北海道で冬になるとみられる大星雲が天空を一文字に覆っている。翼君の招きもあり、彼のアルバイト先である海沿いの小さなショップへ散策。
小樽市内から函館本線沿いを浅里方面へゆくと、線路と海岸線の間の僅かな敷地にショップがある。
翼「ここは、海水浴やシュノーケルの器材を貸し出しているんだ。ダイビングは積丹に店があるので、今はそっちが中心かな。こっちは、シーズンオフ。閉店しているから、その間、掃除でときどきやってくるんだ」
そういって翼君は、ノンアルコールビールを出してきた。じゃあアチキはビーフジャッキーがある。
もう冬が近いから、北海道の海岸は肌寒い。店に置いてある防寒具をかぶりながら、おもてのテーブルで潮騒を聞きながら男同士の会話。
「ここにいると、人間は哲学的になるな」
翼「うん、いろんなことを考えるよ」
「光凛さんとの密会の場所だし」
翼「(笑)まあ、そうなんだけどさ・・。それで人間が生きてゆく目的は、なんだろうって考えちゃうね」
「生きてゆく目的かぁー」
翼「それは一つしか無い。子供をつくること、人間という種類をつなげてゆくことだけだと思う。あとは全てそのための仕組みかな」
「結構本質的なところをついてくるね」
翼「子供をつくるために、セックスをする、その前に彼女をつくる、その前に彼女をさがす、全てが子供をつくることにつながっているんだ。そして子供ができれば、そのために病院が必要だったり、道具が必要だったり、育てる教育が必要だったり、そのために稼がなきゃならないから、仕事をするための大きな町や社会が必要だったり、と次第に大きな世界になる。それが世の中の仕組みかな」
「その通りだろうね。人間の最終目的は、子供をつくることにある、で・す・ね」
翼「このあいだ、朱凛(ひかり)が記録会にでたんだ。そしたらダントツに早い選手ばかりで、自信喪失だった」
「前夜にセックスしたのに(笑)。泳ぐだけが全てじゃないでしょう。朱凛さん、高校出たら沖縄のダイビングの学校にいったらどうかな」
翼「一緒に、ダイビングして暮らすわけ?」
「その通り、翼は海上保安大学校だろ。朱凛さんは沖縄でダイビングのインストラクター養成スクールにいく、というのはどうだろう」
翼「離ればなれかなぁ」
「もし大学に落ちれば一緒に沖縄でインストラクター養成スクールにゆく案もある。それに海上保安庁って沖縄に基地があるんだよ。学校出たら沖縄に配属希望をだせばいいんじゃない」
翼「そっかあ、一緒に暮らせるね」
「将来は、二人でダイビングショップを経営すればいいんでは。この先、ずーっと光凛さんと一緒?」
翼「うん、光凛が最初で最後の女で十分だよ。というのもお互いのいろんな事をしっちゃったでしょう。違う女と出会ったら、また振り出しに戻るよね。それを一からというのは面倒くさいよね」
「多分翼は、一番好いときに最高の彼女に出会ったんだよ。死ぬまでお似合いのカップルだと思うよ。
普通は、女と会うたびごとに、恋愛テンションがドンドンと下がっていって、ついには妥協して、まあいいかになって、女に合わせるとか、面倒な事ばかりだよね。大方は、みんなそんな風に、好きでもない相棒とカップルになっているんじゃない。そうして、仮面夫婦なんかになって右往左往して生きるんだろうな。だから翼は早くみつかって、よかったじゃん、ということになるな」
翼「フゥーン、そっかぁ」
小樽の寒さと、冷えたノンアルビールが、冬の到来を予感させる。
・・・
じゃ帰ろうか。オジサン、自転車で途中まで送ってゆく。俺、脚力つよいから大丈夫さ」
そういって翼君の自転車にまたがり、小樽の坂道をグイグイと上がっていった。