◇浮雲(1955年 日本 123分)
英題 Floating Clouds
仏題 Nuages Flottants
staff 原作/林芙美子『浮雲』
監督/成瀬巳喜男 脚色/水木洋子 撮影/玉井正夫
美術/中古智 音楽/斎藤一郎 監督助手/岡本喜八
cast 高峰秀子 森雅之 中北千枝子 金子信雄 山形勲 岡田茉莉子 加東大介
◇破れ鍋に綴じ蓋
当時のポスターに書かれた惹句を見れば、
「漂泊(さすらい)の涯てなき
恋の旅路の歌か
あわれ女の情炎図」
とある。
いや、凄い。
男と女というのは、
南方の雨季のように隠々滅々とした腐れ縁で結ばれてるってことを、
情け容赦なく突きつけてくる。
出会いの場が、農林省の仏印出張所というのがなんともいい。
異国情緒の中で、農林省の技師とタイピストの恋愛というのは、
なんだか夢を見ているようなふんわりした印象があるのと同時に、
南洋のむせかえるような風土の中で汗がぐっしょりするような印象もまたある。
これがふたりの未来を予測しているのが、なんともいえない。
森雅之はどうしようもない自堕落な男を演じ、
高峰秀子はこれまたどうしようもなく男に流されてしまう女を演じる。
このふたりが付かず離れず、
おたがいに不倫し、情夫と絡み、さらにまた不義不貞を重ね、義兄に囲われながらも、
結局、破れ鍋に綴じ蓋のことわざどおり、
屋久島の濃密な大気の中で死化粧をほどこしてやるまで密着し続ける。
いや~これほど陰気くさくて根暗で、じとじとに濡れる映画があるだろうか。
雨と湿気が、この作品を支配してる。
濡れるという語句が、そのまま内外かまわず空間と男女を包み込んでる。
成瀬巳喜男によれば「このふたりが別れられないのは体の相性のせいだ」という。
えてして、男女の仲というのは、そういうものだろう。
なによりも大切なものは体の相性で、
こればかりは体験した者でないとわからない。
どんなに聡明で、直感と洞察と理解と応用に長けた人間だろうと、
男と女の抜き差しならない関係を味わい、
体の相性を実感しないかぎりわからない。
たぶん、
林芙美子も成瀬巳喜男も、そうした人間のひとりだったんだろう。
人間として生まれてきて、
そういう男女の腐れ縁を体験しないまま死ぬのはなんとも哀れな気もするけど、
こればかりは出会いがないかぎり、ひとりじゃどうしようもないことだしね。
ただ、
この成熟した映画が当時の日本では絶賛されながらも、
いまではほとんど顧みられず、そのかわりフランスとかで評判になるのは、
ほんと、よくわかる。
おとなになろうぜ、みんな。