◇男はつらいよ 寅次郎紙風船(1981年 日本 101分)
監督/山田洋次 音楽/山本直純
出演/渥美清 倍賞千恵子 吉岡秀隆 前田吟 笠智衆 三崎千恵子 太宰久雄 音無美紀子
◇第28作 1981年12月28日
前回の松坂恵子に続いて、今回の音無美紀子も夢に出てる。マドンナも出演するようになったのかしら。
で、共演の岸本加代子の夢の台詞は『岸本加代子のかよこの小部屋にご出演なさいまして…』だし、テレビでとんかつの揚げ方を放映している伏線から、ノーベル賞をとった外科医の寅がメスをとると患者の腹はとんかつになり、そこへメスを入れてとんかつを切り取るという寸法だ。寅が一高の生徒になり、音無美紀子が看護婦に扮する愛染かつらの回想といい、今回はうまいな。
しかし、本編、寅の惨めさは凄いね。同窓会で嫌ていうくらい迷惑がられて東八郎には面と向かって「おまえみたいなやくざもの」と罵倒されて醜態をさらす。心に突き刺さるくらい嫌な気持ちになる場面だけど、山田洋次の冷徹さは堂に入ってるわ。
けど、小澤昭一の「おれが死んだらあいつを貰ってやってくれ。あいつが誰とも知らねえ野郎に抱かれるのは我慢ならねえ」ていう台詞は罪だな。音無美紀子にも同様の遺言を遺して死ぬんだけど、でもこれは呪縛じゃなくて引き鉄になってるんだよね、寅と音無美紀子のふたりにとって。
本郷の坂の途中の電柱に『鳳明館』の広告看板がぶらさがってるのがなんとも懐かしかったけど、坂道のかたすみで話をしてとらやへ出かける約束を交わしたとき、もうふたりは両想いになってるんだな。このあたりのしみったれた風情はうまいね。
でも、別れをどうするかはこういうときは難しいね。
死んでいく人間への餞にうんといっただけよ、そうだよね犬や猫じゃないんだし呉れてやるとかいいかげんにしろっていうんだ、というふたりのやりとりはたしかにそのとおりで、でも、現実には「それはそれ」ってことになるはずだ。出会いのきっかけではあるけれどそのあとは生き残ったふたりの問題だから別な物語が始まるはずなんだけど、ここでも寅はやっぱりあっさりしたものだ。
岸本加代子に妙なほど慕われたときもそうで、寅はふたり一緒の部屋で寝ることを拒み続け、いつものように宿の女将の部屋で寝る。健さんだったからかっこいいけど、寅だとどうにもかっこつけすぎか莫迦に見える。それが寅の寅たるゆえんなんだろうけど、ともかく、この回ではふたりの女に好かれて、ふる。すごいもてようだな。
ところで寅は音無美紀子と所帯を持とうとして、本気で就職試験を受けるんだが、案の定、落とされる。あたりまえの話で、中学だって校長を殴って通わなくなったし、小学校の同窓会でも蛆虫か毒蛇のように嫌われてるほどの人望の無さだ。入社試験に通るはずがない。
でも期待してたんだよね。ここが寅たちの甘っちょろいところで、世間の冷たさを実感した寅は自虐的な嗤いを浮かべる。紙風船なんだよね。山中貞雄だね。つらいね。なにもかも自分のせいなんだけど、人生を否定された寅としてはもう旅を続けるしかないんだね。どこかでおっ死ぬまで。
でもちゃんと香具師をやってるんだから、ぼくより偉いか。