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文殊堂とは「知恩寺」の中にある堂宇のことをそう呼ぶということを知らなかったということです。
「三人寄れば文殊の知恵 」で有名な文殊観音は“日本三文殊”というカウントの仕方では三大文殊のひとつとされ、残りの2つは奈良の「安倍文殊」と山形の「亀岡文殊」だといいます。
知恩寺は天橋立という有名な観光スポットと隣り合わせていることもあって、観光客が多く、しかも外国人比率が非常に高い寺院でもありました。
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知恩寺の創建は808年に平城天皇の勅願寺として創建されたと伝わります。
宗派は臨済宗妙心寺派とされますが、過去には真言宗の寺院だった時代もあるそうです。
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山門は1767年に上棟されたとされる門で、丹後地方では最大の山門とされています。
門の上層には釈迦如来・十六羅漢が安置されているといいますが、登ることは出来ません。
内部公開されることはあるのでしょうか。
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山門の二層にかかる扁額には「黄金閣」と書かれており、下層の扁額には「海上禅叢」の文字があります。
「黄金閣」はこの山門の別称となっていますが、これは1767年の再建時に後桜町天皇から黄金を下賜されたことが由来となっているようです。
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赤い提灯の吊るされた寺院には活気のようなものが感じられるので好きな光景です。
中央にある大提灯は風でゆらゆらと揺れながらも、古色感のある山門で一際目立つ色彩を放っています。
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門を抜けてすぐに目に入るのは多宝塔(重要文化財)になります。
1501年に落慶した多宝塔の内部には大日如来が安置されているといい、解体修理によって大日如来も多宝塔と同じ1501年に制作されたことを示す銘文が発見されているそうです。
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山門から直線状に配置されているのが、知恩寺の本堂にあたる文殊堂となります。
文殊堂は1657年に改修されて現在の姿となったとされていて、かつての姿には諸説があるようです。
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線香とロウソクを買ってお供えしたのですが、火鉢に薪を次々投入されるので火勢が強く火傷しそうになりながら線香に火を点けます。
線香を灯した後、常香炉に線香をあげようとすると、参拝客の多さもあって線香をあげる場所がない。
隙間を狙ってみるが、こちらも火の点いた線香に触れて火傷しそうになるという顛末。
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外陣で参拝して、内陣を格子越しに覗いてみたけど、須弥壇と神鏡しか見えませんでした。
周囲で入れ替わり立ち替わり参拝している方は、ほぼ外国語で話されているため、違和感を感じつつ手を合わせます。
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外陣にはいくつかの板絵が掛けられており、特に興味深かったのは地獄絵の描かれた板絵でした。
絵の右半分しか撮っていないのですが、閻魔大王の裁きや浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)に悪行を映し出される亡者の姿。
阿弥陀聖衆が来迎する姿、閻魔大王の化身とされる地蔵菩薩が賽の河原へ亡者を救いに現れるような救いの光景も描かれています。
正塚婆(しょうづかのばば)が三途川の渡し賃を持たずにやってきた亡者の衣服を剥ぎ取る姿も描かれていますね。
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知恩寺の境内の松の木にはあちこちに小さな扇子が逆さ向きに吊るされています。
これは「すえひろ扇子おみくじ」というおみくじで、逆さ向きに吊るすのは末広がりを願ってということのようです。
おみくじを引いてみたら当方は“中吉”でしたが、吊るして帰ってしまのも惜しいので家に持ち帰って末広がりにして吊るしております。
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境内には少し見慣れない形の石塔がありました。
「石造宝篋印塔」という鎌倉時代に造られた塔で、見慣れない感じがするのは笠石四隅の突起部からきているのでしょう。
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最後に境内の外れにある「知恵の輪」へと立ち寄りました。
この輪灯籠を知恵の輪と呼ぶ由来は諸説あるようですが、文殊様の慈悲の光を海上に放つと考えて「知恵の輪灯籠」と呼ぶようになったともいわれます。
「知恵の輪灯籠」の輪をくぐり抜けた者には文殊様の知恵を授かるご利益があるとされますが、一般的には“3回まわると御利益がある”と解釈されているみたいですね。
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知恩寺は観光客で繁盛している茶屋が並ぶ門前町が続き、大勢の観光客が訪れられていることもあって、大変にぎやかな町です。
すっかり観光気分になってしまい、お昼を食べる茶屋選びを始めてしまいましたよ。