孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アラブ首長国連邦(UAE)  アフリカ向け投資などで存在感を強めるUAEとはどんな国?

2024-04-10 23:45:20 | 中東情勢

(【2023年8月21日 中東協力センター】UAEが標榜する「寛容」の象徴として、2023年3 月、アブダビにイスラム教、ユダヤ 教、キリスト教の3宗教の礼拝所 を近接して配置した統合的宗教 施設アブラハム・ファミリー・ハウス が開館 )

【急減した中国のアフリカ向け融資】
中国にとってアフリカは毛沢東の時代から、協調して欧米先進国に対抗する、国連などの場において支持国を確保するといったことで非常に重要な位置づけにあり、歴代政権はアフリカ外交を重視してきました。

習近平国家主席の「一帯一路」においても同様でしたが、「一帯一路」の方針が“大盤振る舞い”から経済合理性を重視するものへと変化するなかで、中国のアフリカ向け融資も急減しています。

****中国のアフリカ向け融資が急減、過去20年で最低に―独メディア****
2023年9月24日、独国際放送局ドイチェ・ヴェレの中国語版サイトは、中国によるアフリカ向けの融資規模が急速に縮小しており、融資額がこの20年で最低水準になったと報じた。

記事は、ボストン大学グローバル開発政策センターの「グローバル・チャイナ・イニシアチブ」が発表した最新の調査で、昨年の中国による対アフリカ融資額が10億ドル(約1480億円)を下回って過去20年間で最低水準となったことが分かり、同センターが「この研究は、中国が数十年続けてきたアフリカ大陸におけるインフラブームから脱却しつつあることを浮き彫りにしている」と論じたことを紹介した。

そして、アフリカが中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席が2013年に始めた「一帯一路」構想の焦点となっており、ボストン大学の調査によると2000年から22年までに中国がアフリカに1700億ドル(約25兆円)の融資を行ったと推定される一方、融資規模は16年にピークを迎えた後急速に減少し始めており、昨年合意に至った融資案件は9件、融資総額は9億9400万ドル(約1480億円)で、04年以来の低水準にとどまったと伝えている。

中国の対アフリカ融資が急速に縮小している理由について記事は、アフリカ諸国の債務負担の深刻化と中国経済の悪化の2点を指摘。

中国による対アフリカ諸国インフラプロジェクトをめぐって欧米の専門家の間で「中国が貧しい国々に持続不可能な債務負担を負わせている」と論じられてきた中で、20年に東アフリカのザンビアが債務不履行に陥り、ガーナ、ケニア、エチオピアといった国々もまた債務の泥沼に苦しんでいるとした。

また、中国も不動産市場の低迷、不安定な人民元為替レート、世界的な中国製品需要の低下など多くの問題を抱えているとし、これまでアフリカ向け融資の大部分を担ってきた中国開発銀行と中国輸出入銀行が戦略を転換し、国内の成長サポートを重視するとともに、海外向け融資も自国に近い市場に向けるようになったと伝えた。

記事はその上で「融資額の減少は必ずしも中国のアフリカへの関与の終わりを意味するものではない」とし、 中国のアフリカ向け支援や「一帯一路」構想が従来のインフラ建設重視から質の高さや環境への配慮といった点を強調するようになったことの表れであるとの見方を示している。【2023年9月25日 レコードチャイナ】
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ただ、今も多くの中国企業がアフリカで活動しており、“中国からの融資が大幅に減少しても両者は依然として相思相愛の状態にある”とも。

****中国とアフリカの関係に変化、中国からの融資が激減―仏メディア****
2024年1月8日、仏国際放送局RFI(ラジオ・フランス・アンテルナショナル)の中国語版サイトは、中国がアフリカとの関係を変化させ、融資を大幅に削減していると報じた。

記事は、中国とアフリカ大陸の関係は転換期を迎えており、中国によるサハラ以南アフリカ諸国への中国からの融資が大幅に減少しているとする仏紙ル・モンドの8日付報道を紹介。

国際通貨基金(IMF)が昨年10月に発表した報告書の中で、中国とアフリカの関係は「岐路に立っている」と表現したほか、同6月に中国湖南省で開催された中国・アフリカ経済貿易博覧会(CAETE)でも契約プロジェクト総額が約100億ドル(約1兆4400億円)と、19年に開かれた前回の半分にも満たなかったと伝えた。

そして、変化の背景に中国が国内経済の減速という困難に直面していることがあり、不動産危機、若者の失業、輸出減少の影響を受けて中国が現実予算主義に転じていると指摘。あらゆる資金源が枯渇する中、中国による融資縮小はアフリカにとっては非常に頭の痛い問題だとした。

一方で、「評判を守りたい中国も、アフリカの政府を崩壊させるようなことはしたくない。また、アフリカに対する中国の関心は低下していない」との見方を示し、建設、エネルギーから電気通信に至るまで、数多の中国企業が自らの力でアフリカ市場に進出していると指摘する専門家もいることを紹介した。

その上で、20年間アフリカ各地を渡ってきた欧州の政府関係者が「今では、すべての公共入札に中国企業が参加している。技術的には、中国企業のオファーは欧州とほぼ同等であるものの、欧州の駐在員は現場から離れた冷房完備のホテルを求めるのに対し、中国の駐在員は現場付近の小屋で寝ることを良しとするため、中国人が市場の大半を占めつつある」と語ったことを伝えている。

記事は、中国がアフリカ大陸に注目し続ける理由について、天然資源へのアクセス確保と現地政府の囲い込みという二つの点が少なくとも存在するとし、現時点で中国側の思惑は奏功していると紹介。

そして、アフリカ政府も中国がこれ以上支援から手を引くようなことを望んでおらず、中国からの融資が大幅に減少しても両者は依然として相思相愛の状態にあるとする一方で「アフリカの中国に対する依存度が、中国のアフリカに対する依存度よりもはるかに大きい」という非対称性も今後さらに続くことになるだろうとした。【2024年1月11日 レコードチャイナ】
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【中東産油国、特にアラブ首長国連邦(UAE)からアフリカへの資金が増加】
中国からの融資が減少するなかで、それを埋めるかのように増加しているのが中東産油国、特にアラブ首長国連邦(UAE)からの資金とのこと。

****〈中東産油国が進めるアフリカへの投資〉東西ではない、新興国も参戦する争奪戦****
Economist誌3月16日号の社説‘The Gulf’s scramble for Africa is reshaping the continent’が、最近の経済面及び外交面での湾岸諸国のアフリカ進出の拡大を中国の台頭にとって代わるものとして期待することは、特にアラブ首長国連邦の動きに鑑みれば危険なことだと警告している。要旨は次の通り。

冷戦時代、アフリカの指導者たちは、しばしば西側かソ連のいずれか味方し、援助や武器、投資等彼らが望むものを引き出した。冷戦終結後、道路や港湾の建設を望む場合は中国と取引した。

今日では、ブラジルやインド、トルコなどの中堅大国が経済面及び外交面で進出してきている。しかし、最も衝撃的なのは、アラブ首長国連邦(UAE)、それに次いでサウジアラビアとカタールの突出である。アフリカをめぐる湾岸諸国の影響力争いは、大きな経済的利益をもたらすと同時に恐ろしい戦争の火種にもなりかねない。

湾岸諸国の影響力はお金に由来する。11月、サウジアラビアは初のアフリカ・サミットを開催し、数十億ドルの投資を発表したが、それさえも 2022年に米国企業の投資の7倍に相当する投資を表明したUAEに比べれば小さく見える。

それ以前の10年間は、UAEのアフリカへの投資は、中国、欧州連合(EU)、米国に次いで4位であった。20年と21年、ドバイのサブ・サハラ・アフリカとの貿易額は米国を上回り、ドバイは、財産権の保障が確実で金融規制が緩いこともあり、2万6000以上のアフリカ企業が進出している。

資金不足に直面するアフリカ諸国にとり注目を浴びることは利益をもたらすだろう。22年までの4年間で、アフリカに供与された中国の新規融資は、その前の4年間に比べ80%も減少し、欧米の援助に占めるアフリカの割合は、ウクライナ戦争の影響で減少している。欧米の政府関係者には、中国の手に渡ってしまうかもしれない鉱山への投資を湾岸諸国が行うことで、そのギャップを埋め、地政学的なライバルを出し抜く手助けになることを期待するものもいる。

しかし、アフリカを湾岸諸国の野心と競争の舞台とすることは、大きなリスクを伴う。湾岸の王国独裁国家は、アフリカの民主主義の擁護者でも人権の擁護者でもない。UAEは軍閥を武装させ、混乱を広げ、腐敗したエリートたちに避難所を提供する危険な国である。

そのもっとも典型的な例がスーダンであり、UAEが大量虐殺を行う民兵組織である即応支援部隊(RSF)を支援し国軍と内戦を繰り広げており、約2500万人が援助を必要とする世界最大の人道危機となっている。UAEの友人には、RSF指導者のダガロ、リビアの軍閥ハフタル、チャドのクーデターで権力を握ったマデビ、そしてエチオピアで血なまぐさい内戦を繰り広げたアビイなどがいる。

石油と天然ガスの富は、UAE、サウジアラビア及びカタールが何年にもわたって魅力あるパートナーであることを意味する。しかし、スーダンとリビアから広がる騒乱の波紋は、価値観を共有しない国々にアフリカ政策を委託することの危険性を西側諸国に警告するものだ。そしてアフリカ諸国は、自らが他国の地政学的ゲームの駒として使われることのリスクを知るべきである。

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UAEの中国、米国、EU超えの可能性
(中略)このような湾岸諸国とアフリカとの急速な関係緊密化の背景には、湾岸諸国側には、脱石油化を念頭にアフリカの将来性への期待、多極化する国際社会における影響力の拡大といった戦略的考慮があるが、そのような動きを後押しする太古からの歴史的な繋がり、地理的近接性、イスラム教を通じた連帯や文化的な親和性などの基礎的な要素もある。

アフリカ側から湾岸諸国の投資が歓迎される理由としては、潤沢な資金、意思決定の迅速性、欧米のような上から目線でないことなどが指摘されている。これらの要素を勘案すると、関係緊密化の傾向は一時的なものではなく持続性があり、まさにアフリカの在り方を変える可能性があろう。

負の面の要素は、この社説が後段で触れているアフリカの独裁政権や一方の紛争当事者への支援といった特に政治的介入とアフリカの支配者層との好ましくない癒着である。特にUAEが資金や武器面で支援しているとされる、リビア、エチオピア、チャド、スーダンの政治指導者は、人権尊重や民主主義とは対極的な存在である。

また、経済的繁栄を謳歌しているドバイの裏の面として、違法採掘された金の流出先となってこれら指導者の資金源となっているとの疑いや、ドバイ進出のアフリカ企業数が26,000を超えるというのも驚きであるが、ドバイの不動産がアフリカ・エリートの蓄財に活用されているとの報道もあり、このような面でのアフリカのガバナンスの低下が懸念される。

湾岸諸国への関与の必要性
アフリカの安定は欧州をはじめ世界の安定や発展にとり重要であり、テロの温床となるイスラム過激派を押さえ、政治的安定や民主主義、健全な経済発展に障害となるような中国の経済進出やロシアの軍事的影響力拡大に対抗する必要がある。

他方、サヘル地域等では、フランスの影響力が駆逐され、マリ、ブルキナファソに続き米国の重要拠点であったニジェールもクーデターにより、米国からロシアとの協力強化に舵を切ろうとしている。

このような状況において、西側諸国としては、多極化する世界の中でアフリカに関与して自らの地位を高めようと競争するUAEやサウジアラビアとの連携を模索することが望ましいのではなかろうか。

湾岸諸国は、建前上、米国か中国・ロシアかのいずれの側にも与さない立場であろうが、少なくともロシアや中国との協調に向かわないようには留意すべきであろう。そのためには、米国を中心に西側諸国と湾岸諸国の対話と協力関係の強化が必要であり、またアフリカのそれぞれに事情の異なる国ごとにきめの細かい分析と対応が必要である。【4月10日 WEDGE】
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【アラブ首長国連邦(UAE)とはどんな国?】
今更の話ですが、サウジアラビアとセットで語られることも多いアラブ首長国連邦(UAE)ってどんな国?

アブダビとドバイ、そしてその他五つ、合計七つの首長国の連邦国家ですが、それぞれの首長国は絶対君主制政。

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連邦の最高意思決定機関は連邦最高評議会(FSC、Federal Supreme Council)で、連邦を構成する7首長国の首長で構成される。結党は禁止されており、UAEには政党が存在しない。

議決にはアブダビ(首都アブダビ市がある)、ドバイ(最大の都市ドバイ市がある)を含む5首長国の賛成が必要になる。

憲法規定によると、国家元首である大統領、および首相を兼任する副大統領はFSCにより選出されることとなっているが、実際には大統領はアブダビ首長のナヒヤーン家、副大統領はドバイ首長のマクトゥーム家が世襲により継ぐのが慣例化している。閣僚評議会(内閣相当)評議員は、大統領が任命する。【ウィキペディア】
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UAE原油の大部分を産出するアブダビと、貿易、観光及び金融に力を入れているドバイの2首長国が、政治・経済・軍事の面で主導権を握っているといえます。

“連邦予算は8割がアブダビ、1割がドバイ、残りの1割は連邦政府の税収によって賄われており、残りの5首長国の負担額はゼロである。事実上、アブダビが北部5首長国を支援する形になっていると言える。”【ウィキペディア】

政党もない絶対君主制、リビア、エチオピア、チャド、スーダンなどを資金・武器で支援・・・欧米的価値観とは異なる国ですが、UAEの政治システム自体は中東・アフリカ世界にあっては“クリーン”と言えるようです。

****腐敗認識指数ランキング、中東・北アフリカではUAEが最もクリーンとの結果****
世界各国の腐敗や汚職を監視する国際的なNGO「トランスペアレンシー・インターナショナル」は1月30日、「2023年度腐敗認識指数(Corruption Perceptions Index:CPI)ランキング」(注1)を発表した。

ランキングは世界180カ国を対象としており、腐敗・汚職が少ないほど高位となる。中東・北アフリカ地域では、アラブ首長国連邦(UAE)が26位で最も高く、クリーン(腐敗していない)とされており、イスラエルが33位、カタールが40位と続いた。

UAEとカタールのほかの湾岸協力会議(GCC)加盟国は、サウジアラビが53位、クウェートが63位、オマーンが70位、バーレーンが76位だった。中東・北アフリカの指数で180カ国中100位以内の国は次のとおり(かっこ内は前年からの変動)。(中略)なお、首位はデンマーク、日本は16位だった。【2月14日 JETRO】
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資金面でのアフリカなど世界各地における存在感、紛争国・強権支配国への資金・武器支援の他、イスラエルとの国交正常化の口火を切るなど国際政治面でも注目されます。

2020年8月13日にUAEとイスラエルの国交正常化合意が発表され、その1カ月後、9月11日にはバハレーンが国交正常化合意を発表し、スーダンとモロッコもこれに続いた・・・いわゆる「アブラハム合意」です。

昨年の国連の気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)においては、産油国ながら、「化石燃料からの脱却」に向けた会議の議長国としての役割を果たしています。

その外交姿勢はアメリカに追随することのない独自のものがあります。

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中東有数の経済国であるUAEにとって、軍事的緊張の高まりは最も避けなければならない事態だ。イランを中心に中東地域の緊張が強まる中、UAEは融和策に舵を切った。

2020年にはイスラエルと国交を樹立し、その後イランやカタール、トルコなど対立していた周辺国との関係も正常化させた。いまやUAEは、地域の主要国と積極的かつ戦略的にバランスをとっている。

また、アメリカの同盟国でありながら、同国と対立する中国やロシア、シリアとの外交的・経済的関係も拡大している。

例えば対中関係では中国製の5G(第5世代移動通信システム)技術を導入し、アブダビの港湾では中国による軍事施設の建設を進めていると報じられている。

アメリカはUAEとこれらの国々との関係に懸念を示し、是正の申し入れをしているが、UAEは意に介していない。【2023年11月2日 二階堂遼馬氏 東洋経済オンライン“「脱アメリカ依存」進める湾岸諸国の巧みな交渉術多極化する世界で「存在感」が増している”】
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駐アラブ首長国連邦大使 磯俣秋男氏によれば

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日本の国益から見たUAEの特色
(1)石油・ガス資源国なるも脱炭素化も強力に推進 →エネルギー安定供給源であり、脱炭素化への取組・貢献のパートナー 
(2)政治・社会の安定の下、開放性や良好なビジネス環境を基に経済 多角化・ハブ機能拡大 →潜在性、資金力等を有する中東・アフリカ向けビジネス展開のパートナー 
(3)対話と経済交流をベースにした緊張緩和を推進する外交を志向・展開 →中東外交における安定的パートナー。グローバルな課題でも協働可能 

UAEの外交~「寛容」の精神・政策に基づく対話外交
• UAEが標榜する「寛容」のイスラム価値観を外交面でも発揮 
•「寛容」の精神・政策は、経済面ではUAEのビジネス環境整備、投資誘致、ハブ機 能強化も促進 

「寛容」の象徴として、2023年3 月、アブダビにイスラム教、ユダヤ 教、キリスト教の3宗教の礼拝所 を近接して配置した統合的宗教 施設アブラハム・ファミリー・ハウス が開館 【2023年8月21日 中東協力センター】
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とのことです。もちろん、ポジティブな面に焦点をあてれば・・・ということですが。
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カザフスタン  喧伝される中央アジア諸国の「ロシア離れ」 一方で「腐ってもロシア」の現実

2024-04-09 23:39:22 | 中央アジア

(【2023年11月9日 日経】 カザフスタンを訪問したプーチン大統領とカザフスタン・トカエフ大統領)

【ロシアと欧米のはざまでバランスをとる中央アジア】
かつて「ロシアの裏庭」と呼ばれたように、旧ソ連の中央アジア諸国はロシアの影響力が強い地域ですが、最近では中国の経済進出に加え、ロシアがウクライナで手一杯なこともあって、中央アジア諸国の「ロシア離れ」が指摘もされます。

もともとこれらの国々においては、カザフスタンやウズベキスタンで見られるように、ロシア・キリル文字の使用をラテン文字に変更しようするような動きなど、自国の文化的なアイデンティティを強めようとする動きは以前から見られたものでもあります。

圧倒的なロシアの存在感とアイデンティティ強化の動きがあるなかで、ウクライナをめぐるロシアと欧米の対立によって、“綱渡り”的なバランスが必要とされていることは事実でしょう。(“綱渡り”・・・あるいは“いいとこ取り”でしょうか)

欧米の対ロシア制裁にどこまで付き合うのか“揺らぎ”もありました。

****カザフ、対ロシア制裁による禁輸を否定****
カザフスタンの貿易省は19日夜、西側諸国の対ロシア制裁の一環として、軍事転用可能な民生品106品目について、ロシアへの輸出を禁止するとの貿易副大臣の発言を否定した。

現地メディアが同日、これに先立ち伝えたところによると、カイラト・トレバエフ貿易副大臣は、「ドローンとその電子部品、特殊装備、チップ」を含む106品目のロシアへの輸出を禁止すると述べていた。
 
だが、貿易省は夜になって、「正確ではない」として副大臣の発言内容を否定。
「対ロシア制裁に関連して、ロシア連邦へのいかなる品目の輸出も禁止されていない」「同時に、輸出規制の対象となっている『二重用途』品目の貿易に関しては、カザフスタンの国際義務に従って行われる」と発表した。

カザフは中央アジアに位置する旧ソ連構成国で、同地域に強い影響力を持つロシアと、西側諸国の間で綱渡りの外交を余儀なくされている。

ロシアは、ウクライナ侵攻に伴い、西側諸国に制裁を科されているにもかかわらず、いまだにカザフなどの第三国を介して必需品を輸入しているのではないかとの疑念を持たれている。 【2023年10月21日 AFP】
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中央アジア諸国の中にあっても地域大国カザフスタンは、ロシアとの歴史的関係、豊富な地下資源などで、ロシアにとっては特別な存在でもあります。

