僕はびわ湖のカイツブリ

滋賀県の風景・野鳥・蝶・花などの自然をメインに何でもありです。
“男のためのガーデニング”改め

御朱印蒐集~近江八幡市 賀茂神社~

2016-07-23 12:12:12 | 御朱印蒐集・仏像・磐座・巨樹・古墳・滝・登山
 京都にある上賀茂神社や下鴨神社は有名ですが、「加茂神社」・「賀茂神社」・「鴨神社」と名の付く神社は日本各地に約300社あるそうです。
その大半が京都の賀茂神社から勧請された社のようですが、近江八幡市にある賀茂神社は違った由来を持っている神社のようです。

大化の改新で歴史に残る天智天皇(中大兄皇子)は馬を増やし、強い馬を育てるため当地に日本初の国営牧場を築き、馬の調教と繁殖に力を注いだと神社の由来にあります。
国営牧場の歴史から馬との関わりが深く、馬の守護神・馬の聖地として信仰を集めている神社のようですね。



神社としての創建は736年、聖武天皇が日本の荒廃を憂い、天変地異のない世を願い、国土の災厄を封じ、人々の幸せを願う神社を創建したとされています。
創建にあたっては陰陽道の祖とされる吉備 真備(きび の まきび)に構築を命じたと書かれています。



陰陽道の祖ということは吉備真備は陰陽師だったという言い方が出来ると思いますが、この賀茂神社の御祭神が賀茂氏の氏神であることとの関係があるかもしれませんね。
平安時代の中期に活躍した陰陽師は安倍晴明の安倍氏と賀茂忠行の賀茂氏の2つの宗家でした。賀茂氏の出自はともかくとして、関係があるのかなど関心を引く話ではあります。

御祭神:賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)・賀茂玉依比賣命(かもたまよりひめのみこと)・賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)・火雷命(ほのいかづちのみこと)



この本殿は一般の神社とは違い、本殿が表鬼門の方位にあり、本殿の向いている方位が裏鬼門になっていて、これは陰陽道の技といわれています。
陰陽師の詳しい事は分かりませんが、“気のエネルギーを集めるため”ということのようです。



境内には霊木と呼ばれる木があり、上の写真の左にある『神杉』は樹齢800年で白蛇が棲むとされていて、白蛇を見ると幸せになると書かれてありました。
この神社にはパワースポットが多く、雷で大きく割れてしまったにも関わらず成長し続ける霊木『樫(かし)』、2本の榊が1本に結ばれた霊木『連理の眞榊』があり、神社の裏には祭祀跡『祈りの齋庭』と書かれた結界があります。

ところで庚申堂という密教の青面金剛尊を祀ったお堂がありましたが、このお堂の屋根には「見ざる、言わざる、聞かざる」とされる三猿がいます。
「身を慎んで悪いことは見ざる・言わざる・聞かざるという様にすれば幸せに過ごすことが出来る」という戒めの言葉です。



ます見ザル。
見ザルというより“あっちゃ~”みたいに見えますね。



言わザルと聞かザルです。何となく愛嬌がありますね。





賀茂神社は元々は皇室財産であった御料地(御猟野)として狩りや競馬が行われていたそうで、そのため御朱印には「賀茂神社」ではなく「御狩野乃社」と書かれています。
平安時代に始められた京都上賀茂神社の競馬会神事を後白河上皇の意により継承して、毎年5月には「足伏走馬」という古式競馬神事が行われているそうです。



神話の世界で“神武天皇御東征の際、天照大神の命を受けて八咫烏(やたがらす)が危険な状況に陥られた天皇の道案内をした”という伝承に登場する八咫烏(やたがらす)は賀茂神社の御祭神である賀茂建角身命の化身したものと言われています。
八咫烏(やたがらす)は日本サッカー協会のシンボルマークになっていますから、意外な所でも見ている神様の使いですね。



コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 御朱印蒐集~滋賀 野洲市 御... | トップ | 魲万里絵 「遠くて近い私の風... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

御朱印蒐集・仏像・磐座・巨樹・古墳・滝・登山」カテゴリの最新記事