◇風立ちぬ(1976年 日本 94分)
staff 原作/堀辰雄『風立ちぬ』
監督・潤色/若杉光夫 脚本/宮内婦貴子
音楽/小野崎孝輔 撮影/前田米造 美術/大村武
cast 山口百恵 三浦友和 芦田伸介 宇野重吉 夏夕介 松平健 森次晃嗣
◇いざ、生きめやも
中学生になる頃まで、
実家の2階の端、その窓際に昔ながらの机と椅子と本棚が置かれてた。
紫檀だか黒檀だかであつらえた三点セットだったようで、
本棚は奥行のない箪笥のようで、両開きになってて、中には古い本が並んでた。
祖父の使っていたものだから、大正の初期のものだろう。
ぼくが物心がついたときには誰も使う人がおらず、
5月になると、机の上に、兜や五月人形が飾られるくらいなものだった。
高校生になってようやく貰い受け、自分の部屋に運び込んだ。
そのとき、本棚の整理をしたんだけど、
セピア色に変わった本の中に、堀辰雄の文庫本を見つけた。
『風立ちぬ・美しい村』と『菜穂子・楡の家』だった。
裏表紙をめくると、母親が万年筆で書き込んだらしく、
買い求めた本屋の名前と、手に入れた日時と、母親の名前があった。
どうやら、母親は堀辰雄が好きだったようで、
ちょっと調べてみたら、母親が本を買って数年後、映画が封切られてた。
久我美子主演の『風立ちぬ』で、1954年(昭和29)の作品だった。
ところが、設定が戦後に直されてて、結核も癒える時代になってた。
ということは、堀辰雄の原作はかなり変えられたってことなんだろう。
(なるほど、母親の時代ってのは、ともかく戦前の空気を一掃しようとしてたんだな)
てなこともおもったんだけど、
山口百恵主演のこちらの作品は、戦前から戦中にかけての話に直されてた。
ほお、時が遡ってるんだとおもった。
とはいえ、原作は昭和8年から11年頃という時代設定だから、
それでもまだ、原作どおりってわけじゃない。
なんだか、
松平健のバンカラぶりや早稲田の同級生どもの反戦ぶりが、ちょいと濃すぎる。
(百恵ちゃん演じる節子と、友和さん演じる達郎の、純粋な映画にしてほしかったな~)
というのが率直な感想だ。
けど、おもってみれば、ちょっとふしぎな感じなんだけど、
『風立ちぬ』が原作どおりに映像化されたことは、一度もないんだね。
いや、それにしても、反戦云々がなかったら、
この作品は、なんだかすごく現代的な青春映画だった。
ぼくは、百恵ちゃんの映画は『としごろ』『伊豆の踊子』『潮騒』は観たけど、
その後はどうも足が向かず、かろうじて『泥だらけの純情』は観た。
ほかの作品は観てない。
だから、この作品がキネマ旬報の表紙になったとき、
「え?キネ旬の表紙が、なんでまた?」
と、妙な違和感すらおぼえたものだ。
生意気な盛りのぼくに、百恵&友和の青春映画は青臭すぎたんだろう。
なもので、この作品が封切られたときのことは憶えてるんだけど、
中身については、このほど、初めて体験した。
芦田伸介と宇野重吉がちゃんと締めてくれてた。
あ、それと、
脇役はみんな若くて、いや、ほんとに、ポール・ヴァレリーのいう、
「Le vent se lève, il faut tenter de vivre 」
(風が立った。みんな、生きようじゃないか)
って感じで、生きなくちゃだめだっていう気持ちが伝わってくるのに、
主役のふたりはそうじゃなくて、最後に三浦友和が呟く、
「風立ちぬ。いざ、生きめやも」
(風が立ってしまった。生きようか。いや、そうもいかないのかなあ)
てな感じに包まれておるんですわ。
ひさしぶりに軽井沢にでも行ってみようかしら。