この機に乗じて、揺れる中央アジアに“手を突っ込もう”とするような動きも。

なお、マクロン大統領の中央アジア歴訪の一義的な狙いは、原発に使うウランの安定調達を図ることとされています。フランスはウランをカザフスタンやウズベキスタン、西アフリカの旧植民地ニジェールなどから調達してきたが、ニジェールでは昨年7月にクーデターが起き、先行きが不透明となっているためです。

****仏マクロン大統領が中央アジア歴訪 「ロシア離れ」を加速させたい考えか****
フランスのマクロン大統領が中央アジアを訪問しています。中央アジアの「ロシア離れ」を加速させたい考えです。

マクロン大統領は1日、中央アジアのカザフスタンを訪問し、トカエフ統領と会談しました。 フランスへのウランの供給拡大などが話し合われたとみられます。

ロシアメディアは、ヨーロッパとの関係強化により、中央アジアの国々のロシア離れを加速させたい考えだと報じています。

ロシア大統領府のペスコフ報道官はマクロン大統領の訪問について、「カザフスタンの問題だ」としてコメントを避けました。 マクロン大統領はこの後、ウズベキスタンを訪問します。

旧ソ連圏の中央アジアは石油や天然ガス、ウランなどの鉱物資源に恵まれていて、これまでロシアの勢力圏にありました。 カザフスタンのトカエフ大統領は、ロシアのウクライナ侵攻には支持を表明しないなど、ロシアと距離を置き始めています。【2023年11月2日 テレ朝news】
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“カザフスタンのトカエフ大統領は、ロシアのウクライナ侵攻には支持を表明しない”・・・開戦直後、トカエフ・カザフスタン大統領が、プーチン大統領の面前で、ウクライナ東部の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の「独立」を承認しない旨発言したことは西側では大きく取り上げられました。

ウクライナ侵攻に関して国連総会で行われてきたロシア非難の決議案についても何度も(反対ではなく)「棄権」を選択しています。

2022年1月、カザフスタンが内乱一歩手前の情勢になった時、ロシアはトカエフ大統領の要請に応えて、僅か数日で2000名を越える兵力を送ってトカレフ政権を支えたことがあります。

それだけに、上記のようなカザフスタンのロシアと距離を置く姿勢は、ロシアにとっては“恩をあだで返ような腹立たしいものにも受け取られ、後述のようなカザフスタンへの厳しい“脅迫”じみた言動にもなっています。

ただ、カザフスタンのこうした外交姿勢は、国連憲章の尊重、所謂「自称国家」は一切認めない立場、全方位外交という従来からの外交姿勢であり、これをもって直ちに「ロシア離れ」とするべきではないとの指摘もあります。(4月2日 田中佑真氏 新潮社フォーサイト“「中央アジアのロシア離れ」は本当か?――ロシア・ウクライナ戦争が浮彫りにする地域秩序の複雑性”)

一方、ロシアも「ロシア離れ」を食い止めようとしています。

****プーチン氏、カザフと結束確認 ロシア影響力低下の食い止め図る****
ロシアのプーチン大統領は9日、中央アジアの旧ソ連構成国カザフスタンを訪れ、同国のトカエフ大統領と会談した。

ロシアのウクライナ侵略に否定的な立場を示してきたトカエフ氏は今月、フランスのマクロン大統領ら外国首脳と相次いで会談し、協力推進で一致したばかり。中央アジアを自身の「勢力圏」とみなすロシアは地域大国カザフとの結束を確認し、同国が欧米側などに傾斜する事態を食い止める構えだ。

プーチン氏は会談後の記者発表で、トカエフ氏との会談を「生産的だった」と指摘。両国の軍事・経済協力などを協議したとし、「ロシアとカザフは最も緊密な同盟国だ」と満足感を示した。両首脳は二国間関係を今後も発展させるとした共同声明に署名した。(中略)

プーチン氏のカザフ訪問には、欧米やトルコ、中国が中央アジア諸国との関係強化を進める中、地域でのロシアの影響力を維持する思惑があるとみられる。(中略)

さらにカザフでは今月3日、チュルク系言語を共有するトルコや中央アジア3カ国などでつくる「チュルク諸国機構」の首脳会議が開かれ、トルコのエルドアン大統領やオブザーバー国ハンガリーのオルバン首相らが参加。両氏はトカエフ氏とも会談し、相互協力の拡大で一致した。

中国も巨大経済圏構想「一帯一路」の重要地域とする中央アジアへの投資を進めている。

ロシアはこれらの動きが中央アジアでの自国の影響力低下につながることを危惧。プーチン氏は今回のカザフ訪問で両国の結束を改めて誇示した形だ。【2023年11月10日 産経】
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【“西側諸国ににじり寄るカザフスタンのトカエフ政権”との指摘もあるが・・・・】
上記のような中央アジア・カザフスタンをめぐる情勢があるなかで、改めて、カザフスタンの「ロシア離れ」を指摘するのが下記記事。

*****ロシアの隣りの強権国家までがロシア離れ、「ウクライナの次」に侵略すると脅される****
<かつて反政府デモの鎮圧を手助けして貰った「恩人」ロシアにも背を向け、西側諸国ににじり寄るカザフスタンのトカエフ政権>

ロシアとウクライナの戦争、および西側諸国との対立が続くなか、ロシアと旧ソ連構成国であるカザフスタンとの歴史的な結びつきにもほころびが生じつつあるようだ。ある大手営利団体によれば、カザフスタンで事業を展開するロシア企業が今、さまざまな問題に直面している。

ロシア中小企業の利益を代表する非政府組織Opora Rossii(オポラ・ロシア)のニコライ・ドゥナエフ副社長は、4月8日にロシアの有力紙イズベスチヤに対し、ロシアからカザフスタンへの送金処理に遅延が生じていると語った。カザフスタンの銀行がアメリカの二次制裁の対象になることを恐れて、ロシアとの取引に慎重になっているからだ。

ロシアからカザフスタンへの送金は、もう数週間にわたって処理が保留になっている。カザフスタンを本拠にキルギスタン、ジョージア、ロシア、タジキスタン、ウズベキスタンで事業を展開しているカザフスタンの商業銀行「ハルク・バンク」などの金融機関が、ロシアとつながりのある取引の処理を拒んでいるためだ。

ジョー・バイデン米大統領が2023年12月、対ロ制裁を強化する大統領令の中で米財務省に対して二次制裁を科す権限を与えたことを受けて、複数の国の銀行がロシア企業との取引にこれまで以上に慎重になっている。中国、トルコやアラブ首長国連邦などの国でも、ロシアの個人や企業との取引に問題が生じていることが報告されている。

親ロの中央アジア諸国に動揺
問題の背景には、2022年2月に始まったロシアとウクライナの戦争が続くなか、中央アジア諸国がロシアとの関係を見直していることがある。ロシアによるウクライナへの本格侵攻とそれに続く西側諸国による対ロ制裁を受け、これまでロシアと緊密な関係にあった中央アジア諸国の間に動揺が広がっているのだ。

カザフスタンはロシアがこの地域で最も信頼を寄せる同盟国の一つであり、2022年1月に大規模な反政府デモが起きた際には、カザフスタンの要請を受けたロシア治安部隊が暴動の鎮圧を手助けした。カザフスタンはロシア主導の集団安全保障条約機構(CSTO)およびユーラシア経済同盟(EEU)にも加盟している。

しかしカザフスタンは、ウクライナ侵攻に関して国連総会で行われてきたロシア非難の決議案については何度も(反対ではなく)「棄権」を選択してきた。2022年9月には、ロシアによるウクライナ東部4州の一方的な併合を承認することを拒否した。

この翌月、カザフスタン政府のある高官はロイター通信に対して、カザフスタンのカシムジョマルト・トカエフ大統領がロシアとの二国間関係の見直しを行っていると述べていた。カザフスタンは一方で、欧州連合(EU)との経済協力の強化を目指して西側に接近する姿勢を見せている。

トカエフはまた、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領とも数回にわたって会談を行い、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領による動員令を逃れるために出国した大勢のロシア人を自国に受け入れてきた。

ロシアの戦争支持派の間では、カザフスタンがロシア支持に消極的だという怒りの声が上がっている。
たとえばロシアの前大統領で現首相のドミトリー・メドベージェフは、カザフスタンを「似非(えせ)国家」だと一蹴し、「スラブ人」の下にソビエト連邦を復活させるべきだと呼びかけた。

この週末には、カザフスタンがこのまま態度を変えなければロシアとして軍事行動で対応する可能性があると示唆するアンドレイ・グルリョフ議員の発言音声が流出した。

このような考え方は新しいものではなく、2022年11月には政治アナリストであるドミトリー・ドロブニツキーはロシア政府のプロパガンダ拡散役を担うテレビ司会者、ウラジーミル・ソロビヨフの番組に出演し、カザフスタンはロシアにとって脅威になり得ると述べていた。

ドロブニツキーは同番組の中で、ウクライナ政府はファシストだとするロシア政府の主張を引き合いに出し、「(ウクライナの)次の問題はカザフスタンだ。ウクライナで起きているのと同じナチ化が、カザフスタンでも始まる可能性があるからだ」と述べていた。

対ロ制裁の「抜け穴」
カザフスタンの国民もロシアの動きに注目している。2023年5月にカザフスタンの非政府組織「メディアネット」と「ペーパーラブ」が1100人を対象に行った調査では、ロシアがカザフスタンに侵攻する可能性があると考えている人の割合が前回調査の8.3%から15%に増加した。

しかしカザフスタンはロシアを見捨てた訳ではない。西側諸国が対ロ制裁を強化するなか、カザフスタンはロシアにとって、最先端兵器(マイクロチップやドローンなど)に必要な技術を入手するための制裁回避ルートの役割を果たしている。(中略)

カザフスタンのセリク・ジュマンガリン貿易・統合相は2023年夏、米政府が資金提供するメディア「自由欧州放送(RFE/RL)」に対して、全ての制裁対象品目の対ロ輸出を止めることはできないと説明。カザフスタンに提供されたリストには、「制裁対象として7000種類もの品目が記されていた」と述べた。
「西側諸国には、『全てを阻止または追跡することは不可能だ』と告げた」と、ジュマンガリンは語った。

2022年1月にロシア政府がカザフスタンのトカエフ政権を手助けして以降、ロシア・カザフスタン間では経済協力が強化されており、貿易額は2022年に260億ドル、2023年には270億ドルと過去最高を記録した。

英シンクタンク「王立国際問題研究所」のケイト・マリンソンは2月に、「カザフスタンは西側諸国による対ロ制裁を支持すると約束している。しかしカザフスタンの閣僚たちは米ワシントンを訪れて制裁について協議する一方で、ロシアを訪問してプーチンとの連携継続を約束している」と指摘した。【4月9日 Newsweek】
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【カザフスタンは対ロ制裁の「抜け穴」という現実も】
上記記事も指摘するように、カザフスタンは対ロ制裁の「抜け穴」的な存在になっているという面もあって、単純には「ロシア離れ」を云々することもできません。

最近では、ガソリン供給でもロシア・カザフスタンの連携が報じられています。

****ロシア、カザフからのガソリン供給を模索 不足に備え****
ロシアはカザフスタンに10万トンのガソリン供給の準備を依頼したもようだ。

ウクライナ軍のドローン(無人機)攻撃の影響で燃料不足が悪化した場合に備える。業界関係者3人がロイターに語った。このうち1人によると、カザフは備蓄をロシアに振り向けることで合意している。

一方、カザフのエネルギー相顧問は、エネルギー省はそうした要請は受けていないと話した。

ウクライナのドローン攻撃を受け、3月末時点でロシアは製油能力の約14%を失った。ロシア当局は現時点で国内燃料市場は安定し、在庫は潤沢だと報告している。通常ロシアは燃料の純輸出国だが、製油所の混乱で石油会社は輸入を余儀なくされている。

深刻な供給不足を回避するため、ロシアは3月1日から半年間のガソリン輸出禁止措置を導入した。
またカザフも、人道目的を除き、年末まで燃料輸出を制限している。【4月8日 ロイター】
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【「もしプーチンがウクライナで勝利したら」・・・・ないがしろにできない「腐ってもロシア」】
更に“ウクライナで手一杯のロシアに対し、中央アジア諸国が「ロシア離れ」を進めている”という話を難しくするのが、最近のウクライナ情勢。

ウクライナの反攻失敗でロシア優位の戦況ともなっており、「もしトラ」ではありませんが、ウクライナでプーチンが(戦術的な限られた意味合いではありますが)勝利する可能性も強まっています。

****5月に一斉攻撃か。攻撃準備を終えたロシアに滅ぼされるウクライナとプーチンに破壊される世界の安定***
(中略)
複数の分析を見てみると、5月ごろを目途にロシア軍は再度一斉攻勢をかける計画のようです。
(中略)5月のロシアによる大攻勢でウクライナが総崩れになれば、ロシアにとって非常に有利な状況が出来上がることになり、戦争で決着するか、それともロシアの条件に従った“停戦”を受け入れることで、実質的にウクライナが消える可能性が出てきてしまいます。

それを見て、恐怖を一気に高めているのがスタン系の国々です。ウクライナの反転攻勢が始まった頃は対ロで強気な発言や態度が目立ったスタン系ですが、このところ“プーチンを怒らせたら、後で必ず報復される”という恐怖が高まっているようです。

ウクライナ戦争の“おかげで”軍事介入はしばらくないと思われますが、ロシアは政治的な介入・情報工作を行ってスタン系の国内政情を荒らしてくるのではないかと戦々恐々としています。

特にロシアと7,600キロメートルにわたって国境線を接し、人口の2割強がロシア系である地域最大の資源国カザフスタンは、一時期、ロシアと距離を置くスタンスをとっていましたが、ロシアが戦況優位になると再接近して、プーチン大統領の逆鱗に触れて基盤を失わないように躍起になっています。

昨年11月にはプーチン大統領がカザフスタンを訪問しましたが、その際、プーチン大統領が「カザフスタンとロシアは最も親密な同盟国だ」と発言したのは、実は「ロシアに対する配慮を決して忘れるなよ」というカザフスタンのトカレフ大統領への警告だったのではないかと考えられます。

ロシア、そしてプーチン大統領が周辺、特に旧ソ連の国々に対して発する恐怖は、ウクライナが敗北してしまうと、一気にユーラシア大陸全体に向けられることになりかねません。(後略)【4月6日 島田久仁彦氏 MAG2NEWS】
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中央アジア諸国にとってロシアとの関係を変えることは容易なことではありません・

****中央アジアではロシアは「腐っても鯛」****
中央アジアも、西側メディアではロシア離れや対中傾斜、あるいは米国の進出などが喧伝される地域だ。しかし実際の事態はそれほど大きくは動かない。

中央アジアの諸国は海千山千で、大国の力、意図、関心度を十分見極めて動いては、いいとこ取りをする。  

そして北方に大きく覆いかぶさり、いつでも兵力を送ってこられるロシアは、腐っても鯛であることを、彼等はよく心得ている。

2022年1月、カザフスタンが内乱一歩手前の情勢になった時、ロシアはトカエフ大統領の要請に応えて、僅か数日で2000名を越える兵力を送ってきたのだ。  

米国は、兵站の難しい内陸の中央アジアに介入することを嫌うし、それだけの経済的・政治的利益も持っていない。中国は、演習を除いては海外に兵力を送ることをしていないし、その能力も未開発である。  

つまり中央アジア諸国にとってロシアは重要な存在だし、不可欠の外交・経済カードでもある。中央アジアをロシアから引きはがすのは難しいし、米欧、日本にとってそんなことをする意味もない。(後略)【3月20日 現代ビジネス“実は「ウクライナの次」は起きそうもない、あまりに分が悪いプーチンのロシアの対外関係”】
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ミャンマー  首都でも国境地帯でも厳しい状況が報じられる国軍

2024-04-08 22:21:15 | ミャンマー

(【3月31日 日テレNEWS】 軍楽隊を戦闘に軍の歓迎式典に向かう新兵・・・のようですが、詳細は不明)

【徴兵手続き開始 逃げる若者】
ミャンマーでは少数民族武装勢力及び民主派武装組織と国軍の戦闘が続いていますが、3月28日ブログ“ミャンマー 軍事政権崩壊の可能性も見えてきた今、行うべきこと 都市部市民生活の様相”でも取り上げたように、兵士の離脱・投降もあって兵員不足を補う徴兵制実施までに追い込まれている国軍側の苦境が報じられています。

****ミャンマー国軍が軍事パレード 権威誇示狙うも徴兵制導入で反発拡大*****
クーデターで実権を握ったミャンマー国軍は27日、首都ネピドーで「国軍記念日」の式典と軍事パレードを実施した。権威を誇示する狙いがあるが、国軍は少数民族武装勢力との戦闘で劣勢が続く。兵員不足のため、徴兵制導入を決定したことで不安が拡大しており、国軍の求心力は低下の一途をたどっている。

国軍記念日は、1945年に日本軍に対して蜂起した日を記念するもので国軍が最も重視する行事の1つ。恒例の軍事パレードは午前中に開催されていたが、今回は夕方となった。

国内では昨年10月に3つの武装勢力が、クーデターに反発する民主派に呼応し、国軍に攻勢を開始した。既に少なくとも500以上の国軍拠点を制圧。中国の仲介で北東部シャン州の一部で停戦が実現したもようだが、西部地域などで戦闘が継続している。

戦況悪化に窮する国軍は2月、4月以降に徴兵制を導入すると発表した。18歳以上の男女が対象で、拒否すれば禁錮刑などの罰則がある。

既に徴兵を嫌う若者の国外流出が始まっており、パスポート申請窓口に希望者が殺到し、女性2人が窒息死する事故も起きた。最大都市ヤンゴンの会社員の男性(29)は産経新聞の取材に「国軍支配を容認できない上、徴兵されることは耐えられない」と言及した。兵役を避けるため、隣国タイで就労できないか考えているという。

強引に政権を奪取した国軍への支持は乏しく、民間団体が今月発表したミャンマー国民への意識調査(約2900人対象)によると、回答者の80%が民主化指導者のアウンサンスーチー氏を支持しているとしたのに対し、国軍トップのミンアウンフライン総司令官への支持は4%にとどまった。徴兵制に関しては「紛争を減らす」とした回答は1%で、7割以上が「激化させる」と回答した。【3月27日 産経】
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****国軍パレード、戦車現れず ミャンマー、戦力低下か****
ミャンマー軍事政権は27日、首都ネピドーで国軍記念日の軍事パレードを実施した。軍政トップのミンアウンフライン総司令官が出席したが、近年のパレードで登場していた戦車やミサイルは確認されなかった。国軍は昨年10月下旬から少数民族武装勢力の猛攻を受け、戦力低下が指摘されている。(後略)【3月27日 共同】
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“ミンアウンフライン総司令官への支持は4%%”・・・・つまり、ほとんどの国民が(おそらくは兵士の多くも)軍事政権崩壊を願っている状況では、戦闘継続はますます難しくなるでしょう。

以前も書いたように、かつてのアフガニスタン政権のように、国民の支持を得られない政権はあっけなく崩壊することもあります。

国軍は2月10日に徴兵制の開始を発表し、18歳以上の国民に年齢の上限を設けたうえで、毎月5000人を招集する計画を明らかにしていましたが、その徴兵の手続きが始まっています。

「水かけ祭り」後の今月17日(ミャンマーの正月)以降と見られていましたが、国内の混乱を受けて前倒しされたようです。

ただどうでしょうか・・・政権を支持していない人々を無理やり兵士に仕立てても、あまり期待できないようにも思いますが。場合によっては武器をもったまま投降し、今度は銃口が国軍側に向けられることも・・・。

****ミャンマーで徴兵手続き開始、別の町や海外へ逃げる若者…「貧しくパスポート申し込めない」声も****
国軍によるクーデターから3年が経過したミャンマーで、18歳以上の国民を対象にした徴兵の手続きが始まった。少数民族武装勢力などとの戦闘で劣勢の国軍は徴兵で兵力を補いたい考えだ。

対象年齢の若者らは、故郷から出て別の町で隠れて暮らしたり、少数民族武装勢力の支配地域や海外に逃れたりして混乱が広がっている。

最大都市ヤンゴン郊外の集落では3月下旬、対象年齢の住民が住む家を地元当局者が巡回し始めた。当局者は親たちに、子供の徴兵に応じるかどうか意向を確認する書類へのサインを求めた。

