△男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋(1982年 日本 110分)
監督/山田洋次 音楽/山本直純
出演/渥美清 倍賞千恵子 吉岡秀隆 前田吟 笠智衆 三崎千恵子 太宰久雄 いしだあゆみ
△第29作 1982年8月7日
あれれ、タイトルバックは江戸川の土手じゃなくて信州北アルプスの木崎湖だよ。しかも歌の合間に小芝居まである。寅がとらやに葉書を書くんだけど、湖畔で絵を書いてる初老の趣味人に「懐かしいという字はどう書くんだい」と訊き、ついでに代筆まで頼み、そこでここぞとばかりに葛飾柴又の名乗りをあげるんだ。
今回は違うぞ、といいたげだった。
けど、そうでもなかった。あいかわらず、寅はもてる。
ただ、人間国宝の陶芸家になってる片岡仁左衛門の元弟子の柄本明に棄てられた女中いしだあゆみになぜか惚れられる。まあ、男の出世欲というか願望を満たすためには恋愛も結婚も踏み台でしかないという醜さに打ちのめされると人生風任せの寅に錯覚の仮想恋をしてしまうんだろうけど、しかしここでも寅は逃げる。
とらやへ逃げ帰って恋の病とかいって寝込む羽目になるのに、いつものとおり逃げる。
いや、丹後伊根町まで訪ねてきて泊まるんだから、ひどい。
錯覚中のいしだあゆみにしてみれば抱かれる気になるのは無理からぬことで、その高揚した気分のまま上京してとらやまで行ってしまったらもう止まらないね。付け文までして鎌倉に呼び出し、江ノ島の旅館で抱かれたいとおもいつめてしまうのは当然のなりゆきのような気もする。
けど、寅は満男を連れていく。これはいしだあゆみに対して失礼だな。
伊根でもその気になって部屋へ上がってきたいしだあゆみに寝たふりをするという卑怯さを見せるが、ここでもまた卑怯な手を打つ。にもかかわらずいしだあゆみと別れてから満男の前で泣いたりする。
なんだ、このちぐはぐさは。
まあたしかにいしだあゆみの行動はちょっと怖いが…。いやまじ、男日照りっていうのは難があるかもしれないけど、そんなふうにおもえちゃう。棄てられた腹いせではなくて、まじに追っかけてくるんだから、そう受け取られても仕方ない。
そこまで失恋の傷がひどかったってことになるのかどうかはわかららないけど、が、しかし、恋に真正面から向き合わない寅はやっぱりあかんな。
それ以上にあかんのは安物陶器をたたき売るとき、仁左衛門の名をかたることだ。それをなにもかも承知とかいう笑顔で仁左衛門も声をかけるのは好い結末みたいに見えるんだけど、これはよくない。寅のためにもよくない。
これを大団円として認めてしまう日本人は、なんかふしぎだ。