小樽の街を散歩していたら、これは古い!!、そんなカフェをみつけた。そんなオーナーのたわいない話につかまった。
マスター「昔小樽にも花柳界があったですよ。菊ちゃんといったかな、当時40歳になる芸妓がいまして、小さなアパートで一人暮らし。もちろん自称北大卒の叔父さん風の男が菊チャンのところにやってくるというので、私が子供の頃は、その叔父さん風の人が、まあ家庭教師というんですかね、そんなのを親が無理無理つけてくれて。当時小樽は、北のウォール街と呼ばれていて景気もよかったんですよ。お前も、お金稼いで出世しろというわけで。
その自称北大卒の叔父さんがやって来る時間がマチマチだったんですよ。放課後、友達と、さあ遊びにゆこうとすると、突然やってきて、お勉強ですわ。そりゃ、遊びにゆくつもりが、お勉強なんて身がはいらいですよね。
どうしていつも午後遊びにゆく頃に、来るのかなって思っていたら、ある時夜遅く菊チャンのアパートの前を通ったら、自称北大卒の叔父さんが菊チャン家の玄関から入るところだったんですわ。大人になってわかったんですが、叔父さんは菊チャンのいい人だったんですね。菊チャンのアパートに泊まって、情事を楽しんで、翌日昼頃、菊ちゃんがお店に出る支度をはじめる頃、叔父さんは追い出されるように、スッキリした顔で家庭教師のアルバイトをしにきたわけですわ。私は自称北大卒の叔父さんの、いいアルバイトのだしでしたね」
「それで家庭教師の先生は、北大卒だったの?」
マスター「そりゃ、怪しいのですよ。はっきりいって偽物でしょう。どうも雰囲気からすると、どこかの学習塾の先生のようでもあり、菊ちゃんとつきあうから格好をつけたのかな。そんな話が多いかったですよ。あの頃は」
「そうなんだ」
マスター「そんなわけで、私もさしたる出世をすることなく、喫茶店のマスターです。かっては、小樽も北のウォール街と呼ばれた時代もありましたが。だからこの喫茶店もウォールストリートをお店の名前にしています。
随分前に最後の芸妓、といっても当時すでにお婆さんが話題に上がったことはありました。その話題を最後に小樽から花柳界はなくなりました」
しかし、スラスラとよどみなく。多分いろんなお客さんに、同じ話をしているのかもしれない。それがマスターのおもてなしなのだろう。
マスター「ええっ、そんな話は沢山ありますよ、ジャズでもかけますか」
そういってマスターは、マイルス・デイビスの色あせたジャケットを取り出して、レコードをプレーヤーの上に載せて針を落とした。
テイク・ファイブか・・・。
でも、この古い世界が、アチキは苦手だなぁー。次ゆくとまた同じ話をするのだろうか。話したがっているマスターを尻目に、ここは逃げるようにあとにした。