対象年齢の息子2人と暮らす女性(58)は「拒否すれば息子たちが処罰される」と恐れ、同意したという。「貧しくて、息子たちは国外に逃れたくてもパスポートを申し込むことさえできない。子供たちが兵役に行ってしまったら、自分は生きていけない」と涙を流した。

国軍は2月10日、徴兵を始める方針を発表した。対象は原則として18〜35歳の男性と18〜27歳の女性で、対象年齢の人口は1400万人以上に上る。兵役は2〜3年間に及び、月5000人を徴兵する計画だ。

独立系地元メディア「イラワジ」によると、3月29日にはヤンゴンを含む一部地域で、最初の徴兵対象者が軍の訓練施設に集められた。国営メディアは首都ネピドーで同日、184人の対象者が集められた様子を伝えた。国軍は地区ごとに徴兵を進め、くじ引きなどで人選していると報じられている。

兵役から逃れようと地元を出て、別の町で身を隠す若者らが相次いでいる。中西部の村で農業をしていた男性(33)は3月中旬、家を出てヤンゴン郊外の集落に逃れた。1泊3000チャット(約200円)ほどの簡易宿泊所で過ごす。

人目に付かないように食料の買い出し以外は外出せず、働くこともできない。古里の自宅には、生まれたばかりの娘と妻がいる。「所持金が尽きるまで隠れるつもりだ。お金がないから国外に出られず、正直言ってどうしたらいいか分からない」と語った。

若者らの一部は少数民族支配地域に逃れ、武装勢力に合流している。

海外脱出を目指す動きも続き、ヤンゴン市内のパスポート発給事務所には連日、大勢の人たちが申請に訪れる。海外就労の仲介会社を経営する男性によると、正規ルートだとパスポートの申請は半年待ちの状態だ。日本円で10万円ほどの手数料を取って、パスポートの早期発給を仲介するブローカーも多いという。

仲介会社の経営者は「お金のある人は当局者へ賄賂を渡したり、ブローカーを利用したりできるが、貧困層はどうすることもできず、家から逃げるしかない」と実態を打ち明けた。

混乱が広がる中でも、国軍のミン・アウン・フライン最高司令官は27日の国軍記念日の演説で「国家の平和と安定のために徴兵の実施が必要だ」と述べ、計画を推し進める考えを強調した。【4月1日 読売】
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【首都の軍施設がドローン攻撃を受ける】
3月27日の首都ネピドーでの「国軍記念日」軍事パレードに戦車・ミサイルが出てこなかったのは、首都防衛に兵力を向けているためとも言われていますが、その首都ネピドーの軍の本部とアラー空軍基地が民主派武装組織によるドローン攻撃を受ける事態に。

****ミャンマー首都の軍事施設を無人機で攻撃、反政府組織が発表****
ミャンマーの民主派政治組織「挙国一致政府(NUG)」は4日、首都ネピドーにある2カ所の軍事目標を無人機(ドローン)で攻撃したと発表した。(中略)

NUGは国軍施設2カ所に対し組織的なドローン攻撃を行ったとする声明を発表した。使用されたドローンや武器、標的が被害を受けたかどうかなどの詳細は明らかにしていない。

「ネピドーに対してドローン攻撃を同時に実行した。テロリスト軍の本部とアラー空軍基地の両方を標的とした。暫定報告では死傷者が出たようだ」と説明した。

ネピドーにあるNUGの武装組織「国民防衛隊」の報道官は、NUGの国防省の指示の下で攻撃を行ったと述べた。詳細には言及しなかった。

2つの非公式親軍メディアは、ドローンは撃墜され死傷者は出なかったと伝えた。

NPニュースは政府関係者の話として、ドローンは基地に到達しなかったが爆発が起こり、滑走路の一部に若干の被害をもたらしたと伝えた。親軍のテレグラムチャンネルは7機のドローンが撃墜されたとしている。

ニュースサイト「Mizzima」は16機のドローンが軍事基地の攻撃に、13機が空軍基地の攻撃に使われたと伝えた。

ニュースサイト「イラワジ」によると、ドローンを操作したとされるグループの報道官は軍政指導者の住居も標的だったとし、「さらなる攻撃を行う計画がある」と述べた。【4月4日 ロイター】
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国軍側は“東部からネピドーの空港などに向かって無人機が飛来したと発表。13機の撃墜を確認し、被害はなかったとしている。”【4月5日 共同】とのことですが、上記記事にあるように合計29機が攻撃に使われたということであれば、半数以上は撃墜できなかったということにもなります。

もちろん実質的被害は極めて軽微なものですが、首都の軍施設が攻撃を受けることの体制側の心理的影響や国民の軍へのイメージに大きな影響がありそうです。

【タイ国境で戦闘激化 タイ側に逃れた国軍兵士をチャーター機で救出】
事態に、隣国タイも警戒を強めています。

****ミャンマー民主派勢力など“ドローン”で軍に攻勢  戦火拡大で隣国のタイ軍も警戒強める****
クーデターにより軍が実権を握るミャンマーでは、民主派の抵抗勢力がドローン=無人機による攻勢を強めていて、隣国タイの軍は国境のパトロール強化を行うなど警戒感が高まっています。

ミャンマー軍事政権に抵抗する民主派組織は4日、傘下の武装勢力が首都ネピドーにある軍の本部や総司令官の自宅などを標的におよそ30機のドローンで攻撃したと発表。具体的な被害は明らかになっていませんが、民主派組織の幹部は「ドローンによって、どこにでも攻撃できるようになった」と強調しています。

一方、独立系メディアによりますと、タイとの国境に近いミャンマー東部カイン州でも武装勢力が軍の基地などをドローンで攻撃したということです。

これに対し、ミャンマー軍も空爆で激しく応戦していることから、タイ軍は5日、国境地帯で緊急のパトロールを実施するなど、警戒感を強めています。【4月6日 TBSNEWSDIG】
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そのタイ国境では・・・・少数民族武装勢力の攻撃でタイ側に逃れた国軍兵士がチャーター機で救出されたとか。

****ミャンマー国境で戦闘激化  タイの空港から兵士らを救出?ミャンマー軍がチャーター機を派遣****
ミャンマー東部の国境地帯では、少数民族武装勢力が軍の基地を占拠するなど攻勢を強めていて、軍事政権は、隣国タイの空港に臨時の航空機を派遣する異例の手段で兵士らの救出に動いています。

ミャンマーの独立系メディアによりますと、タイとの国境に近い東部ミャワディでは、少数民族や民主派の武装勢力がミャンマー軍に激しい攻撃を仕掛け、6日、基地を占拠しました。

少数民族側は、ミャンマー軍の兵士や家族ら600人あまりが投降したとしています。

一方、タイメディアなどによりますと、ミャンマー軍事政権は、ミャワディの兵士や市民らを救出しようと、タイ側の空港に臨時の航空機を派遣したと伝えました。

タイ政府も兵士らの送還を承認しており、7日夜に到着したチャーター機が20人ほどを乗せ、すでに出発したということです。

送還のための航空機は、10日までピストンで運航するとみられています。【4月8日 TBS NEWS DIG】
**********************

実際のところの戦況はよくわかりませんが、首都の軍施設が攻撃を受け、国境では国外に逃れた兵士をチャーター機で救出・・・いよいよ国軍側が追い詰められているような感じもします。

ただ、こうした情報はごく一部の切り取りですので、全体像はまた別物かも。何度も言うように、実際のところはよくわかりません。今まで以上に国軍側に芳しくないのは事実でしょう。
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アメリカ  「キー橋」崩落で改めて認識されるインフラ劣化という「アキレス腱」

2024-04-07 23:25:43 | アメリカ

(NTSB(国家運輸安全委員会)が撮影した、橋に衝突するコンテナ船「MV Dali」【ウィキペディア】)

【放置されてきた「危ない橋」】
先月26日にアメリカ東部メリーランド州の「フランシス・スコット・キー・ブリッジ」の支柱に貨物船が衝突して橋が崩落、橋の作業員6人が死亡する事故がありました。

****橋が崩落、大型貨物船衝突 不明者6人を捜索―米東部ボルティモア****
米東部メリーランド州で26日午前1時半(日本時間同日午後2時半)ごろ、ボルティモア港を横断する高速道路の橋に貨物船が衝突し、橋の一部が川に崩落した。同州の運輸当局者によると、少なくとも橋の作業員6人が行方不明になっている。救助された1人は病院に搬送された。(中略)

橋桁などの一部が崩落したのは、パタプスコ川の河口付近に架かる環状高速道路695号の「フランシス・スコット・キー橋」。長さ約2.7キロ(4車線)で1977年に開通した。1日約3万5000人が利用しているという。
 
船の管理会社によると、出港したシンガポール船籍の貨物船「ダリ」(全長約300メートル)が橋の支柱の1本に衝突した。乗員らにけがはない。スリランカに向かう予定だった。【3月27日 時事】
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橋の構造・強度についてはまったく知りませんが、素人的には「まあ、支柱に大型船がぶつかれば、崩落することもあるだろうね・・・」とも思えます。

しかし、アメリカのインフラの現状を考えると、単に「不幸な事故」と片づけられないものがあります。

****「危ない橋」がいっぱいの米国 「来るものが来た」とおびえる市民 崩落で6人死亡か****
米国では旅行メディアが、全米の橋の安全度を特集することが多い。「最も危険な橋」などと刺激的な見出しが付けられるが、こうした特集は「怖いもの見たさ」から多くの読者の関心を引くという。

というのも、全米には「危険な橋」が身近に多くあるからだ。米連邦高速道路局(FHA)によると、米国には約61万4000の橋があり、この約40%が平均的な耐用年数である50年を過ぎても十分な補修がないまま使用されているという。このうちFHAが「劣悪な状態」と考えているのは約4万2000もある。

開通から47年 検査では「まあまあ」の分類が悲劇に
米東海岸のメリーランド州ボルティモア港に架かるフランシス・スコット・キー・ブリッジの崩壊は大型タンカーが橋脚に衝突したことが原因だが、米国民にとっては、橋の改修工事が進まない中、「来るものが来てしまった」という気持ちにさせる事故だった。

フランシス・スコット・キー・ブリッジは1977年に架けられた。開通から47年で、老朽化の基準となる「50年」には達しておらず、2021年5月のFHAの検査では「良好」と「劣悪」の間の「まあまあ」状態と分類されていた。

それでも構造的に問題があったのではないかという疑問が米国民の間に沸き起っているのは、フランシス・スコット・キー・ブリッジが架けられた3年後にフロリダ州タンパで大規模な橋の崩落事故があったからだ。

1980年5月9日、悪天候で視界がゼロに近い中で航行していた貨物船が、タンパ湾に架かるサンシャイン・スカイウェイ・ブリッジに衝突した。橋は崩落し、長距離バスを含む車両7台が水深40メートルの湾内に転落し、35人が死亡した。今回のボルティモアでの崩落事故に酷似している。

タンパではその後、7年かけて新しい橋が架けられた。この事故をきっかけに、米国では船舶の衝突による衝撃を軽減するための橋脚保護基準が強化された。

26日に崩壊したフランシス・スコット・キー・ブリッジは、最新の規制が適用される前に建設されている。年間の車両交通量は約3500万台に上る。1980年代後半に改修工事が行われていたが、タンパでの崩落事故を受けた新基準を満たすための大規模改修は行われなかった。

すべて改修に18兆円以上が必要 分かっていても手付けられず
米国で「危ない橋」が放置されているのは、修復するのに莫大な資金が必要だからだ。米国土木学会の試算によると、全米の橋をすべて修復するためには1230億ドルが必要だという。1ドル=150円で換算すると18兆4500億円となる。「危険な橋」は承知していても、米政府といえども簡単に手を付けられる事業ではない。
 
バイデン政権はインフラ投資の看板政策である「米国雇用計画」の中に、老朽化した橋の架け替えに補助金を拠出することを盛り込んでおり、「危険な橋」問題を緊急の課題として取り組む姿勢を示している。ボルティモアでの事故直後にバイデン大統領が、橋再建のための巨額費用を連邦政府が負担することを表明したのも、「危険な橋」の現状を意識してのことだ。(後略)【3月28日 テレ朝news】
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過去数十年間で貨物船の規模が大きくなっていることから、橋脚の保護を早急に強化する必要性が浮き彫りになったと専門家はみています。

フランシス・スコット・キー橋(通称キー橋)は、“一部が崩壊すると構造全体が崩壊する可能性の高い「フラクチャークリティカル」に分類されている。 連邦高速道路局によると、米国にはそうした橋が1万6800本以上あり、有名なニューヨークのブルックリン橋やサンフランシスコのゴールデンゲート橋も含まれる。”【3月29日 ロイター】とのこと。

キー橋建設の3年後にタンパの事故があたにもかかわらず、「キー橋に改良が施されなかったのはなぜか」との疑問も提示されていますが、まあ、“すべて改修に18兆円以上が必要”というおカネの問題でしょう。
“分かっていても手付けられず・・・”というのは、“よくあること”と言えば、そうも言えますが、後で後悔することにも。

なお、キー橋の再建費用は最終的に20億ドルほどになるそうです。

【インフラ投資法を成立させ、インフラ整備に向き合う姿勢を示すバイデン政権だが】
バイデン大統領も放置している訳ではなく、21年11月に5年間で総額1兆ドル(約114兆円)規模のインフラ投資法を成立させています。政治的駆け引きで半分ほどに値切られましたが。

****バイデン大統領、インフラ投資法に署名・成立 5年間で114兆円規模****
バイデン米大統領は15日、5年間で総額1兆ドル(約114兆円)規模のインフラ投資法に署名し、同法が成立した。政権が掲げる経済政策の柱の一つで、上院は8月、下院は11月5日にいずれも超党派の賛成多数で可決していた。2020年の大統領選から「米国の結束」を訴えてきたバイデン氏にとっては、公約を一つ達成したことになる。
 
バイデン氏はホワイトハウスで開いた署名式で「世界最高の安全なインフラにより、米国が世界のリーダーシップを発揮することは長年の課題だった。今日、我々はそれをついに成し遂げる。米国は再び動き出した」とアピールした。
 
同法は道路、橋、電力、鉄道、高速通信網などのインフラ整備に約5500億ドルを新規投資する内容。連邦政府のインフラ投資額は5年にわたり約25%増え、米国土木学会が試算するインフラ投資の不足額のほぼ半分をカバーする。

バイデン氏が3月発表した当初計画は8年間で総額2兆ドル規模だったが、規模や内容で野党・共和党に譲歩を重ね、超党派合意を実現した。バイデン氏は「国を前進させる唯一の方法は、妥協と合意だ。我々は国民のために民主主義を機能させた」と超党派で成立させた意義を強調した。(後略)【2021年11月16日 毎日】
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21年当時は1超ドルは114兆円だったのですね・・・今は150兆円、2,3年で随分な円安です。(なお、規模に関しては“1兆ドル”とする記事と“1兆2000億ドル”とする記事があり、よくわかりません。)

それはともかく、“道路や橋の改修に1100億ドル、バスなど公共交通機関の刷新に390億ドルを投じる。高速通信網や電力網の整備にいずれも650億ドルをあてる。75億ドルをかけて電気自動車(EV)の充電設備を全国に50万基設け、EVの普及を促す。”【2021年11月16日 日経】ということで、道路や橋の改修にあてられる資金は、一桁少なくなります。 

ちなみに道路のほうも、最近では下記のような事故も。
****米カリフォルニア州の高速道路で崖崩れ 一時約1600人が立ち往生****
アメリカ・ロサンゼルスとサンフランシスコを結ぶ高速道路で崖崩れが発生し、道路の一部が崩落。一時約1600人が立ち往生する事態となりました。

カリフォルニア州の海岸線を南北に走る「ハイウェイ・ワン」は、ロサンゼルスやサンフランシスコなどをつなぐ西海岸の大動脈です。この道路の舗装部分が先月30日、大雨の影響で崖崩れとともに崩壊し、一時通行止めになりました。

州運輸当局によりますと、周辺約2キロにわたって通行止めにしたことで約1600人が立ち往生しました。この影響で周囲の州立公園5つが閉鎖されています。

この周辺では今年2月にも大雨の影響で2回の土砂崩れがあったばかりです。【4月2日 テレ朝newa】
********************

【アメリカのアキレス腱ともなっているインフラ劣化】
アメリカのインフラ劣化は大事故のたびに問題視されており、このブログでも取り上げてきました。
2013年12月の列車事故とき、2013年12月13日ブログ「アメリカ 進むインフラ劣化  財政難の要因に“節税の進化”

世界に先駆けてインフラを整備し、繁栄を謳歌してきたアメリカですが、経年的に劣化するインフラ、後回しにされがちな改修・補修はアメリカの「アキレス腱」ともなっています。

****ボルティモアの橋の崩落が浮き彫りにする「米国のアキレス腱」****
ボルティモアのフランシス・スコット・キー橋が崩落した事故は、老朽化した橋を維持する資金と動機が不足しているという米国のインフラの難題を浮き彫りにしたと専門家は考えている。(中略)

ボルティモアの橋は「古くて信頼性の高いインフラであり、ほぼすべての状況下で、あと20〜30年は持ちこたえるはずでした」と米ノースウェスタン大学マコーミック工学院のジョセフ・L・ショーファー社会環境工学名誉教授は話す。「ただし、主要な橋脚を引き抜いたら、橋を救う方法はありません」

ショーファー氏によれば、ボルティモアの崩落に過失が関与していると考える根拠はないものの、過失がインフラ事故の引き金になることもあるという。その1例として、2022年1月にピッツバーグで起きたファーン・ホロー橋の崩落事故をショーファー氏は挙げた。

腐食した鋼鉄製の橋脚を修理すべきだという報告と勧告が無視された結果、長さ約135メートルの橋が崩落し、バス1台と車4台が下の公園に転落したと、米国家運輸安全委員会は結論づけている。

列車の脱線、高速道路や橋の崩落、ダムの決壊が全米で起きており、専門家は不穏な傾向だと考えている。では、インフラ災害が最も差し迫っているのはどこで、私たちに何ができるのだろうか。

橋の10分の1が損傷、多くが時間切れの状態
(中略)しかし全米には、あまり注目されていない重要な構造物がいくつもある。
「あちこちに教訓があります」と語るのは、米国土木学会(ASCE)の会長と米国家インフラ諮問委員会の副委員長を務めるマリア・リーマン氏だ。

「全米のすべての郡に、資金があれば明日にでも架けかえたい橋があります」
全米には61万7000の橋があり、大河に架かる橋だけでなく、高速道路の高架橋や小川に架かる橋もある。そして、実にその10分の1近くが大きく損傷している。(中略)

ASCEの2021年の報告によれば、米国民は毎日、構造的欠陥がある橋を1億7800万回も利用している。
しかし米国では、GDPの1.5〜2.5%しかインフラに投じられておらず、その割合はEUの半分以下だとリーマン氏は指摘する。

この長期的な資金不足によって、多くの解決策が時間切れになっている。米国の橋の多くは30〜50年持つように建設されたが、半数近くはすでに、建設から半世紀が経過している。堤防も平均50年、ダムも57年が経過している。

どうなる? 米国のインフラの未来
新技術の導入は遅々としているものの、米国が抱えるインフラ問題の一部を解決できるとムケルジー氏は楽観視している。ドローンを活用すれば、人が到達できない場所を細部まで見ることができ、人的ミスの可能性を減らすことができる。ミシシッピ川の橋で亀裂が発見される2年前、無関係のドローンが撮影した動画にこの亀裂が映っていた。

米メリーランド大学カレッジパーク校の社会環境工学教授ビラル・アイユーブ氏は北米の貨物鉄道会社と連携し、コンピューターモデリングで線路の脆弱(ぜいじゃく)性を探している。何千もの駅を詳細に調べ、「損傷が発生した場合、最も大きな影響が予想される地点を正確に特定」できるとアイユーブ氏は説明する。
 
専門家によれば、朗報が1つある。2021年、米連邦議会で超党派インフラ法が可決され、米国の社会を支えるシステムの不調に5年間で1兆2000億ドル(約180兆円)が投じられることになったのだ。これは米国史上最大の連邦政府の投資だ。

