喫茶 輪

コーヒーカップの耳

「忘れ物」

2016-02-08 18:28:29 | 杉山平一先生
今日も詩誌「柵」を家探ししていたら、何十冊かが出て来た。
例よってパラパラと調べていたら興味深い記事が色々ある。
当時には感じなかったが、今となっては貴重なものも。
少しは知識が蓄積されてきているのかも知れない。
その中で今日は、1995年1月号に杉山平一先生の詩が。

「忘れ物」です。
これは覚えがあった。
『杉山平一全詩集』の上巻の巻末の方に載っている。
しかし微妙に違う。
やはり、一度発表してからも手を入れておられるのだ。


わたし、この作品、「柵」「全集」どちらにも目次に〇印をつけてました。
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クラブ見学

2016-02-08 15:48:57 | 将棋
今日は用海小学校のクラブ活動の日でした。
第6時間目ということで午後2時45分から3時30分まで。
45分間では将棋をじっくりやるには時間が足りませんが仕方ありません。
今日は3年生がクラブ見学にやって来る日。
4年生になるとみんな何かのクラブに入らないといけません。
ということで、いくつかあるクラブを3年生全員が先生に先導されて見学に回るのです。
将棋の教室にも可愛い子どもたちがぞろぞろとやってきました。
今の3年生は3クラスだそうです。
さて来年度は何人が将棋クラブに入るでしょうか?

あ、今日は5年生の一クラスが学級閉鎖ということで、出席人数が少なかったです。
わたしも帰ってきてうがい手洗いを念入りにしました。
一応、予防注射は受けてるんですけどね。
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寺島珠雄さん

2016-02-08 13:53:57 | 
終活を進めなければと思いながら、片づけものをしていると、思いがけなく出て来たものに目を奪われて時間を食ってしまう。なので遅々として進まない。
今日はこれ。

『寺島珠雄 詩 エッセイ集』
こんなのが有ったなんて!
1999年に発行。まだ甲子園にお住まいだった和田英子さんが発行人になっている。
先年お亡くなりになったが、何度か「輪」に来て下さったことがある。
それでわたしに送って下さったのだろう。
寺島さんはわたしお会いしたことがありません。
そして、この冊子、読んだ覚えがない。
申しわけありません、和田さん。
今読ませて頂いて、ただならぬ冊子だと気づきました。
詩もいいが、エッセイがいい。
素晴らしく切れ味のいい文章だ。
そして、足立巻一先生のお名前が度々出てくる。
中に「足立巻一 私誌」という一章があって興味深く読ませて頂きました。
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「箸袋」

2016-02-08 11:24:28 | 
先に書いた「柵」に挟まれていた栞、箸袋の件だが、
実はこんな紙片も挟まっていた。

詩の草稿だ。
タイトルも書かれていない。

  アイドルタイムに本を読む

  お客がさま見える

  しおりがはさまれ

  本は閉じられる

  しおりは箸袋だ

  “お手もと”と書いてある


推敲の跡もない、あわてて書きなぐったような草稿。
もっと書き足すつもりだったのだろうか、後ろがまだ空いている。
わたしは全く覚えていなかった。
後に作った短詩集『喫茶・輪』にも収録されていない。
似たものもない。
完全に忘れてしまっていたのですね。
これ、もし推敲してちゃんと作っていたらどんな詩になっていたのでしょうね。
終わりの行がなにかを思わせますが。
このままでは思わせぶりなだけだ。
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「出てゆく」

2016-02-08 09:35:35 | 杉山平一先生
そろそろ終活の準備を始めている。
で、雑誌を整理しようと。

昨日は詩誌「柵」を家のあちこちから集めてきた。「柵」は以前、一度かなりの量を処分したと思うのだが、

まだ探せていない場所があるので、もっとどこかにあると思う。
処分する前に一応パラパラとページを繰ってみる。
すると、けっこう栞が挟んである。

それが店の箸袋が多い。
「喫茶・輪」の箸袋だ。
昼定食が忙しかった頃のもの。1万枚単位で印刷してあったが、今はもうない。
電話番号も随分昔のもの。
ケータイが普及してから解約したピンク電話(自家用公衆電話)の番号だ。
本を店で読んでいたことが多かったのですね。箸袋は栞にピッタリだ。

ある号を見ていたら、『コーヒーカップの耳』に対する丁寧な詩集評が載っているのがあった。中原道夫さんが書いて下さっている。
これは処分せずに置いておかなくては。

他にも宮崎翁や伊勢田史郎さん桑島玄二さんなどが執筆しておられるものがある。
結構貴重な文章かもしれない。処分の前にコピーしておこう。

中にこんなのが。1991年3月号。

杉山平一先生の詩「出てゆく」です。このページ、ちょっと印刷が薄いのですが。
杉山先生の作品は他にも載っているが、みな詩集に収められている。
しかしこれはちょっと覚えがないなあ。
わたしが忘れているのだろうか?
この作品、ご自分の会社がうまく行ってないころのことを思い出してのものだろうか?
孤独が見えます。それでも自分を失わずにと、自らを励ますような。
タイトルの「出てゆく」も思いがこもっているような。
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