の南部・広東省の深センで、中国政府の国務院台湾事務弁公室のトップ・宋涛氏と会談しました。
宋氏は、馬前総統が台湾と中国の学生の交流を進めていることを称賛し、中国は一つだという立場から「家族は頻繁に行き来し、連絡を取り合うべき」としました。
中国は台湾に対し、1992年に両者の事務レベルが「一つの中国」の原則を口頭で確認したとされる『92年合意』を認めるよう一貫して求めていますが、現在の民進党政権は「存在しない合意だ」として拒否しています。
一方、馬前総統がかつてトップを務めた野党国民党は、「一つの中国は中華民国」で「それぞれが一つの中国を実現する」として、台湾の統治権は否定せずに中国とは異なる解釈で『92年合意』を受け入れています。
馬前総統は宋氏に対し、自身が総統を務めた2008年から2016年は「台湾海峡の両岸で戦争が起きるなんてことを世界の誰も考えなかった」とし、「『92年合意』の効用を最もよく表すものだ」と強調しました。【4月2日 TBS NEWS DIG】
台湾の馬英九前総統は1日、訪問先の南部・広東省の深センで、中国政府の国務院台湾事務弁公室のトップ・宋涛氏と会談しました。
宋氏は、馬前総統が台湾と中国の学生の交流を進めていることを称賛し、中国は一つだという立場から「家族は頻繁に行き来し、連絡を取り合うべき」としました。
中国は台湾に対し、1992年に両者の事務レベルが「一つの中国」の原則を口頭で確認したとされる『92年合意』を認めるよう一貫して求めていますが、現在の民進党政権は「存在しない合意だ」として拒否しています。
一方、馬前総統がかつてトップを務めた野党国民党は、「一つの中国は中華民国」で「それぞれが一つの中国を実現する」として、台湾の統治権は否定せずに中国とは異なる解釈で『92年合意』を受け入れています。
馬前総統は宋氏に対し、自身が総統を務めた2008年から2016年は「台湾海峡の両岸で戦争が起きるなんてことを世界の誰も考えなかった」とし、「『92年合意』の効用を最もよく表すものだ」と強調しました。【4月2日 TBS NEWS DIG】
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“一つの中国”は、中華人民共和国(中国)が「中国唯一の正統政府」であり、台湾はその一部であるとする中国側の“一つの中国”に対し、国民党は「中国を代表する政府は、中華民国(台湾政府)である」との立場から「一つの中国」を認めるといった形で、それぞれが独自の解釈を行うで争いを避けて合意する「外交」の最たるものです。
ただ、大陸反攻を真剣に考えていた蒋介石の時代と、アメリカを凌ぐような経済力を得て、国際社会に重きをなす現在の中国と台湾の関係は全く異なります。
現状からすれば「中国を代表する政府は、中華民国(台湾政府)である」というのは現実離れし、やや無理がある考えにもなっています。
【台頭した「台湾人アイデンティティ」 脱中国路線決定づけた「ヒマワリ学生運動」】
何より、台湾の人々の意識が大きく変化し、自身を「中国人」ではなく「台湾人」と考えるようになっているのは周知のところ。
****「自分は中国人」割合、過去最低の2.4%=台湾意識調査***
台湾人のアイデンティティーなどに関する最新の意識調査結果で、自分を「中国人」と認識する人が2.4%と、調査を開始した1992年以降で最低となった。一方、「台湾人」と答えた人は61.7%で、前年比1.6ポイント減少したものの、4年連続で6割台を維持した。「両方」だと答えた人は前年比1.4ポイント増の32%だった。
同調査は政治大選挙研究センターが台湾(離島の金門、馬祖を除く)に住む20歳以上の男女を対象に電話で実施。自分は「台湾人」であるか、「中国人」であるか、または「両方」であるかなどを尋ねた。同センターは1992年から半年または1年おきに行われた調査結果をまとめて、統計を公表している。2023年12月までの結果は22日に発表された。
これによれば、自分を「中国人」だと考える人の割合は1992年には25.5%だった。だが、96年に2割を下回り、2002年からは1桁台で推移した。
自分を「台湾人」と認識する人については、20年に過去最高の64.3%に達した。
両岸(台湾と中国)関係に関するスタンスでは、「永遠に現状維持」を望むと答えた人は33.2%と、調査を始めた94年以降最高となった。
「現状維持して将来再判断」は27.9%、「現状維持しながら独立を目指す」は21.5%、「現状維持しながら統一を目指す」は6.2%、「一刻も早く独立」は3.8%、「一刻も早く統一」は1.2%で続いた。【2月23日 フォーカス台湾】