「過去8人の大統領は皆、インフラに1兆ドル単位の大金を投じるべきだと言いましたが、一度も実現しませんでした」とリーマン氏は話す。

しかし、定期的に資金を投入しなければ、出血を止めるくらいのことしかできないだろう。国民の生活の大部分を可能にしているシステムがまだ使えるうちに、政府が整備を始めるときが来たとリーマン氏は考えている。

「雨漏りがあれば、屋根に登って穴を見つけ、屋根板を交換し、タールを塗ります」とリーマン氏は話す。「何もせずに放置すれば、少しの修理では済みません。屋根を丸ごと取り換えることになるんです」【3月28日 ナショナル ジオグラフィック日本版】
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おそらく5年間で1兆ドルでも1兆2000億ドルでも一時しのぎにすぎないでしょう。公的資金投入に関して基本的な発想を変えて、インフラ補修・改修に定期的に資金を投入していく必要があるのでしょうが・・・。

【東部で地震 更に大きな地震なら築100年のビルが林立するNYは・・・】
こうした状況で、本来であれば非常に憂慮すべき出来事が起きています。

****米東部でM4.8の地震 「過去140年で最大」NYは一時騒然****
米地質調査所(USGS)によると、東部ニュージャージー州で5日午前10時20分(日本時間5日午後11時20分)ごろ、マグニチュード(M)4・8の地震があった。

ニューヨーク市を含む東部から北東部にかけて揺れが観測され、CNNなど主要放送局は現地からの中継で速報を流した。地震の発生自体が珍しく、米メディアによると、周辺地域で観測された地震としては過去140年で最大規模という。(後略)【4月6日 毎日】
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地震の少ない地域ということで大きな話題にはなりましたが、幸い大きな被害は出ていない様子です。
しかし、万一、もう少し規模が大きい地震だったら・・・と考えると、深刻な問題が潜んでいます。

****ニューヨーク過去140年で最大規模の地震…災害大国・日本から見たぜい弱なインフラへの懸念*****
5日午前、アメリカ・ニューヨーク市に隣接するニュージャージー州を震源とするマグニチュード4.8の地震が起きた。過去140年で最大規模の地震で、地震が珍しいニューヨークの地元局では大きなニュースとなった。

大きな被害は幸い出ていないが、災害大国・日本と比べてニューヨークのぜい弱な災害インフラとは。

(中略)
■140年ぶりの最大規模の地震・・・大きな被害はないが警鐘も
アメリカ東海岸では地震はめったに起こらない。1950年以降、マグニチュード4.5以上の地震が発生したのはおよそ20回だけだという。現地メディアによると、ニューヨークで観測された大きな地震は、1884年に観測されたマグニチュード5.2。金曜に観測されたマグニチュード4.8と比べると4倍の規模だ。

幸い今回の地震では、マンハッタンの建物に大きな被害は報告されなかったが、ニューヨーク・タイムズは1884年と同じ規模のマグニチュード5.2の地震(今回の地震のおよそ4倍の規模)が起きると100棟が倒壊し、建物や交通機関、公共施設への損害は日本円でおよそ7000億円にのぼり、2000人が路頭に迷うと警鐘を鳴らす。

■築100年のビルが林立・・・日本と比べるとぜい弱なニューヨークの災害インフラ
ニューヨークで生活していると、インフラは災害大国・日本に比べてだいぶぜい弱だと感じる。都市の廃水機能が弱いため、どしゃ降りの雨が少しの時間降っただけで道路は水浸しになり、100年以上前から走っている地下鉄の駅構内は、雨漏りどころか水が吹き出して至る所にバケツが出される。

またグランド・セントラル駅周辺には、1920年代に建築された築100年の高層ビルが林立しているし、最近は下層階にいくほどスリムな造りで、見るからに揺れには弱そうなデザインのビルもある。

橋やトンネルのインフラも老朽化していて、大災害が起きた場合マンハッタンからの避難経路がズタズタになることが懸念される。

ニューヨークで滅多に起きない地震を体感し、被害が少ないながらも大騒ぎになったこの街を見て、地震大国の日本に生まれ育った者として災害への日頃の備えがいかに重要かを改めて実感した。【4月7日 日テレNEWS】
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中国一帯一路  ネガティブ評価は多々指摘されるも、東南アジアでは高評価 中国が米を逆転

2024-04-06 23:28:58 | 中国

(2019年、パキスタン・フンザ観光で、今回中国人を対象にしたテロのあったベシャム手前、バタグラムを過ぎたあたりのカラコルムハイウェイ沿いで見かけた標識 工事車両運転手も中国人なので、標識も中国語なのでしょう)

【「債務の罠」 ラオスの場合】
ものごとにはすべて表と裏、光と影がありますが、中国・習近平国家主席が提唱する巨大経済圏構想「一帯一路」については日本ではネガティブな側面が強く報じられる傾向があります。

ネガティブな側面の最大の問題は、融資を受けた国が過大な債務に苦しみ、結局中国に重要な権益を譲る結果となるという「債務の罠」の問題。

アジアにおける「一帯一路」の“目玉”事業の一つ、中国・昆明とラオス・ビエンチャンを結ぶ「中国ラオス鉄道」についても、ラオス側の債務増大が問題視されています。

****中国「一帯一路」10年 「中国式」鉄道開通のラオス、過大な債務負担に直面****
中国の習近平国家主席が巨大経済圏構想「一帯一路」を提唱してから今秋で10年となる。途上国のインフラ建設を巨額資金で援助し、自国経済圏に引き込んで影響力拡大につなげた一方で、中国の過剰な融資により途上国が苦しむ「債務の罠(わな)」が国際社会で警戒される。

中国と結ぶ鉄道が開通して1年半超が過ぎた東南アジアのラオスでも、過大な債務負担が懸念されている。

田園に巨大駅舎
中国雲南省昆明とラオスの首都ビエンチャン間の1035キロを約9時間半で結ぶ中国ラオス鉄道は2021年12月に開通した。中国の「ゼロコロナ」政策が撤廃され今年4月からは旅客の直通運行が始まった。アジア最貧国の一つであるラオスで鉄道建設は長年の夢だった。

ラオス側の起点・ビエンチャン駅は、中心部から車で30分超という郊外にある。家畜の牛の姿が目立つ田園風景の中に、不釣り合いな巨大駅舎がそびえており、周辺には「中国・ラオス友好の象徴的プロジェクト」との垂れ幕がある。(中略)

中国メディアによると、9月3日までの累計乗客数は延べ2090万人を突破。中国企業のラオス進出も増えており、街中を走る車は中国の電気自動車(EV)大手、比亜迪(BYD)など中国製が目立つ。現地の経済関係者は「中国企業で働こうと中国語を勉強する若者が増えた。給与が桁違いに高いからだ」と指摘する。

ビエンチャンで小売業を営んで20年になる中国・重慶出身の50代男性は「昔はラオスで中国人への扱いは悪かったが、鉄道ができるなど中国の存在感が増して尊重されるようになった。中国が発展したおかげだ」と笑顔を見せた。

「民間に恩恵ない」
一方、ラオス側には国内で中国が影響力を増すことへの警戒もある。30代のラオス人男性経営者は「政府は中国に助けられているが、民間人は恩恵を感じることができない」と声を潜めた。

ラオスの首都ビエンチャンのワットタイ国際空港近くには巨大な中華街がある。3年前に営業を始めたというホテルの館内は中国語表記が目立ち、警備員の制服も漢字で「保安」と書かれていた。

中華街の一角にある建設現場に掲げられた作業責任者の一覧表を見ると、6人中全員が中国人とみられる名前だった。

一帯一路を巡っては、企業だけでなく資材や労働者まで中国から持ち込む〝ひも付き〟の形がとられ、地元経済への影響が限定的だと指摘される。両国国境近くのラオス・ボーテン駅の周辺では、中国資本のビルやホテルの建設ラッシュで、中国語や人民元の使用が日常化しているという。

深まる中国依存
王毅(おう・き)共産党政治局員兼外相は8月中旬、昆明でラオスの国家副主席と会談し、鉄道開通が「ラオス人民に確かな利益をもたらしている」と強調した。将来はタイ・バンコクやシンガポールまで鉄道網を延伸する構想も取り沙汰されている。

ただ、一連のプロジェクトの持続可能性は不透明だ。中国ラオス鉄道は中国側が7割、ラオス側が3割出資した合弁会社が建設と運営を担う。

総工費はラオスの国家予算の2倍弱にあたる約60億ドル(約8900億円)。うち6割に当たる約35億ドルは中国輸出入銀行からの借り入れだ。ラオス側は債務の政府保証を行っていないが、同国の「隠れ債務」になる可能性が指摘される。

ラオスの対外公的債務は22年末時点で105億ドルで、国内総生産(GDP)比84%と既に高レベル。対外債務の半分を占める中国への依存は強まっている。多額の対外債務は通貨安を招いており、外貨建て債務返済負担の増加も懸念される。【2023年10月13日 産経】
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国際通貨基金(IMF)は昨年、ラオスの公的債務残高が国内総生産(GDP)の120%を超えていると推計、「支払い困難で持続不可能」と警告しています。こうした債務状況は中国以外の国がラオスへの融資を行う妨げとなっています。

ラオス・ソンサイ首相は貨物・旅客双方との「大成功している」と評価しています。債務問題については、ラオスにはまだ返済能力があるが、返済条件の見直しや債務免除について債権者(中国)と交渉すると語っています。

なお、「債務の罠」でいつも代表事例と上がるのスリランカ。中国依存を強めた前政権時代の2017年に南部のハンバントタ港の建設費返済ができる見込みがなくなり、中国とスリランカの合弁企業に港の運営権を99年間リースせざるを得なくなりました。

現在、債務の再編を進めている当のスリランカは「一帯一路」から手を引いた訳ではありません。

****「債務の罠」批判あるなか習近平国家主席がスリランカ首相と会談 「一帯一路」推進で一致****
中国の習近平国家主席は27日、北京を訪れたスリランカのグナワルダナ首相と会談し、中国が主導する巨大経済圏構想「一帯一路」を今後も進めていく方針で一致しました。

中国外務省の発表によりますと、会談で習主席は「中国とスリランカとの関係を強化し、発展させることは両国民の利益に沿うものだ」と意義を強調。

そして、巨大経済圏構想「一帯一路」をめぐり、「質の高い建設を実現し、相互の助け合いを引き続き深めていきたい」として最大都市のコロンボなどで行われている港の建設のほか、物流や環境分野での協力を推進していく考えを示しました。

ただ、中国からの融資に頼って港の工事を行ったものの資金の返済に行き詰まり、港の運営権を99年間中国企業に委ねることになってしまうなど、こうした協力は「債務の罠」だという国際社会からの批判もあります。

一方、グナワルダナ首相は会談で「中国はスリランカが困難な時に常に手を差し伸べてくれた」と感謝の意を示したうえで、「プロジェクトはスリランカの経済発展を大いに後押ししてきた」として、引き続き「一帯一路」構想を進める考えを示しました。【3月28日 TBS NEWS DIG】
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【テロの標的とされる中国人・企業 パキスタンの場合】
「一帯一路」のネガティブな側面のもうひとつは、冒頭記事にもあるように“企業だけでなく資材や労働者まで中国から持ち込む〝ひも付き〟の形がとられ、地元経済への影響が限定的”ということで地元住民には不評であると言われていること。

単に“不評”と言うだけでなく、地元住民との衝突が起きたり、また、政府と結託した中国の進出が地元武装勢力のテロの標的となったりすることもしばしば起きています。

ラオスと並んで「一帯一路」事業の最重要拠点がパキスタンでの事業ですが、現地ではしばしば中国人・企業がテロの標的となっています。

****パキスタンで中国人狙った自爆テロか 中国人技術者ら6人死亡****
パキスタン北西部で、ダムの建設現場に向かっていた車列に爆発物を積んだ車が突っ込んで爆発し、中国人技術者5人を含む6人が死亡しました。

警察は中国人を狙った自爆テロとみて捜査を進めています。
パキスタン北西部のカイバル・パクトゥンクワ州で26日午後、山あいの幹線道路を走っていた車両の列に、爆発物を積んだ車が突っ込み爆発が起きました。

警察によりますと、車列には現地で進められているダムの建設作業に当たる技術者やその警備担当者などが乗っていたということで、爆発によって車1台が谷底に落ち、中国人の技術者5人とパキスタン人の運転手1人が死亡したということです。(中略)中国人を狙った自爆テロとみて捜査を進めています。

パキスタンでは、今月20日にも中国の進める巨大経済圏構想「一帯一路」の重要拠点として知られる、南西部のグワダル港の港湾施設が武装した集団に襲撃されるなど、中国に反発する武装グループによるとみられる攻撃が相次いでいます。【3月27日 NHK】
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中国が一帯一路の重要拠点と位置づけるパキスタンでは、中パ経済回廊(CPEC)やグワダル港整備など全土で総額600億ドル規模のインフラ工事が行われています。工事の大半は中国からの融資でまかなわれおり、ここでもパキスタン側の債務危機が深刻化しています。

一方、中国の進出に反発する勢力が一帯一路の拠点を狙う事件も相次いでおり、パキスタンの反政府勢力「パキスタン・タリバン運動」やバルチスタン州の分離独立派の関与が疑われています。

【履行されない事業も タイ・バンコクから南の高速鉄道、マレーシアは計画中止】
「一帯一路」の大盤振る舞いは中国にとっても負担で、受け入れ国側のもろもろの事情もあって、当初の計画通り進まないことは多々あります。

****「一帯一路」で8.3兆円不履行=中国の対東南アジア援助―豪研究所調査****
中国が巨大経済圏構想「一帯一路」に基づき東南アジア諸国に援助を約束した大規模事業のうち、3分の2近い547億米ドル(約8兆3000億円)が履行されなかったことが分かった。オーストラリアのシンクタンク、ローウィー国際政策研究所が、27日公表の調査報告書で明らかにした。

報告書によると、2015〜21年の東南アジアの大規模インフラ開発事業で、中国は843億米ドル(約12兆8000億円)の支出を約束していた。

だが、実際に支出したのは296億米ドル(約4兆5000億円)で、履行率は35%にとどまる。タイやフィリピンの鉄道建設、マレーシアのパイプライン敷設が中止されたほか、規模が縮小された事業もある。【3月27日 時事】 
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受入国側だけでなく中国にとっても、従来のような大盤振る舞い、結果、債務不履行も・・・といったことは重荷となっており、近年では経済合理性を重視する方向に変化していいます。

なお、上記記事にもある中国ラオス鉄道につながるタイでの高速鉄道建設については、中国側は建設を急ぐようにタイに要請しています。

*****中国外相、タイ首相と会談 高速鉄道の早期建設呼びかけ****
中国の王毅外相は29日、タイのセター首相とバンコクで会談し、ラオス経由で両国を結ぶ高速鉄道の建設を急ぐ必要があるとの認識を示した。 中国外務省が明らかにした。具体的な時期には触れなかった。

タイ政府は現在、同国内の区間(873キロメートル)が2028年に開業するとの見通しを示している。

中国政府は「一帯一路」構想の下、同国南西部の昆明市とシンガポールを結ぶ高速鉄道の建設計画を推進。計画には昆明を起点にミャンマー、タイ、ベトナムを経由し、バンコクで合流する3つのルートが盛り込まれている。

タイ区間は費用負担の問題や新型コロナウイルス流行の影響などで建設が遅れているほか、一部で「財政のわな」に対する懸念も浮上している。

タイ政府によると、バンコクとナコンラチャシマ県を結ぶ第1区間は15%以上完成しており、27年までに開業予定。ラオスと国境を接するノンカイ県とナコンラチャシマ県を結ぶ第2区間は28年までに完成する予定。ラオス経由で中国に接続する計画だ。

バンコクとマレーシア、シンガポールを結ぶ区間は、マレーシア政府が計画を中止しており、先行きが不透明。【1月29日 ロイター】
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【それでも東南アジアでアメリカと逆転した中国への高評価】
ここまでの話、主に「一帯一路」のネガティブな側面を中心にした話は、これまでも再三指摘されている話で、いささか“耳たこ”  
ここまでは前置きで、今日取り上げたかったのは、これまでの話を踏まえたうえでの下記の記事

****東南アジア “米より中国を選択”が初めて上回る 調査結果****
ASEAN=東南アジア諸国連合の国々で、アメリカと中国の選択を迫られた場合、中国を選ぶとする人の割合が初めて上回ったとする調査結果をシンガポールのシンクタンクが発表しました。

シンガポールのシンクタンク、ISEAS=ユソフ・イシャク研究所は、2日ASEAN10か国の研究者や政府当局者などおよそ2000人を対象に行った調査結果を発表しました。

それによりますとアメリカか中国かの選択を迫られた場合、どちらの国を選ぶかという質問では、「アメリカ」が49.5%、「中国」が50.5%と中国を選ぶとする回答がわずかに上回りました。

去年の調査と比べると中国を選んだ割合は11.6ポイント上昇していて、2020年に公表が始まったこの調査項目で、中国がアメリカを上回ったのは今回が初めてです。

中国を選んだ割合が高かった国はマレーシアが75.1%、インドネシアが73.2%、ラオスが70.6%などとなっていて、いずれも去年に比べておよそ20ポイントから30ポイント上昇しています。

調査を行ったシンクタンクはこうした国々について「中国の一帯一路構想や、活発な貿易や投資で大きな恩恵を受けている」と指摘しています。

一方、南シナ海で中国と領有権を争うフィリピンのほか、ベトナムやシンガポールなどはアメリカを選ぶ割合が依然として高く、米中の主導権争いが如実に反映されています。

また「信頼できる国や地域」という調査では日本が58.9%と米中やインド、EU=ヨーロッパ連合を上回り1位でした。【4月3日 NHK】
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“ASEAN加盟国のうち、米国を第一としたのはフィリピン、シンガポール、ベトナムの3カ国のみ。インドネシア、マレーシア、タイ、ラオス、ブルネイ、ミャンマー、カンボジアの7カ国は中国寄りの結果となった。特に中国の「一帯一路」構想や対中貿易から恩恵を受けているマレーシア、インドネシア、ラオスでは中国支持が7割を超えた。”【4月3日 レコードチャイナ】

従来から中国の影響力が強いカンボジア、ラオス、ミャンマーは予想されたところ。
近年中国との関係強化が伝えられるタイも「まあ、そうかも・・・」
インドネシア・マレーシアの結果は意外でした。

ながながとネガティブ評価の前置きを並べてきたのは、「そうは言いつつも、中国「一帯一路」はアジア各国で好意的に評価されているポジティブな面も強いみたい・・・ということです。

だから「一帯一路」を評価すべきとは言いませんが、ものごとは表と裏、光と影、両面を見る必要があるということ。

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【「観光旅行者」としての個人的感想・印象】
以下は、「観光旅行者」としての個人的感想・印象

スリランカの「債務の罠」典型例としていつもあげられる南部のハンバントタ港周辺で、2009年の正月、島の南端に位置する聖地カタラガマに行く途中に車を止めて小休止したことがあります。

行きかう車も少ないのに立派な道路ができており、同行ガイド氏から「大統領が自分の地元に港を作っている」といった話を聞きました。「いくら小さな島国とは言え、中心部からかなり離れたこんなところに港を作って、何に使うのだろうか?」というのがそのときの印象でした。

融資した中国の問題もありますが、一番は採算を無視したスリランカの責任でしょう。

中国人を対象にしたテロのあったパキスタン・ベシャムには、2019年のフンザ観光の際に1泊したことがあります。
周辺道路はいわゆる「カラコルム・ハイウェイ」と呼ばれる険しい山肌を削って作られた道路。
あちこちで道路工事(拡張・補修?)が行われ、発破作業などのために車が停止させられることも何回かありました。

工事は中国主導で行われているようで、あちこちに中国語表記の看板が見られ、道路標識も中国語。さすがに中国語の道路標識には「パキスタンの山奥で中国語かよ・・・」と呆れたことも。

ただ、中国の工事が完了した区間は快適なドライブができますが、工事が済んでいない区間は悪路・悪路の連続。
「中国さんよ、早く工事進めてよ!」というのが本音の感想でした。

同行ガイド氏もさかんに中パ経済回廊(CPEC)に言及しており、中国に対して悪い印象は持っていないようでした。

中国ラオス鉄道とその延伸
中国雲南省昆明周辺、ラオス、タイ・・・それぞれ何回か観光していますが、これらの地域が高速鉄道でつながるのは観光的には大きな魅力。ビザの問題などがクリアされるなら、是非雲南省からラオス、タイへ周遊する旅行をしてみたいと考えています。
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欧州 ウクライナ支援をめぐる不協和音 ウクライナ支援基金 マクロン地上部隊派遣発言

2024-04-05 23:26:10 | 欧州情勢

(記者会見で握手するフランスのマクロン大統領(左)とドイツのショルツ首相=ベルリン(ロイター)【3月16日 産経】 もちろん両首脳はにこやかな表情を作ってはいますが、“ショルツとマクロンの波長が合わないことはもはや公然の秘密である”【4月5日 WEDGE】とも)

【NATO 5年間で総額1000億ユーロ(約16兆円)規模の支援 ウクライナ「可能性はゼロだ」】
NATOはウクライナへの長期的な軍事支援の計画を開始することで合意、ストルテンベルグ事務総長は、NATOとして5年間で総額1000億ユーロ(約16兆3800億円)規模の支援を実施する案を提示しています・・・・が、その実現可能性に当のウクライナが批判的見解を示すなど、現実性や加盟国間の不協和音など内情は問題も多いようです。

****対露防衛態勢の構築道半ば、設立75年のNATO 真価問われるウクライナ長期支援****
ベルギーのブリュッセルで開かれた北大西洋条約機構(NATO)外相会合は4日、ロシアに侵略されたウクライナへの長期的な軍事支援の計画を開始することで合意し閉幕した。

だが、ロシアの脅威がウクライナにとどまらず欧州全体に広がろうとする中、設立75周年を迎えたNATOの対露防衛態勢の構築は盤石というには程遠い。

外相会合はウクライナへの軍事支援に関し、従来のように加盟各国の短期的な支援を積み上げるにとどまらず、各種の長期的支援をNATOの主導で強化する方向で大筋合意した。

ただ、NATOのストルテンベルグ事務総長が提示した、NATOとして5年間で総額1000億ユーロ(約16兆3800億円)規模の支援を実施する案に関しては、加盟国の中で親露姿勢が強いハンガリーのシーヤルトー外相が「戦争のエスカレートにつながる」として強硬に反対した。

また、ベルギーのラビブ外相も「守れない約束をすべきでない」と金額の大きさに懸念を表明。スペインとイタリアの外相も慎重姿勢を示したとされ、加盟国は一枚岩ではない。

さらにウクライナのクレバ外相は自国メディアに対し、NATOによる長期支援を歓迎しつつ、現状の資金調達の方法で加盟国が1000億ユーロを拠出するのは「不可能だ」と指摘した。

ロシアは米欧諸国が「支援疲れ」に陥ったとみて、5月にもウクライナ東部や南部で大規模攻勢を仕掛ける構えを強めている。それだけに、NATOが7月に米ワシントンで開く首脳会議までに長期支援の態勢を明示できるかどうかは、プーチン露体制の領土的野望の粉砕に向けたNATOの真価を問うものとなる。

加盟各国の軍事力のさらなる強化も急務だ。NATOは加盟各国が国内総生産(GDP)の最低2%を国防費に支出する目標に関し、加盟32カ国のうち18カ国が今年初頭までに達成したとしている。しかし、ロシアの脅威増大に伴い、関係者の間では「2%ではまだ不十分だ」との指摘も少なくない。

特に、ウクライナ支援に最も積極的な加盟国の一つである英国では、国防費を現状のGDP比2・07%から2・5%へ引き上げを求める声が上がっている。NATOとしても加盟国の国防費や国防費に占める装備品調達費の目標を改めて見直すべき時期といえる。

10月に退任するストルテンベルグ氏の後任選びも全会一致を原則とするNATOの結束に影を落としかねない。米英仏独はオランダのルッテ首相を後任に推しているが、ルーマニアのヨハニス大統領が3月に突然出馬。

ハンガリーがルッテ氏に反対する一方、トルコとスロバキアは態度を明確にしておらず、当初予定していた7月の首脳会議までに後任が決まらない事態も懸念され始めた。【4月5日 産経】
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NATOが独自に5年間で1000億ドル(15兆円)規模の対ウクライナ支援基金設立を検討する背景には、アメリカのウクライナ支援が議会で停滞している現状とウクライナ支援に否定的なトランプ氏の復権の可能性があります。

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アメリカ議会がウクライナへの600億ドルの追加支援を下院議会で可決できない中、NATO独自の対ウクライナ支援基金を設立することで支援を継続するためだ。ウクライナへの支援縮小を宣言するアメリカのトランプ前大統領が今年11月の米大統領選で再選される「もしトラ」への懸念もある。【4月5日 安部雅延氏 東洋経済オンライン】
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しかし、ウクライナ・クレバ外相は「(今のやり方では)この構想の可能性はゼロだ」と切り捨てています。

****NATOの支援基金案、拠出義務なければ機能せずとウクライナ****
ウクライナ政府は4日、北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長が示した長期支援案を支持する一方、加盟国に拠出義務がなければ機能しないとの見解を示した。ニュースサイトのヨーロピアン・プラウダが報じた。

NATOは3日、ブリュッセルの本部で開いた外相会合で、ウクライナに対する長期軍事支援計画を開始することで合意した。ただ、ストルテンベルグ氏が提案したウクライナ軍事支援のために5年間で1000億ユーロ(1070億ドル)規模の基金を設置する案については見解が割れた。

ウクライナのクレバ外相は、NATOがこれよりもかなり小規模な軍事支援の提供で苦戦してきたとし「現在の資金調達モデルでは、この構想の可能性はゼロだ。5億を集められないのに現在のモデルでは200億を集めなければならない」と指摘。

しかし、全ての加盟国に拠出義務があれば、この構想は実現する可能性があると述べた。【4月5日 ロイター】
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【今の状態では困難なウクライナのNATO加盟】
そもそもの話ですが、ウクライナはNATO加盟国ではありません。NATOは2008年4月のブカレスト首脳会合でウクライナが将来加盟国になることについて合意しており、ウクライナは加盟を早期実現するように求めていますが、ドイツとアメリカはウクライナの民主主義と安全保障の改革なしにNATOへの加盟はありえないとしています。

現実問題としては、ロシアと戦争状態にあるウクライナの加盟を認めると、集団防衛条項が適応されNATOとロシアの戦争になってしまいますのでNATOとしては到底その覚悟はないでしょう。ゼレンスキー大統領は苛立ちを隠していません。

****ゼレンスキー氏、ウクライナ加盟めぐりNATO批判****
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は11日、リトアニアで同日開幕した北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に合わせ、自国の加盟をめぐるNATOの「不確実性」と「弱さ」を指摘し、それがロシアの侵略を助長していると批判した。

ゼレンスキー氏はツイッター(Twitter)への投稿で、NATOがウクライナを加盟国として招待することをめぐり、「言い回しについて議論している」という「シグナル」を受け取ったと述べた。

その上で、「ウクライナの招待も加盟も、時間枠の設定がないのは前例がなく不合理だ」「NATOにはウクライナを招待する用意も、加盟させる用意もないようだ」と批判。

「それによってNATOにはロシアとの交渉で、ウクライナの加盟をめぐる駆け引きの余地が残されるということだ。だが、それはロシアにテロを続行する動機を与える」と警告した。

さらにゼレンスキー氏は「不確実性は弱さだ。このことをサミットで率直に議論するつもりだ」と投稿を締めくくった。(後略)【2023年7月11日 AFP】
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ゼレンスキー大統領が強気なのは「もしウクライナがロシアの手に落ちたら、次は・・・・」という前提があっての話です。ロシアがウクライナで一定の成果を出せば、ポーランド、チェコ、バルト3国、フィンランドなどが次の標的となる可能性が指摘されています。(個人的には、ロシアがNATO加盟国に直接的に手をのばすことは考えにくいと思っていますが・・・ただ、トランプ「新」大統領がロシアの侵攻を容認するのなら話も違ってくるかも)

そうしたこともあってNATOとしては、今すぐウクライナ加盟を認める訳にもいかないけど、(アメリカの支援が不透明ななか)何とかウクライナに持ちこたえて欲しいということでの長期的支援体制の検討です。

【マクロン仏大統領「地上部隊派遣を排除せず」 各国否定で内部分裂を露呈 特に目立つ独仏の不仲】
欧州のウクライナ支援をめぐる不協和音は2月26日のマクロン仏大統領の「地上部隊派遣を排除せず」発言でも明らかになっています。

****欧米部隊派遣も「排除せず」 仏大統領、ウクライナ支援会合****
フランスのマクロン大統領は26日、ウクライナに欧米諸国の地上部隊を派遣することについて現段階では「(各国間で)コンセンサスが得られていない」としつつ、将来的には「排除できない」と述べた。パリでウクライナ支援の国際会合を開催後、記者会見で語った。

どの国が部隊派遣を検討しているかなど、詳細は示さなかった。「ロシアを勝たせないために必要なことは全て行う」と付け加えた。

会合にはドイツのショルツ首相やポーランドのドゥダ大統領、オブライエン米国務次官補ら20カ国以上の首脳や高官が出席。米国の支援継続が不安視される中、改めて連携強化を図った。【2月27日 共同】
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これまでウクライナ支援にさほど熱心とも思えなかったマクロン大統領のいささか“寝耳に水”の発言に対し、アメリカ、イギリス、ドイツ、スウェーデンなど欧米各国はこぞって地上部隊派遣を否定しています。「欧州や北大西洋条約機構(NATO)からウクライナに地上軍や兵士が派遣されることはない」(ドイツ・ショルツ首相)

もっとも、ロシアの脅威にさらされているエストニアなどはマクロン発言を擁護しています。

****エストニア首相、ウクライナ支援に「全ての選択肢を」 欧米派兵否定すべきでないと強調****
ロシアの隣国エストニアのカラス首相は2月28日放送の英スカイニューズ・テレビとのインタビューで、ロシアに侵略されたウクライナの勝利に貢献するためには「全ての選択肢を考慮すべきだ」と述べ、欧米諸国による自国の地上部隊のウクライナ派兵を排除すべきでない、との考えを明らかにした。

地上部隊の派遣をめぐっては、フランスのマクロン大統領が26日、将来的に排除しないとの考えを示したのに対し、スナク英首相ら米欧の首脳や高官からは派兵に否定的な見解が相次いだ。カラス氏の発言は、こうした米欧の態度に直接反論するものだ。

カラス氏は、欧米諸国は「自らが持つ力を恐れてはならない」とし、ウクライナの防衛に向けて支援を強化することはプーチン露大統領が主張するような「戦闘のエスカレート」にはつながらないと指摘し、ウクライナを勝たせるためにどう取り組みを強化できるかを検討しなくてはならないと強調した。

カラス氏はまた、北大西洋条約機構(NATO)加盟各国が国防費を国内総生産(GDP)比2%に引き上げる目標を早急に実施すべきだと指摘し、未達成の国がなお多いのが「なぜなのか本当に理解できない」と語った。同氏によるとエストニアの国防費はGDP比3・2%となっている【2月29日 産経】
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マクロン発言の真意は“ウクライナへの派兵という選択肢を排除しないと述べたのは、戦略的曖昧さを再構築し、西側がウクライナに派兵することはなく西側の支援は弱まって行くとのロシアの想定を変えさせるため”とのことでしたが、現実には欧州内部の分裂状態を露呈する結果ともなりました。

****マクロンがウクライナへの派兵も示唆した“真意”、支援の手詰まり露呈と欧州分裂の恐れ****
024年2月28日付の英フィナンシャル・タイムズ紙で、ウクライナ支援のために派兵も選択肢として排除されないとのマクロン仏大統領の発言が、その意図に反して、欧州諸国内の分裂を露呈しているとLeila Abboud同紙パリ支局長が論じている。

フランスのマクロン大統領は、ロシアの脅威に対する欧州で最もタカ派的発言者の1人となった。2月26日、彼はタブーを破ってウクライナへの地上軍派遣を否定することを拒否し、欧州連合(EU)諸国首脳とロシアを驚かせた。

欧州諸国は慌ててマクロンの示唆を否定したが、これは外交政策上の失言ではなく、記者団からの質問に対する意図的な回答だった。

パリでウクライナ支援国会議を主催した後、マクロンは、「ロシアがこの戦争に勝てないようにするために、必要なことは全てやるつもりだ」と述べ、軍隊の派遣については「コンセンサスは得られていない」と認めつつも、同盟国の間では議論されており、この考えを排除すべきではないと主張した。

マクロンがロシアの侵攻を食い止めようとプーチンと最後の交渉をした22年2月とは大違いだ。ロシアによる攻撃の後でさえ、彼は、ロシアに「屈辱」を与えてはならず、和平の見返りとして西側が安全を保障することが必要だと主張していた。その消極的な姿勢は、東欧同盟国のフランスに対する信用を失墜させた。

ロシアのウクライナに対する容赦ない攻撃は、マクロンの考え方を一変させた。彼は、ウクライナがいずれ北大西洋条約機構(NATO)に加盟するという考えに傾き、東欧諸国に対してプーチンの脅威について彼らが正しかったとして謝罪した。

マクロンの問題は、フランスにはウクライナを守るために「必要なことなら何でもする」手段がないことだ。フランスは中規模の軍隊を持ち、EUで唯一の核武装国であるが、財政が逼迫しているため他の支出を削減しない限り防衛に資金を投下する力はない。

ドイツをはじめ同盟国は直ちに派兵の可能性を否定して、マクロンの構想と距離を置いている。マクロンは一貫性を欠いている。

フランスは数カ月にわたって、ウクライナがEUの資金を使ってEU域外から砲弾を購入することに反対してきた。マクロンは2月26日になってようやく域外から購入するというチェコの計画を支持した。

フランスはウクライナへの武器供与がドイツ、北欧諸国、英国等よりも少ないとして批判されている。今年フランスがウクライナに約束した軍事援助はドイツの半分以下とさえ言われる。

マクロンは、西側諸国が軍隊をウクライナに派遣することを否定しないのは、「戦略的な曖昧さ」を再確立し、西側の支援が弱まるというロシアの想定を再考させるためだと述べた。

しかし、この事は、もっと懸念すべきこと、即ち、ウクライナをどこまで支援すべきかで、同盟国の意見が分かれていることを明らかにしてしまったようだ。
 *   *   *
際立たせた欧州の分裂
(中略)
ロシアの次のターゲットは?
そもそも、バイデンが早々にウクライナに派兵しないと明言したことで、ロシアは安心して国境を越えてウクライナに侵入したわけであり、今回ドイツや英国が先を争うようにウクライナへの派兵の意図を打ち消したことも同様の効果を持ってしまうかもしれない。(中略)

戦争や核戦争を恐れることは、ロシアも同様のはずなのに、ロシアの脅しの前に西側が譲歩してしまっていることに他ならない。これではロシアはNATOや米国の核の傘にないモルドバやジョージアが次のターゲットとなることは明らかである。(中略)

いずれにせよ、マクロンに対しては、言葉だけではなく、ウクライナに対する支援をもっと充実できるはずだとの批判も、その通りだと思う。【3月29日 WEDGE】
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特に、欧州の中核であるフランスとドイツの不仲ぶりが目立ちます。

****ロシアへ与えた戦略的明快さ****
地上兵力派遣についてのマクロン発言を含め、最近の対ウクライナ支援を巡る独仏間の応酬は「見苦しい」(Economist誌3月2日号)だけではなく、有害である。

フィナンシャルタイムズ(FT)は3月6日の社説で、「優先順位はウクライナが今年、必要な武器(砲弾、巡航ミサイル、戦闘機、対空防衛など)を入手することであり、仏独の最近の批判の応酬(相手の支援が不十分)は、内容的には当たっている部分もあるが、非生産的な脇道の議論である」と断じているが、その通りであろう。
 
マクロン発言への論評は当然のことながらおしなべて厳しい。FTは3月6日の社説で、「ロシアの攻勢に対してウクライナへの支援を強化する必要があるとのマクロンの基本的メッセージは正しいが、それは兵員でなく武器を送ることによるべきである」「マクロン発言は同盟国を不意打ちし、特に独との間で戦略的な亀裂を明らかにした」と批判した。

また、同日のドイツの有力紙Frankfurter Allgemeine Zeitung の論説(Nicholas Busse 外交担当編集人)も、「NATO加盟国のほとんどがウクライナに兵員を派遣する用意がないことをロシアに知らしめることとなり、戦略的曖昧性どころか、むしろ戦略的明快さをもたらした」「ウクライナが必要としているのは美辞麗句の連射ではなく、弾薬と武器である」とコメントしている。

他方で、ドイツの態度もそう褒められたものではない。ドイツは昨年後半くらいから、対ウクライナ軍事支援は米国に次ぎ第二位であることを強調し、他国(主に念頭に置かれているのはフランス、イタリア、スペインあたり)に対して支援を増やすよう求めるとの姿勢を鮮明にしているが、これは「ドイツは軍事支援に慎重」との内外でのイメージに対して攻勢防御に出たものではないかと思われる。

しかし、ドイツのウクライナ支援については、①メンテナンスが不十分なため供与された武器のうち一部しか使われていない、②対GDP比は欧州連合(EU)/NATO諸国中10位ほどにすぎない、③英仏が既に巡航ミサイルを供与したにもかかわらずタウルス巡航ミサイル供与を頑なに拒んでいる、等の批判がつきまとっており、負のイメージの払拭は容易ではない。

危機の最中という意識はあるのか
いずれにしても、最近の独仏関係が控え目に言っても相当に深刻な状態にあることは否定しようがない。

シュミットとジスカールデスタン、コールとミッテランの緊密な関係に対して、ショルツとマクロンの波長が合わないことはもはや公然の秘密であるが、問題は独仏のギクシャクがウクライナ侵攻という欧州にとっての危機の最中に続いていることである。

本来であれば、両国は米国の支援が滞る中、欧州のウクライナ支援確保に奔走する立場にあるし、今後のロシアとの関係を見据えて欧州全体の軍備の増強、欧州の防衛産業の強化に主導的役割を果たすべきこところであるが、相手からすぐに拒否されるようなアイデアをぶち上げたり、「自国は十分に支援しているから、後は他の国がやるべき」と言い立てたり、両国の振舞は期待値からはほど遠いものがある。【4月5日 WEDGE“「見苦しい」フランスとドイツの対立、美辞麗句ではなく弾薬と武器が欲しいウクライナの本音”】
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ウクライナからすれば、そんなできもしないことより、今すぐ使える武器・弾薬を渡してくれ・・・といったところでしょう。
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ベネズエラ  「公正さ」は期待できない7月大統領選挙 隣国ガイアナとの石油資源をめぐる争い

2024-04-04 23:18:44 | ラテンアメリカ

(3月22日、ベネズエラの首都カラカスで記者会見に臨むマチャド氏(左)とヨリス氏(AFP時事)【3月23日 時事】 有力な野党統一候補だったマチャド氏は選挙から排除され、その代替候補のヨリス氏は政権側の妨害で登録できませんでした。その後「別の暫定候補者で登録が行われた」との報道もありますが、確認できていません。)

【「マドゥロ大統領が公正な選挙を行うはずがなく時間の無駄だ」(WSJ) 政権側、野党統一候補登録を妨害】
南米ベネズエラのマドゥロ政権・・・・経済失策でハイパーインフレーションを招き、市民生活を3度の食事も満足にできないような危機に陥れ、多くの国外難民を生みながらも、それでも強権支配で今なお健在です。

政権維持が単に力によるものなのか、野党側の対応のまずさによるものなのか、チャベス前大統領以来の強固な岩盤支持層の存在によるものなのか、あるいは、一定の国民に支持されるだけの理由があるのか・・・そのあたりの検証が必要と思われます。

いずれにしても、マドゥロ政権と野党勢力の対話を受けて、2023年10月には、2024年後半に大統領選挙を実施する、いわゆる「バルバドス合意」が成立、7月28日に大統領選挙が行われることになっています。