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中国本土にルーツを持ち、自身も香港(または広東省深圳)で生まれ、1950年に両親とともに台湾に移住してきた馬英九氏と、多くが自らを「台湾人」と考えるようになった台湾の人々の間には溝があります。
馬英九氏もそれは承知の上で、「とは言え、台湾にとって中国との関係は安全保障上も、経済的にも最重要。中国との関係を改善するのは自分しかいない」という政治的パフォーマンスでもあるのでしょう。
台湾政治の中国離れ、脱中国路線を決定づけたのが、馬英九総統時代の2014年、学生らが立法院(国会)議場を占拠した「ヒマワリ学生運動」でした。あれから10年。
****台湾ヒマワリ学生運動から10年 脱中国路線決定づけ、与党は評価****
中国とのサービス貿易自由化を進める協定に反発した台湾の学生らが立法院(国会)議場を占拠した「ヒマワリ学生運動」から18日で10年になった。与党、民主進歩党(民進党)は協定を凍結に追い込み脱中国の路線を決定づけた運動を評価。
一方、当時の与党で対中融和路線の国民党の関係者は台湾の経済的利益を損ねたと批判している。
学生運動は「天然独(台湾は当然独立国だと認識している世代)」の台頭を印象付け、当時の中国指導部にも「大きな衝撃」(呉氏)を与えたとされる。
呉氏は、中国がこれまで国民党などの対中融和勢力を使い台湾社会に影響を与えようとしてきたが、その限界を認識するきっかけになったと分析。インターネットを使い台湾民衆に直接影響を与える世論工作を重視するようになったとして警戒感を示した。
立法院前では18日夜、運動の精神を引き継ごうと訴える団体が集会を開催。参加者らは「中国による政治的、経済的脅迫を拒否しよう」などと訴えた。【3月18日 共同】
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この「ヒマワリ学生運動」は、「台湾人アイデンティティ」の台頭を象徴するものでした。
****台湾人アイデンティティ****
馬英九は中国への極端な偏向政策から急激に支持を落とし、2014年「ひまわり運動」を生んだ。
多くの国民が「統一問題」に拒否感を示す中、翌年、強引にシンガポールで習近平と単独会談し「何ら成果のない個人的パフォーマンス」と揶揄され政権を追われている。
この時期を境に、「国家の統一」の賛否を軸として闘う「台湾ナショナリズム」と「中華ナショナリズム」が徐々に衰退し、「独自の存在」という認識の「台湾人アイデンティティ」が台頭していく。
1992年に自分を「台湾人」と思う人が約17%だったのが2020年には約65%に急増する。彼らはもはや台湾は民主主義が確立した国で、あえて「統一問題」というシングルイッシューな政策論争には興味がない。すでに彼らのアイデンティティは台湾人として現状は「独立」しているからだ。
さらに外交関係がなくても国際的地位が高まり経済発展によって民主主義や人権意識、表現の自由が成熟すると、その「台湾人アイデンティティ」も「Z世代」や「新住民」など変貌と多様化のスピードを速め、国に求めるものも変化していく。
このベクトルに対し、いまだ外省人長老などの影響力を無視できず「92年コンセンサスや統一問題」を避けて通れない国民党はもうはや多数の国民の民意から離れるばかりなのだ。現実主義の民衆党も国民党とは一線を引いている。
では、なぜ国民党が立法院で過半数を獲り捻じれ国会を生んで勝利したのか? それは(1)不動産価格の高騰、(2)少子高齢化、(3)所得格差の拡大という「内政の三種の神器」に苦しみ政治に無関心で現実主義の若者の増加と複雑な移民国家・台湾独特のネポチズム(縁故主義)によるものだ。
福建系や客家系の本省人は総統選では民進党を選んでも、立法院や地方選では党派や政策には関係ない地元の人間関係や利害関係で投票するのが普通だ。これは地方社会だけでなく都市部にも存在する。これもひとつの「台湾人アイデンティティ」なのだ。
この状況を北京の共産党政府とアメリカ政府は冷静に分析していたのだろう。そしてそれらを踏まえた上でアメリカは台湾関係法をさらに強固にする台湾政策法を進めて中国に圧力をかけ、習近平は様々な軍事圧力や強硬発言で台湾に揺さぶりをかけている。【3月11日 鈴木譲仁氏 現代ビジネス“まさかの「習近平」擁護の衝撃…台湾・馬英九の爆弾発言に隠された台湾の行く末”】
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親中国的な国民党が一定に政治的力を持っていることは、中国に平和的統一への期待を捨てさせず、軍事進攻を思いとどまらせる意味で、絶妙の政治的バランスかも。