野党側はマドゥロ政権への激しい対決姿勢から「鉄の女」の異名があるマリア・コリナ・マチャド氏を野党統一候補としました。一部の世論調査ではマチャド氏の支持率は70%超にも及んだとか。

そして懸念されたように政権側は彼女の出馬を認めませんでした。

保守系のアメリカWSJ紙は「マドゥロ大統領が公正な選挙を行うはずがなく時間の無駄だ」と批判している・・・・このたりの話は、1月28日ブログ“ベネズエラ 大統領選を今年後半実施で与野党合意したものの、早くも暗礁に”で取り上げました。

ロシアにしても、カンボジアにしても、ベネズエラにしても、一応「選挙」という形式はとるものの、強権支配者を脅かすような者はいろんな理由をつけて選挙から排除される・・・残念ながら、珍しくもない“よくある話”です。

野党側は、マチャド氏が出馬を断念し、代替候補を急遽擁立することに。「マドゥロ大統領が公正な選挙を行うはずがなく時間の無駄だ」と言われても、野党側としては選挙で戦うしか道がありません。

****野党、代理候補が大統領選出馬へ ベネズエラ、公正な選挙困難****
7月のベネズエラ大統領選への立候補を禁じられた野党統一候補マチャド元国会議員は22日、自身の代理として大学教授コリナ・ヨリス氏が出馬すると表明した。国内外のメディアが伝えた。

独裁色を強め3選を目指すマドゥロ大統領の圧力により、有力候補マチャド氏の出馬が阻まれた形で、公正な選挙実施は困難な状況にある。時間が限られる中、知名度に劣るヨリス氏がどこまで浸透できるかが選挙戦の鍵となりそうだ。

マチャド氏は首都カラカスで記者団に、ヨリス氏を「全幅の信頼を寄せる人」と紹介し「マドゥロ氏に勝利するための大きな一歩」と強調した。【3月23日 共同】
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ところが、この代替候補の登録も政権側に阻まれ、一時は絶望視されました。
野党連合に与えられたログインIDやパスワードでは登録画面に進めないといった“不具合”で、オンライン登録もできない。書類を持ち込もうとしても、当局が登録所周辺を封鎖して、実際に来て登録することもできない。

あまりに露骨な妨害工作に「そこまでやるか?」という感もありますが、そのあたりが強権支配の強権たる所以でしょう。

【“別の暫定候補者で登録が行われた”との報道もあるものの未確認】
それでも、どういう経緯によるものなのかはよくわかりませんが、なんとか別の候補での登録はギリギリで出来たという報道も。

****「公正な選挙」に暗雲=有力対抗馬の登録、紆余曲折―ベネズエラ****
南米ベネズエラで7月に予定される大統領選が、与野党合意に基づく「自由で公正な選挙」となるか危ぶまれている。

25日に締め切られた候補者登録では、反米政権を率いる現職マドゥロ大統領(61)の有力な対抗馬と目される野党連合の候補が紆余(うよ)曲折の末に登録を完了。米国をはじめ国際社会から懸念の声が相次いだ。
 
野党連合の指導者マリア・コリナ・マチャド氏は26日に記者会見し、候補として擁立した大学教授のコリナ・ジョリス氏(80)に関し、オンラインで手続きを行ったが、選管に登録できなかったと説明。「80歳の女性学者との競争を拒否した」と政権を批判した。

その後、野党連合はX(旧ツイッター)に、選管から「登録の延長」が認められ、別の暫定候補者で登録が行われたと投稿。4月20日までは、候補者の差し替えが可能となっている。【3月27日 時事】
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ただ、このあたりは情報が少なく(上記【時事】以外では、「別の暫定候補者で登録」という件は見ていません)、本当に野党統一候補の登録が認められたのか・・・よくわかりません。(上記【時事】も、現在はネットで確認できません)

スタート時点でこういう状況ですので、選挙の公正さはほとんど期待できないでしょう。
極論すれば、政権側はどのような“得票結果”でも作り出すことができる・・・。そして「国民に支持された」として政権の正統性を誇示する・・・

“時間の無駄”かもしれませんが、別の暫定候補者で登録が行われたのであればやるしかありません。政権の不当性を国民と国際世論に訴えるためにも。

【アメリカの制裁緩和措置の今後は?】
アメリカは昨年10月、マドゥロ政権が野党勢力と協議したことを受けて、ベネズエラに対する制裁の一部を一時的に停止しました。

その後、今年1月には、ベネズエラからの石油や天然ガスの輸入などに対する半年間の期限付き認可について、大統領選挙への野党勢力の参加を認めない限り期限の4月18日に更新しないとしています。

とにもかくにも、もしギリギリで野党候補登録が可能になったのであれば、こうしたことが背景にあってのことでしょうか?
政権側としては最後は認めるものの、時間切れ直前まで圧力をかけることで、極力“戦いやすい相手”に差し替えさせる・・・という戦略?

上記のような期限直前まで野党統一候補が選挙から排除される事態に、アメリカの制裁が前面復活するのではという予測から、駆け込み需要も発生しているようです。

****ネズエラ石油輸出が4年ぶり高水準、米制裁緩和期限前に駆け込み購入か****
 ベネズエラの3月の石油輸出が2020年初め以来約4年ぶりの高水準に達したことが、国営石油会社PDVSAの文書や船舶データから明らかになった。

米国が対ベネズエラ制裁緩和措置として発行した石油取引ライセンスが18日に期限を迎えるのを前に、顧客が駆け込みで購入手続きを行った公算が大きい。

米政府は、年内に予定されているベネズエラ大統領選で野党候補が出馬できないのではないかとの見方が広がる中で、公正な選挙を条件に認めたライセンスを延長しない可能性を示唆している。

LSEGの船舶データからは、2月以降はベネズエラの取引相手やタンカー所有者らがライセンス打ち切りの事態に備え、石油を確保しようとしている様子が分かる。(後略)【4月2日 ロイター】
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もし野党候補の登録ができたということであれば、このアメリカの裁緩和措置緩和が更新されるのか・・・よく知りませんが、今後のマドゥロ政権への圧力を継続するためには、一応更新して様子を見るということになるのかも。

登録できなかったのであれば、緩和措置は終了でしょう。

【隣国ガイアナの石油資源を狙い強硬姿勢】
国際面でベネズエラが登場するのは、昨年12月3日ブログ“南米ガイアナ 石油がもたらした「富」と「不安」、そして隣国ベネズエラとの緊張も”で取り上げた、隣国ガイアナの油田をめぐる緊張です。

ベネズエラは以前からガイアナ西部を自国領土と主張してしましたが、ガイアナ沖合での大規模油田発見を契機に、マドゥロ政権は力による併合も辞さない構えを見せています。

****ベネズエラ、ガイアナ国境に軍配備 石油資源狙う****
南米ベネズエラは隣国ガイアナで発見された大型油田へのアクセスを狙い、軽戦車、ミサイル搭載哨戒艇、装甲輸送車を国境に配備し、ガイアナ西部を併合するという主張を推し進めている。米バイデン政権にとっては安全保障上の新たな課題が急浮上した格好だ。

軍配備の状況は9日公表された衛星画像のほか、ベネズエラ軍が先ごろソーシャルメディアに投稿した動画で確認できる。

ガイアナで新たに発見されたエネルギー資源に影響力を振るおうと、ベネズエラ政府は取り組みを活発化させている。

ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領とガイアナのイルファーン・アリ大統領は昨年12月、武力行使を回避し、領土紛争の解決に向けて合同委員会を設置する合意書を交わしたが、それに真っ向から反する動きだ。

ベネズエラ政府は昨年終盤から、ガイアナの国土の3分の2を占める、大半が密林に覆われた西部エセキボ地域を自国の領土だとする主張を強めている。ベネズエラ軍には最大15万人の現役兵士がおり、同盟国ロシアに提供された現代兵器を備えている。

ガイアナは米エクソンモービル主導のコンソーシアムが同国沖で油田を発見して以来、世界で注目を集めるエネルギー開発の前線になった。こうした中、ベネズエラは軍配備や好戦的な主張を繰り広げている。旧英国領のガイアナは人口約80万人で、国防軍の総人員はわずか3000人だ。

ガイアナ外務省は、軍配備についてのウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の質問に「ベネズエラの不誠実さは意外ではない」とし、「失望したが、驚きではない」と返答した。
 
ベネズエラ情報省は電話と電子メールでのコメント要請に応じていない。同国は、米国が昨年12月にガイアナで軍事演習を実施し、英国がガイアナ水域に哨戒艇HMSトレントを配備したことに対し、自国の防衛を強化したとしている。【2月10日 WSJ】
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****エキセボ地域帰属を巡る争い 南米のベネズエラとガイアナ****
南米ベネズエラのマドゥロ大統領は4月3日、首都カラカスの立法院で、隣国ガイアナのエセキボ地域をベネズエラ領に組み入れる法的枠組みを確立する法案に署名した。  

両国は、石油などの地下資源が豊富な同地区の帰属を巡って、長年争っている。 ベネズエラは、19世紀の終わりに現在の国境が画定された際に、エキセボ地域は盗まれたと主張している。  

立法院で行われた式典でマドゥロ大統領は、この法律によってベネズエラは国際的な場で、自国の主張を守ることができるようになると述べた。  

一方のガイアナは、ベネズエラ政府が制定した新法、協議による住民投票、その他の行動を併合への一歩とみなしている。  

ベネズエラは長年、ガイアナの面積の約3分の2を占めるミネラル豊富なエセキボ地域の領有権を主張してきた。 これに対してガイアナは、1899年の国際境界委員会が国境画定に決着をつけたと反論している。  

しかし、ベネズエラはこの画定に不備があったとして、60年以上無効を主張してきた。【4月4日 AP】
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このベネズエラとガイアナの領土問題にアメリカが絡んできます。(・・・と、マドゥロ大統領は主張しています)

****ガイアナとの係争地に米が「秘密軍事基地」設置 ベネズエラ大統領****
南米ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領は3日、同国が領有権を主張している、石油資源が豊富なガイアナのエセキボ地域に米国が「秘密軍事基地」を設置したと非難した。
 
マドゥロ氏は「ガイアナの暫定管理下にある『グアヤナエセキバ』地域に米南方軍、中央情報局の組織が秘密軍事基地を設置したとの情報がある」と語った。
 
その上で、基地はベネズエラ南・東部の住民に対する「侵略」であり、係争地をめぐる対立をあおろうと準備していると述べた。
 
マドゥロ氏はさらに、ガイアナのイルファーン・アリ大統領は自国を統治していないと主張。「ガイアナは米南方軍とCIA、(米石油大手)エクソンモービルに支配されている」と語った。
 
エセキボ地域はガイアナ領の約3分の2を占め、1世紀以上にわたり同国が管理している。しかし、エクソンモービルが2015年に同地域の沖合で油田を発見したのを受け、ベネズエラとの対立が鮮明となっている。 【4月4日 AFP】
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マドゥロ大統領の強硬姿勢はロシアのウクライナ侵攻を念頭に置いたものでしょう。
“人口約80万人で、国防軍の総人員はわずか3000人”というガイアナに侵攻するのはウクライナ以上に容易でしょうが、当然欧米の強い反発を招きます。特にアメリカとの関係。

すでに制裁も課されている状況で、今更・・・とも言えますし、そうは言ってもアメリカとの経済関係を完全に断ち切りたくもない・・・アメリカ以外との取引にも影響する制裁強化も困る・・・

ロシア同様に石油資源輸出が国を支えるベネズエラ・マドゥロ政権がどこまで本気でそうした暴挙に出るのか、出ないのか・・・。

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イスラエル  イラン在外公館を挑発的に攻撃 イランの報復は? ガザでは食糧支援NGOへの攻撃

2024-04-03 23:37:37 | イラン
(イラン大使館の隣にある領事部が攻撃され破壊された【4月2日 BBC】)

【武装組織を支援するイラン 親イラン組織ヒズボラへの圧力を強めるイスラエル】
パレスチナ・ガザ地区でイスラエルと戦闘を続ける武装組織ハマスや「イスラム聖戦」の背後にイランの存在があるというのは今更の話です。3月末には両組織の指導者が相次いでイランを訪問しています。

****イスラエル「前例なき孤立」=ハマス指導者がイラン訪問****
パレスチナ自治区ガザでイスラエルと戦闘を続けるイスラム組織ハマスの最高指導者ハニヤ氏が26日、イランの首都テヘランを訪れ、アブドラヒアン外相と会談した。(後略)【3月26日 時事】
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****ガザ武装組織トップと会談=イスラエル・米をけん制―イラン最高指導者****
イランの最高指導者ハメネイ師は28日、首都テヘランで、パレスチナ自治区ガザの武装組織「イスラム聖戦」指導者のナハラ氏と面会した。

イスラム聖戦は、イスラエルと戦闘中のイスラム組織ハマスと共闘している。ハメネイ師は26日にハマス最高指導者ハニヤ氏と会談したばかりで、両組織が交戦中のイスラエルや米国を強くけん制する狙いもあるとみられる。(後略)【3月29日 時事】 
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こうしたパレスチナの武装組織以上にイランと直接的関係があるのがレバノンのヒズボラ。 

ハマスを上回る軍事力を持つヒズボラが本格的にイスラエルとの戦闘状態に入るのか・・・ガザでの戦闘開始以来、国際社会が注目してきましたが、これまでのところ小競り合いは継続していますが、本格的な戦闘にはいたっていません。

ただ、一昨日の4月1日ブログ“イスラエル 人質救出・首相退陣を求める抗議デモ 兵役免除のユダヤ教超正統派への批判”でも取り上げたように政治的苦境にあるイスラエル・ネタニヤフ首相としては、「ヒズボラを戦闘に引きずり込んで、戦争を一気に拡大したいのかも・・・」と思えるほどに、ヒズボラへの圧力を強めています。

****イスラエル軍、レバノン南部を空爆…ネタニヤフ首相「ヒズボラへの対処なしに勝利はあり得ない」****
イスラエル軍は27日、イスラム教シーア派組織ヒズボラが拠点とするレバノン南部を空爆した。ロイター通信によると、レバノン側でヒズボラ戦闘員ら8人、イスラエル北部で1人が死亡した。レバノン南部の戦闘が激化しており、イスラエルは全面的な戦争も辞さない構えだ。
 
空爆の報復で、ヒズボラはイスラエル北部にロケット弾数十発を撃ち込んだ。

イスラエル軍は27日、昨年10月にパレスチナ自治区ガザでイスラム主義組織ハマスとの戦闘が始まった後に凍結した空軍の飛行訓練を数週間前に再開したと明らかにした。ヒズボラとの全面戦争を想定した動きとの見方がある。

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は27日、「ヒズボラへの対処なしに勝利はあり得ない」と述べた。(後略)【3月28日 読売】
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****シリア空爆で43人死亡か イスラエル攻撃と監視団****
シリア人権監視団(英国)は29日、イスラエルが同日、シリア北部アレッポにあるレバノンの親イラン民兵組織ヒズボラの武器庫を空爆し、43人が死亡したと発表した。死者の多くがシリア軍の兵士でヒズボラの戦闘員も含まれているという。

イスラエル軍とヒズボラは29日もレバノンで交戦した。イスラエル軍はヒズボラのロケット部隊副司令官を殺害したと発表。ヒズボラはアレッポ空爆への報復としてイスラエル軍の施設をミサイルで攻撃したと主張した。

イスラエルは敵対するイランからシリアを経由してヒズボラなどの親イラン組織に武器が密輸されているとみて、シリア領内への攻撃を繰り返している。【3月29日 共同】
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イスラエルとヒズボラの小競り合いが続く状況で、イスラエル・レバノン両国ともに多くの避難民が出ています。
特にレバノン側は政府の支援も期待できない状況。戦争に苦しんでいるのはガザ地区だけではありません。

****レバノン南部の住民も9万人避難、イスラエルとヒズボラの戦闘で「家は壊れ…何もかも失った」****
イスラエル軍とレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの戦闘に伴い、レバノン南部の住民9万人超が避難生活を続けている。イスラエル軍の攻撃によって自宅を失った人もおり、住民らは「いつ戻れる日が来るのか」と不安を募らせている。(中略)

イスラエルでは、ヒズボラとの戦闘で避難した住民6万人超にホテルの部屋などが提供されている。一方でレバノン政府は放漫財政などで2020年3月にデフォルト(債務不履行)を宣言しており、支援はほぼ皆無だ。(後略)【3月29日 読売】
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【イスラエル シリアのイラン在外公館攻撃 攻撃対象はイランの革命防衛隊司令官】
上記のような武装組織へのイランの支援、ヒズボラとの全面的な戦争も辞さない構えのネタニヤフ首相の思惑などもあるところで起きた、イスラエルによる“一線を越えた”とも思える攻撃が、シリアの首都ダマスカスで1日に起きたイラン大使館に隣接する領事部ビルへのイスラエルによるとみられる空爆。

各地の武装組織を支援・指導するイランの革命防衛隊司令官を対象にした攻撃ですが、本国攻撃にも準じるような在外公館への直接攻撃という異例の事態となっています。

****イラン領事部ミサイル、死者13人に…イスラエルが攻撃認めると米報道****
シリアの首都ダマスカスのイラン大使館に隣接するビル(領事部ビル)に対する1日のミサイル攻撃について、イランの精鋭軍事組織「革命防衛隊」は同日、領事部ビルがイスラエルの攻撃を受けたと主張し、現地司令官ら7人が死亡したと発表した。イランの大使は死者数がシリア人を含め計13人と明らかにした。パレスチナ自治区ガザ情勢で対立する両国間の緊張が高まるのは必至だ。

イスラエル側は、空爆について公式反応を示していないが、米紙ニューヨーク・タイムズは複数のイスラエル当局者が、攻撃を認めたと報じた。イラン最高安全保障委員会は2日、会合を開き「適切な決定を行った」と発表した。対抗措置を議論したとみられる。

イスラエルは、ガザで戦闘を続けるイスラム主義組織ハマスをイランが支援していると指摘。昨年10月のガザでの戦闘開始後、シリア駐在の革命防衛隊隊員を空爆などで殺害してきた。

イランは攻撃を受けるたびに報復を宣言したが、ガザの戦闘への直接介入は一貫して否定。イラン、イスラエルともに慎重姿勢だったが、紛争拡大の懸念が強まっている。国連安全保障理事会は2日午後(日本時間3日未明)、この攻撃について協議する緊急会合を開催する予定だ。【4月2日 読売】
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イスラエルとしてもイランの大使・領事などに被害が出ると国際的に非難の的になるので、大使らの不在を確認したうえでの攻撃とか。

【イラン 報復を宣言するも、全面戦争やアメリカ介入は避けたい 対応には苦慮か】
武装組織を支援するイランの動きを牽制・・・というよりは、イラン側を“挑発”しているようにも思えます。
当然ながらイランは報復を宣言しています。

****イラン最高指導者がイスラエルに報復宣言****
イランの最高指導者ハメネイ師は2日、在シリアのイラン大使館の建物に対する攻撃について、イスラエルの「犯罪」だと糾弾し「罪を犯したことを後悔させる」と報復を誓った。最高指導者事務所が発表した。【4月2日 共同】
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問題は、その「報復」がどのようなものになるのか? ということ。

ネタニヤフ首相としてはイランがイスラエルとの直接戦争に踏み出せば、むしろ歓迎する事態でしょう。そうなれば、このところ関係がギクシャクしているアメリカもイスラエルを支援せざるを得ないでしょうから、この際一気に宿敵イランを叩き、国内的な政治苦境も「大成果」で解決・、アメリカとの関係も改善・・・・・。

逆にイランとしては、さすがに今の時点でそういう直接戦争状態に突入する気はないでしょう。ただ相応の報復をしないと国内強硬派から「弱腰」批判を受けます。

武装組織を使った軍事的攻撃(イスラエルの他、シリア・イラクの駐留米軍も対象)だけでなく、核開発を加速するという手段も可能性としてはありますが、現実的には難しいところも。

****イラン、イスラエルへの報復に選択肢 全面戦争は回避へ****
シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館周辺への攻撃を受け、イランの最高指導者ハメネイ師はイスラエルに対する報復を宣言したが、大規模な衝突を引き起こすことなくいかに報復するかという難問に直面する。

イランにはさまざまな選択肢がある。同国が支援する武装組織に中東駐留米軍あるいはイスラエルを直接攻撃させるか、米国やその同盟国が長年抑制を求めてきた核開発を加速させることが可能だ。

米政府当局者らは、イランの支援を受ける武装組織がイラクとシリアに駐留する米軍を攻撃するかどうかを注視していると述べた。

米軍は2月初め、ヨルダンの米軍施設で米兵士が死亡した攻撃への報復として、イラン革命防衛隊や親イラン武装組織に関連するイラクとシリアの施設を空爆。これを受けて中東駐留米軍への攻撃は2月に停止していた。

米政府当局者らは、1日のイラン大使館周辺への攻撃後、親イラン武装組織が駐留米軍を攻撃しようとしていると示唆する情報はまだ入っていないと述べた。イランメディアは、大使館攻撃でイラン革命防衛隊のモハンマドレザ・ザヘディ司令官などが死亡したと報じた。

米国は2日、イランによる報復をけん制。ウッド国連次席大使は「われわれは自国の人員を守ることをためらわない」と言明し、イランや親イラン組織に対しこの状況を利用して米側への攻撃を再開しないよう改めて警告すると述べた。

<全面戦争回避>
ある関係筋は、イランが衝突を望んでいないのは明白で、報復すれば衝突を招き得るという「ジレンマに直面している」と指摘。「即応力はあるが状況悪化は目指さない」立場を示すために行動を調整しようとしているとした。

その上で、イランがイスラエル本国かその大使館、あるいは海外のユダヤ人施設を攻撃する可能性があると分析した。

米政府高官は、イスラエル軍による攻撃の重大性を考慮すると、イランは米軍を狙うのではなく、イスラエルの国益を直接攻撃して報復する以外の選択肢はないかもしれないと述べた。

米シンクタンク「外交問題評議会」の中東専門家、エリオット・エイブラムス氏もまた、イランは全面戦争を望んでいないが、イスラエルの国益を標的にする可能性はあるとの見方を示した。

イランはイスラエルとレバノンの親イラン民兵組織ヒズボラが大規模な戦争を始めることは望んでおらず、ヒズボラが目立った行動を取ることはないとも予想。「他にも報復の方法は数多くある。一つの例を挙げるならイスラエル大使館の爆破を試みることだ」と語った。

イランはまた、核開発を加速させることで対応する可能性もある。トランプ前米大統領が2018年にイラン核合意から離脱して以来、イランは核開発を強化してきた。

しかし、核兵器級の90%のウラン濃縮を行う、あるいは核兵器を実際に設計する作業を再開するという最も劇的な行動を取れば裏目に出て、イスラエルや米国からの攻撃を招く可能性がある。

関係筋はこのような劇的な行動は、核兵器獲得を決定したとイスラエルと米国に見なされるだろうと指摘。「つまり大きなリスクを取ることになる。そのような準備ができているとは思わない」と語った。【4月3日 ロイター】
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イランは(もたらすリスクを考えると)イスラエルとの直接戦闘はもちろん、ヒズボラの本格的戦争参加も望んでいない・・・というのはそうでしょうが、イスラエル側の対応にもよります。

殺害されたイランの革命防衛隊の司令官は、レバノンのヒズボラとの連携を担当する責任者だったとのことです。
また、イスラエル軍はレバノン国境に近いイスラエル北部でかなり大がかりな軍事作戦を準備している兆候があるとの情報も。そうしたことから、近くイスラエル軍がヒズボラ攻撃を激化させるとの予想もあるようです。

イスラエル・ネタニヤフ首相としては、前述のようにヒズボラとイランを刺激して参戦させ、アメリカがイスラエルを支援せざるを得ない状況で一気にケリをつけたい思惑なのかも。

イランとしてはアメリカの介入につながる直接的な攻撃はしたくない・・・武装組織を使ってイスラエルの在外公館などを狙うのか・・・制御された形で行わないとリスクが拡散します。それだけのインテリジェンス・能力があるのか・・・イランは難しい選択を迫られています。

いずれにしても、緊張状態のステージが一段階上がったのは間違いないでしょう。

【食料支援団体職員がイスラエル軍の空爆で死亡 バイデン大統領も“激しい憤り”】
一方、イラン在外公館空爆という“攻めの一手”をうったイスラエル・ネタニヤフ首相にとって誤算は、パレスチナ自治区ガザで支援活動を行う慈善団体「ワールド・セントラル・キッチン(WCK)」の職員7人がイスラエルの空爆で死亡した事件。国際的に激しい批判にさらされており、守勢を余儀なくされています。

****NGO“活動内容を事前連絡も攻撃” イスラエル軍空爆により職員ら7人死亡****
パレスチナ自治区ガザ地区でイスラエル軍の空爆により、外国人NGO職員ら7人が死亡しました。NGOは、活動内容を事前にイスラエル軍に連絡していたにもかかわらず攻撃されたとしています。

国際NGOの「ワールド・セントラル・キッチン」は2日、ガザ地区でイスラエル軍の攻撃によりオーストラリア人、イギリス人、ポーランド人、アメリカとカナダの二重国籍者ら7人が死亡したと明らかにしました。

「ワールド・セントラル・キッチン」は、支援物資の食料をキプロスから海上輸送し、ガザ地区まで運搬する活動を行っていました。イスラエル軍と調整のうえ、NGOのロゴがついた車両で非戦闘地帯を移動していたにもかかわらず、空爆を受けたとしています。

一方、イスラエル軍は、「最高レベルで徹底的な調査を行っている」とする声明を発表しています。【4月2日 日テレNEWS】
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****イスラエル首相、ガザ食料支援団体の攻撃認める*****
パレスチナ自治区ガザ地区で、米国を拠点とする食料支援団体「ワールド・セントラル・キッチン」のスタッフら7人が攻撃を受け死亡した問題で、イスラエルのネタニヤフ首相は2日、「イスラエル軍が意図せずに非戦闘員に危害を加える悲劇があった」と認めた。各国はイスラエルへの批判を強めている。

同団体によると、死亡したスタッフの国籍は英国、オーストラリア、ポーランド、米国など。英国外務省は駐英イスラエル大使に「明白な非難」を伝え、迅速で透明性のある調査と人道支援のアクセス拡大を求めた。米ホワイトハウスも声明で「支援団体のメンバーが亡くなったと知り憤慨している」と非難した。

一方、アラブ首長国連邦(UAE)はロイター通信に対し、イスラエルによる安全の保証と調査が行われるまで、キプロスからガザへの海上回廊を通じた人道支援を一時停止すると明らかにした。ガザで活動する支援団体が治安のリスクから活動を一時停止する動きもあり、ガザの食料危機に拍車をかける可能性がある。【4月3日 毎日】
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犠牲者を出した各国はイスラエルに説明を求めていますが、アメリカ・バイデン大統領も“激しい憤り”を表明する事態に。

****ガザ支援職員死亡に「憤慨」=空爆のイスラエル批判―バイデン米大統領****
バイデン米大統領は2日、パレスチナ自治区ガザで活動していた食料支援団体職員がイスラエル軍の空爆で死亡したことを受けて声明を出し、「憤慨し、心を痛めている」と表明した。また、イスラエルに対し、迅速に調査を進めた上で結果を公表するよう求めた。

バイデン氏は、支援従事者や民間人の保護を「十分にしていない」としてイスラエルを強く批判。職員の死亡は「悲劇だ」と強調した。【4月3日 時事】
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バイデン大統領も、イスラエルへの「やり過ぎ」批判が国内的に、特に民主党支持層で高まる中で、先日明らかになった水面下で進められたイスラエルへの大型爆弾売却に続く事件だけに、イスラエルへの厳しい姿勢をとる必要があるところでしょう。

ネタニヤフ首相は「戦争状態ではよく起こることだ」みたいなことを言っていましたが、ただでさえイスラエルに批判的な国際世論が高まっている時期での出来事だけに痛い失点でしょう。
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台湾  「一つの中国」馬英九前総統訪中 脱中国路線を決定づけた「ヒマワリ学生運動」から10年

2024-04-02 23:48:56 | 東アジア

(【2月23日 フォーカス台湾】 緑線は自分を「台湾人」と認識する人 青線は自分を「中国人」と認識する人 紫線は「両方」と答えた人)

【総統選挙にも影響した国民党・馬英九前総統の「習近平氏を信用すべき」発言】
周知のように1月13日に行われた台湾総統選挙では、中国と距離を置く与党・民進党の頼清徳副総統(64)が、中国との関係を重視する最大野党・国民党の侯友宜新北市長(66)、台湾民衆党の柯文哲前台北市長(64)を破り、初当選しました。

得票数は、頼清徳氏 5,203,633 侯友宜氏 4,298,112 柯文哲氏 3,386,964
頼清徳氏と侯友宜氏の票差は約90万票。

選挙戦終盤に国民党・侯友宜氏の追い上げも報じられていましたが、これに冷水を浴びせたのが国民党の前総統・馬英九氏の「習近平氏を信用すべき」発言でした。

****馬前総統、海外メディアに「習近平氏を信用すべき」 与党・民進党が非難/台湾****
最大野党・国民党の馬英九(ばえいきゅう)前総統が8日、ドイツの国際公共放送ドイチェ・ベレのインタビューを受け、中国の習近平国家主席を信用しなければならないなどと発言した。関連記事は10日に公開され、与党・民進党は同日、記者会見で「社会の共通認識とかけ離れている」と非難した。

馬氏は、習氏を信じられるかという質問に対し「両岸(台湾と中国)関係について言えば」と前置きした上で「習氏を信用しなければならない」と答えた。

習氏が新年を迎えるあいさつで「統一は歴史的必然だ」としたことについては「習氏が統一を推し進めているとは考えていない」と持論を展開。中国が統一を望んでいるのは確かだとしながらも、統一には多くの時間を要し、人々の同意を得る必要もあると語った。さらに、統一は中華民国憲法に書かれているとし「本来台湾が受け入れられることだ」と述べた。(後略)【1月10日 フォーカス台湾】
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この馬英九氏の発言に対し、同じ国民党の侯友宜候補は「馬氏の考え方は自身とは異なるところがある」としてはいましたが、改めて国民党の親中国ぶりを有権者に印象付け、侯友宜氏への票の一部が柯文哲氏へ流れるといった形で13日の投票にも大きく影響した可能性があります。

****国民党も「中国の一部になりたい」とは思っていない 「習近平氏を信用すべき」台湾・馬英九前総統の発言に宮家邦彦が言及****
「国民党は親中、民進党は親米」ではない
宮家)大失敗の発言です。台湾に関する報道では、なぜか「国民党は親中、民進党は親米」とされがちですが、実態は必ずしもそうではないと思います。ワシントンには国民党のオフィスがありますし、一生懸命対米関係を改善しようとしています。

そもそも問題は、「台湾の人たちが何を考えているか」ですよ。中国が今回のように失敗すればするほど、ますます中国との距離は開いてしまう。そして、「中国人」ではあるかも知れないけれど、台湾で生まれ、自分を「台湾人」だと思っている人たちが今や大多数になっているわけです。

飯田)世論調査を見ても明らかです。
宮家)その意味では、国民党だから親中というよりも、馬英九さんが親中だと考えた方がいいと思います。(中略)

馬英九氏の発言で台湾の人々は「やはり国民党はそういう党だ」と思ってしまう
飯田)馬英九氏からすると、「俺はシンガポールで習近平氏とも会って話したのだ」という思いがあったのでしょうか?
宮家)「だから何なのか」と思います。馬さんは「台湾統一を進めているとは考えていない」と言っていますが、共産党は台湾を統一すると言っていますよ。

飯田)新年の演説でも言及していました。
宮家)今回の発言で、少なくとも国民党候補である侯友宜さんの大逆転は難しくなったと思います。「やはり国民党はこういう連中だ」と言われてしまうのではないでしょうか。

中国共産党が統一する「一つ」と国民党が統一する「一つ」は、同じ「一つの中国」でも同床異夢
宮家)どちらにせよ、中国との関係は簡単ではないし、国民党も中国の一部になりたいなどとは思っていないわけです。「一つの中国」と言っているけれど、共産党が統一する「一つ」と、国民党が統一する「一つ」は、同じ「一つの中国」という言葉でも実態は正反対、同床異夢なわけです。その意味では、どちらが勝っても台湾にあまり大きな変化があるとは思っていません。(後略)【1月13日 ニッポン放送NEWS ONLINE】
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【馬氏 「台湾人民の声届ける」と訪中 馬氏・中国側双方が改めて“一つの中国”を強調 習近平氏と会談か】
その馬英九氏の言動に再び注目が集まっています。「台湾人民の声届ける」と学生ら20人を率いて訪中し、習近平国家主席との会談も有力視されています。

中国側には、馬氏の台湾での影響力の限界はわかっているものの、馬氏を厚遇することで頼清徳副総統の新総統就任式が控えている民進党政権を揺さぶりをかける思惑もあると見られています。

****台湾・馬英九前総統が訪中「台湾人民の声届ける」 習近平氏と会談か****
台湾の馬英九(ば・えいきゅう)前総統が1日、台北から中国・広東省深圳(しんせん)に到着し、中国訪問を開始した。馬氏は中国に融和的な野党・国民党で影響力を持つ長老の一人。11日までに陝西(せんせい)省や北京を訪問し、北京では習近平国家主席との会談が有力視されている。
 
馬氏は出発する際、「両岸(中台)情勢が日増しに緊張する中、平和を愛し、戦争を避けたいという台湾人民の声を届ける」との声明を発表した。

昨年3、4月には、総統経験者として1949年の中台分断後初めて中国を訪れた。自身のルーツがある湖南省で墓参したほか、上海などで市トップらと会談したが、政治色の強い北京訪問はしなかった。

台湾のネットメディア「風伝媒」は、馬氏は北京滞在中の8日に習氏と会談すると報じた。実現すれば、馬氏が総統を務めた2015年にシンガポールで分断後初の首脳会談を行って以来となる。(中略)

5月には中国が「台湾独立勢力」と見なす民進党の頼清徳副総統の新総統就任式が控える。新政権をゆさぶるため、中国側が馬氏を手厚くもてなして友好ムードをアピールするとの見方もある。

馬氏が設立した馬英九基金会によると、馬氏は漢民族の始祖とされる黄帝に関する行事に出席したり、日中戦争の発端となった盧溝橋事件(37年)の舞台である北京郊外の盧溝橋を訪れたりする。台湾の若者20人が同行し、中国との青年交流も行う。【4月1日 毎日】
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中国政府の台湾政策担当トップと会談では、改めて“一つの中国”が強調されています。

****台湾・馬英九前総統が中国政府の台湾政策担当トップと会談 “一つの中国”=『92年合意』意義強調****
中国を訪れている台湾の馬英九前総統は、中国政府の台湾政策担当のトップと会談し、「中国も台湾も一つの中国」との考えを改めて強調しました。

台湾の馬英九前総統は1日、訪問先の南部・広東省の深センで、中国政府の国務院台湾事務弁公室のトップ・宋涛氏と会談しました。

宋氏は、馬前総統が台湾と中国の学生の交流を進めていることを称賛し、中国は一つだという立場から「家族は頻繁に行き来し、連絡を取り合うべき」としました。

中国は台湾に対し、1992年に両者の事務レベルが「一つの中国」の原則を口頭で確認したとされる『92年合意』を認めるよう一貫して求めていますが、現在の民進党政権は「存在しない合意だ」として拒否しています。

一方、馬前総統がかつてトップを務めた野党国民党は、「一つの中国は中華民国」で「それぞれが一つの中国を実現する」として、台湾の統治権は否定せずに中国とは異なる解釈で『92年合意』を受け入れています。

馬前総統は宋氏に対し、自身が総統を務めた2008年から2016年は「台湾海峡の両岸で戦争が起きるなんてことを世界の誰も考えなかった」とし、「『92年合意』の効用を最もよく表すものだ」と強調しました。【4月2日 TBS NEWS DIG】
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“一つの中国”は、中華人民共和国(中国)が「中国唯一の正統政府」であり、台湾はその一部であるとする中国側の“一つの中国”に対し、国民党は「中国を代表する政府は、中華民国(台湾政府)である」との立場から「一つの中国」を認めるといった形で、それぞれが独自の解釈を行うで争いを避けて合意する「外交」の最たるものです。

ただ、大陸反攻を真剣に考えていた蒋介石の時代と、アメリカを凌ぐような経済力を得て、国際社会に重きをなす現在の中国と台湾の関係は全く異なります。

現状からすれば「中国を代表する政府は、中華民国(台湾政府)である」というのは現実離れし、やや無理がある考えにもなっています。

【台頭した「台湾人アイデンティティ」 脱中国路線決定づけた「ヒマワリ学生運動」】
何より、台湾の人々の意識が大きく変化し、自身を「中国人」ではなく「台湾人」と考えるようになっているのは周知のところ。

****「自分は中国人」割合、過去最低の2.4%=台湾意識調査***
台湾人のアイデンティティーなどに関する最新の意識調査結果で、自分を「中国人」と認識する人が2.4%と、調査を開始した1992年以降で最低となった。一方、「台湾人」と答えた人は61.7%で、前年比1.6ポイント減少したものの、4年連続で6割台を維持した。「両方」だと答えた人は前年比1.4ポイント増の32%だった。

同調査は政治大選挙研究センターが台湾(離島の金門、馬祖を除く)に住む20歳以上の男女を対象に電話で実施。自分は「台湾人」であるか、「中国人」であるか、または「両方」であるかなどを尋ねた。同センターは1992年から半年または1年おきに行われた調査結果をまとめて、統計を公表している。2023年12月までの結果は22日に発表された。

これによれば、自分を「中国人」だと考える人の割合は1992年には25.5%だった。だが、96年に2割を下回り、2002年からは1桁台で推移した。

自分を「台湾人」と認識する人については、20年に過去最高の64.3%に達した。

両岸(台湾と中国)関係に関するスタンスでは、「永遠に現状維持」を望むと答えた人は33.2%と、調査を始めた94年以降最高となった。

「現状維持して将来再判断」は27.9%、「現状維持しながら独立を目指す」は21.5%、「現状維持しながら統一を目指す」は6.2%、「一刻も早く独立」は3.8%、「一刻も早く統一」は1.2%で続いた。【2月23日 フォーカス台湾】
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中国本土にルーツを持ち、自身も香港(または広東省深圳)で生まれ、1950年に両親とともに台湾に移住してきた馬英九氏と、多くが自らを「台湾人」と考えるようになった台湾の人々の間には溝があります。

馬英九氏もそれは承知の上で、「とは言え、台湾にとって中国との関係は安全保障上も、経済的にも最重要。中国との関係を改善するのは自分しかいない」という政治的パフォーマンスでもあるのでしょう。

台湾政治の中国離れ、脱中国路線を決定づけたのが、馬英九総統時代の2014年、学生らが立法院(国会)議場を占拠した「ヒマワリ学生運動」でした。あれから10年。

****台湾ヒマワリ学生運動から10年 脱中国路線決定づけ、与党は評価****
中国とのサービス貿易自由化を進める協定に反発した台湾の学生らが立法院(国会)議場を占拠した「ヒマワリ学生運動」から18日で10年になった。与党、民主進歩党(民進党)は協定を凍結に追い込み脱中国の路線を決定づけた運動を評価。

一方、当時の与党で対中融和路線の国民党の関係者は台湾の経済的利益を損ねたと批判している。

学生運動は「天然独(台湾は当然独立国だと認識している世代)」の台頭を印象付け、当時の中国指導部にも「大きな衝撃」(呉氏)を与えたとされる。

呉氏は、中国がこれまで国民党などの対中融和勢力を使い台湾社会に影響を与えようとしてきたが、その限界を認識するきっかけになったと分析。インターネットを使い台湾民衆に直接影響を与える世論工作を重視するようになったとして警戒感を示した。

立法院前では18日夜、運動の精神を引き継ごうと訴える団体が集会を開催。参加者らは「中国による政治的、経済的脅迫を拒否しよう」などと訴えた。【3月18日 共同】
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この「ヒマワリ学生運動」は、「台湾人アイデンティティ」の台頭を象徴するものでした。

****台湾人アイデンティティ****
馬英九は中国への極端な偏向政策から急激に支持を落とし、2014年「ひまわり運動」を生んだ。

多くの国民が「統一問題」に拒否感を示す中、翌年、強引にシンガポールで習近平と単独会談し「何ら成果のない個人的パフォーマンス」と揶揄され政権を追われている。

この時期を境に、「国家の統一」の賛否を軸として闘う「台湾ナショナリズム」と「中華ナショナリズム」が徐々に衰退し、「独自の存在」という認識の「台湾人アイデンティティ」が台頭していく。

1992年に自分を「台湾人」と思う人が約17%だったのが2020年には約65%に急増する。彼らはもはや台湾は民主主義が確立した国で、あえて「統一問題」というシングルイッシューな政策論争には興味がない。すでに彼らのアイデンティティは台湾人として現状は「独立」しているからだ。

さらに外交関係がなくても国際的地位が高まり経済発展によって民主主義や人権意識、表現の自由が成熟すると、その「台湾人アイデンティティ」も「Z世代」や「新住民」など変貌と多様化のスピードを速め、国に求めるものも変化していく。

このベクトルに対し、いまだ外省人長老などの影響力を無視できず「92年コンセンサスや統一問題」を避けて通れない国民党はもうはや多数の国民の民意から離れるばかりなのだ。現実主義の民衆党も国民党とは一線を引いている。

では、なぜ国民党が立法院で過半数を獲り捻じれ国会を生んで勝利したのか? それは(1)不動産価格の高騰、(2)少子高齢化、(3)所得格差の拡大という「内政の三種の神器」に苦しみ政治に無関心で現実主義の若者の増加と複雑な移民国家・台湾独特のネポチズム(縁故主義)によるものだ。

福建系や客家系の本省人は総統選では民進党を選んでも、立法院や地方選では党派や政策には関係ない地元の人間関係や利害関係で投票するのが普通だ。これは地方社会だけでなく都市部にも存在する。これもひとつの「台湾人アイデンティティ」なのだ。

この状況を北京の共産党政府とアメリカ政府は冷静に分析していたのだろう。そしてそれらを踏まえた上でアメリカは台湾関係法をさらに強固にする台湾政策法を進めて中国に圧力をかけ、習近平は様々な軍事圧力や強硬発言で台湾に揺さぶりをかけている。【3月11日 鈴木譲仁氏 現代ビジネス“まさかの「習近平」擁護の衝撃…台湾・馬英九の爆弾発言に隠された台湾の行く末”】
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親中国的な国民党が一定に政治的力を持っていることは、中国に平和的統一への期待を捨てさせず、軍事進攻を思いとどまらせる意味で、絶妙の政治的バランスかも。
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イスラエル  人質救出・首相退陣を求める抗議デモ 兵役免除のユダヤ教超正統派への批判

2024-04-01 23:07:24 | パレスチナ

(30日 イスラエルの国会前でネタニヤフ政権に反対するデモが行われました。数万人が集まり、パレスチナ自治区ガザ地区での戦闘が始まって以降、最大規模となりました。【4月1日 日テレNEWS】)

【民間人被害拡大を憂うバイデイ政権 水面下ではイスラエルへの大型爆弾売却を進める】
イスラエル・ネタニヤフ首相が(アメリカ・バイデン政権と険悪な関係になってまで)ハマス掃討の強硬策に固執していること、また、同氏には政治的にはそれしか生き残る道がないことは、これまでもしばしば触れてきました。

本題に入る前に“アメリカ・バイデン政権と険悪な関係になってまで”ということで、若干の補足。

国連安保理での停戦決議にアメリカが棄権したこと、これに反発するネタニヤフ政権がアメリカへの代表団派遣をキャンセルしたことは3月27日ブログ“パレスチナ・ガザ情勢をめぐり深まるイスラエルとアメリカの溝”で取り上げましたが、その後イスラエルは代表団派遣、アメリカとの協議再開に一転同意しています。

(君子たるもの豹変するのは当然ですので)それはともかく、よく理解できないのが下記ニュース。バイデン政権はイスラエルの攻撃で民間人犠牲者が増大していることを容認できないと言っていたはずですが・・・。

****米、イスラエルに大型爆弾など2300発供与承認 米紙報道****
バイデン米政権は、パレスチナ自治区ガザでイスラム原理主義組織ハマスと交戦するイスラエルに対し、市街地破壊に威力を発揮するMK84爆弾など2300発を新たに供与することを承認した。米紙ワシントン・ポスト(電子版)が29日、伝えた。

イスラエルのネタニヤフ政権は現在、ハマス根絶のためとして100万人以上の避難民が集中するガザ南部ラファへの本格侵攻を準備している。バイデン政権は、民間人に甚大な被害が出る恐れがあるなどとしてラファ攻撃に反対の立場を示しているが、今回の供与承認で矛盾するメッセージを発信した形だ。

新たに供与されるのは、空中から投下する大型の無誘導爆弾MK84(2千ポンド)1800発と、より小型のMK82(500ポンド)500発。いずれも人口密集地で使用した場合、周囲に大きな被害を与える。イスラエルのガザ攻撃では、投下された兵器の約半数が正確性の低い無誘導弾であることが民間人被害の増大を招いていると指摘されている。

また同紙によると、バイデン政権は先週、F35A戦闘機25機をイスラエルへ供与することも決めた。

ガザの人道危機が深刻化する中、与党・民主党では、イスラエルへの軍事支援のあり方を見直すべきだとの論調が強まっている。これに対し、同国の利益を擁護するユダヤ系団体などは、支援に何らかの条件をつけるべきではないとしてロビー活動を活発化させているとされる。

米首都ワシントンでは25〜26日、訪米したイスラエルのガラント国防相が、米側のサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)やブリンケン国務長官、オースティン国防長官らと会談。ガザ情勢や両国の軍事協力について協議していた。【3月30日 産経】
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“数年以上前に議会から同意を得ていた案件だとして議会に通知せず水面下で手続きを進めていたという。”【3月30日 共同】 バイデン大統領の真意がよくわかりません。

【政治的生き残りのためには戦闘継続しかないネタニヤフ首相 人質救出を求める国内最大の抗議デモも】
話をイスラエル・ネタニヤフ首相に戻すと、もし戦争が終息すると、ネタニヤフ首相がハマスの襲撃を防止できず、多くの人質を死なせたことだけでなく、ハマス襲撃以前から国論を二分していた司法改革問題に対する責任追及も再開しますし、同氏の収賄事件公判も本格化します。

収賄事件の方は、すでに昨年末に再開しています。

****イスラエルがガザで戦争を続ける中、ネタニヤフ首相の汚職裁判が再開****
12月4日、ガザ地区におけるハマスとの戦争が続く中、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の汚職事件の裁判が再開された。

イスラエル当局者によると、パレスチナの武装勢力ハマスがイスラエル南部を攻撃し、1,200人が犠牲となり、240人が誘拐された10月7日以来、裁判は中断していた。

イスラエルの右翼政党リクードを率いるネタニヤフ氏は収賄と不正行為、背任の罪で告発されているが、氏自身はこれを否定している。(後略)【2023年12月5日 ARAB NEWS】
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従ってネタニヤフ首相は“生き残り”のためには、ハマスを根絶やしにできたという「成果」を示す必要に迫られていますが、イスラエル世論がそうした強硬姿勢に同意している訳でもありません。(仮に今回ハマス組織を壊滅させたとしても怨念は増強・引き継がれ、やがて同じような事態になるとは思いますが)

****「ハマス壊滅」より人質救出を イスラエル世論調査、半数が回答****
イスラエル国民の半数以上は、「ハマスの壊滅」より人質の救出を求めている-―。イスラエル軍とイスラム組織ハマスの戦闘を巡り、イスラエルのシンクタンクが実施した世論調査でこのような結果が出た。

ただ、ネタニヤフ政権を支持する右派は、「ハマスの壊滅」を優先させる人が多く、ハマスの休戦案を拒否した政権の姿勢に影響を与えているとみられる。

調査は、シンクタンク「イスラエル民主主義研究所」が1月28~30日に実施した。戦闘の目標について、「人質の救出」と「ハマスの壊滅」のどちらを優先するかという質問に対し、「人質の救出」と答えた人は全体の51%で、「ハマスの壊滅」と答えた人は36%だった。

ただ、人口の7割以上を構成するユダヤ人では「人質の救出」が47%、「ハマスの壊滅」が42%だった。一方、人口の約2割を占めるアラブ系イスラエル人は「人質の救出」が69%と多かった。【2月9日 毎日】
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特に、人質家族は同氏の人質救出より戦闘を優先させる姿勢に強い不満を持っています。

****人質救出求め各地でデモ、首相辞任要求も イスラエル****
イスラエル各地で30日、イスラム組織ハマスに連れ去られた人質の救出を求める抗議デモが行われた。ハマスとの武力衝突をめぐる政府の対応を批判する声も聞かれた。

最大都市テルアビブでは、デモ参加者が火を放ち、大型トラックを使って環状道路を封鎖。警察が放水銃を使って対応する事態となった。

エルサレムでは、デモ隊が首相府周辺に集まり、ベンヤミン・ネタニヤフ首相の辞任を求めシュプレヒコールを上げた。イスラエルメディアによると同日、この他にも小規模な抗議デモが各地で行われた。

昨年10月7日の襲撃で、19歳の娘リリさんが人質に取られたというテルアビブでのデモ参加者は、「無関心と命のために闘う時がきた」「デモに参加して、『今すぐに連れ戻せ!』と声を上げて」と呼び掛けた。
「リリたち人質への思い、彼らが直面しているであろう恐怖から目を背けたことはない。176日が経過した。言い訳はもうできない」

国防省前で行われた反政府デモでは、人質が置かれた状況の責任はネタニヤフ首相にあるとし、参加者らが同首相の写真と共に「あなたがボス、あなたの責任」と書かれたプラカードを掲げた。

昨年11月に開放された元人質の一人は首相に対し、開放への動きを加速させるよう直訴。エジプトの首都カイロとカタールの首都ドーハで予定されている、人質解放協議の担当者に「手ぶらで戻るな」と命じるよう要求した。 【3月31日 AFP】AFPBB News
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上記3月31日の抗議デモは、昨年10月にハマスとの戦闘を始めて以降、最大規模となりました。

【兵役免除・優遇措置のユダヤ教超正統派への批判】
長引く戦闘のなかで抗議の矛先が向かっているのは政府ともう一つ、兵役が免除されているユダヤ教超正統派。
ユダヤ教徒と聞いて私などが思い浮かべる外観イメージの人々です。

****超正統派ユダヤ教教徒****
外見的な特徴としては、男性は頭髪のもみあげを伸ばして黒い帽子・衣服を着用し、女性は鬘やスカーフで地毛を隠すことが多い。

ユダヤ教の教義を学ぶことを最優先と考え、近代的な教育に否定的で、就労していない者が多い。

イスラエル政府から補助金(一家族平均で月3000~4000シェケル)を受け、税や社会保障負担も減免されているが、貧困層が多い。超正統派への公費支出に不満を抱く世俗派ユダヤ教徒もいる。【ウィキペディア】
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****ユダヤ教超正統派教徒の徴兵免除に抗議デモ、平等訴え イスラエル****
 パレスチナ自治区ガザ地区で軍事作戦を続けるイスラエルの主要都市テルアビブの街頭で【3月)16日までに、ユダヤ教超正統派の教徒が徴兵制の対象から除外されていることに抗議する数千人規模が参加するデモ活動があった。

イスラエル国旗を掲げたデモ隊は、「平等の実現なくして結束はない!」などと唱和して気勢を上げた。

イスラエルの社会で超正統派は長年、特別待遇を享受してきた。「イエシバ」と呼ばれるユダヤ教学院は政府から潤沢な補助金を得ている。若年層の教徒は建国期から、実質的に徴兵が免除されてきたという。

イスラエルの最高裁判所は1998年、長らく定着していたこの免除措置を問題視した。政府に対し兵役義務を課さないことは平等の原則に抵触するものだと諭してもいた。

その後の数十年にわたって歴代の政権や国会は問題の解決を試みたが、最高裁はこれらの努力についても違法と再三断じてきた。

ただ、除外措置の維持につながったこれまでの小手先の施策は近く時間切れの節目を迎えそうだ。2018年から続いてきた体面を取り繕うような法的措置が今月末に失効する予定となっている。

イスラエルの野党陣営を率いるラピド前首相は超正統派が徴兵制から除かれていることを長年批判。SNS上で、兵役の適齢期となった超正統派の若者約6万6000人が対象外となり、その一方で一般的な国民らが全面的な負担を引き受けることはあってはならないなどと主張している。

ただ、ネタニヤフ首相率いる連立政権の有力者たちは広範な政治的な支持がなければ首相による超正統派の免除措置の解消を支援しないとの立場を示した。地元のシンクタンク「イスラエル民主主義研究所」(IDI)の責任者は、場合によっては連立政権を崩壊させかねない重みを持つ極めて大きな問題とも説明した。

一方で超正統派の教徒は、宗教的な学習はユダヤ教の存続に根本的に必要と反論。イスラエルに住む教徒の多くにとってこの学習は、軍にとっての国防の努力と同様に重要なものだと強調している。【3月16日 CNN】
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兵役も免除され、就業していない者も多いということで、軍事・経済におけるその他の者の負担が増すことで、経済的に負担が大きいという批判もあります。

****イスラエル経済、ユダヤ教超正統派の兵役免除続ければ大打撃=中銀****
イスラエル中央銀行は31日公表した2023年の年次報告書で、ユダヤ教超正統派の兵役免除が廃止されなければ、将来にわたって同国に大きな経済的打撃を与えることになると警告した。

ユダヤ教超正統派の兵役免除は長年イスラエル社会に分断をもたしている問題で、ネタニヤフ首相が率いる連立政権は2月に免除廃止に向けた方策を打ち出すと表明。

ただ連立政権内の超正統派系政党からの強い反発を招き、徴兵制度改正法案の策定期限だった31日を控えてネタニヤフ氏が最高裁に30日間の猶予を申し立てるなど、紛糾が続いている。

こうした中で中銀は、パレスチナ自治区ガザでのイスラム組織ハマスとの戦闘が始まって以来、軍の人員確保ニーズが高まるとともに、それによってイスラエル経済の負担も増大していると指摘。「超正統派を含める形で徴兵対象を広げれば、増大する国防需要を満たしつつ、各国民と経済への悪影響を和らげられる」と指摘した。

中銀によると、経済活動全体に占める超正統派セクターの比率は現在の7%から向こう40年で25%まで上昇すると予想される半面、超正統派の男性のうち働いているのは55%に過ぎない。この傾向が持続すれば、2065年までにイスラエルは国内総生産(GDP)の6%を失い、税負担は跳ね上がるという。【4月1日 ロイター】
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ユダヤ教超正統派に関する問題は今に始まった話ではなく、以前から政治的な重要問題となっています。
下記は2019年当時の記事。

****「超正統派」優遇 高まる不満 イスラエル、異例の再選挙へ****
今年四月の総選挙で勝利したイスラエルのネタニヤフ首相が組閣のための連立交渉に失敗し、異例の再選挙に持ち込まれた。

要因の一つは、ユダヤ教超正統派の兵役免除を巡る右派陣営の意見対立だ。
原則、国民皆兵制のイスラエルだが、超正統派の人口が増え、兵役を免れているなどの実質的な優遇措置が「負担の公平性」の観点から国民の不満を招いている。ユダヤ教国家と民主国家。二つの側面を持つイスラエルが抱える根源的な問題でもある。
 
 ■ユダヤ教の伝統
もみあげを長く伸ばし、黒い帽子とコートを着た男性たち。エルサレムでよく見かける彼らは「ハレディム(神を畏れる人)」とも呼ばれる超正統派だ。
ユダヤ教徒の中でも、戒律を厳格に守り、教義の研究に日常をささげる。信仰の妨げになるため、多くが就労や納税をせず、インターネットを使うのも少数派だ。生活は補助金で賄われる。
 
イスラエルでは十八歳以上の男性は三年間の兵役に就く義務を負うが、超正統派が通う宗教学校生は免除される。第二次大戦でホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を経て建国された一九四八年、ユダヤ教の伝統的精神を守る目的で導入された。聖書を学ぶ時間を奪われる兵役に反対し、「聖書を究めることで、神がユダヤを守っている」と信じる。
 
当初は免除対象者が四百人にすぎない少数派だったが、超正統派は出生率が高く、一人の女性が出産する子どもは世俗派の二・四人に対して六・九人。九一年には人口の5・2%だったのが、二〇一七年には12%を占めるまでに。六五年には三分の一に達するとの推計もあり、国家財政の負担も増している。

 ■生活様式
こうした超正統派に対し、世俗派には不満が募る。政治評論家ハビブ・ゴール氏は「私にも信仰心はある。だが、子どもが(パレスチナ自治区ガザのイスラム主義組織)ハマスとの戦闘の最前線にいる時、超正統派は家で聖書を読んでいると想像すれば、誰もが不公平を感じる」と漏らす。
 
一方、イスラエル中部に住む経営コンサルタントのヨセフ・クリチェリさん(50)は「古代ユダヤの考え方、生活様式は急に変えられない。兵役を強制するのは良くない」と理解を示す。信仰心が薄い世俗派が過度に増えれば、「ユダヤ人の国というアイデンティティーが失われる」と考える。
 
実際には、超正統派の中にも兵役に就く人たちが一定数いる。ただ、食べ物の戒律や男女別の徹底などの教えが軍の規律と合わず、「軍は頭痛の種になるから必要としていない」(ゴール氏)という面もある。

 ■政治的思惑
超正統派は人口増に伴って政治的な影響力も伸長。一四年に兵役を課す法律がいったんは可決されたが、超正統派の二政党がネタニヤフ連立政権に加わって骨抜きにされた。

一七年には最高裁が兵役免除を違憲と判断、一年以内に是正するよう言い渡したが、先送りされてきた。政治コラムニスト、アキバ・エルダール氏は「今や政界のキングメーカーになった」とみる。
 
四月の総選挙(定数一二〇)でも、二政党は計十六議席を獲得。連立交渉でリーベルマン前国防相の極右政党「わが家イスラエル」(五議席)が主張した免除廃止の法制化に反対した。

リーベルマン氏は「宗教の教えで運営される政権には参加しない」と表明。計六十五議席の右派陣営で組閣を目指したネタニヤフ氏だったが、極右政党の不参加で、過半数を得られなかった。(中略)

イスラエルの選挙は歴史的に、パレスチナ問題を争点に右派と左派が争う構図だったが、最近は国民の右傾化が著しくなっている。超正統派を巡る論争は、九月に予定される再選挙で主要な争点になるかもしれない。【2019年6月24日 東京】
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【本来はシオニストではないユダヤ教超正統派 現実には右傾化】
イスラエルと言うと、「シオニズム」という言葉が思い浮かびます。
「シオニズム」とは19世紀後半に起こった政治運動で、ユダヤ人差別・迫害の究極的克服をユダヤ人国民国家の建設によって達成しようとする運動です。その結果として現在のイスラエルが存在しています。

興味深いのは、このユダヤ教超正統派の人々は本来シオニストではないということ。彼らからすればユダヤ人の離散状態は神の意志によるものであり、人間が自らの意思で「イスラエルの地」に再結集するのは許されない・・・という立場のようです。

ただ、ホロコースト後、超正統派の多くも緊急避難場所としてイスラエルの存在を受入れています。

そういう宗教的立場からすればイスラエルという国家は単なる緊急避難場所であり、何としても死守すべきものでは決してないということにもなり、パレスチナ人との対立抗争には無関心という話にもなります。

しかし、現実問題としては宗教全体の右傾化が進み、宗教性が強いほど右派志向が強いという現実も生じています。

超正統派の人々は、パレスチナ国家との平和共存はできない、入植地はイスラエルの安全保障に有益、アラブ人はイスラエルから追放・移住させられるべきといった「右派志向」がその他のユダヤ教徒よりもむしろ高くなっています。【立山良司氏 「拡大するシオニズムの宗教的側面」より】

何事につけ、ものごとは単純ではなさそう。
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